after-the-end

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 あれは_______初夏にしては蒸し暑くも感じる夜の事だった。 「ごめんね。お母さん」  静まり返った自宅。母親の部屋の扉の前、俺は一人謝罪の言葉を告げていた。  その謝罪の言葉には、いろいろな意味合いが含まれているのだけど、謝らなければならない事があまりに多すぎて、何に対しての謝罪の言葉なのか自分でもよくわかっていなかった。  それに、既に眠っているはずの母親に俺の言葉は届いていないだろう。  自己満足の謝罪を終えると、足は自然と玄関へと向う。  上がり框(あがりかまち)に腰かけて、出しっぱなしになっていた何年もずっと愛用しているサンダルを引っ掻ける。  その横には、もう履くことのないスパイクがキラリと刃を光らせて鎮座していた。 「手入れしなくていいって言ったのに……」  それを見なかった事にして、俺は立ち上がる。  そしてもう一度、心の中で『ごめんなさい』と念じてから玄関の扉を押す。  強い風が吹けばカタカタと音を鳴らす安物の玄関扉。  なのに、この日だけは凄く重い物に感じて、なかなか開いてくれない。  それでも俺は、行かなくてはならない。きっとこの家の敷居を跨ぐことは二度と叶わないだろう。それでも……  ドアノブを掴む手にいつも以上に力を込めて扉を押す________  _____________________________________  ここ最近は、夜中になるとフラフラとあてもなく散歩をしている。  最初は、心に巣食うモヤモヤを晴らすため、気分転換の為にそうしているのだと、自分では思っていた。  でも、実際のところは深夜徘徊をしていても、心が晴れる事なんて当然ないし、悩みが解決するなんてことも当然あるはずもなかった。  むしろ、こうして徘徊をしながら自問することによって、モヤモヤはどんどんと巨大な物になっていく。  その巨大になりすぎた物は次第に俺を飲み込み、支配し、気が付けば、()()()()()を求め、さ迷うようになっていた。  田んぼの横を流れる用水路、高圧電流の流れる鉄塔、国道を走る長距離トラック。  その気になれば簡単に見つかりそうなものだけど、そのどれもが俺の最後にはふさわしいとは思えなかった。  でもつい先日、見つけてしまったんだ。  俺の住むこの田舎街で、一番大きな建物。無機質なコンクリート造りの五階建て、この辺り唯一の病院だった。  昼間はどうか知らないが、とても静かで、でもどこか張りつめた空気が漂っていて、最後を迎えるには最高の場所だと直感で感じたのだ。  どうやって忍び込むのかが懸案事項だったのだけど、それも簡単に解決した。  裏手に回り込んでみれば、非常階段があり、幸運にも自由に出入りができる。  各フロアには、内から鍵が掛けられていて院内には入れないようになっているようなのだけど、屋上に上がるのにはこれで事が足りた。  階段前まで移動して、サンダルを脱ぎ、拾い上げる。  サンダルを脱いだのは、登っている途中に音を立てて誰かに見つかる可能性を下げる為。ここで見つかればきっと大騒ぎになるだろうから。  サンダルを拾い上げたのは、へりに並べて置いておくため。それが、最低限のマナーだと思ったから。  病院を見上げ一度、深呼吸をする________覚悟は決まった。  慎重に、音を寸分も立てないように忍び足で鉄骨階段を登る。  辺りには、キチキチキチと鳴くコオロギの声だけが響いていた。

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