境界線上の魔王

読了目安時間:8分

エピソード:77 / 142

6-21 琥珀の瞳に光る翳

 境界線を背景に立ち並ぶ、色とりどりの化け物たちが、競い合うように身をもたげる。  張り詰めていた緊張の糸は、すでに落ち着きを取り戻している。見るべきものが目の前にあるのならば、選択肢などいくらでもある。怖れるべきは不明瞭な状況であり、戦闘で解決できるのならむしろ話が早い。  が、これは戦闘ではない。検証だ。こいつらを消し去る前に、得られる情報をひとつでも多く掴む。そのためには、まず最初にすべきことがあった。 「マリー、ちょっと離れててくれ」 「え? でも……!」 「おれが狙いかどうか確かめるだけだ。奴らがおれを無視して突っ走ったら、足止めしてくれ」  ぱっと明るくなった表情を見送ってから、風を蹴って上空へと舞い上がる。瞬間、化け物たちの視線がいっせいにおれを追って持ち上がった。より近くにいるマリーには見向きもしないまま、体の破片やら魔法らしきものやらを放ってくる。それらを魔法で相殺しながら、旋回をつづける。  境界線は、通過する人間の魔力を吸収する。その作用に限らず、境界線がみずから動くようなことは今まで一度もなかった。つまり、黒い魔力は境界線にとって何かしら特別な存在であると推測できる。  考えながら、ちらりと地上を窺う。速度と高度を調節しながら、化け物の進路上にマリーが見えるように化け物を誘導するが、やはり化け物はおれ以外眼中にないようだ。 「マリー! どいつでもいいから、境界線の方向にぶっ飛ばしてくれ!」 「はいっ!」  快活な返事をあげて、マリーが腰を深く落とした。短い助走から、一瞬で化け物の腰辺りまで跳躍すると、先頭に立っていた『羊皮紙の化け物』に、腹に響くような重い飛び蹴りをお見舞いした。浮き上がった勢いは、列をなしていた他の化け物にぶつかってなおとどまることなく、化け物どもの巨体は仲良く境界線の光へと吸い込まれていった。 「あっ……」  気の抜けたようなマリーの声に、はでな水音と水柱がつづいた。まとめて吹き飛ばす意図はなかったらしい。傍に降り立って、境界線を仰ぎ見る頭に手を添えてやる。 「ごめんなさい……」 「気にすんな、大丈夫だ」  それだけ言い残し、ふたたび上空へ舞い戻る。  レオ兄たちの話によると、以前現れた化け物は、終始クリスだけを標的にしていたそうだ。  その理由は、脅威による優先順位なのか、最初に攻撃を浴びせたものを敵とみなしたのか、喚び出した切っ掛けになった者だからなのか、そこがわからなかった。  果たして、目の前で再起した化け物たちは、またしてもおれを狙い始めた。 「やっぱり、黒い魔力に執着するんだな」  怨嗟のような『カオス』という雄叫びといい、この化け物……もっと言えば境界線は、黒い魔力にやたらとご執心のようだ。黒い魔力の莫大な力を吸収したいがためなのか、黒い魔力に純粋な敵意を宿しているのか、そこまでは捕まってみないとわからない。いずれにせよろくな目にはあわないだろう。  成り立ちと反応はわかった。次だ。 「マリー!」  化け物の脚部を風で掬いながら、隙を見て合流する。一様に重苦しい音をたてて倒れる音が響いて、横目で思わず眉を寄せてしまう。 「あの水の化け物、確かにみんなで戦った奴なんだよな?」 「はい、あの時より少しだけ形状がはっきりしているようにも見えますが、同じ気配です」 「そうか……じゃあやっぱり、一度目と二度目で、境界線の反応が変わったってことか」  魔法を乱舞させている四種の化け物を、仮にそれぞれ『羊皮紙』『煙焔』『鉱石』『水球』と名付けるとしよう。  羊皮紙は炎に、煙焔は水と氷に、鉱石は雷に、水球は風にそれぞれ弱いようだ。前回『羊皮紙』に苦戦したのは、立ち会った三人の得意な魔力が、風、水、氷であったからだろう。そこまで計算したうえでの采配なら、なぜ二度目は『水球』であったのだろうか。 「二度目は、ルーレインの領土だということもあったんじゃないですか?」 「……そうか、一度目はフェルミーナだから、風が通用しない羊皮紙の化け物が出たのか」 「そして今は、セイジの戦力に相応するために総勢を揃えたとみれば、それほど不自然ではないかと」 「なるほど、言われてみれば、あとの二匹はラフィアらしいと言われればそうだな。緋の国って言われてたくらいだし、鍛冶が主産業だったなら、鉱石も……」  そこまで考えて、思わずマリーに視線をうつす。同じく顔をあげたマリーも同じく、訝しげに眉を寄せていた。 「……じゃあ、境界線は人間の魔法ってことか?」 「わかりません……わかりませんが……」  否定はできない、と続く言葉を、マリーの表情が物語っている。考えながら横目で魔法を投げかけていると、視界の端で、形のよいマリーの唇がふたたび開いた。 「リュートさん、そんなこと言いかけてませんでしたっけ? 境界線の原因が人間にあるかもしれない、みたいなことを……」  ラフィアの要塞での会話。夜の空の下で紡がれた会話が、かすかに脳裏に蘇った。  そうだ。リュートはあの時なにかを言いかけていた。 「……ああ、くそ、もっとしっかり話し合うべきだったなあ」  確証がないばかりに、リュートのことを信じきれずにいたばかりに。後になってこれほど後悔させられるとは思いもしなかった。たとえ胡乱な情報だとしても、聞き入れるだけ聞き入れておくべきだったのだ。 「あなたのせいではないですよ。レオンハルトさんもそうですけど、セイジはひとりで責任を抱えすぎです。いまはノインとレベッカがいるんですから、龍族の知り得ることなら彼らから聞けるじゃないです……かっ!」  語尾と視界の端が、降り注ぐ火山弾のような攻撃に濁された。マリーは素手で、おれは魔法でもって、そっくりそのまま攻撃をお返しする。 「そうだな。龍族とだけじゃなくて、みんなとしっかり話し合う時間もなかったもんな」 「戦い詰めだったから仕方がないですよ。これから心がけるだけでも遅くはないと思います」 「話すことがあっても、お前とばっかりだったもんな」 「ふふ、そうですね……みなさんと話す時間が増えても、私との時間は減らさないでくださいね?」 「無茶苦茶言うね、お前……」  悪戯っぽく頬を染めるマリーから、化け物へと視線を転じる。話し合いの時間を減らさないためにも、そろそろご退場願おう。あとのことは、今日の会合で報告して話を詰めればいい。  掲げた手のひらに、防護魔法ともうひとつ。何もかもを飲み込むような漆黒の魔力を混ぜ込む。隣に立つマリーに声をかけようと口を開いた瞬間、横合いから先制する声が飛んできた。 「私に構わず、どうぞそのまま」 「いや、危ないぞ? おれもまだ黒い魔力には慣れてないし……」 「危機感を伴わない練習なんか、いくら繰り返しても本番で役立ちはしませんよ」 「…………」  久しぶりに、刃物のように切れ味鋭い正論が飛んできた。有無を言わさないその物言いが妙に懐かしくて、手のひらに滲む黒い魔力はそのままに、思わず苦笑がこぼれる。 「じゃ、遠慮なく」 「はい、存分に」  埒が明かないと思ったのか、化け物どもが物量に任せて特攻してくる。  その中心めがけて、二種類の魔力を放出した。体と大気が震える気配がよぎった直後、目の前で放射状に走った歪みが、化け物を巨大な防護魔法のなかに閉じ込めた。  動きをとめた化け物に重ねた手のひらを、勢いよく握りしめる。ぎりぎりと、木でできた鋸を擦り合わせるような異音が辺りを包み込むと、影をまとった防護魔法がずるりと縮小をはじめた。行き場を失った化け物の体が圧縮をはじめると、四種のいびつな悲鳴が、異音とせめぎ合うように轟いた。 「……彼らにも、感情というものはあるのでしょうか」  ぽつりと、マリーがそんなことを零した。奴らが魔物であれば、感情を持ち合わせることはないのだろう。  だが、感情をもつ生物の手によって、何らかの目的をもって産み出された生物であるのなら――。 「やめてくれ、良心に響く……」 「ごめんなさい、そうですよね……」  自分の思考を否定するように呟いて、最後の魔力を込める。豆粒ほどにまで凝縮された防護魔法を、揺蕩っていた黒い炎が包み込んだ。思い出したかのように吹き始めた風が、訪れた静寂をささやかに彩った。 「さて、これで解決、といきたいところなんだけど」  閉じた手のひらに滲んでいた黒いなにかが引っ込むのを見送って、顔をあげる。 「フェルミーナのときも、ラフィアのときも。境界線を通るとき、おれは黒い魔力を使ってない」  おれは、と殊更に明示してみせた意味を、マリーは正しく察知したようだ。胸に手をあてて、他に原因がある、ということをはっきりと―― 「クリスです」 「……え?」 「昨晩の龍との戦闘中に、クリスが黒い魔力のようなものを使っていました。すみません……」  見間違いかと思いたくて、言えませんでした。と、か細い声で、マリーは地面に向かって呟いた。 「マリー」  力なく持ち上がった紅緋色の瞳の前に、両手の人差し指をさしだす。  右手にマリーの目によく似た紅色の炎を。左手に、その奥にたたえた漆黒のような炎を浮かべ、ふっ、と消してみせる。ぱちぱちと目を瞬かせたマリーの頭を、いつものようにぽんと撫でてやる。 「驚いていないといえば嘘になるけど、大丈夫だ。たとえ黒い魔力に囚われていたとしても、クリスならモノにしてみせるさ」 「……でも、セイジでも抑えるのが難しいような力なんですよね?」 「そうだな、でもクリスはただのお姫様じゃない。おれの後輩で、聖騎士だ。心配ないさ」  微笑みかけた表情がやわらいだことを見届けて、踵を返して体を浮かせる。 「さ、そろそろ帰ろうぜ」 「……はい。あ、お食事は……?」 「むこうでゆっくり貰うよ。ちょっと黒い魔力を試したいから、先行ってるな?」 「はい、おつかれさまでした」  ゆるやかに手を振って送り出してくれたマリーに背を向けて、風を蹴る。  あらん限りの魔力を込めて。全速力で。  クリスのもとへ。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月1日 23時40分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年8月1日 23時40分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月2日 2時47分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年8月2日 2時47分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月26日 8時58分

    マリーはマリーで良い雰囲気なんですよ……。拙者はどうあってもポーラ推しである事に変わりは無いわけですが、これはもうハーレムルートへ突入するしか。文化的には多妻も許されそうな雰囲気に見えない事もないわけですが、実際のところどうなんでしょうか押忍。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    うさみしん

    2022年6月26日 8時58分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月26日 11時23分

    どうなんでしょうか……(困惑)そんなことになれば、マリーもマリーで「じゃあ……」とか言い出しそうですし、クリスもクリスで「じゃあ私も……」とか言いかねませんし。ポーラは悪友的なポジションで見守るスタンスだと思いますけどねえ。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年6月26日 11時23分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月18日 2時21分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    予想以上だ!

    うさみしん

    2022年2月18日 2時21分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月18日 7時36分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    「ドヤァ」ステラ

    羽山一明

    2022年2月18日 7時36分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月24日 0時22分

    ひとつひとつ確実に、段階を追って検証していく様がいいですね。確実に黒い魔力をターゲットにしていると思われる化け物、即ち境界線。相対する敵の特性に応じて戦力を変えてくることに、大きな秘密が隠されていそうな気がします。そして、クリスの件を知って急行するセイジを見送るマリーちゃん……。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    乃木重獏久

    2022年1月24日 0時22分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月24日 8時25分

    へたをうてば国もろとも破壊せしめる爆弾処理のようなものなので、やはりひとつひとつ、草の根を分けるような検証が必要なのだと思います。セイジ自身の話でもありますしね。クリスともども、一番近いところで見つめるマリーの心中は、なかなかに辛いものがあるかと。

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    羽山一明

    2022年1月24日 8時25分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇100pt 2021年11月2日 17時58分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    見事なお点前で

    星降る夜

    2021年11月2日 17時58分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年11月3日 1時44分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    いつもありがとう

    羽山一明

    2021年11月3日 1時44分

    ミミズクさん

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • Lost World〜時空使いの少女〜

    空間と時間を操る少女の物語

    61,200

    200


    2022年10月3日更新

    異世界ルーンフェルク。そこに住む少女、聖月は自分の世界と別世界を繋いだり、時間を操る力を使って、人々の依頼を受けることで生活していた。 ある日、彼女の前に現れた謎の青年、煌翔は、聖月の持つ力が危険なものであると告げる 。 2022.5.16 今更ですが、登場人物が多くなってきた為、登場人物紹介追加しました。 話が進むごとに追加していきます 多少のネタバレ含みますので、嫌な方は本編から

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:8時間16分

    この作品を読む

  • 異世界村開拓 ~健気な異世界転生人と訳ありモンスター~

    健気な美少女が活躍するファンタジー

    56,300

    300


    2022年10月4日更新

    テロにあった山手線の車両の7号車に乗っていた乗客の内、五十人が少年少女として異世界転生させられた。 異世界転生したら、転生者がチートスキルで無双するのが、定番だが、この物語はさにあらず。 五十人も転生させた神が、チートをして、無双する中、健気にかんばって異世界生活をする少年少女の物語である。

    読了目安時間:3時間13分

    この作品を読む