境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:71 / 142

6-15 分かたれた覚悟

 寝静まった夜の城下。魔法具が浮かべる橙色と、天から降り注ぐ光だけが、ぼんやりと街の形をうつしだしている。  見上げる夜空は、どこまでも続くような一面の群青色であった。その色によく似た衣服に身を隠した人影が横切ったとしても、それを察知する者はいないであろう。  だからこそ、レベッカは群青色の服を選んだ。いま、はるか上空を滑空する彼女は、気まぐれな天候に向けて、感謝のような微笑みをたたえていた。 「晴れてよかったわ……」  何者にも邪魔されない空の上なら、遠慮なく全力で突き進むことができる。魔力の落ちたいまの自分が、人の目を避けて使者と合流するには、最短の道を選ぶほかにない。  龍は、ヒトを特別視しない。ヒトの世に身を宿さない使者も同様だ。  私が後手に回れば、彼等は構うことなく往来で職務をこなすだろう。そういう奴らだ。だからこそ疾く合流し、少しでも郊外で取引を始めなければいけない。  みじかい思考は、視覚に上書きされた。ほど近い高度に舞う影が、正面の空に姿をあらわした。  龍族の使者であった。 「……来たわね」  接近しようとは思わなかった。この会合が、情報の共有ではなく取引にあることを、レベッカは知っていた。  上空での睨み合いは、長くは続かなかった。声のひとつすら上げない影たちが、音もなく近辺の路地に降下した。 「あそこは……っ!」  その背を追いながら、レベッカは苦々しく眉を寄せた。  大通りから少し離れた一画。ほんの数時間前までは、七色の光を帯びた魔法具に引き寄せられる人影たちが、ぎこちない往来を繰り返していたであろう。  レベッカの第二の故郷である、色街であった。 「それが、封じられたというお前の魔力か」  舞い降りた開口一番、先頭に立った人影が、レベッカに向けて毒々しい声を浴びせた。使者たちはいずれも漆黒のローブとフードに身を包んでおり、等級をあらわす瞳の光をのぞいては、何の情報も読み取ることはできなかった。 「ええ……これが目的なのよね?」 「そうだ。あの御方の力がより強大になれば、山積する問題など塵芥のごとく解決なさるだろう」 「…………」  あの御方。龍族強硬派筆頭の、あの龍だ。  すべての生物の先をいく魔力をもつ龍だからこそ、魔力があれば万事をなすことができる、と、思い込んでいるようだった。もっとも、自分自身がつい先日まで似た見解をもっていた手前、今ここで使者を批判することはできない。 「なぜ、このような魔力を封印する力があることを黙っていたのだ?」 「人聞きの悪い事いわないでちょうだい。知らなかっただけよ」  レベッカが、口先と内心で同時に舌打ちを放った。  嘘偽りなどではない。ノインが生来の能力として持ち得たのか、途方もない年月を重ねたうえで身につけた術なのか、本人が語ることもなければ、こちらから問いかけることもなかった。  先に知っていれば、こいつらはノインを使って手当たりしだいに魔力を回収しろ、などと言いかねない。強硬派を称するに名前負けを恐れるのは勝手だが、勝手も過ぎるとただの迷惑ではないか。  嫌悪をのせたレベッカの視線の奥で、使者たちが何やら耳打ちをはじめた。時折、ちらちらとこちらを窺う様子が、レベッカの不快感を煽った。  その景色のさらに奥、小路をくぐり抜けるようにしてあらわれた、子供の人影がうつりこんだ。はっとして息をのんだレベッカの動揺を、使者は見逃さなかった。 「その子供を捕らえろ」  白いフードを目深にかぶり、スカートをはためかせた少女の周囲へと、佇んでいた使者たちがするりと身をすべらせた。どこかの店の侍童であろうか。とても外見に見合った時刻ではなかったが、この状況では瑣末事であった。 「え…………?」  音もなく取り囲まれた少女が、抱えていた籠を取り落した。絶句が悲鳴に変わる直前、ひとりの使者がその口元を手でふさいだ。 「喋ると殺す。逃げても殺す。わかったら黙って首を縦に振れ」  ひそやかに語りかける使者の、いびつな刃物のような爪が、少女の喉元に突きつけられた。言われるがままに頷いた小さな肩が、飲み込めるはずのない状況にかたかたと震えていた。 「その子は関係ないでしょう!」 「関係ないな。話を続けよう」 「――――っ!」  『今は』という言葉が文頭に存在するに違いない。それは、色いい返事を返せないような話が始まる、ということに他ならなかった。 「そのノインとやらの力を使い、他のヒトどもから魔力を徴収しろ」  果たして、レベッカの悪い予感は的中した。魔力の光球を握り込む手のひらに、まるで八つ当たりをするかのように力が籠もる。 「できもしないこと言わないでちょうだい。標的のいない彼等にもかなわなかったのに、この上、私ひとりで何をしろっていうのよ。そもそも、標的への接触は禁じられたはず――」 「では、まずはその魔力をこちらに寄越せ。緋色級である私が、緋色級であるお前の魔力を取り込めば、鏖殺も可能であろう」  当たり前のように告げた使者が、話は終わりだ、とでも言いたげに、レベッカに歩み寄った。差し出された手が意味することは、ただのひとつであった。 「さあ、それをこちらに寄越せ。貴様の力をもって、貴様の任務に助力してやろう」 「…………」  傲慢にすぎる提案に、レベッカはなんの反応もしめさなかった。やがて目前にまで接近した使者の前で、自身の手のひらに吸い付くような魔力に視線を落とし、ゆっくりと使者に視線を転じた。 「魅力的な提案ね。けど、お断りするわ」  声を失う使者の前で、レベッカは魔力の光球を自身の体に押し付けた。水に投げ入れた球体のように、光球と接触した腹部に魔力の波紋が浮かび上がった。青と白の燐光が飛び立つ蝶のように横切って、薄暗い周辺の雰囲気を神々しく彩った。 「力なんて、大小だけが価値だと思ってたわ。強いか弱いか、ただそれだけ。そこに意思なんてない……」  レベッカの全身から迸る力強い魔力と光に、使者は黙して目を細めた。あるいは嫌悪の感情からの行動であったのかもしれないが、それ以上にレベッカの魔力を警戒する意思を宿していた。 「だけど、私はあのヒトたちに負けた。弱くても揮う力の意味を教えてもらった。だから、ね――?」  萎みゆく光の渦のなかで、レベッカは飾り気のない、無垢な笑みを浮かべた。 「理念もない。道理もない。遠慮もなければ配慮もない……そんなあなたたちとは、もうお付き合いしてられないのよ」  レベッカを見る使者の瞳に、紛れもない殺意が芽生えた。瞬間、見つめ合う両者が、互いに臨戦態勢をとった。抑えつけていた魔力が迸って、崖際一寸のところで保たれていた平穏が、音をたてて崩壊した。 「その言葉に、偽りはありませんか?」 ――だからこそ、その声は戦場を支配した。  電撃のような緊迫感が走り抜ける雰囲気のなか、囚われの少女が声をあげたのだ。 「……はい、ありません」  呆気にとられたレベッカが思わずそう答えた瞬間、使者が少女の喉に指を突き出した。「あっ」と、悲鳴にも似たレベッカの声が、直後、疑問符になりかわった。  禍々しい使者の爪は、白絹のような皮膚に触れた直後、混じり合うことを拒絶されたかのように動きをとめた。  少女が抵抗したわけではない。ましてや、使者が手を止めたわけではない。  止まったのだ。 「そうですか」  静止した空間に、可憐な声がふたたび走り抜けた。顔をあげた少女が、喉に触れたままの龍の爪をそっと押しのけた。たん、と、軽快な石畳の音を響かせて、少女はレベッカのもとに跳躍した。素顔を隠していたフードが風に煽られて、その下の銀髪と紅緋色の瞳があらわになった。 「でしたら、お手伝いいたしましょう」  使者たちに背を向けたまま、その少女――ローズマリーは、レベッカに微笑んでみせた。 「……たった二人で、勝てるとでも?」  和やかなふたりの間に飛び込んだ太く低い声が、辺りをふたたび戦場の暗雲に沈めた。ゆらりと揺れ動いた使者たちの影から、同じ数の尾がずるりと這い出した。刃を身に宿した鞭のようなそれが、マリーとレベッカを上空から見下ろした。  照準を終えた数条の尾が、ぴたりとその動きを止めて、ひと息のうちに空を裂いた。迎え撃つように身構えたマリーの視線が、何かに気取られたかのように、わずかに上空に逸れた。  うなりを上げて迫りくる尾のさらに奥、月下を怪しく反射する青と赤の白刃が、青天のなかにひらめいた。凄まじい勢いで近づきつつあるそれを見て、マリーがわずかに口元を綻ばせた。 「何が可笑しい!!」  激昂とともに、まっすぐにマリーへと伸びた龍の尾が、ひときわ鋭く光り輝いた。切り取られたような時間のなか、マリーがいかにも申し訳無さそうに口を開いた。 「あなたの勘違いが、です」  不敵な語尾が、凄まじい勢いで吹き荒れた暴風に飲み込まれた。直後、対となる二色の剣をしならせたクリスが、使者たちの尾を追い抜きざまに斬り捨てて、颯爽と姿を現した。螺旋を描くよう剣をふるった体が、石畳を削り取らんばかりの勢いで身を滑らせて、ふたたび舞い戻ってきた。 「お待たせ、いたしましたわ!」  言い放ったクリスが、ふたりを背負うように使者たちへと立ちはだかった。  晴れやかな夜空の下、爛々と見開かれた琥珀色の瞳に、ゆらり、と黒い焔が燃え上がり、すぐに消え去った。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月24日 22時02分

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    ブラボー!!

    くにざゎゆぅ

    2022年7月24日 22時02分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月25日 7時23分

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    ぺこり

    羽山一明

    2022年7月25日 7時23分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月19日 7時31分

    頭が弱い上に疑り深い拙者にとって、この物語は充分に複雑怪奇でありますぞ! 実際のところ、同勢力内での化かし合いが一回でもあったら拙者もう誰も信用しないであります押忍!

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    うさみしん

    2022年6月19日 7時31分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月19日 9時21分

    同族内でグズグズやってるのはたぶん龍族だけで、人間たちはみんな仲良し……でもなかったですね。もう全部あの黒い魔力さんが悪いということで……。

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    羽山一明

    2022年6月19日 9時21分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月15日 5時07分

    あら〜、苛つくキャラだったレベッカに傲慢な態度を向けるキャラが出てくるととたんに同情したくなりますね。意図した筋書きにまんまと乗せられた様で逆に気持ちいいです押忍!

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    うさみしん

    2022年2月15日 5時07分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月15日 9時41分

    わけのわからない指示に開き直ってキレ散らかしていたのは彼女も同じだったようです。直情的かつ浅慮なのは幼さゆえの過ち。人的被害がなかったので許してあげてください。この使者軍団はぶっ飛ばされるので、ストレスはそちらに。

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    羽山一明

    2022年2月15日 9時41分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月17日 22時23分

    灯の落ちた色町を歩く少女に、ん?と思いましたが、レベッカに問いかける彼女の言葉に、思わず鳥肌が立ちました! 凄くいいです、この展開。その後のマリーちゃんのセリフもイカしてる! そして、畳み掛けるように現れたクリス様も素敵! 女三人かしましく、傲慢不遜な龍なんぞ、はよいてもうたれ!

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    乃木重獏久

    2022年1月17日 22時23分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月18日 7時44分

    本作きっての名優ローズマリー。試験につづき、味方を欺く演技は二度目ですね。みなが襲撃に気がつくまでの時間稼ぎとはいえ、それすらも格好がつくのは天晴です。女三人かしましく……男勢ももっと頑張ろう。

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    羽山一明

    2022年1月18日 7時44分

    ミミズクさん
  • タイムトラベラー

    枢(kaname)

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月8日 19時51分

    更新お疲れ様です!!昨日読めなくて今日に持ち越しでした(*´^`)現れた少女が明らかに不意の登場だったのでただの通りすがりではないなとは感じていましたが、まさかの……!!それはレベッカの反応もわかります。ここで登場したのですね!どのような展開になるのか、先が楽しみです!

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    枢(kaname)

    2022年1月8日 19時51分

    タイムトラベラー
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月9日 2時55分

    ありがとうございます!ここ、ちょっと無理がある展開とみられそうなので補足しておくと、自分の気配が薄く、かつ龍の気配を感知できるマリーだからこそ、先回りして小芝居をうつことができたわけです。二人だけで勝てるのか?とか言われていますが、頑張れば勝てそうです。

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    羽山一明

    2022年1月9日 2時55分

    ミミズクさん

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