境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:68 / 142

6-12 尋問と光明(前編)

 底の見えない、どこまでも広がる闇。  閉じるも逸らすも逃れられない、その漆黒の世界に、どれほど包まれていたのだろう。 「――……?」  ふいに、瞼の裏に、うっすらと光が射したような気がした。混濁した意識のなか、ざわめく空気を肌に感じて、私は目を開いた。 「ここは……?」  声に出そうとしたが、水気の枯れた喉からかすれた空気が漏れ出るだけであった。 「ねえ」  いきおい身を起こそうとした瞬間、横合いから声が飛び込んできた。  ――悪い意味で、聞き慣れてしまったあの声だ。おそるおそる視線を向けると、片膝をたてて座り込んでいたレベッカが、見上げるようにしてこちらをのぞき込んでいる。 「レベッカ、か……?」 「……他の誰に見えるのかしら?」  幼子を見守るようなレベッカの薄い笑みは、しかし唐突にかき消された。ぼんやりと虚空を眺めていたはずのノインの体が、突如、跳ねるような動きでレベッカに覆い被さったからである。 「えっ? ちょっと――」  彼女の悲鳴にも似た声は、だが、ノインの耳には届かなかった。母の帰りを待ちわびた童子のように、縋るようにのびたノインの手が、レベッカの髪を、頬を、腰を、忙しげに触りはじめた。 「やめてってば!」  怒りと羞恥に頬を染めたレベッカが、人が変わったかのようなノインの手を、体ごと振り払った。尻餅をついたノインが、ふたたび夢見心地に虚空を見つめた。 「本物、か……」 「何? なんなの? 大丈夫?」  ノインを見つめる紅色の瞳が、困惑と嫌悪の感情を浮かべて揺れ動いていた。乱れた衣服を手で抑えたレベッカの横合いから、低い笑い声が割って入った。 「やりすぎたな、セイジ」 「悪かったって……」  二匹の龍が、声のするほうへと体勢を変えた。レオンを中心に、セイジ、レフィリア、ポーラ、ヘイゼルの四人が、ほの明るい部屋で静かに佇んでいた。鎧こそまとっていないものの、立ち上る気迫と魔力は臨戦態勢のそれであった。  その輪郭が朧気にうつっているように見えて、ノインは思わず一歩を踏み込んだ。持ち上げた足が半透明の壁に阻まれて、ノインは漸く、自分たちが囚われているのだということを理解した。 「先刻の魔法は幻覚か? なぜ、そのように迂遠な――」  にぶい猜疑の声を、するどい金属音がさえぎった。剣の柄を親指で弾き出したレオンが、眼前に白刃をちらつかせた。 「いくら寝起きでも、質問できる立場にないことくらいはわかるよな?」 「…………」  あまりにも端的なレオンの声が、冷感をまとって吹き抜けた。口を閉ざした面々の視線が、龍たちの言葉を刺々しく縫いつけた。  どのような相手にも高飛車な態度を隠すことのないノインであるが、戦場の外側でレオンと顔を合わせるのは初めてのことであった。  ――騎士だから、魔法使いだから。最大の能力を発揮する主戦場は、まさしく戦地にこそあるのだろう。と思いこんでいた。  だが、違っていた。  今のこいつのこの目は、どう見ても戦場で剣を振るっていたよりも苛烈な精彩を放っている。  このレオンハルトという若者は、純粋な戦闘をこなすだけでなく、戦場の外をも戦場にできる人間だったのだ。 「さて、おふたりさんとはレフィリアの屋敷以来だな。まずは人の世での身分を明かしてもらおうか。その次に、今日ここに現れた目的を聞こう」 「……知っておろうが、改めて名乗ろう。私の名はノイン・フォン・アウシュレーゼ。ルーレインで商会ギルドの番頭をしている」 「レベッカよ。見ての通り、遊女をしているわ」  ふたりの言葉に、レオンがかるく首肯した。  見せつけるように握り込んでいた剣を腰にさしこんで、かわりに取り出した紙に筆を走らせた。視線はあくまで真正面に据えられたまま、寸分の表情の機微さえ見逃さないのであろうその瞳は、深く濃い琥珀色の輝きに溢れていた。 「となると、招待状を所持しているのは、貴公のほうだな」 「ああ、そうだ」 「祝賀会のことを知ったのも、それがきっかけか?」 「うむ。今日この場に赴いたことも、同じくそのことがきっかけだ」 「そうか……なら、そっちのレベッカという龍を連れて来た理由はなんだ?」  乾ききっていたはずの汗が、ノインの肌をふたたびじっとりと湿らせた。  ……返答次第では、ここで終わる。  『こいつらに加担することが利益になりえない』と判断された時点で。  あるいはより単純に『信用ができない』と判断された時点で、私たちの姿は物言わぬ宝玉のかたちに変えられてしまうのだろう。 「ひとつは謝意だ。命令とはいえ、我々が貴様らを襲ったことは事実。ヒトの道理に悖るのならば、我々は頭を下げるべきなのだろう」 「……隣の奴に、その意思はないようだが?」  レオンの声に、より低く深い暗雲がたちこめた。汗も吹き飛ぶ勢いで振り返ったノインの前で、レベッカは事も無げな表情で首をかしげた。 「? ないわよ?」 「なっ……レベッカ、貴様?!」 「え? だって私、あなたの話に乗るとは言ったけど、ヒトに頭を下げるだなんて約束、してないでしょ?」  ちらりとレオンの様子を窺ったノインをよそに、レベッカはなおも口を開く。 「それに、ヒトの道理に悖る、っていうなら、謝罪するのは私たちに命令した龍じゃない? 戦争に参加した一般兵が、被害者にわざわざ頭を下げに行くかしら?」 「……その発言は、貴公らが属している龍の一族に離反する意思ともとれるのだが」 「離反もなにも、命令以外で接触している時点で、意思なんて関係なく消されるんじゃないかしら」  あまりにも軽い口調で放たれたレベッカの声は、あまりにも重々しくノインの耳を打った。  交渉の目的や、駆け引きとなる材料を見せる前に、むしろ自ら弱点を口にしてみせたのだ。この場に赴いた理由や覚悟さえ否定しかねない言動に、ノインはたまらずレベッカに詰め寄った。  それより早く、レオンの声が二匹の間に割って入った。 「命令以外、と言ったな」 「ええ、これは命令じゃないわ」 「つまり、貴公らは上位の龍からくだされる命令を承服できず、持ち得る情報を代償に、我らに取り入ろうとしたわけか?」 「…………」 「ねえ、隠しても無駄だから、言っちゃいましょうよお。へたに駆け引きに持ち込もうとするから、いちいち怪しまれるのよ」  レベッカが、ぐずる子供をあやすかのように、ノインの頭をぽん、と叩いた。 「私たち、あの屋敷と今日とで、もう二回殺されてるのよ? このヒトたちから言わせれば、そろそろ立場を理解しろ、ってことじゃない? 意地を張るのも嫌いじゃないけど、引き際も肝心よお」 「……貴様に、引き際を諭されるとは思わなかったな」  ふっと笑ったノインが、頭を撫でるレベッカの腕をそっと押しのけた。憑き物が落ちたような声と表情を持ち上げて、ノインは改めてレオンと向き合った。 「ああ、そうだ。先日、我々にとある命令がくだされた。それがあまりにも不可解であったため、このレベッカと相談のうえ、貴様らと交渉を図ったのだ」 「とある命令、とは」 「我々の標的である、セイジ・ルクスリアの監視……では、ないな」  ノインの口元が、躊躇いがちにふさがった。みずからを諭すように眉をひそめると、ふたたび重苦しい口を開いた。 「セイジ・ルクスリア殺害の命を解除する、との命令があったのだ」  より鋭利な含みをもって訂正されたその言葉は、尋問官たちの喉元に冷ややかな刃を突きつけた。  尋問のさなか、わずかな間隙を突いたノインの目論見は、果たして暁闇のなかに光明を見出したのである。

ここ話長いんで今日中に後半書いて投稿します!

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月19日 20時57分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年7月19日 20時57分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月20日 0時59分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年7月20日 0時59分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月16日 6時24分

    どうしてこうなった、のAA) こういったシチュエーションの場合、証言をそのまま鵜呑みと言うのは無いでしょうが、キャラにそのまま信じさせたい場合の手法等で気をつけられている事はありますか?

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    うさみしん

    2022年6月16日 6時24分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月16日 10時13分

    どちらかというと、「信じたい」という前提での話し合いが多いかもです。初見で彼らが殺し合っていた際に「意思疎通はない」と判断しており、意見が割れるであろう回答を誘導させている点、拷問等で自白しやすい心理に、直前の幻覚にてすでに陥らせている点などで、説得に足る補足をしている、つもり。

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    羽山一明

    2022年6月16日 10時13分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月13日 6時30分

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    たまらん

    うさみしん

    2022年2月13日 6時30分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月13日 11時43分

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    ありがとうございます

    羽山一明

    2022年2月13日 11時43分

    ミミズクさん
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月31日 18時13分

    交渉は、弱味をみせて大きなものを引き出せる場合もあるので、腹を割って話してしまうのも良いかもしれませんね。逆手に取られることはないでしょう……たぶん……。

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    涼寺みすゞ

    2022年1月31日 18時13分

    文豪猫
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月31日 23時11分

    そうですね。ましてや開始時点から劣勢に立たされており、打開もできないとなれば、もはや誤魔化し謀りの類は命すら危ぶまれるというもの。人間サイドが基本的には善人である、という期待があるのならば、詳らかにして興味を引く方がよいでしょう。たぶん。

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    羽山一明

    2022年1月31日 23時11分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月15日 0時16分

    レベッカの実在を確かめるノインの行動が、幻覚で受けたダメージを物語っていますね。トラウマ級の幻覚魔法で精神を削ってからの尋問、圧倒的にこちらに有利な形で始まったようですが、存在が明らかになったセイジ殺害計画に動揺するこちらの様子に、せっかくの優位を切り崩されないか気掛かりです。

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    乃木重獏久

    2022年1月15日 0時16分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月15日 11時26分

    痛めつけると尋問が捗らない点、ここまでは凄まじく上手くことが運びました。さてさて、ここからはノインとレオンの一騎打ちとなりますが、如何せん龍は全知の存在。いかにレオンでも、言葉の応酬となれば優位であろうと予断は許されないでしょうね。

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    羽山一明

    2022年1月15日 11時26分

    ミミズクさん

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