境界線上の魔王

読了目安時間:5分

エピソード:57 / 142

第六章 『次と原点を探す旅へ』

6-1 祝賀会にて

『紙とペンさえあれば、国王たる職務は遂行できる』  王宮建設の折、フェルミーナ国王ジーンはそう言って憚らず、建築技師たちの頭をこれでもかと抱えさせた。細やかできらびやかな意匠をほどこすことこそ、誉れ高き歴史と技術の集大成である、と息まいて招集に応じた彼らの意気を、国王は『質実剛健、必要十分』の二言で消沈させてしまったのだ。  そもそも、流浪の民族が張り巡らせるような天幕の群れからはじまったこの国には、貴族文化というものがない。ゆえに国王の居住である王宮を豪華にするための、『貴族たちにしめしがつかない』という大義名分が通用しなかったのだ。  そんなジーンにも、いちおう体裁を保つため、ひいては必要であると納得せざるをえない、そんな空間があった。 「…………」  緑に包まれた広大な庭園の一画、王宮に寄り添うように築かれた迎賓館のなか。  磨き上げられた黒曜石の床に、金と銀に代表される装飾の光が眩しいほどに反射している。物言わずして地位や名誉を表明する彼らの視線が、王家の面々が座り込む舞台に熱視線を注いでいた。  息をのむ緊張感を割って、ひとりの少女が姿を現した。目の覚めるような赤と白金のブロンドヘアーが、白と金のシンプルなドレスによく映えている。胸元に添えられたブローチは魔法具だろうか。赤々とした炎がゆらめき、歩みに合わせて火の粉を散らしている。  身長と横顔からは、若さを越えて幼さすら窺える。しかし、堂々とした立ち振舞と毅然とした表情からは、未熟さはいっさいみられない。  やがて登壇した彼女は、自分を見つめる来賓たちに向けて、燃えるような目線を配らせた。わずかに俯き、そして顔をあげて、小さな唇から大きく息を吸い込んだ。 「みなさま、初めまして。ポーチュラカ・フィア・ヴァーミリアと申します。このような場を設けていただいたフェルミーナという国家、ならびに私達を助け出してくださいました騎士のみなさまに、心より感謝の意を表明します」  熱を帯びたポーラの言葉をもって、祝賀会のはじまりが告げられた。 …… ………… ……………… …………………… 「あ~~~~…………」  ヘイゼルが苦笑とともに見つめるなか、ポーラが幾度目かのうめき声をあげた。そのたびに、隣で控える着付け師がびくりと肩を震わせる。 「ポーチュラカさま、なにか……」 「あぁ、ごめんな、ここの装飾品なんやけど……なんか、こう……ちゃうねんなあ……」  衣装にはとても似合わない渋面を浮かべて、ポーラが手のひらで宙を掻いた。相対する彼女は紛れもなく一流なのであるが、抽象的どころか要望の欠片すら具現化しない苦言の前には、作り笑いを貼り付けることでしか返答しえなかった。 「入るぞ」  如何ともしがたい空気が充満する部屋に、ノックと声が飛び込んだ。返答を待つことなく開いた扉から、レオンが姿を現した。がっちりとした体躯は、すでに飾緒きらめく正装で着飾られている。 「王女殿下、ご機嫌麗しゅう。目移りなさるのは結構ですが、開幕までもう猶予がありませんぜ」 「おお、どこの色男や思うたら、第一王子さまやったか。よう喋るその口がもうちっと自重できたら、もっと男前になれるで」 「やめてくれよ。これ以上男前になったら、我が国の男児の未婚率が上がるだろ」 「……ほんま、口ばっかよう回るやっちゃな」 「褒め言葉と受け取っておこう……で、なにがご不満で?」  表情と声色を少しだけ改めたレオンが、ポーラの前に並べられた装飾品の数々に視線を落とした。 「……不満いうほどのことちゃうねんけど、胸元の装飾品な、もうちょい、こう……なんか……ラフィアっぽい言うか……」 「…………」  身振りばかりのポーラの主張を話半分で切り上げて、レオンはひとつのブローチを手にとった。象られているのは鳩だろうか。真珠であろう真っ白な胴体に銀の瞳が輝く、ありふれたものであった。それを手に取り、首を傾げるポーラとヘイゼルから距離をおいて、なにやら詠唱をはじめた。  握りしめた手のひらを中心に、薄明るい色の炎が花咲くように燃え上がって、瞬きののちに消えた。ひとつ頷いたレオンが、いきおいポーラへとブローチを投げ渡した。 「こんなもんか?」  危なげなく受け取った手のなかで、薄い炎をまとった鳩の瞳がポーラを見つめ返していた。さながら赤銅のごとくにぶい光を放つ銀色と、炎の隙間にきらめく真珠の光に、小さな唇から感嘆の声がこぼれた。のぞきこんだヘイゼルも、幻想的な炎のゆらめきに瞳を輝かせている。 「おお……?」 「これ、幻覚魔法ですか?」 「ああ。ラフィアっていったら鍛冶だろ? だからそのまま炎にしてみたんだが……」  自信なさげに髪を掻いたレオンの前で、ポーラはいそいそとブローチを取り付けた。控えめな色彩のドレスの胸元で揺れる炎を見下ろして、すっと顔をあげた。赤い光を反射したポーラの瞳が、夕焼けのような熱を帯びた光を灯していた。 「ええ感じやわ。おおきにな!」 「おう、早く行ってやれ。袖で待ちわびてるぞ」 「へいへい……っと!」  浮足立つ心情を隠そうともせず、ポーラは跳ねるように部屋から飛び出していった。 「ポーチュラカさま、舞台袖はそちらでは……!」  慌ててあとを追った着付け師の悲痛な声が響いて、残されたふたりは思わず顔を見合わせて苦笑した。 「落ち着かねえなあ」 「落ち着かないですね。ポーラらしいといえばポーラらしいのですが」 「……ああ、ちょっと待ってくれ」  部屋を出ようとした肩に向けて、レオンが腕をのばした。振り返ったヘイゼルが、差し出されたブローチとレオンの顔との間で、忙しげに視線を往復させた。 「ポーラのより弱めにかけたんだが、どうだろうか」 「ありがとうございます。でも、私は登壇しないはずでは……」 「あいつが『ラフィアらしさ』って言ってたからさ。お前が付けてれば、あいつもちょっとは安心して喋れるんじゃないか?」 「…………」  押し黙ったヘイゼルが、躊躇いがちにブローチへ手をのばした。ポーラより手際よくそれを取り付けると、レオンに向けて深々と頭を下げて、部屋から飛び出していった。 「さて、あいつらもこれからが大変だな……」  ヘイゼルの背を見送ったレオンが、重々しくひとりごちた。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月2日 23時01分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年7月2日 23時01分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月3日 11時38分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年7月3日 11時38分

    ミミズクさん
  • タイムトラベラー

    枢(kaname)

    ♡2,000pt 〇200pt 2021年12月22日 15時43分

    第六章参りましょう!なんだか久しぶりに穏やかな場面を見た気がします。やっぱりポーラは可愛いです。ポーラも久々に出てきましたね、ポーラ好きなので嬉しいです!それにしても、レオンがイケメン!ポーラは王女としての役割を果たすためブローチを受け取りましたが、場面が違えばこりゃ惚れますよ。

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    枢(kaname)

    2021年12月22日 15時43分

    タイムトラベラー
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年12月22日 17時54分

    新章へいらっしゃいませ! さすがに拠点なのでみな穏やかですが、隙あらば火種をぶっこんでいきます。レオンは基本的には「王子様!」ってかんじのスタイルなので、善行は計算ではなく素です。いい男が多くて、ポーラはさぞやぐらぐらしていることでしょうけど、でもみんな相手がいるんだよね……。

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    羽山一明

    2021年12月22日 17時54分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月8日 21時46分

    《自信なさげに髪を掻いたレオンの前で、ポーラはいそいそとブローチを取り付けた。控えめな色彩のドレスの胸元で揺れる炎を見下ろして、すっと顔をあげた。赤い光を反射したポーラの瞳が、夕焼けのような熱を帯びた光…》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年6月8日 21時46分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月9日 2時48分

    おめかしなんかできる状況ではありませんでしたので、アクセサリーには人一倍の憧れを抱いていることだと思います。

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    羽山一明

    2022年6月9日 2時48分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月4日 5時33分

    ポーラだん゛~~~! 錯覚かとは思いますが、ずいぶんと久しぶりな登場の気がします。その久しぶりがパーティーなんて綺羅びやかな席で、拙者非常に満足でありますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年6月4日 5時33分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月4日 10時32分

    本編では完全に守られる側に徹しております。ですがまだまだ彼女には活躍してもらわねばならない窮地が訪れます。善し悪しはともかく。

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    羽山一明

    2022年6月4日 10時32分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月22日 17時15分

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    いいですねっ!

    星降る夜

    2021年9月22日 17時15分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月23日 4時42分

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    ありがてえありがてえ

    羽山一明

    2021年9月23日 4時42分

    ミミズクさん

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