境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:61 / 142

6-5 宵の宴・クリスの場合……

「む……」  宴のさなか、部屋を見渡す一角に陣取っていた国王ジーンが、怪訝そうに声をこぼした。隣に立っていたレオンが、ふとグラスから唇を離す。 「どした、親父?」 「いや、クリスティアの姿が見当たらんなと思ってな」 「さっき部屋から出てったよ。正装が窮屈だから着替えるとか言ってたかな……うわ」  事も無げなレオンの声が、語尾を苦々しく変調させた。眉をひそめた子の視線を追ったジーンが、いかにも血の繋がりをしめすような反応をあらわした。  ふたりの視線の先、慎ましやかな制服姿に身を包んだ青年が、ヘイゼルと親しげに会話していたセイジのもとに颯爽と歩み寄った。 「セイジさま」 「はい……どちらさま――ティアか?!」  音楽的な声に振り返ったセイジが、とたんに口調と顔つきをやわらげた。あわてたようにグラスを置くと、現れた青年の肩をいきおいよく叩いた。中性的な顔つきの青年の、黄金色の頭髪がふわりと揺らめいて、目立たないはずの衣服がきらきらと光り輝いた。 「お久しぶりでございます。ご健勝でなによりでした」 「久しぶり、って言うのも変か。いまは何をしてるんだ?」 「騎士のお付きはしておりませんが、変わらず王宮に勤めていますよ」 「あの、そちらの方は……」  淀みのない会話の背後から顔をのぞかせたヘイゼルが、おそるおそるといった様子で声を出した。ちらりと重なった青年の目が、およそ只者ではない雰囲気をまとってヘイゼルを見つめていた。 「ああ、こいつはティア。おれが最高位の騎士に昇格したあとしばらく、おれの侍童をしてくれてたんだ」 「はじめまして、ラフィア王女ポーチュラカの兄でヘイゼルと申します。お見知り――」  握手を求めて近寄ったヘイゼルの言葉が、奇妙な箇所で途切れた。 「どうかしたか、ヘイゼル?」 「あ、いや……すみません」  セイジの視線が、伸ばした手をあわてて下げたヘイゼルへと向けられた。その力強い体躯の向こう側で、ティアが唇に人差し指をあてて、片目をつぶってみせた。仕草と表情で疑問符を浮かべてみせたセイジであったが、口に出しては何も言わなかった。 「セイジさまも、お変わりないようでなによりです」 「お前も変わんないなあ。今年いくつになったんだっけ?」 「僕ですか? ……十七を迎えたばかりですが」 「騎士を目指すってんのに、十七でこれじゃあなあ……」  薄笑いを浮かべたセイジが、ティアの頭、肩、腰、腕まわりを順にかるく叩いた。傍目には騎士とそれに憧れる少年のやり取りのような、青く初々しい応酬であるはずであったのだが、間近で見守るヘイゼルの様子は、とても慎ましやかな関係を見守る心境であろうものではなかった。 「もっと食って身体つくれ。これじゃまるで女みたいだぞ」  セイジのその発言に、ヘイゼルがびくりと肩を震わせた。ティアも同じく肩を震わせていたのだが、起因するところはまったく別のものであった。 「最高位にまで上がれたら、ちゃんと指導してやるからさ」 「それは嬉しいのですが……今度はいつまで滞在されるんですか?」 「ん? んー……火急の理由でもできない限り、しばらく滞在すると思うよ。ポーラにも指導しなきゃいけないだろうし」  ティアの表情が、返答の前半部で朝焼けのごとく鮮やかに輝いて、後半部で黄昏色に沈んだ。そのティアの変わり身も、気が気でない、といった様子で佇むヘイゼルのことも、俯いて真剣に思案するばかりのセイジの目に映ることはなかった。 「セイジ~……」  わずかに生まれた空隙に、やたらと気の抜けた声が割って入った。人の波を割るようにあらわれたマリーの、セイジをして『吸い込まれるような』と評される瞳が、眠気を引きずるように据わっている。その背を追ってやってきたレフィリアが、じつに申し訳無さそうにセイジに両手を合わせていた。  明らかにいつもと違う様子に言葉を失うセイジの前で、マリーはさながらはしゃぎまわる子供のように、跳ねるような足取りを連れてやってきた。 「えへへ、呑んでますか~……?」 「いや、おまえ……おれの歳知ってんだろ。飲めねえっての」 「ええ~~? 呑みましょうよお。空を飛んでるみたいに、気持ちいいですよ?」 「呑まなくても普通に飛べるだろ。酔っ払ってんじゃねえのか、お前……」 「いーえー……まだまだ、セイジと飲むまでは~……」 「……おい?!」  いかにも嬉しそうな表情のまま、マリーは糸が切れたように前のめりに倒れ込んだ。受け止めたセイジの腕のなかで、マリーが不気味な笑みを浮かべた。 「ふふふ、つかまえた」 「あっ……ちょっ……ティア、こいつを――」  悲鳴にちかい声をあげたセイジの呼び声に、応えるべきティアの姿はそこになかった。出入口から姿をみせたポーラが、真正面からやってきたティアを見据えるなり、ぴたりと足をとめた。 「クリス、やんな……何やってん? それ……」  すれ違いざま、ティアの背に向けて、密やかな声を投げかけるが、返答はない。追いすがろうと踵を返したポーラに向けられた瞳の色は、ポーラのよく知る透き通る琥珀の色とはほど遠い、赤茶けた血の色を迸らせていた。  有り体に言えば、それは贔屓目に見ても知人に向ける色をしていなかったのだ。  眼力に足と声を封じ込まれたポーラは、一瞥を寄越したティア――クリスにかけるべき言葉を失った。横目で成り行きを見守っていたレオンもまた、クリスの気配が部屋から完全に消え去るまで息をひそめ、直後にセイジへと足早に駆け寄った。 「セイジ、お前、しばらく滞在するって本当か?」 「え? うん、そのつもりだけど……」 「……なんだ? 何か後ろ暗いことでもあるのか?」 「や、おれの魔力のせいで、何か悪いことが起こらないかな、って……」 「リュートがくれた首飾りがあるんだろ? 少なくとも、おれは今のところ違和感ねえよ」  大丈夫だ。と、それだけ告げると、レオンは踵を返した。自問自答するような、重苦しいその語尾と丸まった背中を呼び止めようとしたセイジであったが、酒瓶とともに飛びかかってきたマリーにふたたび拘束されてしまった。  ジーンのもとに舞い戻る道中、レオンはふと黒点のような出入り口に視線の照準をあわせて、すぐに逸らした。 「まさか、な……」  黒煙のように脳裏に宿った仄暗い思考を押しとどめるように、レオンは勢いよく葡萄酒を呷った。 …… ………… ……………… ……………………  足早に部屋を飛び出したティア――クリスは、そのまま壁に沿って歩いていた。  生気にあふれるその所作に相反して、血色は死人のように青白い。不穏さと圧力を無言のままに放ちながら、行く宛もなくただまっすぐに歩を進める。 「…………」  思ったとおりだった。  男の格好なら、距離を縮めてもらえる。触れてもらえる。  あの方は、私が王女だからと気遣ってくれる。その気遣いが、たまらなく嬉しくて、たまらなく苦しくて、そのたび私を迷わせる。  だから。 「それなら、いっそのこと――」  見るものもなく床を見つめていた視線が、ふいに持ち上がった。音もなく進んでいた細い体が、曲がり角にあらわれた人影とぶつかって、力なく倒れ込んだ。 「あっ……!」 「すみません、大丈夫ですか?」  あらわれたのは、二人組の若い騎士だった。驚く間もなくすぐさま手をさしのべるが、クリスは座り込んだ姿勢のまま動かない。 「あの……?」  騎士の手のひらが、クリスの体へとのびた。  その瞬間であった。 「――あの方が触れてくれた場所に、触らないで」  窘めるような声に呼応するように、燭台の炎に揺らめいていたクリスの影が、ぴたりと動きをとめた。それはひと息のうちに姿を変え、膨れ上がり、騎士たちに覆い被さるように蠢いた。 「ひっ――?!」  騎士たちの悲鳴は、半ばから切断された。実体のないはずの影が、騎士たちの口元に飛び込んで、嗚咽に似たなにかの音が溢れ出した。  恐怖に膝を折り、声も出せず慄くばかりのふたりの傍を、クリスは何事もなかったかのように通り過ぎた。その姿が曲がり角のむこうへと消え去り、それを追うように影が溶けてなくなっても、ふたりの騎士は暫く立ち上がることができなかった。  ……その場からやや離れた、王宮へと繋がる回廊にて、一見して子連れのような二人組がいた。  ひとりは、ポーラやマリーよりさらに背の低い男児で、真っ赤な礼服に身を包んだ女性をやけに堂々と連れ添っている。王宮へとつづくその道のうえで、男児は眉をひそめて立ち止まった。 「あらぁ……?」  男児につづいて、女性もまた怪訝な声をあげた。切れ長の瞳が周囲にするどい視線を投げかけると、やがて王宮の方角をまっすぐに見据えた。 「ねえ、この魔力って……」 「ああ。間違いない。標的の魔力だ」 「痛いのはもう嫌よぉ? お仕事ももうお休みできないし……」  心底嫌そうに視線を逸らした女性に、振り返った男児がするどい舌打ちを浴びせた。 「勤勉なのはけっこうだが、本業を疎かにするのでは本末転倒だな」  苦々しげに告げられた言葉を残して、男児はさっさと歩きはじめた。その背を少しだけ見守っていた女性は、やがて意を決したようにその後を追っていった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月10日 19時55分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年7月10日 19時55分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月11日 2時07分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年7月11日 2時07分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月8日 5時43分

    切ない、ただ切ない。もうこうなったら立場や性別を無視した明るく爽やかなビーチバレー回をやるしかない、そう思いました。

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    うさみしん

    2022年6月8日 5時43分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月8日 10時03分

    海の存在すら怪しい世界なのでどうなるんでしょう。ルーレインに赴けばありそうな気もします。日常回はもはやどこに挟めば良いのかもよくわかりません。

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    羽山一明

    2022年6月8日 10時03分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月30日 20時12分

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    これは期待

    星降る夜

    2021年9月30日 20時12分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年10月1日 4時04分

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    最高のお言葉です!

    羽山一明

    2021年10月1日 4時04分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡1,000pt 〇100pt 2022年7月21日 22時25分

    《恐怖に膝を折り、声も出せず慄くばかりのふたりの傍を、クリスは何事もなかったかのように通り過ぎた。その姿が曲がり角のむこうへと消え去り、それを追うように影が溶けてなくなっても、ふたりの騎士は暫く立ち上が…》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年7月21日 22時25分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月22日 8時17分

    この作品ではちょっと珍しい演出でした。モブのマイナス表現はあんまりやりたくない。

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    羽山一明

    2022年7月22日 8時17分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月10日 5時09分

    あれ、この女性の口調って……。

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    うさみしん

    2022年2月10日 5時09分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月10日 9時14分

    猟奇的な彼女ですね。お腹に開いた穴は塞がったのかな。

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    羽山一明

    2022年2月10日 9時14分

    ミミズクさん

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