境界線上の魔王

読了目安時間:10分

エピソード:74 / 142

6-18 指揮棒は眠らず【挿絵】

 ……嗚咽を殺すように手を握り、俯いて。おれが確かめるように指先を動かすと、そのたびにマリーの指が、返事をするみたいにおれの手のひらを撫でてくれる。  どれくらいの間、そうしていただろうか。ふと、妙な視線を感じて顔をあげると、マリーの向こう側に立っていた二匹の龍が、じつに嬉しそうにおれたちを眺めていた。返すおれの視線にわざとらしく気づく素振りをみせて、ノインがおれの腰をゆるく叩いた。 「言いたいことは言っておけ。ヒトの一生は短いぞ」  怒気も涙も、まるで最初からなかったかのような表情と仕草で、おれの脇を通り過ぎていく。状況を飲み込んだ体が、頭より先にノインを振り返った。 「まさか、泣き真似か?」 「堂に入っていただろう? 見た目というものは、最大限に利用してこそよ」  あれほど熱っぽかった体が、場の雰囲気とともに急激に冷めていった。隣で立っているマリーの呆れ顔が、目にする前に目に浮かんだ。 「ほれ、とっとと奴らを片付けるぞ」  にやりと笑ったノインが、後ろ指で龍たちを指し示した。レベッカすら置き去りにするそのさまを見て、半開きのままだった唇から、漸く言葉が飛び出した。 「なんだあれ……レオ兄じゃん……」  ぼそり、と。しかし、いかにも本心からこぼれたようなセイジの声に、噴き出すような声がいくつか続いた。ただひとりレオンだけが、笑うしかない、といった様子で、沸き上がった笑い声が過ぎ去るのを諦観していた。 …… ………… ……………… ……………………  球体に詰め込まれた五つの人影が、夜を薙ぎ払う陽光にさらされた。  濃紺の薄膜の向こう側、水色で満たされた防護魔法に詰め込まれていた使者たちが、憎々しげな視線を投げかける。凍てつく視線は、或いは見る者に死すら覚悟させるほどの重圧を放っているが、実のところ、それは彼らに許された精一杯の抵抗でしかなかった。 「これは、防護魔法になるのか?」  その薄膜を、ノインがあざけるように突っついた。使者たちがいっそう表情を険しくするが、当の本人はどこ吹く風だ。 「強めの、な。内側に展開する魔力を、いつもよりかなり強めにしてる」 「……ふむ、なるほど。物理的に閉じこめるだけでなく、魔力による抵抗も困難にしているのだな」 「そうそう。そんなかんじ」 「ならば外部からの魔法も難しいか。魔力ごと封印してやろうと思っていたのだが」 「どういう魔法かにもよるけど、まあ、やってみれば?」 「いいのか? 貴様の魔法に影響がないとは言えんぞ」 「いいよ。もう一回閉じこめりゃいいし」 「……なるほど。それもそうだな」  身構えたセイジの隣で、ノインが不敵な笑みを浮かべた。小さな手のひらが、決死の抵抗を見せる龍へと音もなくのびた。 「……なあ、レベッカ」  その様子を、少し離れたところで見守っていたレオンが、声をあげた。 「なぁに?」 「龍族ってのは、もっと冷血というか、情緒に無頓着なんじゃないのか? ノインの振る舞いを改めて見てると、人間と遜色ないようにしか見えないんだが……」  レオンとしては、例外あれど、龍は『ヒトをヒトとも思わぬ生物である』という目算で、あれこれを思案していた。リュートのように大きな意図のもとで随行することはあれど、いかにも無垢で協力的な個体など、レオンの前提からして存在しえないものであったのだ。  その目算が外れたことが、果たしてよかったのか悪かったのか。今となってすら判然としない。だが、セイジと話し込むノインの表情の、見た目相応かつ自然な移り変わりは、どうも意識的な思考が介入してのものではなさそうだ。 「半分、正解ね。基本的に龍は冷血……というより、感情的になる必要がないのよ。知識や経験を、生まれもって受け継ぐものだから、形式的なことだけでも大抵のことはこなせちゃうのね」 「それに加えて、体力と魔力まで規格外とくれば妥当な線だな。で、もう半分はなんだ?」 「私たちのような、人里に送り込まれる龍は違うのよ。感情豊かな個体は、一族からすれば、むしろ厄介な例外なのね。だから、べつの訓練を施されて、故郷を離れて各地に散らばる。そして根ざした拠点で、その地を監視するのよ」  得意げに語っていたレベッカが、レオンの黙考を待つように言葉を区切った。 「……根ざす。つまり、その龍がその地を故郷として、任務という理屈と私的な感情の両面を利用して、自然と役目を果たすよう仕向けるのか」 「せいかぁい」  眉を顰めたレオンが得心したような声をあげると、淑やかに微笑んでいたレベッカの、弾むような声がそれにつづいた。  レオンは反応をみせない。遠い目を投げかけて、なおも熟考に沈む。 「……そうか。だから人里に派遣される龍は、ごく少数なんだな。なまじ自我や感情を備えてるからこそ、第一には龍同士の仲違いを警戒しないといけないわけか」 「えっ? ええ、そうかもしれないわね……?」  レベッカの表情が陰る。レオンの視界は、もはや彼女の輪郭すら捉えていなかった。遥か遠く、かすかに見える何かへと焦点をあわせるような、それは異常とすらいえるような集中力であった。 「なるほど。それなら年若い龍が派遣される理由も頷ける。経験が浅ければ、新しい地から感受性を刺激されやすい。命令に対しても無垢だ……ああ……感情豊かかつ感受性が高いから、幻覚魔法があれだけ効いたのか。そうなると、他の龍にはべつの手段を講じるべきか、しかし……」 「…………」  完全に自分の世界に没入してしまったレオンに、もはやレベッカはかけるべき言葉を見失っていた。  ――こっち側について、正解だったのかしら? 「レベッカ、いつまで呆けている! こやつの処遇を決めるぞ!」  邪な逡巡を脳裏に浮かべたレベッカが、ノインの溌溂とした声を浴びてはっと我に返った。いまだ彼方を見つめるレオンと、その隣で、朝日を浴びて輝いたクリスの瞳に背を押され、逃げるように駆け出した。  見れば、五体いた使者は、頭領らしき一体を残して姿を消していた。どこへ、と口にしかけたレベッカが、ノインの手のひらに光る四つの宝玉を目に留めた。 「残りは、魔力を封印したのかしら?」 「ろくな情報を吐く様子もないうえ、そもそも情報を持っているかも怪しいからな。こやつが無駄な希望を抱く前に、下っ端には退場願った」  端的なノインの説明に、レベッカが小さく頷いた。改めて、球体のなかでうごめく使者の顔を眺めやる。あらわになったその顔を、明るみの下で検めて、力なく首を横に振る。 「初対面よ。きっと、大した情報は持っていないわ」 「そうか……レオン! ……レオン!!」  二度目で、漸く自分の名を思い出したように顔をあげたレオンが、クリスに背を押されながらやってくる。どこか心ここにあらずといったその様子に、ノインがやや訝しげにしながらも、すぐに口火をきった。 「私達はもう、こやつに用はない。あとは貴様らの流儀に任せるが、どうしたい?」  小さな視線が、セイジ、マリー、クリスの順に流れていき、レオンのところでぴたりと止まった。つられるように、場の視線がレオンに集中する。 「つってもなあ……なんだっけ。女王派のノインに黙って、強硬派のレベッカに情報を流したり、指示を出してるのがこいつらなんだっけ?」 「……ああ、そうだ」  女王派、強硬派という、説明していないはずの言葉を何気なく綴るレオンに、ノインは眉を寄せつつ、しかし口に出しては何も言わなかった。 「で、レベッカはこいつになんて言われたんだ?」 「ノインの力で、あなたたちの魔力を封印しろと言われたわ。断ったら、お前の魔力をよこせ、そいつでヒトどもを鏖殺する、と……」 「へえ」  みじかい反応をみせたのは、セイジであった。魔力を帯びていたわけでもない、しかし好戦的な意思をしめす冷えた声に、隣に立っていたレベッカがわずかに後ずさる。その様子をちらりと横目見て、レオンが髪を荒々しくかきあげた。 「目的がいまいち読めんな。封印が第一で、だめなら鏖殺……? ひとまずセイジだけはどうにかしたい、ということか?」 「私だってわかんないわよ。だから、もう協力できないって言ったのよ」 「使者ってのは、毎度こんなに大所帯なのか?」 「いいえ。ふつうは多くてもふたりよ」 「そうだな。五人というのは、それ自体が異常事態だ」 「……なるほど。わかった。おれとしてはこいつを突き返して、こっちの意思を表明しておきたいと思うんだが、どうだろうか」  レオンの結論に、一同が一拍おいて一様に頷いた。振り返ったレオンが、見せつけるように水球を小突いて、睨めつける使者に視線を重ねた。 「あー……時間もなにもないもんで、端的に言う。尻尾を巻いておうちに帰れ。そんで、お前らにこの指示を出した強硬派の龍に伝えろ。その素晴らしい頭で導いた結論があくまで力による支配なら、愚かな人間一同、つつしんで拒絶の意を示す。武力と言語の交渉、互いに理があるのがどちらなのか。今一度再考を願う。それすら望めぬのであれば、次は多少なりとも戦いになる奴を寄越しやがれ。どうせ快眠を阻害されるのなら、せめてましな眠気覚ましになることを願う……と」 「…………!」  言い切らないうちに、使者の表情がみるみるうちに朱に染まっていった。言うだけ言って踵を返すレオンの奥で、かつては味方側であったレベッカとノインが失笑するものだから、沸点を刺激されることうけあいである。  レオンと入れ替わってあらわれたセイジが、薄膜に手をのばした。ガラスの割れるような快音がひびいて、使者は仮初の自由を取り戻した。 「どうした? 使者なら使者の役目を果たせよ」  そう口走ったセイジの手のひらは、下げられずそのまま使者へと翳されている。懸命に何かを言いたげな使者であったが、無言のままに魔力をまとったセイジの重圧に押されて、やがてふらりと空へと舞い上がった。  その姿が雲のなかに消えるまで、一同はその背を見送っていた。ただひとり、レオンだけがマリーを呼び止めて、なにやら耳打ちをする。ちいさく頷いたマリーが、そっと人の輪から抜け出した。 「さて、寝るか」  揺蕩う緊張感を、レオンの気だるい声がかき消した。 「余裕だな。警戒するに越したことはないだろう」 「寝なくてすむなら寝ねえよ。こっちは祝賀会の後始末も終わってねえってのに……」  語尾に、おおきな欠伸がつづいた。言わずとも表された解散の意に、一同は呼吸をはじめた街へと足を向けた。遅れてそれを追いかけようとしたレオンの背を、レベッカがかるく小突いた。 「ねえ、ちょっと……」 「なんだ。午前は公務もあるんだよ、勘弁して――」 「セイジの黒い魔力ね、クリスも使ってたわよ」  眠気を連れて振り返ったレオンが、ぱっと目を見開いた。  それだけよ、と告げたレベッカが踵を返した。王宮とは反対側の色街へと、その姿がノインを連れて消えると、残されたレオンに、朝を彩るあたたかな風が吹き付けた。 …… ………… ……………… …………………… 「おつかれさま」  薄暗い部屋の扉をくぐったレオンを、軍服姿のままのレフィリアが出迎えた。 「……なんだ、寝てなかったのか」 「部屋の主人をさしおいて、私だけが眠るわけにもいかんだろう」  差し出した手で、抱えるほど大きなレオンの愛剣を受け取る。眠気のうえに不機嫌を塗りたくっていたレオンの表情が、わずかにやわらいだ。 「戦場においては危険な思考だな。部下には仕込むなよ」 「ふふふ、私がどんな教育をしているか知ったうえで、よく言えたものだな」  よたよたと机に向かうレオンに「なにか飲むか?」と声をかける。なにかを言いかけたレオンが「酒以外でな」と先手をとられて、しばし押し黙った。 「じゃあ……コーヒーで……」  消去法の回答から間もなく、レオンの目の前にカップが差し出された。けだるげにそれを啜った視線の向こう側に、レフィリアがすっと腰かけた。 「おい、寝てもいいぞ」 「冗談。私が寝たら、君のうたた寝を誰が止めるんだ?」 「…………」 「事情は聞かない。だが寝れないのだろう? であるのなら付き合うさ」 「…………ん」  照れ隠しをするようにペンを握ったレオンが、脇に避けていたノートを開いた。ぱらぱらと、等間隔のリズムを守っていた紙の音が、ぴたりと止まった。 ――セイジ以外の人間が、黒い魔力を発現した場合について――  そう書かれていたページにしばし目を落としていたレオンであったが、やがてコーヒーを呷ると、紙面に筆を走らせた。 6-18 指揮棒は眠らず【挿絵】の挿絵1

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月28日 23時19分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年7月28日 23時19分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月29日 2時07分

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    うれしぬ

    羽山一明

    2022年7月29日 2時07分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月22日 6時39分

    龍族が産まれる際に持つ記憶の件、ここにあり申したッ! 何かシステム的なものを感じます。集合無意識みたいなものから汲み上げてくる感じでしょうか。非常に興味深いであります押忍!

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    うさみしん

    2022年6月22日 6時39分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月22日 9時53分

    他にも仄めかしていますが、まあ、龍族自体がひとつの大きなシステムみたいなものなので。人を模している理由も、数が少ない理由も、8章あたりで開示される予定です。

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    羽山一明

    2022年6月22日 9時53分

    ミミズクさん
  • 土偶(純金)

    阿暦史

    ♡111pt 〇111pt 2022年7月20日 22時02分

    やった! 挿絵付きだ! レオン勝手にもっとチャラい見た目イメージしてました! 之も小説の醍醐味かな。ノインやレベッカの情緒や生い立ちはなるほどです。そしてクリスがどうなるのか気になりますね。ところで今日くじでノベラ当たりましたぜイエーイ!

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    阿暦史

    2022年7月20日 22時02分

    土偶(純金)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月21日 4時11分

    メガネオンかつ若干正装なので、ラフなときはもうちょいチャラいかんじです! 単純に口悪いだけだけど! 龍の生い立ちにも色々、そりゃもう色々とあるんです。クリスはすやすやしていますのでご安心を。NPは他の作品に使ってくだせえ!

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    羽山一明

    2022年7月21日 4時11分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月16日 3時14分

    コーヒーって何気に初出ですか?

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    うさみしん

    2022年2月16日 3時14分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月16日 8時09分

    そうかもですね。固有名詞を使うことはできるだけ避けたい、と思っていたのですが、酒も出はじめた以上、忌避しすぎるのもどうかな、と思いました。ガバガバ世界観が露見しはじめております。

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    羽山一明

    2022年2月16日 8時09分

    ミミズクさん
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    ビビッと ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月14日 19時28分

    《「冗談。私が寝たら、君のうたた寝を誰が止めるんだ?」》にビビッとしました!

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    涼寺みすゞ

    2022年2月14日 19時28分

    文豪猫
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月15日 2時32分

    君より先には寝ないぞ、という。この二人は理想の恋人同士だと思います。

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    羽山一明

    2022年2月15日 2時32分

    ミミズクさん

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