境界線上の魔王

読了目安時間:5分

エピソード:93 / 142

零れ落ちた真実

 ……セイジが旅立ってから、三年が過ぎた。  現在、セイジが十七歳であることが真実ならば、当然、五年前には十二歳であるはずだ。  だが、聖騎士資格試験の受験要項には、その年に十五歳を迎えること、という条件が刻まれている。この矛盾の辻褄を合わせるためには、セイジが自分の年齢を偽って試験に望んだということになる。  常識的に考えるのならば、そう結論付ける話であった。  しかし、レオンには、セイジが嘘をついているとはどうしても思えなかった。  友人に対する、或いは贔屓ともいえる歪曲された思い。それが行き着いた先の思考が、ひとつの抜け穴に辿り着いた。  この世に生まれ、起こり得ない、と思っていた奇怪な出来事を、頭の中で指折り数えた。それらの希少価値と、セイジを信じる心を天秤にかける。 「あり得るのか……?」  気づけば、憮然と開いた口が、独り言としてはあまりに大きな声を発していた。   「……何か、思い至ったようだな?」  父の声に顔をあげると、目の前にひとつの資料の束が差し出された。驚きつつも受け取り、手慣れた様子で目を通すと、どうやらそれは戸籍のようであった。複製されたものだろうか、綴じられてすらいないその束を落とさぬよう、握りこむ手に自然と力が入った。 「探し出すまでは、随分と苦労した。若い村にしちゃ珍しく、生年月日や編入日までご丁寧にまとまってたのが、せめてもの救いだな」  苦笑いをともなうジーンの声は、レオンには届かない。回し続ける思考と並列して、その視線が資料の表面をななめに走り抜けた。  果たして、忙しない目の動きは、終端近くでぴたりと止まった。  見紛うはずのない、見知った名。そこに記されていたセイジの生年月日は、今現在、彼が十九歳であることの何よりの証左であった。  言葉を失うレオンを見やったジーンが、またしても髪をがりがりと引っ掻いた。 「……なあ、レオン。セイジって、嘘つくの下手だよな?」 「ああ、信じられないくらい下手だな」 「そんでもって、不器用、真面目、繊細ときたもんだ。そんな奴が、なんの報せもなく、三年間も姿を眩ませる。不自然だとは思わなかったか?」 「…………」  違和感は、あった。  しかし、その疑念は、よりいびつな真実のもとでしか成り立たないものだった。ゆえにレオンは黙して語らず、考えすぎることは自分の悪い癖だ、と、胸の内側に閉じこめていた。  止まっていたはずのその思考が、ふたたび動き始めた。 「……暦を記す文化が、ない……」  資料に目を落としたまま、レオンはぽつりと父の言葉を繰り返した。  冷たく澄み切った風が、笛の音を連れて窓を叩いた。ぱらぱらと舞う枯れ葉が、レオンの視界の端を赤茶けた色に染めあげて、すぐに流れていった。  三年前、セイジが人里を去ったときも、こんな季節だった。  ……そして、二年間の空白。  無関係に思える事象の欠片が、曖昧な前提でできたキャンバスの上に並んでいく。当て嵌まっていく。目の前の事実だけを拾い上げ、頭の中に棲み着いていた常識を盤外に追いやる。  そうして組み上がっていく道筋を愕然と見つめて、レオンは改めて眉を寄せた。思い悩むレオンを見やったジーンが、なんとも気まずそうに、荒々しく頭を掻きまわした。 「……二年間、意識がなかったのか……?」 「或いは、記憶がなかったか。どちらの可能性もあり得るな」  ぽつり、と吐き出された声の向こう側で、ジーンが重々しく同調をみせた。顔をあげたレオンが、隣で所在なさげにしていたレフィリアに気がついて、手にしていた資料を差し出した。手折れる紙の束を見送って、ジーンへと向き直る。 「ラフィアの作戦最後の戦闘の話、したよな?」 「ああ」 「あの後、セイジは長い間意識がないままだった。魔力欠乏症が、あいつの途方も無い魔力で再現されただけのことだと思ってた」 「そうだな」  ジーンの相槌は素っ気ない。しかしその双眸は、巡る思考を手繰り寄せるレオンの表情の真芯を見据え、声を待ち望むかのように腰を据えていた。  それは紛れもなく、子を見守る親の目であった。 「そもそも、あいつは魔法を使えなかった。そんな体があれだけの魔力に目覚めるまでに、反動がないわけがない。魔法を使えるようになった過程で、あの戦闘を再現するような暴走を起こせば……」 「……途方もない時を越えた昏睡も、頷けるやもしれぬな」  途切れたレオンの意見を、ジーンが幾度目かの同調とともに補完した。  長く、大きな溜め息の音がふたつ、真っ赤な絨毯の上に転がった。  終わりを告げた推論が、少なくとも剣呑な結論にはたどり着かなかったことに対する、無形の安堵。  それを以て、この話は終幕を迎えるはずであった。 「まあ、これが真実だとしても、何が変わる話でもないがな」 「いや、変わるだろ」 「何……?」  思わぬレオンの反論に、ジーンが緩めかけた表情を険しく引き締めた。火花をともなった視線の攻防は、だが、発火することなく沈静化した。 「酒の席に気兼ねなく招待できるのは、大きな変化じゃないか?」 「……なるほど。そりゃ確かに、大きな変化だな」  いつもの不敵な表情を浮かべたレオンに、ジーンは今度こそ表情を綻ばせた。螺旋を描くように狭窄していた視線が、大きな吐息とともに解れ、広がり―― 「……レフィリア嬢?」  ――レオンの奥、呆然と佇んでいたレフィリアの異変を察知した。  眉を寄せて振り返ったレオンの鼻先に、資料が突き返された。受け取ると、セイジの名が刻まれたそれとは別の頁なのだろう。見慣れない名が連々とつづくその資料を見やるも、興味なさげに目を逸らして振り返った。 「これが、なんだと――」  とん、と、ある箇所が指さされた。口のなかで燻った毒気は、細い指の先をみとめた瞬間、喉の奥へと押し返されていった。あとにはただ、絶句だけが続いた。 「……親父、この資料、何年前のものかわかるか?」 「五年ほど前のはずだが……それがどうかしたか?」  歩み寄ったジーンの目の前に、資料が音もなく顔を出した。自分がそうされたように、レオンの指先が紙上のある一点を差した。薄暗く変容する部屋のなか、細めたジーンの訝しげな目が、みるみるうちに見開いていった。  ……見慣れた名が、もうひとつ。  『ローズマリー・ルクスリア』という文字が、確かにそこに記されていたのだ。

幕間はここまでです。本編があまりにも爽やかに終わったので、仄暗さをひとつまみ。 のちほど人物紹介、イラスト紹介、改稿履歴等、幕間でしか挟めないスペースを追加しつつ、 来週明けをめどに新章の更新を始めたいと思います。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月21日 20時58分

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    「気になるわネ!」ステラ

    くにざゎゆぅ

    2022年8月21日 20時58分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月21日 23時45分

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    「計画通り」氷川Ver.ノベラ

    羽山一明

    2022年8月21日 23時45分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年7月15日 3時18分

    なんかもう夫婦やぁんって感じですけれども! 片方拾われて育ての親の姓を名乗ってますとかも行けると思いますけれども!

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    うさみしん

    2022年7月15日 3時18分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月15日 9時10分

    どっちも人外という可能性がまだ残されているので、現時点ではなんとも言えませんね!

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    羽山一明

    2022年7月15日 9時10分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    塔都

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年8月17日 18時48分

    えっ? ここで終わるんですか?! 最後の名前、気になる。しかもセイジと同じ姓?! 出身村の名前を共通で名乗っているとか…ではない? ローズマリーが名前を貰ったとか? いや、気になって収拾がつかない。

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    塔都

    2022年8月17日 18時48分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月17日 22時56分

    ここで終わるんです。なぜならこれは幕間だから。みなさんいろんな説を提唱されていますが、とりあえず結婚しても姓名変更は必要ないという事実だけをお渡ししておきますね。

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    羽山一明

    2022年8月17日 22時56分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月25日 5時11分

    こ、これは何処まで邪推するべきか。ここに来てぶっ込んできますねぇ。どう解釈すればいいんでしょうか押忍!

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    うさみしん

    2022年2月25日 5時11分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月25日 9時50分

    幕間とはなんだったのか。ぶっこんでしまいました。悪癖ですね。もちろん、ふたりの過去を示唆する大きなヒントになっておりますが、開示はいましばらく先のこと。それまでの解釈はご随意に……。

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    羽山一明

    2022年2月25日 9時50分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月8日 23時45分

    なるほど! 時の流れに問題があるのではなく、セイジ本人が昏睡状態あるいは記憶喪失に陥っていたわけですか。それなら、違和感なく腑に落ちますね。そして、同姓のマリーちゃんの戸籍にも驚き! そこに記載されていたはずの彼女の生年月日が明かされないことで、いろんな推測が浮かんできますね。

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    乃木重獏久

    2022年2月8日 23時45分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月9日 8時13分

    どうやらそのようです! 経緯が推論できましたが、その理由はいっさいわからない点、解決とはいえませんが……。マリーの名の欄は意図して隠したわけではないのですが、「出生不明」にて生年月日は空欄でした。

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    羽山一明

    2022年2月9日 8時13分

    ミミズクさん

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