境界線上の魔王

読了目安時間:9分

エピソード:41 / 142

5-2 理を破るものたち

 夢を見ていた。  ひと目でそれだとわかるセピア色の景色のなか、目の前におれが立っている。  研究者のような出で立ちと、頭部をすっぽりと覆うフードに阻まれて、性別すら判然としない。それを自分自身だと確信したのは、衣服にまとわりつくように蠢く刺々しい魔力のせいだ。  ふいに、目の前のおれが膝をついた。  脈絡も前触れもなく、壊れた玩具のように無機質に。  勢いのまま突っ伏して動かなくなったそいつから、黒い魔力が這いだした。獲物を求める蛇のように、螺旋を描きながら列をなしたそれが、こちらに気づいた。  逃げようにも、体はまるで動かない。  叫ぼうにも、かすれ声ひとつ絞り出せない。  ただ、既に起こってしまった事実を繰り返しなぞるような光景を、ただ見せつけられる。  おれの口めがけて這い寄ってきた魔力は、そのまま音も感触もなく、おれの喉奥へと潜り込んでいった。 …… ………… ……………… …………………… 「……んん……?」  目を開く。  体重を感じる。  手足の感覚もある。そして動く。 「また、変な夢か……」  とりあえず、体を起こす。どこかの寝台のうえ、肌着だけをまとった自分の姿。  やけに軽い体が気になる。どれほど眠ってしまっていたのだろうか。 「おはようございます」  マリーだろうか。横合いから声がかかって、のそりと顔をあげる。  薄暗い部屋の、さらに薄暗い隅。青白い顔色に、いつものように陰を落としながら、リュートがいつものように本を読んでいた。 「ご安心を。全員無事に国境を越えましたよ。いまはみな、ルーレインの将軍の方の本邸で休養をとっています」  何から口走るべきか逡巡していると、内心を読み取ったかのように、聞きたいことを話してくれた。 「無事ではなかったのはあなただけですよ。具合はどうですか?」 「具合……」  改めて、両手のひらを弛緩させる。やはりなんともないのだが、それがかえって違和感になっているようだ。 「おれは、あの化け物に呑まれたんだよな?」 「はい。覚えてないのですか?」 「咄嗟に防護魔法を張ったのは、なんとなく……」 「文字通り全員で協力して、なんとか事なきを得たんですよ。あれほどの魔力――」  穏やかに語り始めたリュートが、ふいに唇を結んだ。なにもないはずの壁の方向へ視線を転じて、目元を引き締める。  探知しようと魔力を込めた瞬間、リュートが無言のまま手をあげた。 「きたか?」 「おそらく」  それ以上の言葉は蛇足だった。  寝台の横に折り畳まれていた服を掴んで、立ち上がる。現状を見て回りたかったが、そんな時間はないだろう。  今か今かと待ち構えていた龍の襲撃が、すべてが終わったあとにやってきたのだ。 「少し迂回して行きましょう。道中でぶつかっても、周りに被害のないように」 「できれば、ラフィアで接触したいもんだな」 「そうですね。ただ、ひとまずは話し合ってみますよ」  言いながら、愛剣を差し出される。 「それでもだめなら、お願いします」 「善処してくれ」  戦うこととなった場合、この剣と身ひとつで龍と戦うわけだが、なにを準備すれば十分、ということもない。服の隣に据え置かれていた水を喉に流し込んで、リュートとともに部屋を飛び出した。 「本調子でないなら、私の背に乗って行きますか?」 「すげえ乗りたいけどやめとくよ。目立つし……」 「そうですね、すみません。ではお先に」  市街地から離れているとはいえ、他所の国であまり空を飛び回りたくはない。  ここがフェルミーナなら、名前と首飾りで弁明できる。ルーレインでも問題はないと思うが、この国の規則についてはまったく知識がないので、なんとも言い難い。  というより、そもそも聖騎士というものが、ルーレインの有力者からはあまりいい顔をされていないらしい。  そのあたりの国家としての態度はラフィアと傾向が似ているようで、レフィリア将軍のような友好的な人のほうが異端なのだそうだ。  本音を言わせてもらえば、相当な努力と苦労と年月の末に得た称号を使って、ほどほどに危険を伴った調査を行っているわけだから、一方的に嫉妬するのはやめてほしい。 「頼んだ身の上で、こんなことを言うのは変な話なのですが」  青空と草原と沈黙のつづく道中、なにやら考え込んでいた様子のリュートが口を開いた。 「あなたはここの国の人間ではありませんよね? この国の危機ならば、この国の騎士が負って然るべき職務では?」 「……まあ、そうなんだけど」 「もちろん、危機を持ち込んだ私とラフィア国民たちにも非はありますが、フェルミーナはあくまで第三者の立場なのでは……」  まさか人外に人里の規則の違和感を指摘されるとは思わなかった。 「龍でもそういう細かい決まり事、気にかけるんだな」 「私だって、おかしいと思ったときは声をあげますよ。未知かつ強大な相手なら、先に弱者をぶつけて様子を探り、満を持して本命をぶつけるのが効率的では?」 「そうなんだけど、なんて言えばいいかな。強きを以て弱きを守る、っていう表現が、一番よく使われる喩えかな?」 「……難しいですね。それなら最も強い人が最も損な立ち位置になるのですか?」 「まあ、だいたいあってる」 「セイジさんが納得されるなら、と言いたいですけど……」  本人は納得がいかない様子で、ふたたび首を傾げて考え込む。  どうやらリュートは感情や情緒が希薄なだけで、まったくないというわけではないようだ。  思えば、おれが倒してしまった龍は、人の姿になる前から豪快な笑い声をあげていた。生物としての骨子が異なるだけで、龍も案外ヒトと変わりはないのかもしれない。  意志の疎通ができるのならば、命の取り合いなどはしたくないものだ。 「気配はまだ向こう側ですね」  国境が間近に迫る頃合い、リュートが銀幕に向かってつぶやいた。眉をひそめているのは、まだ考え込んでいるからなのか。  それとも、同郷と剣を交える未来を考えてのことか。 「待ち構えてるかな?」 「壁から少し離れているようなので、不意打ちの危険はないでしょう。あちらも、私に気配を感知されていることはわかっているでしょうし」 「なら、そのまま突っ切るか」 「あ、その前に」  先走りかけたおれを、リュートの声が制止した。 「戦闘になったときは、殺すつもりで戦ってくださいね」 「……それは、全力で戦えってことか?」 「というより、加減が無意味なのです。龍は生命力が尽きると宝玉になるので、この戦闘で命の心配があるのはセイジさんだけなんですよ」  それに、と、言葉をつづけたリュートの声が、躊躇うようにくぐもった。 「もし緋色級の龍が相手なら、悠長なことはできません」  "緋色級"。  以前リュートが言っていた『紅色の瞳の龍』のことだろう。 「それ、その緋色級っていうのは、他の龍と何が違うんだ?」 「緋色級は……以前、戦闘用の個体、という話はしましたよね?」 「ああ、聞いた」  膂力や魔力がただ強いだけの話なら、なんとでもなる。  力比べで話がすむのなら、むしろ気が楽だ。そうではないからこそ、リュートも言いよどんでいるのだろう。 「生命力や魔力は私と大差ありませんが、彼らは理に背くことを許された力を使うことができます」 「理……?」 「この世や自然の決まりごとです。呼吸するための大気があること、モノが空から地上に落ちること、炎は熱く、氷は冷たいこと……」  つまり、常識を破壊する力ですね。と、リュートが言葉を結んだ。 「……世界の均衡を守る奴らが、世界の均衡に背くのか?」 「やむを得ない場合というものは、時には訪れるものですから」  リュートらしからぬ曲線的な物言いは、おれに気を使ってのことだろう。  この場合、"やむを得ない"がさすものは、十中八九おれのことになる。 「やむを得ない、ね……」  仮に談合が成立した場合、腹の奥底にとどめておいたこの内心をぶつけてやろう。 「この力のことなんて、おれが一番知りてえよ……」 「……すみません、しかし、不透明なものを恐れるのはヒトも龍も同じなのです」 「解明したいってだけならいいんだけどなあ」  分厚い魔力の壁の向こう側から感じる気配からは、どう捉えても平和的な展開を望めなさそうだ。有事における戦闘用の個体ということだから、当然といえば当然かもしれないが、他の選択肢を選ぶ未来はなかったのだろうか。  もしくは、静観してはいられないほどに危険視されているのか。 「繰り返しになりますが、善処します。さ、行きましょう」  壁へと振り返った背に向けて、防護魔法を放り投げる。死なないとはいえ、喋れなくされてしまったら同じことだ。リュートに先んじて接敵するために、壁めがけて思い切り飛び込んだ。  視界いっぱいに銀色のもやが広がり、歩を進めるにつれてそれが薄まっていく。それと反比例するように、行く先に留まっている気配が徐々に強くなっていく。  警戒しつつも、今更足を止めるわけにもいかない。体にまとわりつくもやを押しのけて、防護魔法を強めに展開した。  銀色のなかに、黄土と草木の色が混じりはじめた頃合い、剣を抜いて臨戦態勢をとる。半ばやけくそに駆け抜けた壁の先、まだ滲んだ景色の真正面に、それは佇んでいた。 「来たな、サティ」 「うん、来たね、ニア」  透き通るような金色の頭髪、幼さすら感じる小柄な体躯の、鏡写しの二人組。  何も知らなければ、それは『お人形さんのような』とでも言うような、端正な双子のシルエットをしたなにかが、まっすぐにこちらを見つめていた。  見目麗しい外見に反して、その身に纏う気配と、大きな目のなかにうつる光彩が、隠しきれない重圧を放っている。ほどなくしてリュートが姿を現すと、重圧はさらに強さを増した。抵抗の色を見せるように、背面のリュートも臨戦態勢をみせたが、いかんせん感じる圧力の差が桁の度合いで異なる。 「やはり、緋色級か……!」 「……こんなん、瞳の色を見るまでもねえよ」  リュートに向けられた双眸を見るだけでも見当がつく。力を推し量る気すらおきない魔力の塊が、いっそ清々しいほどの殺意をもってして、おれたちに矛先を向けていた。  戦闘を避けろと言われ続けた理由がよくわかる。まともにぶつかって勝ち目がないだろう、などという暗い予感がよぎるのは、これで二度目だ。 「人の子よ。貴方にも聴取したいことがあるのだが」 「まずは所用を済ませたくてね」  言うなり、二体の龍の全身が青白い光に包まれた。ひと息のうちに膨れ上がった光がいくつもの球体に分裂して、リュートめがけてまっすぐ襲いかかった。 「えっ――」 「いきなりかよ……!」  守備系の魔法は間に合わない。鈍色蛍に魔力を纏わせて、脇を通り過ぎようとした光球を弾き飛ばした。跳ね返った光球が奥手にあった崖に吸い込まれて、轟音が立て続けに反響した。  巻き上がる粉塵と燃え盛る炎が、龍の背に広がる景色を、くすんだ真紅の色で塗りつぶした。肌を焦がす熱波に巻き上げられた髪を横目に、龍の全身がふたたび輝きはじめた。 「リュート、とりあえず応戦するぞ!」 「すみません、了解です!」  あの二匹は、おれではなくリュートだけを狙ってきた。むしろおれのほうと話し合いたがっている様子だったが、だからといってリュートを見殺しにはできない。どこまでやりあえるかはわからないが、戦って談合の場に引きずりおろすしかないだろう。  真正面からまともにぶつかっていては、勝ち目はない。  ――ならば、まともではない方法に身を委ねる他はない。彼らの言葉を借りるならば、そう―― 「こういうのが、やむを得ない場合、ってやつなのかね……」

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月13日 20時46分

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    見事なお点前で

    くにざゎゆぅ

    2022年6月13日 20時46分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月13日 23時14分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年6月13日 23時14分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月16日 5時28分

    この世界観に出てくる研究者とか防護服って単語には、意図的に選択された違和感しか感じません押忍。おそらくネタバレに繋がる事実が掘れるのかと思いますが、今はまだ触れる時期ではない気がするのでスルーしておきます押忍!

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    うさみしん

    2022年5月16日 5時28分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月16日 8時01分

    防護服ってどこにあったかな……と思いつつ。「研究者」というワードに関しては、現存しないでもないのです。まだ出ていませんが、最後の国家である「銀の国」が、魔法文化の登場以前に隆盛を築いた機工文明の国家、と言う位置づけなので。まあ、意図は別にありますけど……(小声

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    羽山一明

    2022年5月16日 8時01分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年8月21日 20時36分

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    見事なお点前で

    星降る夜

    2021年8月21日 20時36分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年8月22日 4時45分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2021年8月22日 4時45分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ♡1,500pt 〇150pt 2021年11月23日 10時48分

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    この世界観…好きですっ!

    秋真

    2021年11月23日 10時48分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年11月24日 1時21分

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    ありがとう‼

    羽山一明

    2021年11月24日 1時21分

    ミミズクさん
  • 土偶(純金)

    阿暦史

    ♡1,111pt 〇100pt 2022年2月4日 22時24分

    おー!気になる引き…!!セイジの秘策!?セイジは研究者でもあったのでしょうか?何か失敗したのでしょうかね?マリーどうしたの?気になる事いっぱい(´・ω・`)

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    阿暦史

    2022年2月4日 22時24分

    土偶(純金)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月5日 10時30分

    魔法使いはおおよそ魔法の研究をするものなのです。彼の場合はさらに魔法具の開発にも興味があるようなので、研究者といっても過言ではないですね! 失敗は……死ぬほどしています。マリーちゃんはたぶん今頃国境あたりで見回りしつつ、魔物を撃退しているところです。

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    羽山一明

    2022年2月5日 10時30分

    ミミズクさん

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