境界線上の魔王

読了目安時間:5分

エピソード:55 / 142

5-16 別れと始まり

 低く小さく、等間隔で紡がれていたマリーの泣き声が、ようやく落ち着き始めた。雨音に溶けはじめたその音に、大きく咳き込むような音が割って入ってきた。 「リュート!」  ぽん、と頭を軽く叩いて、マリーをゆっくり引き離す。雨で滲んだ血の土のうえで、リュートの瞳がかすかに光をとらえていた。震えるように向きを変えた顔と、震えるように開閉した瞼だけが、残された意識をかろうじて紡いでいた。 「……すみません。痛みで気絶していたみたいで――」  途切れた言葉に、またしても大きな咳が割り込んだ。  半歩後ろで視線を落としたマリーが、おれの服の袖を摘まんだ。手の施しようのない怪我人は、仕事の傍らで数え切れないほど見てきたが、数をこなせば慣れる類の経験じゃない。 「いい。それより、おれに何かできることはあるか?」 「……ポーラと、ヘイゼルを……どうか……どうか悪いようにしないでほしい」  確かめるような声が、激しい咳と痙攣にとってかわった。息を殺して、呼吸が落ち着くまでの空白の時間が通り過ぎるのを、ただじっと待った。 「安心してくれ。あの二人にことの責任を負わせるつもりはねえよ」  もしもルーレインや――考えたくもないが――フェルミーナがそういう方針をさだめた時は、聖騎士という称号を捨ててでも、騎士道を全うするつもりだ。  聞き終えたリュートの苦しげな顔に、涙まじりの笑みが浮かんだ。 「ありがとう……セイジさんになら、安心して任せられるよ……」  それと、と、リュートが言葉を繋げた。這うように動いた指先が、胸元の首飾りに触れた。瞬間、首飾りに連なっていた鎖が、薄く淡い光とともに消えてなくなった。指先に残されたそれを、おれに向けて重々しく差し出す。 「魔力の……放出を抑制できます……身につけていてください……」 「……これを、おれに?」  力なく頷くリュートから、首飾りを受け取って眺めやる。他の龍から身を隠すのに使っていたのだろう、銀のような素材でできたそれには、王冠を背負う片翼と一枚の葉が象られていた。 「……セイジさん……あなたの魔力は、この世界を壊しかねない力です……」  リュートの声がゆるやかに、だが確実に弱々しくなっていく。かすれた呼吸を繰り返しながら、続く言葉を聞きこぼさないよう、そっと顔を近づける。 「ですが……その力から、目を背けないでください……あなたの魔力が、あなたに宿ったことには……必ず、その理由があるのですから……」 「…………」  おれの魔力が、おれに宿った理由。  そんなこと、考えたこともなかった。ただどう使いこなすか、どう抑え込むか、そればかり考えて付き合ってきた。  返す言葉が見あたらず、ただ聞き入れた言葉を飲み込むことしかできなかった。 「ローズマリーさまも、どうぞ、この人のことを……」 「もちろんです。私がずっと傍にいます」  前に進み出たマリーが、涙声の名残を少しだけ残した、いつもの通りの凛とした口調で答えた。満足げに微笑んだリュートの全身が、じわりと発光しはじめた。 「私の宝玉は……そのままに……」  おれの心を読みとったように、リュートが先んじて回答を口にした。 「持ち帰れば……また龍を……禍根を呼び寄せてしまいます……これ以上、ご迷惑をかける……わけには……」  消え入るように途切れた声が、弾けるような音に変わった。  最後にひとつ眩い光を残して、宝玉に変わったリュートの体が、あっけなく地面に転がった。  ちりん、と、静かに耳を打った余韻は、やがて雨の音に紛れて消えてしまった。 「……マリー、お前はこれからどうしたい?」 「これから、ですか?」 「おれは、あの黒い魔力のことを調べたい」  ある日、なんの前触れもなくおれのなかにあった、龍すらしのぐ莫大な魔力。おれが『カオス』と呼んでいる化け物と同じ気配のするこの力を、拒絶ではなく許容してくれたのは、リュートがはじめてだった。  ――もしも、この魔力を自由自在に使いこなすことができたなら。  そう思うと、やりたいことも見えてくる。叶えばできることも増える。いいことずくめじゃないか。  考えれば単純なことに気がつけなかったのは、誰よりおれ自身がおれの力を恐れていたからだ。  当然、現実的にはそう簡単にいかない。『黒い魔力』が周りに与える影響は、ふつうの魔力とは比べ物にならない。加減を誤ると、おれ自身の記憶も意識もなくなる。  ……マリーにも、危険が及ぶ。 「あなたの行くところでしたら、どこへでも付き従うだけです」  重々しいおれの逡巡は、だが、あっさりと飲み込まれてしまった。袖を摘まんでいたはずのマリーの手が、いつの間にやら指先に添えられている。 「またそういう主体性のないことを……」 「いえ、私も私の力の正体を知りたいんです。ひょっとしたら共通点があるかもしれませんし」 「わかってると思うが、どんな危険があるかわからんぞ」 「セイジをひとりにすることのほうが、よっぽど怖いですよ」 「悪かったって……」  紅水晶を溶かし込んだような双眸に、透き通った真紅の意志が宿っている。先程の暴挙のことを言われては、返す言葉がない。 「だから、ずっとお供させてください」  手を繋いだまま、真正面から顔を見上げてくる。  これまでも、これからも。この笑顔に勝てる日はこないのかもしれない。だけど。 「なんというか、お前も物好きだな、ほんとに……」 「ええ、好きですよ」  ――ずっと笑っていてくれるなら、負けっぱなしも悪くない。その時のおれは、そんなことばかり考えていた。  マリーが口にした言葉の意味を知ることになるのは、それから随分と先の話になった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月30日 22時29分

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    「気になるわネ!」ステラ

    くにざゎゆぅ

    2022年6月30日 22時29分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月1日 1時30分

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    実は狙ってました。

    羽山一明

    2022年7月1日 1時30分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月2日 6時21分

    作ったキャラを退場させるのはなかなか勇気が要る事であります。それが敵ではなく主人公サイドならなおさら。作られた以上は然るべき役目があって当たり前なわけですが、とにかく今は合掌であります押忍。

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    うさみしん

    2022年6月2日 6時21分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月2日 8時33分

    こいつがこの時点でどっちサイドかは、読み手の方の間でも最後まで意見が分かれていました。当初は龍もバシバシ殺すつもりだったんですが、人間がどうも死なないので、死なない設定にしたという裏話が。

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    羽山一明

    2022年6月2日 8時33分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ビビッと ♡500pt 〇200pt 2021年9月18日 20時20分

    《これまでも、これからも。この笑顔に勝てる日はこないのかもしれない。だけど。》にビビッとしました!

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    星降る夜

    2021年9月18日 20時20分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月19日 0時49分

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    「ビビッとありがとう」ほっぺげver.ステラ

    羽山一明

    2021年9月19日 0時49分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡1,000pt 〇100pt 2022年5月29日 21時37分

    《紅水晶を溶かし込んだような双眸に、透き通った真紅の意志が宿っている。先程の暴挙のことを言われては、返す言葉がない。》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年5月29日 21時37分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月30日 6時04分

    暴挙のこと以外にも思うところはあるんですけどね……!

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    羽山一明

    2022年5月30日 6時04分

    ミミズクさん
  • マンドラゴラ(覚醒ver.)

    ……くくく、えっ?

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年4月22日 18時02分

    いかん……思わず剥ごうよ! と思ったわたしは、ベセスダに毒され過ぎてる『友よ……後は託した』なんて感動の別れを迎えたNPCの最後を看取るや否や、ズビャ! っという効果音一発闇水晶と共にパンイチに引ん剝く、かのゲームも見習って戴きたぁ~い。となると割りとこの野晒し独特な価値観?

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    ……くくく、えっ?

    2022年4月22日 18時02分

    マンドラゴラ(覚醒ver.)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月22日 23時22分

    人間形態ならソウル、TES、ないしFOよろしくインベントリ搾取タイム。龍携帯ならナントカーハンターの如く希少部位を確保。この世界のドラゴンさんは両面対応、隙などございません。だって超生物なんだもん。宝玉はほっとけばまあ、お仲間が回収するでしょうという目論見ですね。

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    羽山一明

    2022年4月22日 23時22分

    ミミズクさん

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