境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:49 / 142

5-10 孤独な勝利

 ……女は、自分が戦闘鍛錬を放棄してきたことを自覚していた。  接近戦においては、その爪で突き、薙ぎ、振り下ろす。距離があれば、手のひらに集めた魔力をただ放り投げる。それで何も問題はないはずであった。  圧倒的な力の前では小手先の技術など通用せず、それを持ち得る自分にとっては、鍛錬に費やす時間は無為であろうことを理解していたのだ。  その認識は正しかった。  本気で牙をむいた龍に対抗しうる生物など、これまでもこれからも、いないはずであったのだ。  ……つまり、アリアをのぞいた二体の龍から言わせると、目の前の少女ローズマリーの存在そのものが異分子なのだ。 「…………」  もう何度叩きのめされたのか、女はもはや数えることをやめていた。  自己治癒能力にすぐれるはずの肉体は、折り重なった裂傷と打ち傷を誤魔化しきれず、体の各所が悲鳴の合唱をあげている。  無尽蔵とすら思えた莫大な魔力も、度重なる浪費の末、枯渇する現実味を帯びてきた。  いずれも、龍として産まれて以来、初めての経験であった。  ……しかし、それよりも何よりも、納得のできないことがひとつだけあった。 「……ねえ、あなた」  水辺に膝をついたまま、天に視線を向けたままの姿勢で、女が独り言のように口を開いた。 「なんで、手加減しているのぉ? 私ごときに本気を見せる必要はないのかしら?」  向かってくる女の魔法を止め、爪を弾き、そして水面に叩きつける。  疲労や傷は蓄積するが、それだけでは致命傷には至らない。マリーの行動は命を刈り取る戦闘ではなく、さながら心を折る鎮圧行動のようであった。  問いかけに対して、マリーはすっと構えを解いた。 「そうですね。本気を見せる必要がありません」 「……は?」  色彩の薄い表情と声色をもつ龍族より、それはさらに無機質な回答であった。  自身が口にした皮肉をそのまま投げ返されて、女は思わず不快げに声をあげた。 「どうかお引き取りください。私から言えることは、それだけです」 「わけがわからないわあ。それだけの力があるなら、ぜぇんぶねじ伏せて思い通りにすればいいじゃない?」 「だからこそ、です。負けている側が争いを否定しても、説得力はないかと」 「……そう。なら、あなたのほうが弱ければ辻褄が合うわね?」  荒い呼吸をまじえた女の声が、ひと息のうちに生気を取り戻した。諦観の片鱗すらみせていた瞳がぎらついて、獲物を狩る直前の獣のような圧力が迸った。  最初に反応をしめしたのは、レオンたちを庇うように立ちはだかっていたノインであった。女の表情を見るや否や、様子見から一転、その顔めがけて腕を振り上げた。  光をまとったその手のひらから、しかし魔法が放たれることはなかった。 「なに……?」  異変を言葉にしたノインに同調するように、背後から困惑の声がさざめいた。  同じく、防護魔法の内側にいたレオンたちもまた、何かを察知してなお、何をすることもできなかったのだ。  ざらついた空気のなか、戦場の渦中にありながら、ひとりマリーだけが蚊帳の外にいた。背後からこぼれた、かすれるような声に振り返ると、直後、女が小さな笑い声をあげた。 「首から下を動けなくしただけよ。まだ、何もしてないわぁ」  身構えたマリーの機先を制するように、女が口を開いた。傷だらけの顔に、姿を見せたときのような余裕と薄笑いが浮かんでいた。すっと頭上に掲げた指先の周囲に、白く輝く光の玉が無数にあらわれた。 「まだ、ね――」  いくつかの光の玉が、まっすぐに空へと吸い込まれていった。屋敷の高さほどにまで駆け上がった光の玉は、直後、するどい緩急をつけて急降下した。  狙いは、明白であった。 「クリス!」  マリーが口にした少女のもとへ、光の玉がまっすぐに降り注いだ。それを見上げて走り出したマリーを見送った女が、スカートの裾をするりと手繰り寄せた。  艶めかしい両腿の隙間からあらわれた大蛇のような尾の、いびつな棘を生やしたその尖端が、マリーの背に照準をさだめた。  ……マリーの強さは、こと直接的な戦闘において本領を発揮する。  龍をして舌を巻く純粋な身体能力の高さと、セイジとの訓練で育まれた魔力耐性は、彼女の少ない戦闘経験を補って余りあった。  しかし、魔法と人質を絡めた曲線的な戦闘においては、守るも破るも接近戦のみが手札である彼女は、限りなく無力であった。 「ぐっ……!」  半ば体当たりのように、身を挺して光の玉を暴発させる。  一撃でも通せば、みんなの命が危ない。そう思うばかり、身を守ることもせず、ひたすらに速さを求めて宙を舞った。その身体に、目に見える傷が徐々に浮かび上がりはじめた。 「……守られるだけの立場というものは、こんなにも口惜しいものか」  マリーを見上げた一同の内心を汲み取るかのように、ノインがぽつりと呟いた。 「ヒト同士、こうして守り守られていくわけか。強くなるわけよな」  感心してみせた龍の視線の先で、最後の光の玉が撃ち落とされた。勢いそのまま、クリスたちの眼前に転がり落ちたマリーが、慌てて顔をあげた。  撃ち洩らしを恐れたのであろう険しい表情は、目立った怪我のないクリスたちの姿を見て、ふっとやわらいだ。 「ああ、よかった――」  穏やかな声に、言葉は続かなかった。  繰り返す攻撃を乗り越え、その果てに生まれたわずかな綻びを、音もなくのびた女の禍々しい尾が貫いた。 「…………っ!」  マリーが抵抗するより早く、身体から生えたままの尾が持ち上がった。  魔法による姿勢制御を不得意とするマリーは、支えるもののない空中ではわずかに自由を失う。そのことを見抜いていた女の尾が、打ち付ける雨のように、マリーの身体を執拗なまでに、繰り返し、何度も、貫いた。  無慈悲なまでに弱点を突いた攻撃の前に、抵抗は無意味であった。やがて動きをとめた小さな身体が、尾の尖端で力なく四肢を脱力させた。 「最初から、こうすればよかったわぁ……」  確かめるように歩み寄った女が尾をひと振りすると、その先から崩れるように、マリーの身体が放り出された。鮮やかな血を噴いて水面に打ち付けられた身体の脇を、女は笑みとともに優雅に通り過ぎた。 「標的以外にあんな化け物がいるなんて、聞いてなかったわよぉ?」 「私が知ることではない。貴様は標的になど興味がないのではなかったのか?」 「ないわよぉ。ここにだって、龍の気配がたくさんしたから、遊びにきただけよ。けど……」 「……けど、なんだ」  ノインの問いかけに、女がふっと空を仰いだ。音の途切れた空間に、クリスの声にならない声がかすかに響いた。 「怖かった……とっても。女王さまが、ヒトを標的にした理由がわかった気がするわ」 「そうか。しかしその言葉を吐くのは、少し気が早いようだな?」 「えっ……?」  言葉を失った女の肩が、血まみれの手のひらに掴まれた。引き倒された女の視界に、千切れた自分の尾と、体中を鮮血に染めたマリーの姿がうつった。  マリーを貫いた尾の尖端が、地に背をつけた主人の体に穿孔をあけた。 「あああああぁーーッ!!」  余裕の名残もない悲痛な叫び声に、目を背けたくなるような生々しい音がつづいた。  恐怖に滲む女の視界の前で、血のような紅色の瞳を燃やしたマリーが、腕を持ち上げ、振り下ろした。自分がされたことを繰り返すように、二度、三度……。 「……そのあたりにしておけ。もう何もできまい」  四度目に振り上がった腕を、ノインが静かに諌めるように掴んだ。  だらりと垂れ下がったマリーの腕の先で、涙と血が入り混じった表情を浮かべた女が、消え入るような命乞いを繰り返していた。 「マリーちゃん、傷口を――」  女が放った魔法であろう拘束が途切れた瞬間、弾けるように飛び出したクリスが、びくりと体を震わせた。  力なく見上げた赤々とした瞳と、ぐにゃりと形を変えてもとに戻ろうとする患部を見て、反射的に身体が強張ったのだ。  その反応を見たマリーが、血だらけの顔に寂しそうな笑みを作って、ふわりと浮き上がった。 「あっ……」 「待て!」  口ごもるクリスを力強く制して、ノインがラフィアの方角へと指をさした。 「セイジ・ルクスリアなら、ラフィアの国境の先で、紅色の龍二匹と交戦中だ。心してかかれ」  無表情のまま、しかし確かに頷いたマリーが、空高くへと舞い上がり、やがて見えなくなった。その姿をしばらく見送っていたノインが、ふと遠い目をしたまま、ぼうっと口を開いた。 「ヒトも龍も等しく怖れる力、か。平穏を求めるには、あまりにも不憫な命運よな……」

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月23日 22時12分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年6月23日 22時12分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月24日 1時33分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年6月24日 1時33分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡2,000pt 〇200pt 2022年3月1日 15時20分

    《「ヒト同士、こうして守り守られていくわけか。強くなるわけよな」》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年3月1日 15時20分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年3月1日 23時09分

    他人事みたいに見上げてるあたりメンタルが天元突破してます。

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    羽山一明

    2022年3月1日 23時09分

    ミミズクさん
  • レイナ(QB)

    氏家 慷

    ♡2,000pt 〇200pt 2022年2月19日 14時27分

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    楽しませていただきました

    氏家 慷

    2022年2月19日 14時27分

    レイナ(QB)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月19日 16時00分

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    ありがとうございます

    羽山一明

    2022年2月19日 16時00分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月27日 6時32分

    現時点の最新話で大活躍した“憎らしくも愛らしいキャラ”がこてんぱんになってる話を奇しくも読み直す事になりました。果たしてこれは偶然でありましょうか。何者かの采配を感じるであります! このパートを初回読みされる方にとっては溜飲が下がる所になると思いますが、拙者複雑な心境であります押

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    うさみしん

    2022年5月27日 6時32分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月27日 9時56分

    よくある話ですが、当作における敵役は悪役ではなく、描かれないだけできちんとバックストーリーがあります。話し合うことができれば、利害に落とし所を見いだすことができれば、全員が冗談を言い合えるような。そんな子たちばかりです。

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    羽山一明

    2022年5月27日 9時56分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月6日 20時32分

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    君なら世界を救えるかもしれない

    星降る夜

    2021年9月6日 20時32分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月7日 9時16分

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    ▼▼

    それもアリですね

    羽山一明

    2021年9月7日 9時16分

    ミミズクさん

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