ゆらゆら憂鬱

読了目安時間:1分

エピソード:12 / 12

イレギュラー

出現する前は、何度も何度も予行練習をしている。 僕らしくあるとは何か。 僕らしさを形作るものとは何か。 僕になりえない要素とは何か。 丁寧に、自分になりきれない事実を噛み締めている。 苦い。 好き好んで味わいたくはない。 聡明に考えられる裏側のスタジオ。 ラジオの様に現状報告を聞き流す。 出現する。 すると僕は、名前すら忘れてしまっていて、 鉛の詰まった頭を抱えながら君と対峙するのだ。 僕の同一性はぐちゃぐちゃだ。 誰にこんなことされてしまったのか、 嘆いていた時期もあったが忘れてしまった。 君は聞き触りの良い声で、僕と対峙する。 当時から変わってしまった事実。 欠損してしまった何か。 努力によって得られた何か。 全てがその言葉によってかき消されるのだ。 「夕希、ひさしぶりだね」

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