今日も自由な世界はなにかと騒々しい~古池商事第二営業部仮想現実対策室(仮)~

家庭教師の初日

「おい、聞いたか? 俺達よりも先にジャイアントオーガを倒した奴が、ゲーム内に居るらしいぞ」  狩り場への移動途中で、ヒッグスがどこからか入手した情報を明かした。  HPを半分近くまで削ることは出来たが、最終的に力でねじ伏せられた強敵。  リベンジのため、全員でレベル上げを始めた矢先の出来事。  最強パーティーと呼ばれて、少し調子に乗っていたかもしれない。  鼻を思いきりへし折られたが、不思議と悔しくはなかった。  この世界にはまだ自分達のパーティーと同等、もしくはそれ以上の猛者がその強さを巧妙に隠してプレイしている。  それが分かっただけでも、大きな収穫だ。 「手合わせを願っても、恐らく拒否されるだろうな」  残念そうな顔を浮かべながら、カグツチが自嘲気味に笑う。  より強い者と戦いたい、その気持ちが誰よりも強いからこそ彼は最強の一角に到達出来たのだ。 「……だがな、カグツチよ。 そいつらが翁みたいなプレイヤーだったら、後々面倒なことになるのではないか?」 「やめてよリショブン! 嫌なことを思い出させないで」  リショブンの忠告を、セツナが慌てて止めに入る。  彼女は翁と初めて遭遇した際、トラウマになりそうな体験をしたのだ。 「すれ違いざまに刎ねられて、首無しのアバターを見る羽目になった私の気持ち。 あなたには絶対分からないでしょ!? 何をされたのか理解した瞬間、気を失いそうになったわよ!」  そう、カグツチ達と翁の初顔合わせは、最悪な形の出会い方と呼べるだろう。  なにしろ出会って早々にセツナは首を落とされ、ヒッグスとエレナも街に強制送還させられたのだから……。  その後キレたシルヴィアが周囲のプレイヤーも巻き込み範囲魔法を発動させ、翁に瀕死のダメージを与えた直後カグツチがトドメを刺して撃退している。  リショブンは仕事の都合で到着が遅れていたため、翁とは直接戦っていない。  この1件で翁とカグツチは双璧と呼ばれるようになったが、単体での強さは翁の方が上だろうという考察が一般的だ。  いずれにせよ次に会った際は完膚なきまでに叩きつぶす、それがカグツチならびにメンバー全員の総意である。 「翁もそうだがジャイアントオーガは俺達にとって通過点の1つだ、必ず勝つために今出来ることをやっておこう」  リーダーであるカグツチはそう締めくくると、狩り場へ向けて再び歩き始めた。 「菅田くん、今日は娘の家庭教師初日だろ? 家まで案内しよう、ついてきなさい」  定時間際の部長が放った一言に、第二営業部内がざわつく。  どういう経緯があったかは不明だが、部長の一人娘の家庭教師を営業部一のゲームオタクが引き受けることになった。  部長が溺愛している娘に悪影響を及ぼしかねない由々しき事態、代役を買って出る者も現れたが幸男は丁重に辞退する。 「娘がどうやら菅田くんのことを気に入ったみたいでね、凄くありがたい話なのだが今回はあきらめてくれ」  顔は微笑んでいるが、こめかみには青筋が浮かんでいた。 (あっ、やっぱり部長本人も、彼に家庭教師なんてさせたくないのね……)  本心がなんとなく分かった部下達は、生温かい笑顔で2人を送り出したのである。 「……いいか、半径2m以内には近づくなよ。 それと娘が触れたものには、絶対に触らないこと」」 「それだとドアノブすら握れなくなるから、家にもお邪魔出来なくなりますよ」  言っていることがメチャクチャではあるが、自分も娘を持てばこんな感じになるのだろうと幸夫は思った。  幸男の自宅は大和大銀丼(やまとおおぎど)から2つ先の駅を降りて徒歩10分という比較的近い場所にあり、毎日電車で1時間ほど揺られる幸夫とは大違いである。  家の中に入るとおめかしした久美が、ラフな格好で2人の到着を待っていた。 「おかえりなさいパパ、こんばんわ幸夫さん。 本日からよろしくお願いします」 「あ、ああ、こんばんわ久美ちゃん。 今日からよろしくね」  幸夫が名前を呼ぶと、幸男が急に怒り出す。 「菅田くん! 久美ちゃんではなく、久美お嬢様だろうが。 己の立場というものを理解してくれないと困る」  態度の大きい父を無視するように、久美は幸夫の手を引いて自室に招いた。 「さあ幸夫さん、早速勉強を始めましょう。 あんな父親が近くにいたら、勉強にも集中出来ないわ」  幸男は1階のリビングで歯ぎしりしながら、2人の勉強が終わるのを待つ。  一方の幸夫は久美に勉強を教える必要がないことを、開始早々に理解した。 「自分が教える必要性まったく無いよね、主要大学すべてA判定って……」 「まあね、勉強するの嫌いじゃないし。 私に家庭教師は必要ないことくらい、パパも知っているはずなんだけどね……」  そう言うと久美は頬杖をつきながら、父が家庭教師を頼んだととっさに嘘をついた本当の理由を問い質す。 「幸夫さんは何故、あの時パパと会っていたの? 私は最初、知らない女の人とパパが逢い引きでもするんじゃないかと疑ってたのよ」  あの日あそこに久美が居た理由が、幸夫にも分かった。  しかし2人でゲームのオフ会を開こうとしていたとは言いづらい、ましてや2人共相手が女性だと思い込んでた分、たちが悪い。  そこで幸夫はこうなるキッカケとなった、最初の出来事を説明することにした。 「実はあの日自分は部長から、とあるゲームのプレイの仕方を聞かれていたんだ。 そのゲームの名は自由世界~フリー・ワールド・オンライン~、久美ちゃんが悪い人に絡まれたりしないか心配になって、部長は隠れて見守ろうとしていたみたいだよ」 「……なにそれキモ」  久美は父の過剰な愛情表現を一刀両断する、たしかに親に遠くから見守られてたら楽しめるものも楽しめなくなる。  半分呆れながら彼女は幸夫に、父親の苦労が無駄に終わっていることを説明した。 「パパには心配しなくても大丈夫だって伝えておいて、まだプレイを開始出来てないから」 「えっ、それはどういうこと?」 「パッケージを買うの忘れてて、VRギアにまだデータは入ってないの。 でも幸夫さんがプレイされているのなら、本当に始めても良いかも♪」  その後少し世間話をした2人は、リビングにいた幸男に心配は無用だと話す。  けれども久美がパッケージを購入する話を切り出すと、幸男はある条件を出した。 「パッケージと月々の更新費用は、私が払おう。 ただし、それには1つだけ条件がある」 「条件?」  プレイ時間は1日2時間まで、そんな感じだろうと久美は考えたが父から出された条件に思わず目が点になる。 「あそこでは男が女を演じているケースもある、だから悪い男に引っかからないように男のキャラクターだけ使用しろ。 あちらでは、お前は久美ではなくタクミだ」  父娘で性別反転プレイとは、どんなギャグだろう?  翌日初めてログインした久美が女性キャラでプレイしている父と幸夫を見て、烈火の如く怒ったのは言うまでもない……。

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