境界線上の魔王

読了目安時間:8分

エピソード:14 / 142

2-4 現れたモノ

「総員、傾注!」  麗らかな陽気につつまれた昼下がり、耳にした者の緊張感を貫くような声が、輪を描いて整列した一団の耳目を一所に集中させた。  引き締まった軍服に身を包む者が大多数であるが、黒一色の景色にまだら模様を混ぜ込むように、幾名かの私服姿も散見される。年齢層もじつに多彩で、魔法の才ある人材を、軍を含めたすべての国民のなかから選びぬいた、というレフィリアの言に誇張はないことが見て取れる。  一人ひとりの手には、すでに『境界線』に接して得た黄金色の水をたたえた魔法具が握りしめられている。  魔法具によって定着させられる水の分量は、各々のもつ魔力量によって調整された。  量産された魔法具の数と同じだけ募られた人々は、それぞれ平均して両手を広げたほどの球体であるが、レフィリア、レオンのものはその倍以上、クリスに至っては、小屋なら収まってしまいそうなほどの大きさに形をなしている。可変に設計されている柄の長さも、物干し竿の様相を呈している。  実験のうえでは水量が多いことに越したことはないのだが、水量が増えると、今度はその膨大な質量を持ち上げるための魔法も展開させなければならない。負担も増える以上、平時から魔法を常用しているはずのない面々に無理はさせたくない、というのが、レフィリアの考えであった。 「さて諸君、今回の作戦行動は、幾度も机上に乗りながらも、都度白紙撤回を繰り返す夢物語といわれてきた。私自身、納得ができず非正規作戦を断行し、苦汁の現実を味あわされている」  人の輪の中心には、地面を掘り返して急造されたのであろう、何かを加工した石壁で囲われた池のようなものがあった。その上空で、レフィリアが手振りをまじえた弁舌をふるっている。  体の随所が震えているのは、恐怖や高揚心からなるものではない。ただ単純に、空中で身体の動きを制御させる高度な風魔法の行使に慣れていないだけのことであった。 「しかし! 今日この時こそ、この厄災をねじ伏せる絶好の機会だと私は考える! 聖騎士クリスティア、そして魔導の申し子レオンハルト! 盟友フェルミーナの王子ふたりが、二の足を踏む我らのため、馳せ参じてくれたのだ。これを好機と呼ばずして、我らは何を成し得ることができようか!」  煽るようなレフィリアの声に同調する咆哮は上がらない。滾る魔力を乗せた熱視線が、まっすぐに上空のレフィリアへと向けられただけであった。  その背後で、レオンとクリスが別の意味で表情を赤らめていた。助力とは正反対の目的で足を運んだ手前、否定などできるはずもない。むしろ、レフィリアの言葉は今回の騒動を沈静化させるためのものとすら言えるから、なおさらである。  魔法を行使することのできる人間だけが感じ取ることのできる空気の変化にうなずいて、レフィリアは空中で姿勢をただした。 「……よろしい。すべては手筈通りだ。この水を池に湛えた後、諸君らは側面を、こちらは上空より防護魔法を展開する。その後に何が起こるかは、私にもわからない。ゆえに、下す命令はひとつだけだ」  天を突いたレフィリアの左腕がゆるりと振り下ろされた。右手に握り込まれていた魔法具の先から、光る雫が雨粒のようにこぼれ落ちた。 「何があっても生き延びろ。以上だ!」  意志の呼応は、声ではなく行動でしめされた。まずはレオンとクリスが、やや遅れて地に足をつけた各々が、握りしめた手のひらから魔法具へと流れる魔力をとめた。ほのかな光を放っていた魔法具の紋様が沈黙して、その先に掴んでいた水球が、レフィリアのそれにならって垂直に落下した。 『『ルーナ・リムダール!!』』  ひと息の余韻もなく合唱された詠唱の言葉と、落下して弾けた水の音が重なった。瞬間、水色の膜が池の周辺に展開して、勢いよく四散した飛沫を池の内部に弾き返した。声と水音の余韻が途切れ、不気味なほどの静寂が場の空気を支配した。 「……何も、起きないな」  上空から様子を窺っていたレフィリアが、ふわりと地に降り立った。波紋ひとつたてずに沈黙する鮮やかな水面から、それとよく似た色の霧のようなものが立ち上っている。今はまだ、さしずめ『境界線の幼子』といったこの霧であるが、水量に正比例して勢力を増して、やがては本流である境界線のように天を貫く光の壁を成すのであろう。 「魔力は消えていないようだが……クリスティア、どう見る?」 「……とても微弱ですが、境界線の光と同じものを感じますわ」 「けっこう。すまないが、防護魔法の展開と監視を代わっていてくれないか。ひとまず彼らを休息させようと思うのでな」 「ええ、承りましたわ」  満足気に微笑んだレフィリアは、白濁とした疲労感に覆われた面々をねぎらって、設営させていた休息所へと彼らを引き連れていった。残されたクリスとレオンは、所在なさげに顔を見合わせてから、すぐに池に視線を転じた。  ふいに、レオンは何かに気づいたように首をかしげた。レフィリアに剣を突きつけんばかりに反対していたクリスが、口を半開きにしながら、落ち着かない様子で腰の剣鞘を撫で回していたからだ。 「……様子見くらいなら、いいんじゃないか」 「い、いえ、そういうわけには……!」  言いながら、柄に手をかける。レフィリアの調査に反抗する理性が、隠しきれない好奇心と興味に膝を折った瞬間であった。  肩をすくめて苦笑したレオンが、駆け戻ってきたレフィリアに口をふさぐような仕草をしてみせた。セイジに借り受けた双剣を構えた、高揚するクリスの横顔を見やって、レフィリアも得心したようにくすりと微笑った。  年長者ふたりが、無邪気な年少者を見守る微笑ましい光景は、果たしてすぐに終わりを告げられた。『鈍色蛍』と打たれた銘を表すように、魔力を注がれて発光をはじめた剣が、湧き上がる霧にかすかに触れた、その直後のことであった。 「……ん?」  最初に異変に気がついたのは、レオンであった。不安げに眉をひそめて、首を傾げるレフィリアと顔を見合わせる。 「レフィリア、なんか言ったか?」 「いいや? 何か聞こえたのか?」 ……ォ……ス……  問いかけは、レフィリア自身の詠唱によって解答をえた。反射にちかい速度で張られた防護魔法は、行使し得る者の自然かつ最善の警戒行動であった。 「クリス! そいつから離れ──」 ……カオ……ス……!  もはや疑いようもなく、それはかすれた人の声であった。  発生源は確認するまでもなかった。すでに臨戦態勢をととのえていたクリスの眼前で、池の水面が泡音をあてて噴き上がり、みるみるうちに歪な人のかたちを成していった。 『カオス……』  腕のように突起した部分が微震して、クリスへと伸びた。 「クリス──」 「来ないで!」  叫ぶなり、クリスは風を纏って、上空へと身を躍らせた。池から現れた化け物が、嬌声にちかい音を轟かせて、舞い上がったクリスへと追いすがった。手を伸ばすだけでは届かないとみると、なおも体積を膨張させながら、池からずるりと這い出て自立した。 「狙いはわたくしです! みなの避難を先に!」  見上げたレオンの視線は、クリスの軌跡をかき消すように宙を裂いた豪腕によって阻まれた。 「レオン、君は自軍への指示を優先したまえ」  被りなおした軍帽の奥から、レフィリアの鋭い眼光がひらめいた。魔法具を兼ねた剣はすでに抜き放たれている。 「無茶はしないさ。殉職に美を見いだす感性など持ち合わせてはいない」  眉をひそめたままの表情で、レフィリアは少し困ったように微笑した。 「わが軍の心配はしてくれるな。不測の事態を見越し、休息所は高台に設営している。境界線の水は勾配には逆らわんからな」  何かを言おうと口を開いたレオンの先手を制して、レフィリアは言葉を結んだ。池へとスライドした視線と、その険しい横顔を見て、レオンは無言で踵を返した。 「……さて、と」  不測の事態は、立案の段階から常に付きまとうものであった。とはいえ、現実に目の前でことが起こると、二の足を踏んでしまうものらしい。  あの化け物を消すことは、おそらくそう難しい話ではない。池の囲いを崩してしまえば、水は傾斜に沿って境界線へと流入し、あとには何も残らないだろう。池に込めた魔力をもとに生まれたものであるのなら、それで解決するはずだ。 「問題は、クリスティアがなんと言うか、だが……」  フェルミーナ国が王女、クリスティア・フェルミーナが、身分を顧みない戦闘狂であるということは、騎士であればよく耳にする噂であった。だが、大抵の人間の場合、『王女』と『戦闘狂』という言葉を噛み砕いて織り交ぜることができず、その情報は酒の肴ていどの価値におさまる。  実際にその戦いぶりを目の当たりにした者は、一度目に噂を思い出し、二度目で疑念を確信に変える。そして、『戦いの前後は人間』だの、『剣から生えた人間』だの、『あれは戦闘狂ではない、狂戦士だ』などといった、世が世なら不敬罪で斬首されかねない尾ひれが延びてゆき、今の風評に至ったのだ。  以前、本人を前にして、不本意であろうそんな風評をさして『冗談で済んでいるうちはよいのだがな』と口にしたところ、目を逸らして会話をすり替えられたあたり、根も葉もないわけではないようだった。  彼女は求道者であり、純粋な強さを求め続ける武人だ。鼻の一寸先をかすめる攻防にこそ、活路を見いだすことのできる稀有な人材であるといえる。もっとも、近頃は手段と目的が逆転しているようにも見えるが…… 「すまないな、クリスティア。お楽しみはお預けだ」  独り言の語尾に、慌ただしく舞い戻ってきたレオンの声が重なって、レフィリアは確かめるように剣を振るった。

著者コメント イケメンポンコツおもちゃ箱

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  • レイナ(QB)

    氏家 慷

    ♡500pt 〇300pt 2021年10月10日 18時22分

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    楽しませていただきました

    氏家 慷

    2021年10月10日 18時22分

    レイナ(QB)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年10月11日 2時20分

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    ありがてえありがてえ

    羽山一明

    2021年10月11日 2時20分

    ミミズクさん
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年5月13日 22時17分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年5月13日 22時17分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月14日 2時16分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年5月14日 2時16分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年4月15日 5時06分

    特にこの2つの比喩、『戦いの前後は人間』、『剣から生えた人間』という表現にビビッとしたであります押忍! キレがいい! 冴え渡っているであります押忍!

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    うさみしん

    2022年4月15日 5時06分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月15日 8時14分

    軍人から出た風説ということで、こんなかんじかなと思います。戦闘機ならぬ戦闘姫です。だいたいあってるうえにどんどん傾向が加速しているので、誰もなにも言えません。

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    羽山一明

    2022年4月15日 8時14分

    ミミズクさん
  • 土偶(純金)

    阿暦史

    ♡123pt 〇111pt 2021年11月30日 22時28分

    イケポンwwクリスどんどん可愛くなるしレフィリアはかっこいいしたまりませんね!

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    阿暦史

    2021年11月30日 22時28分

    土偶(純金)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年12月1日 2時36分

    今のところはポンコツ成分薄め。きっとこの人は女性にキャーキャー言われていることでしょう。強さという魅力のほかにも、それぞれの性格を好きになっていただけるような子たちを書いていきたいですね!

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    羽山一明

    2021年12月1日 2時36分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月16日 6時50分

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    タマリマセンワー!

    うさみしん

    2022年1月16日 6時50分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月16日 13時15分

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    いつもありがとう

    羽山一明

    2022年1月16日 13時15分

    ミミズクさん

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