境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:79 / 192

6-23 その横顔に、決意と覚悟を

「……では、改めまして。第二聖騎士セイジ・ルクスリアさまです!」  静まり返った場を切り裂いて、弾けるようなクリスの声がひびきわたった。間をおかず、待ちかねたかのように拍手と歓声が湧き上がった。両手で前に出るようすすめられ、わけもわからず進み出る。  拍手がおさまると、若々しい熱を帯びた瞳と、老練さを滲ませる鋭い瞳に、闘志あふれる光が灯った。入り交じり、浴びせられるのは脚光だけではない。試すような、推し量るような。騎士だからこその強い意思をのせた視線に、つむじから爪先までを容赦なく観察される。  この心地よい感覚も、これほどまでに久しぶりだと背筋が伸びる思いだ。昔と立場が違うことを考慮すれば、なおさらだろう。  かるく視線を投げ返して、息を吸い、吐き出す。 「えー……堅苦しいのは苦手なので、かんたんに。初めまして、久しぶり。セイジ・ルクスリアです。長い間、彼の地に籠もっていたんですが、縁があって舞い戻りました。またいつ旅立つかはわかりませんが、それまでは聖騎士としての職務を全うします。私にできることがあれば、気兼ねなく声をかけてください。以上!」  下げた頭の左右から小さな、次いで奥から大きな喝采が巻き起こった。持ち上げた首から上に、燃え上がるような熱がまわった。 「セイジさま、顔、お赤いですよ」 「あ、ほんとですね。ふふふ」 「龍相手に緊張せえへんのに、後輩相手に赤面すんのか」 「うるさいなあ、慣れてないんだよ……」  聖騎士という称号を拝命してむこう、聖騎士として名を名乗るのははじめてかもしれない。そう思うと感慨深いこともあった。かたちのうえでは後輩となる騎士たちにあれこれと懇願されるのも、決して悪い気はしない。 「さ、まずは基礎鍛錬からご覧くださいませ!」 「うん、指導者としてはクリスのほうが先輩だから、隣で勉強させてもらうよ」  だが、今はどの騎士に先んじて、クリスの監視を優先すべきだった。  五分ほど前に訓練場に突入したおれとポーラは、マリーと肩を並べて騎士たちに指導する、いつもと変わりのないクリスの姿をみとめて、思わず顔を見合わせた。 「……おさまったんか? それか、もともと勘違いやったか……」 「いや、クリスに限ってそれはないだろうな」 「あん? なんやそれ、どういうことや?」 「あれだけの魔力を、あれだけ綺麗に操作できるクリスが、あからさまな揺らぎを隠し切れてなかったんだ。なんか理由があるんだよ」 「……もしくは、この短時間で使いこなしたんか……?」 「…………」  独り言のようなポーラの意見は、十二分にありえるものだ。それでも、天真爛漫なクリスの身が、怖気をするほどの魔力に取り憑かれている、と考えると、率先して肯定したくはない。 「お帰りなさい。お待ちしておりましたわ!」  おそるおそる声をかけたクリスに面と向かうも、いつもとの違いはみられない。ちらりとマリーの様子を窺うが、やはり頭をふるばかりだった。  クリスのなかに黒い魔力があると仮定する。  クリス自身が黒い魔力を自覚しているのなら、先のやりとりは必ず意味があるはずだ。隠し通したいのなら、わざわざおれを待ち構えるような真似はしないだろう。  ……問題は、自覚がない場合だ。  おれが知る限り、黒い魔力は少なくとも二種類ある。  ひとつめは、おれのなかにある異色の魔力。そして、かつてクリスも立ち会った、鬼人ファルマーに取り憑いていた『カオス』がふるう魔力がふたつめだ。  境界線から出てきた化け物が『カオス』と呟いた例をみると、おそらく後者が主流で、黒い魔力そのものを操ることのできるおれは、いわば例外なのだろう。  そして、クリスに宿るものがどちらだとしても、同じ黒い魔力でもって抵抗することが最善だ。  つまり、おれがこうしてクリスに張り付いてさえいれば、最悪の事態は避けられる。逆に言えば、それ意外の選択肢はなさそうだ。距離を置いて警戒すると、不必要に尖った魔力の気配を察知されて、かえって状況が悪化しかねない。  ……ふと、絶え間なく響く剣と魔法の音に耳目がつられた。  視界の手前から奥までを埋め尽くす騎士たちの応酬。こんな時にでも、気にならないといえば嘘になってしまう。勝負事を見れば血がざわついてしまうのは、もはや騎士としての性というものだろう。 「いかがでしょうか、セイジさま」  内心を同じくしたのか、クリスが声をあげた。 「いい感じだよ。特に、若い騎士の技量が高いように思える」 「ええ、新参兵を中心に、今年は粒揃いですわ」  クリスの語尾に、堪えきれないような、小さな笑い声がつづいた。 「ふふ……変なの。セイジさまだってお若いのに」 「……そうだけどさぁ。年季とか色々あるじゃん……」  口元に手をあてたあどけない笑顔。  おれのよく見知っている、クリスティア・フェルミーナ王女殿下がそこにいた。  たとえこの方が黒い魔力を隠し持っていたとして、おれは非情になりきれるだろうか?  そうしなければならない状況下であったとして、おれはこの方を斬れるだろうか? 「……どう、なさいました?」  おれが無言で立ち尽くしていたからだろうか、笑い声を収めたクリスの表情が、ふと疑問符を帯びた。  さっきまで青白さすら窺えた顔色に、どこか赤みがさしている。不穏な考えを拭ってくれるようなその色彩に、ほっとした内心そのままに微笑み返した。  ……同時に、自分の考えを思い直した。  聖騎士とは、なにかを処罰するものではない。命と思想を護るものだ。そこは、それだけは迷ってはいけない。 「いや、なんでもないよ……それで、今回はどんな訓練なんだっけ?」 「はい、本来は基礎・自由鍛錬、一対一、休憩を挟んで三対三、という運びだったのですが、セイジさまがいらっしゃるなら、と。みなが勝ち抜き戦を提案しまして」 「勝ち抜き戦? なんでまた、昇級試験みたいなことを……?」 「昇級試験を模したほうが、熱が入るであろう、ということですわ。聖騎士資格試験も、近く再度執り行わねばなりませんし」 「再試験か。そういえば、そうか……」  予期せぬ化け物の襲来、それに次ぐラフィアの危機。  あれがなければ、目の前の何人かが、聖騎士として名を連ねていたかもしれない。ラフィア住民の救助という、騎士の本分あっての名分であればこそ、みな納得してくれてはいるのだろう。  しかし、不憫といえばそれもまた当然の意見だ。前例のない再試験も妥当なものだろう。 「セイジさま、準備がととのいましたわ」  思案に耽っている間に、準備運動のような基礎鍛錬が区切りを迎え、その熱冷めやらぬうちに、といったふうに、騎士たちが移動をはじめた。クリス自身も高揚しているのだろう、腕をぶんぶん振って催促する姿に、遅れながらも後を追った。 「無差別かつ大規模であるもの。精神攻撃に属するもの。それらを除くすべての魔法の使用を認可する」  だだっ広い訓練場のど真ん中で、騎士たちが大きな輪を描いている。清涼な、しかし力強いクリスの声が響き渡ると、痺れるような場の空気がいっそう昂った。  名を呼ばれたふたりの騎士が、堂々とした足取りで輪の中心に進み出た。一礼ののち、構えをとった体に漲る闘志と魔力が、針のように鋭く研ぎ澄まされていく気配を感じる。 「存分に、しかし尋常に、聖騎士の名のもとに!」 「「フェルミーナの名のもとに!」」  鬨の声のような号令とともに、向かい合った騎士が地を蹴った。

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