境界線上の魔王

読了目安時間:4分

エピソード:64 / 160

6-8 策を越えた無策

 祝賀会は、じつに平和的に閉幕を迎えた。  この『平和的』という言葉の意味を、ポーラは当初『ラフィア国民に対する嫌悪』をさしているものとばかり思っていた。しかし、経緯を見届けてきたレオンや、報告を受けたジーンがもっとも懸念していたことは、祝賀会への龍の襲撃であった。  ……龍。空想上の存在とされていたその生命体が、人里に潜入している。そのことを知ったレオンは当初、しかし特に対策を打つわけでもなかった。 『情報不足により考慮外』  すべきことが山積していたこともあっただろうが、現実的には龍の件はこの一言で片付けられてしまった。  正式に対策をするとなれば、国家単位での情報共有が必要な相手である。しかし『境界線』が誕生して以来二十年、大規模な事件や事故は鳴りを潜めていた。つい一年ほど前に、フェルミーナ郊外の村が全焼した、という前例はあるにはあったが、それ以前も以後も、そもそも宮廷魔道師が派遣されるような事故そのものが起こっていなかった。  しかしどういうわけか、直後に立て続けに龍があらわれた。それも白昼堂々、姿を隠すわけでもなく、さらにはその目的も不明瞭なまま、戦後処理の合間に音もなく姿を消した。  この情報を正式なものとするには、あまりにも証左が不足していた。そして正式なものになりえたとしても、一般兵では足止めにすらならないであろう人智を超えた力を目の前に、レオンたちはただ警戒することしかできなかった。  それでも、一同に酒を呷るていどの心の余裕があったのは、ポーラの兄ヘイゼルが健在であったことが何よりも大きかった。  まず、今回の祝賀会に際して、レオンは要人が一堂に会する大規模なものであるとして、結界魔法の使用を宮廷魔道師団に公布した。団員はもちろんのこと、改めて見聞したレオン自身すら驚くほどに、ヘイゼルの結界魔法は完成度の高いものであった。  魔法の使い手ですら意識しなければ気取られないほどに薄く、広大な王宮の敷地を覆い尽くしてなお余力のある効果範囲。それは魔法大国フェルミーナですら前例のないほどの見事なものであった。 「周辺警護の概念を覆す力になる」  作戦の道中、セイジがぼんやりと考えていたヘイゼルの力の有用性は、斯くして早々に立証されることとなった。  むろん、結界魔法そのものの抵抗力はさほどでもない。  破られることもあれば、使い手ならば魔力の波長を合わせてすり抜けることも可能である。が、それら全ては術士であるヘイゼルの知ることとなる。 ――知ってしまえば、どうとでもなる。  それが、レオンが国王ジーンとの協議の末、導き出した結論であった。  一同には、男児の龍やアリアの力も借りたとはいえ、上位の個体である緋色級の討伐に成功した、という自負がある。  しかし、その戦闘の直後、緋色級の龍がさらに二体同時に襲来している。と聞かされた一同に成すすべはなかった。魔力も体力も精神力も、文字通りすべて使い果たし、這々の体で地面に座り込んで祈ることしかできなかった。 「たとえ体調が万全だとしても、おれたちは足手まといにしかならねえよ」  マリーの後を追おうとしたクリスを、そう言って制止したのはレオンであった。  発言だけを切り取れば、騎士としてあるまじき非情な言い訳にすぎない、と批判を受けるだろう。しかしそれが口惜しいながらも事実であり、セイジならあるいは、とその場の誰もが胸中に秘めたことも事実であった。  そして、満身創痍の一同の前に間もなく帰還したセイジは、あろうことか傷ひとつすら負っていなかった。閉口するばかりの一同の前で、セイジは経緯を説明し、リュートを守れなかったことについて、ポーラとヘイゼルに何度も頭をさげた。挙げ句、レフィリア宅での戦闘のことを知ると、警戒を怠った、とまたしても頭を抱えた。 「レオ兄、これ、危ないと思ったら蓋を開けて空に投げてほしい。すぐ駆けつけるから」  まるで作戦に従事できなかったかのような慌ただしさで、セイジは持っていた袋をひっくり返した。ラフィアの作戦中に使用した警戒用の魔法具をレオンたちに押し付けると、『人手、足りてないだろうから、国境の警戒だけ行ってくる!』と言い放ち、呼び止める間もなく北の空に消えていった。 「……なあ、あたしもちゃんと騎士として修練したら、ああなれるんかな?」 「……なれると思うか?」 「……なれんやろなあ……」  満身創痍の面々のなかで、比較的余力のあったポーラが、苦々しげに頭を掻いた。 「悔しいなあ……『人のこと構うばっかりで、自分のこと大事にせえや』って、セイジに言いたいんやけど、そんなん言える実力差やないわなあ……」  語尾にもう一度『悔しいな』と呟いたポーラの頭を、レオンは無言で抑えつけた。言葉なくして、同じ思いであることを、セイジを見送る視線が語っていた。 「そうだな……おれもお前も、もう少し頼られるようにならんとな」  ……襲撃がある。それを知ってしまえば、相手がなんであれどうとでもなる。なってしまう。 『セイジひとりさえ健在であれば、無策でも問題はない』 『セイジがいないのであれば、どんな策を弄しても意味はない』  みずからそう導き出したその事実は、誰かを守るため騎士を名乗るレオンたちにとって、じつに苦々しい保証なのであった。

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