境界線上の魔王

読了目安時間:5分

エピソード:53 / 142

5-14 決着、そして……

 ひとつ地面を蹴るごとに、脚部から血が噴き出す。  赤々とした焔の熱を右半身に浴びながら、サティは痛みに目を細めた。セイジの剣を握りなおした右手から血が垂れて、無言のままに左手に持ち変える。 ――これは、玉砕覚悟というやつだな。  不穏な言葉が頭をよぎって、サティは苦しげに引きつっていた表情をふいに綻ばせた。  どうせ満身創痍なら、いっそ命を燃やし尽くすくらいの気持ちで臨んだほうが、むしろ気が楽になるのかもしれない。  龍として産まれ落ちてこのかた、そのような発想をする必要に迫られることはなかったが、なかなかどうして。 「命を散らすという生き様も、悪くない」  ニアの心配など露知らず、サティは己の中に新たな感情が芽生えはじめたことを自覚していた。そして同時に、その騎士道精神にも似た感情を満たすためには、目の前の騎士を退けなければならないことも知っていた。  視界の右半分に燃え盛る火球、左半分には悪魔のような人間の、数える気すら起きない魔法の群れが、今か今かと私を待ち構えている。  失意に挫けかねない光景を見上げて、サティは見た目相応の無邪気な笑みを浮かべた。 「やるしかないなら、やるしかないよね!」  自棄のような決意を胸に、サティはなお強く地面を蹴り出した。手足から流れ落ちる血が、みずからの足跡に紅蓮の点線をえがいた。  緩やかに、だが確かに火の勢いが衰えはじめる。これが途切れる瞬間を見計らって、右手側に飛び出して魔法を躱す。それまでに奴の魔法が完成したら、その時はその時だ。  渦巻く焔の尾を待ち望んで、ひたすら走る。遅すぎても早すぎても、機は失うだろう。  まだ。まだ。まだ――。 「今!!」  焔が消え去る直前、その残火に半ば飛び込むようにして、サティは身をすべらせた。  黒煙に乗じて姿を眩ませ、迂回して奴の横合いをとる。そうすれば、奴はニアと私を同時に捉えることはできなくなる。  それがサティの狙いであった。  だが、捨て身の戦術を敢行したサティの覚悟は、またしても裏切られた。  炎の死角に放たれていた球状の魔法が、合図を待ちわびるように煌々と輝いていたのだ。 「容赦ないね、本当に」  繰り返された絶望を前に、サティは躊躇うことなく顔をあげた。視線の先、前へと進む勢いを、垂直に飛び立つ力に変えて跳躍した。空中で姿勢を転じて、掠れるほどの距離ですれ違った光の球へ向けて、剣を掲げて防御の姿勢をとる。  表層を震動させた光の球から、昼光色の光が溢れ出し、轟音と熱波が走り抜けた。  狭まった視界の向こう側、凍っていたはずの地面が泡立ち、蒸発し、焦げ付いた。 「……この世の終わりみたいな光景だね」  苦々しい感想の返答は、言葉によるものではなかった。ゆらめく黒煙をつらぬいて、糸状の尾を連れた光の球が飛び出してきた。 「勘弁してくれよ……!」  宙を蹴って舞い上がったサティの表情は、言葉に反して晴れやかに輝いていた。命の駆け引きをすることも、頬を伝う汗の心地よさも、すべてがサティにとって新鮮なものであった。 「楽しいなあ……けど、そろそろ」  呟いて、ニアの様子を窺うように視線を流す。ひとつ頷いたサティの身体が、遮るもののない空の上でふわりと反転した。 「行きますかね」  駆け上がってくる光の球の軌道を直線上に捉えて、サティは頭から急降下した。読み通りというべきか、光の球の向こう側で、セイジの指がこちらをさししめしている。  その指先に狙いを定めて、サティが剣を振り払った。弾き返された光の球同士が衝突した光芒に、サティの体が飛び込んで見えなくなった。  一瞬の空白をつらぬいて、サティが白煙から飛び出した。身にまとう傷は目に見えて増えていたものの、気迫はむしろ迫力を増していた。 「ここだ!」  沈黙をつらぬいていたニアが、迎撃の姿勢をみせていたセイジの横顔めがけ、無数の光の球を放った。  剣と魔法による完璧な挟撃の前に、上空への迎撃姿勢をとっていたセイジが、その指先をニアの魔法にスライドさせた。 「はあ!?」  帰趨を遠目に見ていたニアが、直情的に声を張り上げた。まとめて迎撃されないよう、意図的に弧をえがいて放った魔法が、泡状の魔法に次々と囚われはじめたのだ。  剣を抜き放ったセイジが、その泡のひとつを掬い上げるようにサティへと放り投げた。虚を突かれて体勢を崩したサティの剣と、ニアの不意打ちを受け流したセイジの剣が、にぶい音をたてて衝突した。  互いに体勢は不十分。得物も同じ。それならば、肉体の強さと落下の勢いのぶん、自分が有利になるはずだ。なのに―― 「なんで……耐えるんだよ……お前……っ!」 「その剣は、おれの魔力が込められている特別製だ。おれの敵にはならねえよ」 「そうかい、なら……!」  鍔迫り合いのさなか、サティは力任せに手首を持ち上げ、捌いた。生まれた一瞬の隙を縫うように、サティは剣を投げつけた。それを強引な切り返しで弾いたセイジの剣めがけて、サティの手がのびた。  乾いた金属音が響いて、振り下ろされたばかりの剣が、サティの手に拘束された。 「さすがに、二本目は捨てられないだろう……?」  一度目の鍔迫り合いとは状況が違う。剣を手放しても反転攻勢できる体勢ではないこと。そして、手放した剣の代わりはないこと。 「…………」  言葉の代わりに、セイジの左手の指が、サティの鼻先に突きつけられた。 「させるか!」  サティの左手が、光を放ち始めていたセイジの手とがっちり組み合った。サティがセイジの膂力を振りほどけなかったことと同じく、セイジもまた、力任せにサティから逃れる術を持ち得なかった。  唸るような声をあげたセイジの剣が、刀身に流れる血の色を塗りつぶすように、赤々とした発光をはじめた。刀身を掴んだままの手指から煙が噴き出して、サティの表情に電撃が走った。 「はなせ……!」 「やだね」  右手を焦がされ、汗を滴らせながら、サティは舌を出して拒絶の意思をしめした。  膠着が続けば不利になるのは自分のほうだ。それを自覚しながらも、サティは平静を失う敵手の様子に勝機を見出した。  思いを同じくするように、ニアが追撃を放った。見上げる半円の軌道をえがいた光の球が、均衡を続けるふたりへと引き寄せられるように飛び込んできた。 「自滅覚悟か!」 「自滅か、それもいいけど――」  サティの頬を照らした光の球が、直後、跳ねるように軌道を変化させた。  ふたりを飛び越えたその先、少し離れた場所で行方を見守っていたリュートへと、躊躇いなく突き進んでいった。後退しながら防護魔法を展開したリュートであったが、幾重もの数の光の玉の前では、虚しいまでに無力であった。 「――まだ、死ぬわけにはいかないんだよ」  防護魔法を突き破ったニアの魔法が、勢いのままリュートの全身を貫いた。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月27日 22時16分

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    「気になるわネ!」ステラ

    くにざゎゆぅ

    2022年6月27日 22時16分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月27日 23時42分

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    実は狙ってました。

    羽山一明

    2022年6月27日 23時42分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡2,000pt 〇200pt 2022年4月28日 19時52分

    《唸るような声をあげたセイジの剣が、刀身に流れる血の色を塗りつぶすように、赤々とした発光をはじめた。刀身を掴んだままの手指から煙が噴き出して、サティの表情に電撃が走った。》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年4月28日 19時52分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月29日 2時01分

    色が変わる短剣とかいう無自覚の厨二センス。こいつやっぱり……!

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    羽山一明

    2022年4月29日 2時01分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月14日 20時24分

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    楽しませていただきました

    星降る夜

    2021年9月14日 20時24分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月15日 9時52分

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    よかったです!

    羽山一明

    2021年9月15日 9時52分

    ミミズクさん
  • マンドラゴラ(覚醒ver.)

    ……くくく、えっ?

    ♡2,000pt 〇100pt 2022年4月22日 10時18分

    ジャンルは違うけど何年か前に買ったID-0ってSF小説みたいな感じで、頑張れぇ! 悪の親玉ぁ! 主人公を……主人公を倒してくれぇ! 全宇宙のためにぃ……ってなると、それはそれで楽しくなる予感(/ω\)うん、毎日ぽちぽちと読んでましたけどホント、このお話オモロイとです。

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    ……くくく、えっ?

    2022年4月22日 10時18分

    マンドラゴラ(覚醒ver.)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月22日 11時40分

    SFはそういうのありますよね。どっちが悪いんだこれ?みたいな展開。本作はどちらかというと、どちらも悪くない、という方針でいきたいと思います。主人公の活躍はあんまり見せられないですけどね!

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    羽山一明

    2022年4月22日 11時40分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月6日 4時23分

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    最高です…!

    うさみしん

    2022年2月6日 4時23分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月6日 7時52分

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    ありがとうございます

    羽山一明

    2022年2月6日 7時52分

    ミミズクさん

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