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今日も三題噺!

読了目安時間:7分

13日目 殺し屋、アパート、ランドセル『さいご 別ver』

 男は殺し屋である。  殺めたことは、まだない。  ひょんなことから仕事を回してくれる業者と契約を交わすことになり、本日がデビュー戦だった。  ターゲットは三人家族のうち、二人を亡き者にすること。なぜ一人だけ生かしておくのかは、わからない。  任務には関係のないことだ。男は、プロフェッショナルみたいなことを考えながら悦に浸る。  初仕事緊張するなぁ。場違いな感想を漏らし、意気込んだ。  交通費を節約するため、半日かけてたどり着いたアパートは確かにターゲットがいるはずの建物だった。足踏みしていると、気が削がれてしまうので、さっそくアパートに侵入する。そして突然の破裂音が耳をつんざいた。 「おめでとうございまーす。あなたはこの家にきた91人目のお客様でーす!」  だいぶキリの悪い数字に驚くが、いやいや驚くべきは殺し屋たる男を熱烈歓迎している(ように見える)少女の存在だった。 「お風呂にする? ご飯にする? それともあ・さ・しん?」  戸惑うしかない。なぜかはわからないが、この少女は男の素性を知っている。まだランドセルも抜けきらない少女が怖気付く様子もなく満面の笑みを浮かべてクラッカーを鳴らし狂っている。  少女がターゲットか確認するまでもなく、男は捕獲の動作に入った。知られたからには生かしちゃおけない。一度言ってみたかったセリフが言えた。 「おっと、なかなか良い動きだけど、まだまだかなぁ。経験不足だね」  ひらりとかわされ、少女の軽いパンチが肝臓付近に叩き込まれた。いや、動作は軽いものの、パンチ自体はヘビーだった。幸い中身をぶちまけるような醜態は晒さない。金欠のため飯を三日食べていないのだ。どうだ参ったか。男は胸中で叫びながら悶絶する。  少女は、男を見下ろしながら「やれやれ、ちゃんと野菜食べないからだよ」と謎のお叱りが飛ばした。 「く、くそっ」  なりふり構っていられない。この少女はターゲットではないが、やむを得ない。男は懐のナイフを取り出し突きつけた。しかし少女は恐れ慄くどころか拍手喝采の勢いだった。 「いいよ、子ども相手でも躊躇なくナイフを向けられる姿勢。殺し屋としては花丸! だけど、こんなかよわい乙女にナイフを向けるのは男として減点!」  つまりどういうことなんだよ。思わず突っ込んだ時には、手元のナイフが消失していた。 「こんないかついだけのナイフ、小回りも利かないし、かえってお荷物だよ」  少女は、くるくると、まるでお手玉でも操るようにナイフを弄ぶ。思わず自分の手元と少女を交互に見渡してしまう。器用に回るナイフは、間違いなく男の獲物だ。  およそ人間技ではなかった。身のこなしから、計り知れない膂力。男は年端のいかない少女に恐怖心を抱いていることに気づく。曲芸よろしく振り回されている刃が、いつ男の喉元に刺さるか気が気ではなかった。  ひとまず撤退を。  男はすぐに入ってきた窓を飛び出た。距離は充分ある。そう簡単には追いつかれないはず。  あわや走ろうとした瞬間、首筋に冷たいものが触れた。頸動脈に直に触れるそれが何なのかは考えるまでもない。  男は、観念して両手をあげた。降伏だ。心身ともに敗北だった。後は煮るなり焼くなり好きに…… 「なんで手あげてるのさ。冷たいから早く受け取ってよ」  少女がぶーたれる。よくよく見れば、首に触れているのはナイフではなくアイスだった。  男は黙って、アイスを受け取り呆けた。アイスの包装は気温差で真っ白になっており、結露した水滴がみるみる男の手を濡らす。  しばし見つめていると「溶けちゃうよ」と急かされたため、やけくそで頬張った。口いっぱいに広がるソーダーの味が妙にしょっぱく感じる。滝のような汗をかいていることに気づく。  車の通らない道路を自転車がだらだらと通り過ぎた。遠くでトラクターの音が聞こえる。  男の心境など嘘に思えるくらいのどかな風景だった。 「あなた、才能ないねぇ」  少女は両手にアイスを持って交互に味を楽しみながら、男が散々オブラートに包んで投げられた言葉を躊躇なく言い放ってくる。男の胃が痛むのは、何も空きっ腹にアイスを入れたことだけが原因ではなかった。  男は、うなだれながらアイスの棒を見る。掠れた印字で『あたり』と書いてあった。 「知ってる」  男は、ぽつりと呟く。  昔から何をやってもダメだった。本当は殺し屋もテレビで見て、ちょっとかっこいいと思った程度の動機だ。バイトをクビにされたばかりで、たまたま飲み屋で会ったじいさんにスカウトされ、とんとん拍子で今日を迎えた。  雇ってもらえたからには、頑張ろうなんて殊勝なことを考えていたが、自分の不器用さを鑑みれば最悪ターゲットの返り討ちにあって死ぬのが関の山だ。  むしろそれを願っている自分に気づいた。己で命を絶つ度胸なんてないし、かといっていつまでも生きているのは堪え難かった。スカウトのじいさんは、そんな男の破滅願望を見抜いていたのかもしれない。 「うまかったよ。さあ、ひと思いに殺ってくれ」  最後の晩餐がアイスなのは少し残念だが、まあ俺らしい。男は最後の最後で笑った。  殺るなら即死で頼むぜ。言ってみたいセリフがまた言えた。  少女はアイスを食べる手を止めると、「どうして?」と首をかしげた。 「せっかく生きてるんだから、生きなよ」  至極当然のことを言うから面食らう。男は少しムキになった。 「もったいぶるなよ。あんたも同業者なんだろ? そうやって希望を持たせた隙に殺るのが、あんた流なのか」  言葉にしてから、ひどい罪悪感に苛まれた。いくら同業者とはいえ、子ども相手に放つ言葉ではなかった。男は一度深呼吸をして謝罪する。 「すまない。けどわかっただろ。生きてる価値なんてないんだ俺は」 「殺し屋ごろし」  いきなり何を言い出すのかと少女に顔を向ければ、うっすら地面に書かれた円形を踏みながら、けんけんぱと呟いた。 「私の異名。ぎょーかいでは有名らしいよ。所属する気も覚えもないんだけどね」  シャリっとアイスを齧る音が妙にくっきり聞こえた。食べたり遊んだり、忙しない。 「価値なんて自分で決めるものだよ。間違っても、『殺し屋ごろし』なんかに委ねていいもんじゃーないなりよ」  そう言って少女はケラケラ笑った。心なしか異名を口にするときだけ声の調子が下がった。 「それにね、お兄さん。さらに衝撃の事実を教えると」  少女は、ピッとアイスの棒を掲げて得意顔をする。男は、ここまで表情と合っていない告白を聞いたことがなかった。 「あなたのターゲットはもういないよ。おかーさんもおとーさんも死んじゃったから」 「それは」 「私が遠足の日、結婚記念日だったんだって。二人でドライブ行って、そのまま」  男は何も言えなかった。襲ってきた衝撃から、まだ自分には良心があるのだと実感できたりもした。 「二人はころしやだったんだって。たまにやってくるぎょーかいの人たちが教えてくれたの」  そこであがりがまちに浴びせられたクラッカーのことを思い出す。なんお、およそ90人ばかりの殺し屋が、すでに押しかけていたのだ。  つまりこの少女は90人もの人間を…… 「あたり!」  少女が叫ぶ。情けないことに飛び上がってしまった。何事かと思えば、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手に握ったアイス棒を覗いてくる。 「いーないーな」と羨ましがる姿は、年相応の女の子にしか見えなかった。  お前の才能の方が羨ましいよ。男は、ため息をつきたくなる。  才能は、いくらねだったところで手に入らない。  だが、あたり棒くらいなら与えてやれる。何もないし、何もできない男が唯一できることだった。 「くれるの? やった! じゃあさっそく交換行こ。はやくはやく」 「いや、俺は……いたいいたい!」  とても少女の腕力とは思えない引力を腕に感じながら引きずられる形になる。こうやって流されるように生きてるからダメなのかと男は一人悲しくなった。  男の胸中が聞こえたわけではないだろうに、不意に少女はぴたりと止まった。それから振り返り、言う。 「ありがとね!」  ……ああ。これは確かにイチコロだな。  少女の笑顔を見て、殺し屋は引退(さいご)を悟った。

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