境界線上の魔王

読了目安時間:4分

エピソード:48 / 142

5-9 露呈した疑問

「……なんだ、これは?」  独り言の語尾が、激しい水音を伴った。  ひと息ごとに混じる血が、荒々しい呼吸をさらにかき乱す。  風穴の空いた腹部から、致命傷であることを隠しようのない血が溢れ出している。無意識に抑え込む手のひらにも風穴が空いており、もはやどちらからの出血なのか判別がつかない有様であった。  それでもノインは、目の前に広がる光景を、煌々と光る瞳に焼き付けることをやめなかった。  ――我が一族、龍の眷属。  強固な肉体と比類なき魔力を持ち合わせる、それは絶対的支配者の称号のはずであった。  ヒトは、時に想像を絶する力を発揮する。  それは、今も世界を二分する、あの光の壁を見上げた瞬間から、理解していたつもりであった。  だからこそ、セイジ・ルクスリアという新たな標的が定められたとき、世界の守人として、世界を狂わせる事故を未然に防ぐべく、ヒトの世の監視に心血を注ぐと誓ったのだ。 『――私達は、ヒトのことを理解したつもりでいたんだねえ……』  あの日、女王さまがぽつりと仰った言葉が、ふと脳裏に蘇る。  解釈と理解がいかに対極に位置するものであるか、今日この日まで、私は理解できていなかったのだ。 「……おい、聞いとんのか?」  荒々しく肩を掴まれて、ノインは巡らせる思考の渦から顔を出した。  振り返った先、自分と似た体躯の少女が、いかにも不機嫌そうにこちらを睨みつけている。 「そこおったら邪魔やろ。とっととこっちこいや」  返答を待たずに、ポーラはノインの腕を掴んで引っ張り上げる。と、駆け寄ったクリスが慌てて制止した。 「ポーラ、龍とはいえ怪我人なんですから、もう少しゆっくり……」 「こいつらこんなんじゃ死ねへんて。死んだら死んだで宝玉になるだけやねんから」  言い返しながらも手をさげたポーラの前に、クリスが割って入った。呆気にとられるノインの腹部に両手をかざして、目を閉じて詠唱をはじめる。周辺にあらわれた淡い光の玉が、手のひらの奥の傷口にすっと吸い込まれていった。 「……えっ?」  直後、治癒を施したクリス本人が、困惑を帯びた声をあげた。その頭に手をあてたノインが、苦々しげに汗ばんでいた表情をほころばせた。 「貴様、いい腕をしているな」 「あの、私、応急処置のつもりだったんですけれど――」  背まで貫かれていたはずの傷口が、もののみごとな肌色を取り戻していた。まさしく時を戻したかのように傷跡も見られず、むしろ衣服が破れていることが不自然なほどであった。 「余力はあるか? 腕の処置も頼みたいのだが」 「えっ、あっ……」  醒めやらぬ困惑をよそに、体はごく自然に二度目の詠唱をはじめた。 『呼吸をするように無理なく自然に、本能のように治癒をせよ』とは、治癒魔法を会得するすべての術師が叩き込まれる格言であるが、剣での戦闘を本分とする聖騎士クリスティアといえども、その例外にはなかった。  ごく短い詠唱を終えたクリスが顔をあげると、肩口に露出していた赤々とした傷口はやはり跡形もなく消え失せており、ノインは右腕との再会を祝うかのように、手のひらを開閉させていた。 「十分だ。感謝する」  満足気に言い放ったノインが、ふたりを庇うように前に躍り出た。 「先に行って守りを固めておけ。私もすぐに行く」 「…………」 「……行きましょう、ポーラ」  舌打ちを押し殺すようなポーラをなだめながら、クリスが言葉通りに身を翻した。突き刺すような視線をノインの背に投げかけて、ポーラもおとなしくそれにつづいた。  肩越しにそれを見やると、ノインは一足飛びでレオンたちの陣形にもぐりこんだ。にぶい緊張感が走った空気のなか、ノインは背を向けたまま口を開いた。 「それほど不思議に思わずともよいぞ、クリスティア王女」  声をかけられたクリスに、一同の視線が集中した。 「龍という生物は、ただ生物的に優れているだけではない。よい影響のある魔力はより強く受容し、悪い影響のある魔力を頑なに拒絶する。怪我をすれば痛みもあり血も出るが、半分は魔力でできた肉体だ。治癒の魔法の効果が高いように見えるのも、必然というものよ」  むろん、それだけではない、と、ノインが言葉を続ける。 「誇るがよい。貴様が優秀な治癒師であることの、何よりの証明だ」 「あ……ありがとうございます」  なんと答えるべきか悩んだ末、クリスは称賛に素直に謝礼した。 「それでいて、寿命もなけりゃ死ぬこともないんだろ? 考えれば考えるほど、理不尽な生き物だな」 「確かにそうだな。理不尽を振りかざし、状況によっては一時的とはいえ暴力に頼る。その最たるものが、あの女のような紅色の瞳をした龍なのだが――」  徐々に重々しくなる言葉を引きずるように、ノインがゆっくりと振り返り、後ろ指をさししめした。そのはるか先で、ローズマリーと女が大立ち回りを繰り広げている。  だが、ノインの声色がそう示すように、それはどう贔屓目に見ても同格の応酬ではなかった。  ノインの手を切断し、レオンたちの防御線を一撃で粉砕し、屋敷を両断した龍の魔法を、マリーはあろうことか手のひらで受け止め、消し去ってしまう。  掠れば致命傷であろう鉤爪も、軽やかなマリーの動きを捉えることはかなわない。ようやく捉えたと思えば、かすれた金属音とともに粉状に崩れ落ち、足元を満たす水にむなしく溶けていった。  有り体に言えば、それは勝負にすらなっていなかったのだ。 「――それすら敵わぬ、あの銀髪の女はなんだ?」  至極まっとうであろうノインの問いかけは、重苦しい沈黙のなかに沈んでいった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月21日 21時06分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年6月21日 21時06分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月21日 22時54分

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    報われました…!

    羽山一明

    2022年6月21日 22時54分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月24日 5時34分

    大怪我したノインが(下手すりゃ今際の際とも思える)感慨に耽っているところ、ポーラがそれどころやないと引きずり倒すシーンがコミカルでたまらなかったです押忍。

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    うさみしん

    2022年5月24日 5時34分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月24日 9時07分

    雰囲気は厳かなままなので、たぶんだらだら血を流しながら引きずられてる思います。見た目も「ロリがショタを引っ張ってる」って感じなので、映像化すると相当にシュールです。

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    羽山一明

    2022年5月24日 9時07分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年2月21日 21時34分

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    「あなたが神か…!?」ステラ

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    2022年2月21日 21時34分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月22日 2時40分

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    「女神ですから」氷川Ver.ノベラ

    羽山一明

    2022年2月22日 2時40分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ビビッと ♡500pt 〇200pt 2021年9月4日 20時22分

    《『――私達は、ヒトのことを理解したつもりでいたんだねえ……』》にビビッとしました!

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    星降る夜

    2021年9月4日 20時22分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月5日 17時37分

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    「ビビッとありがとう」ほっぺげver.ステラ

    羽山一明

    2021年9月5日 17時37分

    ミミズクさん
  • 土偶(純金)

    阿暦史

    ♡777pt 〇101pt 2022年3月9日 20時46分

    女王様の瞳の色が何か気になりますね。強いのか偉いのか。つくづく思いますが、強さのバロメータがあるってそれだけでロマンですよね⏲️

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    阿暦史

    2022年3月9日 20時46分

    土偶(純金)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年3月9日 22時49分

    まだ女王については決めかねていますが、ここまでの印象だと、女王の格付けは唯一無二にしたい感もあります。龍の目は常時その色というわけではなく、臨戦態勢に入った瞬間階級の色に変わるみたいです。数字とかでバロメータ化しちゃうとインフレしそうなので難しい。。

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    羽山一明

    2022年3月9日 22時49分

    ミミズクさん

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