境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:50 / 142

5-11 天上の駆け引き

 今度こそ、戦いは終わった。  物的被害、フロストライン家本邸西棟全壊。  人的被害、軽傷者二名。  龍という、文字通り規格外との連戦の結果としては、この上ない出来といってよい。  ……それにもかかわらず、クリスをはじめた一同の顔色は浮かない。その喪失感に似た空気のなか、ただひとり、もといただ一匹だけが、忙しげに戦後処理に取りかかっていた。 「おい、そこの。フロストラインの」 「……ああ、私か。どうした」 「破壊された屋敷はどこに下ろせばよいのだ」  瓦礫と砂礫を選定しながら、忙しげに魔法を使い分けるノインに、もはや誰も咎めようとはしない。  心身ともに、そのような余力など残されてはいなかったのだ。 「屋敷の向こう側も、当家の敷地だ。そのあたりに放り出しておいてくれ」 「向こうだな。心得た」  龍の了承につづいて、背後で揺蕩っていた瓦礫の山がふわりと浮かび上がって、かすかに残されていた一階部分の奥へと消えていった。 「……そう悲観するな。ヒトにはそれぞれ侵されたくない領分というものがあるだろう?」  短く重い沈黙を、背中を向けたままのノインが破った。語尾に、瓦礫を落としたのであろう重低音がつづいた。 「あの銀髪の少女と、セイジ・ルクスリアにとって、それが強さであっただけの話だ。あまり深追いしてやるな」 「言うことが、いちいち見た目と合ってへんねんなあ……」 「外見は外見だ。幾年を重ねると、内面が凝り固まるのは龍もヒトも同じことよ」 「幾年て……自分何年生きとんねんな?」  のそりと立ち上がったポーラが、怪訝そうに身を乗り出した。重労働を一段落させたのだろう。魔法を解いて振り返ったノインが、口を半開きにしたまま硬直した。 「……二百から先は数えておらぬな」 「……そら、あれやな……偉ぶるようにもなるわけや」  改めて何気なく、種としての規模の違いを突きつけられて、さすがのポーラも皮肉を引っ込めた。萎縮した彼女にかわって、隣に座り込んでいたレオンが、心底興味深そうに立ち上がった。 「人間にはどう足掻いても叶わない領域だな。文字通り歴史を目にできるのは、羨ましい限りだ」 「ヒトでいうところの歴史編纂家の役割を担うわけだからな。ただ時間を浪費するだけの個体もいるにはいるが……」  言いながら、ちらりと視線を外す。光り輝く檻のような魔法に封じられた女の様子を窺って、また視線をもどす。 「どのみち、生を受けて二十年そこそこのヒトに力負けするのだ。虚しいと言うほかあるまいよ」 「余計なちょっかいかけるからやろ」  憂いを帯びたノインの言葉を、ポーラが両断した。冷えた水場のうえで交差した視線が、刺々しい熱を帯びた。 「ヒトはおろか、我らにも尺度の不透明な力だ。均衡を崩し得る力を調査することは、すべての龍における責務だ」 「はん! ラフィアにおった龍は、セイジにそんな態度やなかったで」 「……ラフィアの、龍?」  ノインの目の色が変わった。臨戦態勢に入るときにみせた緑色の輝きが、まっすぐにポーラを見据えた。 「せや、今も国境のあたりを監視してくれとるで」 「ラフィアの龍は、国軍の境界線破壊作戦に従属し、その際に死亡している。以降、ラフィアに龍は派遣されておらぬ」 「……は?」  ふたりの間を走り抜けた神妙な空気が、周囲を重く冷たく包み込んだ。  状況を飲み込む時間も与えられず、ノインは躊躇うことなくその言葉を口にした。 「――そいつは、本当に龍族だったのか?」 …… ………… ……………… ……………………  リュートの眼鏡にうつる景色が、ひと息ごとにその色彩を変化させる。目も眩む光芒が銀縁に反射してひらめくさまを、彼はただ見ていることしかできなかった。  小さな双子の龍が、大小さまざまな光球を放つと、短剣を抜いたセイジがそれを迎え撃つ構えをとる。  ……通常、攻撃魔法というものは、接触の衝撃やべつの魔法などの外的要因に反応して発動する。これに対する様々な対抗手段のなか、もっとも代表的なものとしては防護魔法があげられる。  その理由として、同じ魔力量、同じ技量の者同士が、互いに攻防に分かれて戦った場合、防衛側が守り勝つことが、どうも絶対に近いという検証結果が出ているからである。  防護魔法の利点はそれだけにとどまらない。魔力に対して、放出、展開、変形、射出、操作という複雑な段階を経て初めて完成する攻撃魔法に比べて、基礎的な防護魔法は放出、展開の二段階ですむ。ゆえに、守りに徹する相手に対して、考えなしに攻撃魔法を連発していると、魔力はあっという間に枯渇する。  枯渇するとどうなるかなど、検討の必要すらないだろう。防護魔法なくして相手の魔法から身を守るすべはなく、風魔法なくしては回避も撤退もできない。  ……つまり、一見して劣勢に見えるようなセイジの立ち回りの狙いは、底すら見えない龍の魔力を切らすことにあった。 「おれの後ろから動くなよ、リュート」 「動きたくても動けませんよ、こんなの……」  爆発と閃光の耐えない攻防の一部始終を、リュートは至近で見守り続けていた。  龍の頭上には、魔法の心得のない人間であれば、触れれば蒸発は免れない光球が絶え間なく生成されている。その光球が、セイジの周囲全方を通過するような軌道で、絶え間なく飛来する。  人のみならず、生物というものは、自分に直接害をなすものに対しては敏感である。  だが、あえて当てる意図のない攻撃に対しては、得てして反応が鈍くなる。そうして身動きの取れなくなったところに、満を持して真正面から攻撃が放たれる。標的は防護魔法をもってまともに受けるほか選択肢がない。そういった状況に引きずり出すのだ。  龍の圧倒的な魔力をもってしてはじめて成立するこの単純な戦法は、尋常の使い手ではいずれ防護魔法を削られ、破られる。  つまり、セイジのとったごく当たり前の戦術は、龍にとって自分たちの狙いに飛び込んでくるだけの、格好の的なのであった。  ――尋常な使い手であるのならば、そのはずであった。 「リュート、ちょっと伏せててくれ」  視界を埋め尽くす魔法を見据えて、セイジはかるく息を吸った。逆手に握り直した二本の剣から滲む光が、目の前の魔法によく近い鮮やかな色に変化した。  みじかく息を吐いたセイジの腕がひらめいた。上段に構えた剣が、至近に迫った光球をすくい上げるように持ち上がった。  目の前と周囲には、魔法の嵐が吹き荒れている。弾き返せば誘爆は免れない。選択肢はひとつであった。  斬り上げた剣の柄が、浮き上がった光球の背を押しこむように軌道を変えた。光球はセイジの頭髪をかすめ、しゃがんだままのリュートの頭上を超えて、無傷な地面に触れてはでな爆発音をたてた。 「無茶苦茶するなあ……」  顔をあげたリュートが、本音をこぼしたような苦言を呈した。  ……魔法勝負は防御側が有利である。二匹の龍は、セイジがその理論に則るであろうことを予測し、真っ向勝負に乗った。  それこそが、セイジの誘導であったとも知らずに。  その上で、この人間は、防護魔法すら使わず、龍の攻撃をかいくぐるつもりでいるのだ。 「無茶でもしねえと、あんな化け物を相手にできる気しねえよ」  そう言って、セイジは二本の剣を眼前に構え直した。   『――化け者は、おまえのほうだ』  三匹の龍の、苦々しげにセイジに突き刺さる視線が、静かにそう物語っていた。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月24日 21時42分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    えんどろ~!ファイ

    くにざゎゆぅ

    2022年6月24日 21時42分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月25日 1時23分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    実は狙ってました。

    羽山一明

    2022年6月25日 1時23分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月28日 5時24分

    何気にセイジが二刀流でした。ここが初出でしょうか。なんかずっと記憶から抜け落ちてたです。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うさみしん

    2022年5月28日 5時24分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月28日 9時23分

    そもそも剣を抜いて戦うのがこの場が初めてです。だいたいの戦闘を素手で切り抜けているので、万全の戦闘の描写がそもそもないですね。示唆したのはクリスとの再会、鬼人の家にて剣を差し出した時が初出です。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年5月28日 9時23分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年3月7日 20時06分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    「あなたが神か…!?」ステラ

    秋真

    2022年3月7日 20時06分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年3月8日 1時18分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    「女神ですから」氷川Ver.ノベラ

    羽山一明

    2022年3月8日 1時18分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ビビッと ♡500pt 〇200pt 2021年9月8日 20時27分

    《「人間にはどう足掻いても叶わない領域だな。文字通り歴史を目にできるのは、羨ましい限りだ」》にビビッとしました!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    星降る夜

    2021年9月8日 20時27分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月9日 2時59分

    羨ましいような、恐ろしいような……

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2021年9月9日 2時59分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月4日 7時07分

    燃えますねぇ! 息継ぎも出来ない展開であります! セイジが負けるわけがないと思いつつ次回が気になりますぞ!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うさみしん

    2022年2月4日 7時07分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月4日 8時45分

    ありがとうございます! 状況はもはや理不尽と混沌のそれに陥っておりますが、必然性と理屈も匂わせつつ、大まかな流れはファンタジーらしくぶっ飛んでいこと思います。セイジはぶっ飛んではいけないので、なんとか頑張ってほしい。(丸投げ)

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年2月4日 8時45分

    ミミズクさん

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 偽りのドラゴンナイト

    第二章開始。魔力を司る少年を巡る物語。

    447,260

    10,207


    2022年10月3日更新

    魔法使いの名門アーティア家に生まれたトア・アーティアは、生まれつき魔法が使えなかった。 それを理由に奴隷として売られたトアは、働き先の奴隷農場で青髪の少女と出会う。 ミラと名乗った少女は、自分が竜の血を引く竜人であることを打ち明ける。故郷が襲撃され、一人逃げてきたのだという。 もう一度故郷へ帰りたいと望むミラに、トアは心を動かされ、力を貸すことにするのだが……。 魔法が使えない代わりに、魔力を司る力を持つトア。 特別な竜の血を引く竜人の末裔ミラ。 特別な二人が織りなす戦いの物語。 不定期更新。 別サイトにて掲載開始しました。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:7時間19分

    この作品を読む

  • 異世界村開拓 ~健気な異世界転生人と訳ありモンスター~

    健気な美少女が活躍するファンタジー

    56,300

    300


    2022年10月4日更新

    テロにあった山手線の車両の7号車に乗っていた乗客の内、五十人が少年少女として異世界転生させられた。 異世界転生したら、転生者がチートスキルで無双するのが、定番だが、この物語はさにあらず。 五十人も転生させた神が、チートをして、無双する中、健気にかんばって異世界生活をする少年少女の物語である。

    読了目安時間:3時間13分

    この作品を読む