境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:78 / 142

6-22 深淵をのぞくとき

 その空間は、荘厳な出で立ちをほこる王宮の表の顔と対になる、白日から隠れるように設けられた裏庭の一画にあった。  『屋外訓練場』との俗称で呼称されていたそこは、名に反して外見はまるで窺えない。四重に張られた結界と防護魔法、さらには特殊な感知陣を展開する魔法具によって、執念すら覚えるほど執拗に守られているからだ。  隣接した宮廷魔道師団の研究棟とともに、この場所はむしろ王宮内部を超える国内最高位の禁足地とされている。その背景には、近年目覚ましい魔法技術の発展があった。  新しい技術というものは、いつの世も戦場から生まれる。  失敗にともなう痛手がもとより想定内であることに加え、己と国の存亡のため、未開に手を伸ばさざるをえない。戦場に身をおく騎士たちにとって、魔法の出来こそみずからの価値である、と各々に奮起し、今日も新たな魔法の研究と実践を繰り返す。  そして、その終始を宮廷魔導師団が観察し、報告することで、新しい技術の転用を図る。切っては離せない、皮肉めいた関係をあえて密接させることで、フェルミーナの魔法技術は他国の追随を許さない発展を続けてきた。いわばこの密やかな裏庭には、フェルミーナの軍事機密が凝縮されているといえるのだ。  だが、雨粒ひとつ漏らさず弾く天蓋には、ただひとつ侵入を許容する例外があった。  英雄を英雄たらしめる称号。その装飾品を持ち得る者。騎士のなかの騎士。  この要衝の責任者であり、すべての軍人を統括すべく据えらえた人材、フェルミーナ国第二王子、クリスティア・フェルミーナ……と、双璧をなす者がもうひとり。  今まさに、直上から雷のごとく荒々しく姿をみせた、第二聖騎士セイジ・ルクスリアであった。 「…………」  魔法に覆われ発光する立方体を観察する瞳はするどく引き締まり、かすかながらも荒い息が、火急をしめす緊張をあらわにしていた。喉元にかかる鎖を指先ですくい上げて、取り上げた銀板に魔力を込める。それを脇に据えられた円柱に押しつけると、白濁としていた眼前の景色がぼんやりと色彩を取り戻していった。  聖騎士にのみ許された装飾品をそのまま通行証にする。なんらかの手法で侵入する者がいたとしても、待ち構える警護兵は聖騎士とその麾下の騎士である。という寸法だ。  視界に先んじて、断絶されていた内部の魔力が、研ぎ澄まされていたセイジの感覚を刺激した。夜より濃い黒い魔力の気配を掴むため、目を瞑って集中する。 「黒……黒……ないか、よかった……」  制御が困難なうえ、あれだけのおぞましい気配を発する魔力だ。いかにクリスといえども、欠片も残さず隠し通せるものではないだろう。  安堵のあまり、緩んだ気が長い溜息になって流れ出た。その直後であった。 「セイジさま」  飛び込んできた声に、俯いた顔が跳ね上がった。震えた指先が冷えた剣の柄に触れて、慌てて思いとどまる。  ……クリスが、そこに立っていた。  魔力の壁に覆われた、訓練場へのみじかい回廊の奥で、待ち構えていたかのように。 「みなさん、待ちわびていますよ」  たたえた笑みに反して、響いた声色はひどく淡泊だった。不調和という表現で済ませるには、あまりにも堂に入った迫力に、掛ける言葉が見つけられず立ち尽くした。  クリスもまた、それ以上一言も発さずに、まっすぐにこちらを見つめ続けている。揺らめくその魔力に何度となく目を凝らすが、むしろいつもより清廉とさえいえる純白の魔力が、苛烈なほどに光り輝いているだけだった。 「……クリス、何してん?」  無言の応酬に、聞き慣れた声が割って入った。ひょっこりと顔を出したポーラが、クリスの視線を追って、場違いな驚嘆の声をあげた。 「セイジやん、待ってたで! はよ手合わせしようや!」 「いや、おれは――」  跳ねるように駆け寄ってきたポーラに向けて、否定を紡ごうと開いた唇が硬直した。  クリスによく似た浅いオレンジ色の瞳が『黙って聞け』と、口に先んじて牽制の光を放っていた。マリーを真似るようにして体を寄せる指先が、服を引き裂かんばかりに爪をたてている。  途端、冷気をともなう魔力が足元をくすぐった。防護壁の光を浴びて佇むクリスの表情は、凍りついたかのように、眉ひとつ微動だにしない。 「まず剣を探しに行きませんと。成人用の剣は体に合わないでしょう?」 「……おれが、代わりに連れ合うよ」 「…………」 「指導が終わったら、立ち会ってやるからさ」 「……わかりました。では、お願いしますわ」  かるく頭を下げたクリスが、伏せた顔を隠すかのように、すっと踵を返した。その後姿が、網目状に閉ざされた出入口の光に覆われて、音もなく見えなくなった。 「はー…………」  長く重い溜息を吐いたポーラが、おれの服を掴んだままがっくりと項垂れた。束ねた髪が左右に流れると、あらわになったうなじに玉のような汗が滲んでいた。引き離そうと触れた指先からかすかな振動が伝わって、はたと思い留まる。 「……中で、なにかあったのか?」  腹部に押し付けられたポーラの頭が、ふるふると否定の動作をしめした。ぱっと持ち上がった表情は、しかしいつもの晴れやかな明るさのなかに、不安の翳りを落としていた。 「変わったことはなんもない……けど、なんもないとは思えん。訓練で気ぃ立ってるだけなんかな? とも思っとってんけど……」  途切れたポーラの語尾を共有する必要はないだろう。  何かがおかしい、と思うままゆらめいていた疑念が、最後の瞬間、確信に変わった。ポーラがおれにしがみついた直後に吹き荒れた魔力は、クリスのものであり、クリスのものではなかった。  もし、あれがおれの扱う黒い魔力……カオスの力であるとするならば、ポーラの内心が穏やかになるはずもない。  ラフィアの化け物が、おれの手によって燃え尽きる瞬間を、目の前で見ているのだから。  ぽん、とポーラの肩を叩いて、そっと引き離す。 「いや、同感だ。お前にあう武器を見繕って、とっとと戻ったほうがよさそうだな」 「せやな、ゆっくりもしてられへんわ……」 「セイジ! ポーラ!」  頬を叩き顔をあげたポーラの頭上から、マリーが舞い降りてきた。おれとポーラの顔をぱっと見比べて、わずかに眉を寄せる。 「……クリスは、どうでしたか?」 「いまんところは大丈夫だ、としか言えん。おれたちはちょっと武器庫に用があるから、マリーはクリスの傍にいてやってくれ」 「戻られるまでに、なにか兆候があったときは……?」 「止めてくれ。他の騎士たちに累が及ぶ展開は避けたい」  たとえ一時の魔力の暴走であったとしても、魔法で快癒する傷にとどまったとしても、クリスはそれを生涯の罪とみなし、決して拭うことはないだろう。彼女はそういう人間だ。 「はい。この身に代えても」  開いた光の扉へと消えたマリーに別れを告げ、ポーラを連れて踵を返す。幸い、件の武器庫まではさほど距離もなく、訓練場に集まっているからだろう、あれこれと物色する騎士たちの姿もなかった。  ポーラの身長は、マリーよりさらに低い。見た目だけならまさに子供のそれだ。大人用の剣は現場にいくらでも転がっているだろうが、子供用となればそうもいかない。 「……なんか、余計でかい武器しかあらへんように見えるんやけど」 「表側はな……けど、たぶん大丈夫だ」  ここに入るのは久しぶりになるが、アテはあった。きょろきょろと辺りを見渡すポーラを先導して、だだっ広い武器庫の奥に歩を進める。 「お、あったあった」  奥の奥に押し込まれていた、ひときわ古い木箱をこじ開ける。果たしてその中で、お目当ての小ぶりの剣たちが身を寄せ合っていた。 「ちょっと古いかもしれんけど、まあ、使えるだろう。持っていけるだけ持ってこうぜ」 「……なあ、これ、ひょっとして自分のか?」 「当たり。子供の頃に使ってたやつだよ」 「ひええ……聖騎士が使ってた得物、引き継ぐんか……」 「ここで腐ってくよりマシだろ。ほら、戻ろうぜ」 「へいへい……っと」  空になった木箱をぞんざいに押し込んで、足早に踵を返す。  有事でもない限り、あまり城内で魔法を使うのはよろしくない。しだいに口数の減ったおれたちの代わりに、剣たちが雑然とした音をたてていた。 「……なあ、セイジでも、やっぱ黒い魔力は怖いんか?」  ふたたび訪れた訓練場の入り口、じわりと融け始めた扉が開くまでの空白を、ポーラがぽつりと破った。 「クリスのあれが黒い魔力かどうかはわかんないけど、敵にしたら怖いだろうな」 「そんだけ強くても、まだ怖いもんがあるんやな……」 「そりゃお前、剣だって自分で構えてるうちは平気だろうけど、突きつけられたら怖いだろ。一緒だよ」 「ああ……そう言うたらそやな。納得したわ」  言葉どおり、得心した様子のポーラの隣で、おれは自身の言葉を口の中で復唱した。  喩え話ではなく、クリスと剣を交えることになるかもしれないのだ、と。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月2日 21時01分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    これは興味深い

    くにざゎゆぅ

    2022年8月2日 21時01分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月3日 2時02分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    がんばります!!!

    羽山一明

    2022年8月3日 2時02分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月27日 5時15分

    本来味方同士の人達の戦闘ってやはり熱いと思います押忍! あと何だか久々にポーラたんで癒やされた気がします。何かもうすぐに戦闘始まっちゃいそうな雰囲気ですけれど。まあそれはそれで、ポーラたんには頑張って活躍していただきたい。そう思うのであります押忍!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うさみしん

    2022年6月27日 5時15分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月27日 9時54分

    本来はそうですね。スカっと戦わせたいものですが、こいつらの場合身内訓練が日常なので、改まった描写をするのが難しいです。ポーラは言動が強すぎるので、もう少しおとなしいところも見せて欲しいのです。7.5章の日常パートで暴走してもらいます。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年6月27日 9時54分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月18日 2時38分

    なんだかまた不穏な空気が漂ってきましたね。まるでジェットコースターに乗ってるみたいです押忍!

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うさみしん

    2022年2月18日 2時38分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月18日 7時39分

    舞台は拠点、敵影もなし、されど見える血の匂い。行きすぎない程度に、隙あらば不穏をぶっこんでいきます!

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年2月18日 7時39分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月25日 0時00分

    清廉な気を纏いながらも、いつもと違うクリスの様子。やはり、何かが起こっているようですね。クリスの心の安寧のために、黒い魔力の暴走を止めようとするセイジの思いが届けばいいのですが。タイトルも意味深ですね。まるで、クリスと相まみえる未来を予感させるようです。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    乃木重獏久

    2022年1月25日 0時00分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月25日 1時58分

    何かが起こっていることは間違いなく……。しかし、その「なにか」が判然としないまま、セイジはひとり奔走しています。自身が使い手ゆえ、黒い魔力の恐ろしさは身に沁みていることでしょう。彼女に、自分が犯した過ちを辿ってほしくない。その一心ですが、思いは届くのか。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年1月25日 1時58分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇100pt 2021年11月4日 18時49分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    いいぢゃん!

    星降る夜

    2021年11月4日 18時49分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年11月5日 3時48分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ありがとう‼

    羽山一明

    2021年11月5日 3時48分

    ミミズクさん

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • クェトル&エアリアル

    望まずとも厄介事は向こうからやってくる。

    236,410

    685


    2022年10月3日更新

    illustration : pikora氏 …………… 中央帝国オデツィア。 新皇帝バナロスは、燃えさかる炎のように紅い髪とは対照的に、身震いするほどに冷たく美しい男であった。 生来の持て余すほどの才知に加え、人心掌握術にたけていた。人間らしさのない冷酷さで、周辺国を手中に収め始める。小国の全てを配下に置き、世界を帝国一国にまとめ上げようとしていたーーー 一方では、そんな不穏なことが起こっているのだが、戦乱の火の手が迫ってきているわけでもない。わりと市井(しせい)の人々は平和に暮らしていた。 そんな平和な国の一つであるヴァーバル。その城下に住む口利き屋を営む祖父に育てられたクェトル。彼の視点で物語は綴られてゆくのだ。主人公の彼は、なかなかの男前だが、無口で偏屈。でも優しいところもあるみたいだ。 クェトル自身は、まったく誰も寄ってきてほしいとは思ってないのだが、勝手に寄ってくる彼の取り巻きは変人ばかりだ。 ヴァーバルの城下町にある移民街。そこに暮らすエアリアルは弟分。大阪弁で口やかましい。 ふらりと現れる銀髪で容姿端麗・性別不明の人物は、身分を隠したヴァーバルの王子様ジェンス。ちなみに超KY。 そんな彼らのもとに舞い込んでくる依頼や事件を描く、魔物も魔法も大冒険もない世界で繰り広げられる庶民レベルの小冒険。 だがしかし………過去の因縁によって、徐々に魔の手が迫りくる。 いつかやってくる平和な日々の終焉。“その日”に、どう立ち向かう? 注※ストーリーは真面目だけど、書いてるヤツの変態さが、端々に露呈しているような気がするのであった。きっと気のせい。 セルフな挿し絵ありには「*」マーク付けてます。

    • 性的表現あり

    読了目安時間:5時間22分

    この作品を読む

  • Dual World War

    異世界転移×ロボアクション

    802,100

    10,984


    2022年9月28日更新

    もし今日生きる世界が明日に繋がらないとしたら……あなたならどうしますか? 平坦で窮屈な毎日がガラリと様変わりして人知れず悦びます? あるいは、充実した日々を何の脈絡もなく奪われて涙します? この青年、ごく普通の高校生:水奈 亮(17)は現在まさにそんな状況下に置かれている。 『昨日』と同じような『今日』を過ごし、『今日』に似た『明日』を迎える、そう信じていたのに…… ◇◇◇ 『昨日』に通じるようで通じない世界。突如襲来した謎の存在:外来生物により既存の秩序・規則が崩壊し、人類は新たなる国家・制度・価値観のもとに生まれ変わろうとしていた。それは日本とて例外ではなく、実質的な首都:東京と人口の約60%という尊い犠牲を払いつつも、新たなる首都:神奈川県新都小田原のもとで立ち直りをみせていた。 しかし、そんな日々をまたしても危機が襲う。5年前に世界の理を強制的に変えた存在、外来生物が首都近くの海域:日本のEEZ域内に侵入したのだ。 突然の出来事。『昨日』とは全く異なる状況から逃れることも戸惑うことすらも許されず、ごく普通の高校生は『昨日』とは少し違う親友と全く異なる幼馴染らとともに、迫り狂う『滅亡の再来』に対し特殊装甲ARMAで挑む! それが人類に与えられた【最後の希望】だと告げられて…… ◇◇◇ 現代世界に似た世界を舞台にしたSF長編作品。異世界転移を基本ベースにしつつ、ロボットアクションに、政治的な駆け引きに、早熟で未熟な恋愛劇にと、自身が好きな要素を「これでもか!」と加えています。登場人物が割と多めですが、主役・準主役以外にもスポットライトは当てるつもり。毎回いろんなことを調べながら記しているので更新は週1程度ですが、どうぞ最後までお付き合いませ♪ 【ジャンル別ランキング日間1位獲得】(2022.09.28) 【ジャンル別ランキング週間1位獲得】(2022.08.01) 【ジャンル別ランキング月間1位獲得】(2022.08.01) 【ジャンル別ランキング年間5位獲得】(2022.09.30) 【総合ランキング日間1位獲得】(2022.09.28) 【総応援数1,200件到達】(2022.09.28) ※日頃よりのご支援・ご愛顧ありがとうございます(*'ω'*)

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:5時間2分

    この作品を読む