今日も自由な世界はなにかと騒々しい~古池商事第二営業部仮想現実対策室(仮)~

その場しのぎのつもりが更なる騒動を招きよせる

 12:00 昼食 ニンニクが入っていない定食を選択  13:00 午後の業務開始 夕方の部内ミーティングを明日に延期  15:00 服にタバコの臭いが付くのを考慮し、喫煙室を避ける。  16:30 明日のミーティングの資料を先に配り、財布の残金を確認。  そして17:00……。 「すまない、みんな。 娘に早く帰宅するようにせがまれてな」 「部長。 我々のことは気にしないでください、可愛い娘さんの頼みなら断れませんからね」  そう部下にからかわれながら幸男は営業部のあるオフィスを出て、更衣室で着替え始める。  カバンの中には昨晩ユキとの約束で目印に決めておいた、茶色の帽子が入れられており喫茶店に入る直前でかぶる予定だ。  すると定時になると誰よりも早く帰宅する菅田幸夫(かんだゆきお)が、今日は珍しく普段使わない更衣室を利用する。 「菅田くん。 普段ここを利用しない君が入ってくると、何だか新鮮だね」 「部長。 一応自分のロッカーも用意されているのですから、時々は利用しますよ」 「ははは、それはすまない。 では、先に失礼するよ」 「お疲れ様でした」  部長が更衣室から退出するのを確認した幸夫は、ロッカーの中にしまってある1本の傘を取り出した。  それはどこのコンビニでも買えるビニール製の傘で、その柄は白いプラスチック。 「そろそろ駅に向かわないと、待ち合わせの時間に遅れてしまうな」  そして一足早くビルから出てきた幸男を、娘の久美が尾行を開始する。 (パパの相手の女の人って、どんな女だろう? パパをたぶらかす悪い人なら、その場に乱入してでも絶対に止めなくちゃ!)  この先の未来を暗示しているのか、空をどんよりとした雲が覆い始めた……。 「……ここか」  17:55 幸男は大和大銀丼(やまとおおぎど)駅南口にある喫茶店、ルマンドに到着すると空いている席に座りカバンの中から帽子を取り出してかぶる。  そしてあからさまに怪しいサングラスをかけた久美も、少し離れたテーブル席から父の相手の登場を待った。  時間を気にして落ち着かない様子の父の姿を見た久美の中で、少しだけ嫉妬に近い感情が湧き上がる。 (なによパパ、普段の落ち着きがまるで嘘みたい。 娘の私にないしょで会うような女が、新しいママに相応しいはずがないわ)  店の外に白い傘を持った女性の姿は見当たらない。  直前になって来るのを取りやめたのだろう、幸男はそう考える。  コーヒーの一杯でも飲んでから帰ろうとウェイトレスを呼ぼうとした時、先程会社で顔を合わせた菅田が店に入ってきた。 「菅田くん、どうしてここに?」 「部長!? 娘さんから早く帰宅するよう、せがまれていたのでは?」  聞き耳を立てて会話を聞いていた久美は、菅田の言葉を聞いて思わずカッとなる。 (なにそれ、どういうこと!? 会社の同僚に私から早く帰るように言われたと、嘘を言っていたというの?)  父に詰め寄ろうと席を立とうとした時、父とその部下の顔が凍り付いていることに気がついた。 「菅田くん……その傘は?」 「部長こそ、その帽子……」  お互いの用意した物に気がつき固まる2人、そして互いを指差しながら店内で大声を出してしまう。 「お前がユキなのか!?」 「え~!? 部長がサキさんだったの!?」  店内にいた客の視線が2人に集中する、父が動揺して大声を出す場面は今まで見たことが無い。  驚いた久美は尾行していることも忘れ、何が起きたのか父親に問いかける。 「パパ、いったいどうしたの? 最初からこの人と会うつもりだったの?」 「げっ、久美! お前、どうしてここに!?」 「……部長、このお嬢さんが部長の娘さんですか?」  初めて久美を見た菅田は、部長の1人娘の顔にサチと似た面影を感じた。  一方の幸男は娘に突然乱入され、半分パニックに陥っている。  オフ会を開こうとしたらその相手が自分の部下だった、そんなコントに近いことを説明して信じてもらえるかどうか……。  その場しのぎの嘘でもなんとか誤魔化したい、幸男は思わず娘にこう答える。 「久美、こいつの名前は菅田 幸夫。 お前の家庭教師をやってもらえないか、相談していたところだったんだ」 「部長! 家庭教師って、そんなこと聞い……むぐぅ!?」  否定しようとする菅田の口を、慌てて幸男は手で塞ぐ。 『菅田くん、このまま私の口裏に合わせたまえ。 いい年をした男2人がゲーム内で女性を演じていることを知られたら、社内に我らの居場所が無くなってしまうぞ!』 『だからって部長と違って二流の大学しか出ていない自分に、お嬢さんの家庭教師は無理ですよ!?』  しかし久美の方はまんざらでもないようで、頬を赤く染めながら菅田の手を握るといつから来れるのか問いかける。 「幸夫……さんで良いのかな? いつから私の勉強を、見てもらえるのですか?」  今度はそれを見た幸男が、2人の手を引き剥がしにかかった。 「久美、その手を離しなさい! まだ2人には早すぎます!?」 「ちょっとパパ、邪魔しないでくれる!? 幸夫さんと大切な話をしているのだから」  父娘ゲンカを始めた2人を見ながら、幸夫はこれからのことを憂いて天を仰ぐ。 (こんなことになるなら、最初に女性キャラを使っていると言えば良かった……)  こうして幸夫はなし崩し的に、上司の1人娘の家庭教師を引き受ける羽目になったのである……。

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