境界線上の魔王

読了目安時間:8分

エピソード:69 / 142

6-13 尋問と光明(後編)

 ――セイジ・ルクスリアの殺害。  その言葉は、レオンをはじめ、一同に少なからずの衝撃を奔らせた。  むろん、推察はしていた。間接的に理解もしていた。しかし、他ならぬ龍の口から直接の確証を得ることとは、やはり意味合いが異なった。  理解と解釈は、じつに似て非なるものである、とノインは思う。  これが合議の場であれば、同じことを口にしても効果は薄いだろう。しかし、これは造り上げられた尋問の場であり、各個が積極的に見識をすり合わせる機会はない。理解ではなく解釈を、自分自身の力だけで完結させなければならない。  したがって、強い意味をもつ言葉を浴びれば浴びるほどに、互いの歩調が狂う。結果、同じ立場や意見をもって立っていた者たちでも、容易にその優位性を損なう危険性をはらんでいるのだ。 「既知の情報であろうが、改めて説明する」  畳み掛けるように、ノインは言葉をつづけた。もはやその発言は、レオンの許可を必要としていなかった。 「我々に課せられていた使命は、人里に潜入し、監視を要する能力をもつ人材を警戒することであった。数ヶ月前、その名簿に新しい名が加わった」 「……それが、おれか?」 「そうだ。その名簿には、それぞれへの対処も併記されていてな。そやつらがヒトの管理能力を越えた悪事を働いた場合、影からその謀を阻止せよ、などというのが定跡なのだが」  ノインの視線が、レオンのもとからセイジへと、ゆっくりと移り変わった。 「貴様の場合、一言『始末せよ』と添えられていただけであった」  冷えて凝り固まっていた空気のなかを、薄い硝子が割れたかのような小さな音が走り抜けた。  そのさなか、レオンの顔色がほんのわずかに微震した。その些細な揺らぎを、ノインは見逃さなかった。 「……龍も、セイジの莫大な力を当初から警戒していたというわけか」 「ああ。だが異常だ。始末することが決まっているのであれば、本営が直接手を下せばいいだろう。なぜ監視者である我々を介入させる必要があるのだ?」 「ふむ。確かに……」  重要な事実を、あくまで指示されていた立場として表明し、意識を自分から逸らす。そのうえで、相手が思い浮かべるであろう疑問に足並みを合わせる。  静かに視線を落としたレオンが、ちいさく頷いた。顕示するかのような剣呑さはやや薄れ、純粋な物思いに耽るいつもの様子であった。意識させることのないままに、場の雰囲気は尋問から交渉に姿を変えつつあった。 「……だが、命令は命令だ。セイジ・ルクスリアを調べた私は、あの日、作戦を決行した。しかし直前になって、強大な龍の気配がふたつ、ラフィア領にあらわれた。そしてセイジ・ルクスリア本人もまた、そちらに向かっていた……」  言葉の余韻に浸るような表情をかたどって、ノインは天を見上げた。たとえ、その仕草が演技であることを理解していたとしても、容易に口を挟める話の内容ではない。そのことをじゅうぶんに理解していたノインは、空白の時間のなかで、揺蕩う雰囲気と感情の流れを読み取ることに成功した。 「私は混乱した。混乱しながらも、自分の務めは陽動であることと解釈した。可能な限り愚者を装ったまま襲撃することで、貴様らに余計なことを勘ぐられぬよう振る舞ったのだ」  だが。と、ノインが肩を落としながら言葉をつづけた。もはやこの場は、彼の劇中にあった。 「そこから先は知っての通りだ。私も、介入したレベッカも、陽動どころか足止めすらままならなかった、標的……セイジ・ルクスリアを襲った龍も破れ、後日、貴様を監視から外す旨だけを、使者が告げていった」  台詞を終えたノインが、ふう、と軽い息を吐ききった。それに倣うような吐息が、さざ波のように呼応した。 「……その話の、どこに疑問を感じたんだ?」 「ああ。悪いが、その前にひとつ確認をしたい」  レオンの言葉を堂々と遮ったノインが、ふたたびセイジへと向き直った。 「貴様は、国境のむこうで二匹の龍と戦った。これは間違いないか?」 「ああ、間違いない。リュートを糾弾しようとした二匹だけだ」  リュート、という言葉を聞き入れたノインの顔つきが、不快げに引きつった。 「……結果、そのリュートとやらも倒れ、戦いのあとには貴様しか残らなかった。これも正しいな?」 「……ああ。そうだ」 「では、一体誰が貴様の戦いを見届け、それを報告したのだ?」  求められるはずのない解答を求めて、ノインは取り囲む防護壁に貼り付く勢いで身を乗り出した。本意でない命令に対する憤懣が、堰を切ったように次々と、言の葉となって飛び出した。 「どこかしらから現れた龍が、宝玉になった龍を復活させたんじゃないのか? そいつらから話を聞けば、おれの力の如何は共有できるだろう」 「そうかもしれぬな。だが、それがなぜ、貴様の討伐は不要、という結論に至るのだ? 龍族からしてみれば、実力行使のつもりで放った緋色級が二匹まとめて撃退されたのだ。むしろ危険性が高まったとみるほうが自然ではないのか?」 「それは……」 「そもそも、その龍どもは本当にそのリュートとやらが目的であったのか? それだけのために、わざわざ紅色級を二匹も寄越すとは思えんのだが……」  ノインが放った沈黙が、息苦しさすら感じるほどに空気を締め付けた。最も動揺をあらわにしていたのは、他ならぬセイジであった。  リュートを庇うためだけに繰り広げた戦いが、まったく別の意味を孕んでいたとするならば。  騎士としての矜持と、黒い魔力を解き放つ覚悟が、第三者の意思によって引き出されたものだとするならば。  ――自分の力が、ただいたずらに戦場に爪痕を残しただけであったとすれば。  噛み合うはずのない歯車を、無理矢理にまわしているかのような不協和音が、セイジのなかに燻っていた疑心をじくじくと刺激した。 「……言っておくが、龍族はただ力の大きな者を無差別に制御するための存在ではないぞ。広く、長尺な観点から、世の均衡を支えるために暗躍しておるのだ。一時的、個人的な観点から、その意図が読めんことがあったとて、致し方なかろうな」  ノインが、居心地の悪そうに語気の弱い補足をした。あまりにわかりやすく視線を落としたセイジに、彼なりに思うところがあったのだろう。 「ねえ、そのリュートっていうの、本当に龍なのかしら? 古参の龍ならノインが知ってるはずだし、ごく最近に産まれたなら、私にだってわかるはずなのよ」 「お前らの知らん龍の事情なんか、おれたちが知るわきゃねえだろ……」  愚痴のような呟きを放ったレオンが、前髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。長い溜息を吐ききって、首をかるく左右にひねる。 「ここで終わるような話じゃなさそうだ。後日に持ち越しだな」  レオンのその発言は――態度と口調も併せて――散会の宣言に等しいものであった。急激に減衰した緊張感の前で、ノインがひとり表情を曇らせた。  その視線の真正面に向けて、レオンがすっと指をさした。 「部屋は用意する。そんでお前らには、しばらくそこで生活してもらう。人の目が気になるなら、使用人の制服なり、騎士の徽章なりも手配する」 「はっ……?」 「取り入るために交渉しにきたんだろ? 命令違反の粛清を第一に警戒するなら、形だけでもお前らの意思じゃなくて、おれたちに拘束されてる、って体が必要だろうが」  交渉の是非はともかく、延命という眼前の目的はひとまず果たしたことを理解して、ノインが小さな目をすっと見開いた。発言の意図に込められたレオンの意思を嚥下すると、ふたたび口を開いた。 「……先に、ひとつだけ言っておく。最終的に、我々の情報に価値を見いだせなかったとしても、こいつは不問にしてくれ」 「え?」  レオンに先んじて、レベッカが眉を顰めた。 「こいつは、レベッカは、まだ産まれて二年も経たぬ未熟な龍だ。先の『ヒトの道理』の話ではないが、無知な幼子のしでかしたこと。免罪とまでは言わんが、寛恕の余地くらいは与えてやってくれ。この席に引き込んだことも含め、代償は私が払う」  頼む。と、言葉を締め切ったノインが頭を下げた。幼子、と口にするノイン自身の見た目が、幼子とそう代わり映えのしないこともあっただろうか、今度はレオンが目を見開く番であった。レベッカもまた、なにか言いたげにノインを見つめたが、口に出しては何も言わなかった。 「……そういったことも含めて、今ここで結論は出せない」  気落ちしたノインの肩に、二の句が告げられた。 「だが、覚悟は買おう」  その言葉を合図に、龍たちの目の前の防護魔法が薄い点滅をはじめ、やがて溶けて消え去った。  みじかく言い放ったレオンは、そのまま身を翻した。態度と状況につられるように、二匹の龍は肩を並べて歩き出した。すっかり寝静まった王宮の回廊を歩くうちに、氷結していた二匹の精神は、緩やかに弛緩をはじめた。 「――そういえば、最初の質問に答えてなかったな」  そんな折、レオンが不意にぴたりと足を止めた。 「今後、叛意を覚えたときは、あの幻覚魔法を思い出せ。次はあの程度ではないということを、常に肝に銘じておくんだな」  振り返ったレオンが、彫刻のような端正な顔つきに空恐ろしい笑顔を浮かべ、反応を待たずに踵を返した。 「……貴様は、じつにいい性格をしているな」 「ああ。お前の次くらいにはいい性格だと思うよ」  背中で語られた軽口の前に、ノインは苦笑を返すことしかできなかった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月20日 18時23分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年7月20日 18時23分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月21日 3時24分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年7月21日 3時24分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月17日 6時17分

    レベッカが生まれてからまだ2年……。相当智慧が回るのか、それとも前世めいた膨大な知識を持って生まれてくるのか。その辺りがとても気になり申した。

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    うさみしん

    2022年6月17日 6時17分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月17日 9時28分

    あんまり言い過ぎるとアレですが、魔力とともに知識を……こう……ねじ込まれて生まれてくるようです。

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    羽山一明

    2022年6月17日 9時28分

    ミミズクさん
  • タイムトラベラー

    枢(kaname)

    ♡2,000pt 〇100pt 2022年1月5日 16時44分

    ふむむ……ノインのお陰で色々と分かってきましたが、リュートに対する疑問が凄く大きく現れました。消えかかっていたものを掘り起こしてくれたと言いますか……目的が不鮮明で疑問ですね。解明されていくのが楽しみです。それと、ノインがレベッカを庇った言葉の内容が、実に人間身を帯びていますね。

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    枢(kaname)

    2022年1月5日 16時44分

    タイムトラベラー
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月5日 23時00分

    ここまで読めば、味方っぽかったリュートの目的が、セイジの腕試しだったのか?と疑問になり、敵だったノインがやけに頼れる存在になり、さぞかし混乱させてしまっているかな、と思います。すみません。ノインはなんだかんだで人として経験が長いので、感性はほぼ人間かもしれません。

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    羽山一明

    2022年1月5日 23時00分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月14日 4時05分

    だいぶ込み入ってきましたね。それぞれの陣営や個人の思惑がどこにあるのか、この後もしっかり読んでいこうと思います。

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    うさみしん

    2022年2月14日 4時05分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月14日 8時58分

    思惑自体はいたってシンプルなのだとは思いますが、如何せんすり合わせが足りません。現時点でまるで判然としないのは、龍たちの内情くらいでしょうか?

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    羽山一明

    2022年2月14日 8時58分

    ミミズクさん
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月2日 7時06分

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    好きしか詰まっておりませぬ

    涼寺みすゞ

    2022年2月2日 7時06分

    文豪猫
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月2日 11時29分

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    いつもありがとう

    羽山一明

    2022年2月2日 11時29分

    ミミズクさん

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