境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:76 / 142

前話の話の流れを、現在→過去から時系列順に差し替えております。 初稿をご覧の方は前話からの流れがわかりにくいかもしれないです。すみません…。

6-20 境界線の役目

 掲げた手のひらから、眩しいくらいに輝く光が溢れている。細めた目でまっすぐにそれを見据えて、ひと息に魔力の球を放つ。射出された魔力が予測通りの放物線をえがいて、境界線に吸い込まれていった。 「…………」  沈黙して待てど、境界線の沈黙は小揺るぎもしない。 「なにも、起きないですね……」 「まあ、だろうなあ。でも折角だし、色々と試すだけ試すよ」 「はい、ご存分に。軽食の用意もありますので、ひと心地つくときはどうぞ」  振り返ったおれの前で、マリーが小さなバスケットをひょいと持ち上げた。 「……そんな時間、あったっけ?」 「いえ、こちらでも急な外出は多いかなと思いまして、滞在以降はいつも作るようにしていたんです」 「用のない日はどうしてたんだ?」 「手を加えてあなたの夜食にしていました」 「…………」  何も言い返せないとはこのことだ。言葉の代わりにゆっくりと手を持ち上げると、深い紅色の瞳が嬉しそうに華やいだ。銀糸のような髪をぽんぽんと撫でてやると、マリーは猫のように顔を持ち上げて、『まだ、もう少し』と言いたげに目を瞑る。  人里に降りた当初、マリーが手持ち無沙汰になってしまうことが、少しばかり気がかりだった。聖騎士であるおれにあてがわれた部屋は、その内部だけで生活のすべてが事足りる空間だったし、王宮に仕えている人たちもよくしてくれた。  聖騎士が聖騎士の職務を健全にまっとうするため、称号とともに下賜された待遇だった。もっとも、もうひとりの聖騎士であるクリスは王族なので、恩恵にあずかっているのはフェルミーナでおれだけだ。  慣れない環境、見知らぬ人と場所におかれたマリーに肩身の狭い思いをさせてしまわないだろうか。  その杞憂は、早々に払拭された。マリーは初日から城下を東奔西走し、いつもの習慣のために不足していたあれこれを埋め合わせてくれた。結局、身の回りのことは、おれの言葉に先んじて、マリーが実行にうつしてくれた。 「本当、お前がいてくれてよかったと思うよ……」  部屋のなかで過ごす時間に比例して、マリーの甲斐甲斐しさも増していった。新天地でこうまで、と思うと、照れくささより嬉しさがまさって、目の前のきらきらと輝く髪を、いつもより長く触れていたいと思った。 「……私にできることは、これくらいですから」  離れたおれの手を、薄めた目で名残惜しそうに追いかける。 「十分だよ。ありがとな」  振り返り、改めて境界線を見上げる。  レオ兄から聞いた話だと、おれが国を離れてからむこう、境界線に対する人の世での調査はろくに成果をあげていないらしかった。というより、実行の許諾がおりなかったそうだ。  行動に出て大きな反動を被ったラフィアの例があっては、それも致し方無いと思う。ならばやはり、調査は聖騎士が請け負って然るべきだ。  久方ぶりの、聖騎士としての仕事だ。気合も入る。 「さて、手当たりしだい、いってみるか……」  まずは炎。魔力で練り上げた魔法の炎と、魔力をもって生みだした本物の炎。両手のひらから浮かび上がったふたつの火球を、ふたたび前方に投げ入れる。静かな返答に頷いて、次は氷、雷、水、岩……と、思いつく限りの変化を次々と試してみる。 「……うん、まあ、そうだろうな」  しかしというかやはりというか、外見的にも魔力的にも、境界線には変化ひとつもみられない。少しだけがっかりしながらも、自分を納得させるようにひとりごちた。  光をたたえた川辺に歩みより、波紋ひとつない水面を掴むように魔力を込める。円形に切り取られた水の一部が、ふわりと浮かび上がってきた。同じ要領で近くの地面をくり抜いて、そのなかに水をたたえて即席の池をつくる。これでひとまず、化け物が出たときと似た環境ができたはずだ。 「とりあえず、鈍色蛍を突っ込んでみるか……」  銀色の刃先を、魔力を通さず水にひたす。ぱしゃり、と見た目通りの快音が響くだけで、やはり何も起こらない。  しゃがみこんだままじっと待っていると、今の自分が、水たまりに棒を突っ込む子供のようにうつるのかな。などということが頭をよぎって、思いっきり恥ずかしくなったので、次にいくことにした。 「舞い散れ、蛍火よ!」  八つ当たりをするように、柄を握る手のひらに力を込めた。愛剣にみじかく命令を飛ばす。声に応じたオレンジ色の魔力が刀身を淡く彩るが、依然として水のほうに反応はなかった。試しに火球を投げ入れてみるが、吸い込まれるように渦を巻いて消えていってしまった。  ……境界線が吸い取るのは、人が帯びる魔力だけではないのだろうか?  いずれにせよ、ここからが本番だ。 「マリー! 使うぞ!」 「はい! 少し離れていますね!」  小高い丘のうえに登っていったマリーを見上げ、振り返り、深呼吸。剣を鞘にもどして、右手をじっと見下ろす。  カオス、と、おれがそう呼んでいるこの黒い魔力を使うとき、思い浮かべるのは炎のように象られたものではない。体内をめぐる魔力を集中させて練り上げる、ほの明るい光の球でもない。心の奥底から滲み出した感情を掬い上げ、隠してしまいたいそれを発露させるような、言葉にするのも憚られる後ろめたさであった。  色で喩えるのなら、それは黒と紫。いびつで利己的で、煙のようにふらふらと落ち着きがない。しかしひとたび顕現すれば、すべてを飲み込んで荒れ狂う、これはそんな力だ。正直、同じカオスを相手どる時を除いて、使いたいものではない。 「……でも、うん。向き合わないとなあ」  分からない、知らない、と、耳と目を塞ぐことは簡単だ。  だけどそれじゃあ、なんにも始まらない。この境界線のように、物言わずに佇むだけの存在にはなりたくない。  命を賭して背を押してくれたリュートがいた。顔をあげたおれを支えてくれるみんなが、マリーがいる。みんなを引っ張っていかないといけない立場のおれだけが、いつまでも後ろ向きのままでいるわけにはいかない。  じわり、と、湧き上がるその力を感じる。熱と悪寒が同時に体を這いあがり、手のひらから黒いもやが溢れ出した。今にもどこかへと逃げてしまいそうなその力を握りしめ、池にめがけて放り投げた。  黒と紫の色を帯びた魔力が絡み合い、淡く光る池の水に小さな波紋をたてた。 「んん……?」  当てが外れたのか、小さな池は物音ひとつ、振動ひとつ起こさない。  いや、何も起きないにこしたことはないが、今回に限っては困る。何をしにきたのかわからない。 「おかしいな。レオ兄の話だと、わりとすぐに――」  緊張と魔力を引っ込めて、剣を持ったままの手で髪を掻いた、その瞬間であった。  腹に響くような音が横合いから響いた。揺れた意識が、池ではなく境界線に突き刺さる。ごとん、ごとん、と、重いものを引きずる聞き慣れない重低音のなかに、かすかに水音が混じっている。  雲ひとつない明け方の空に、風がひとつ吹き抜けた。草原がたてる心地の良い雑音が、集中させた意識をざりざりと引っ掻く。ひときわ大きく聞こえるのは、マリーが駆け寄ってくる足音だろうが、確認する余裕はなかった。  謎の音が、しだいに間隔を狭めていく。心臓の鼓動と重なるように速く大きく繰り返したあと、しかし、何事もなかったかのようにぴたりと消え去った。  風が止み、耳が痛くなるほどの静寂が、薄明かりを飲み込んで広がった。ふたりして、結んだ唇をぎゅっと縫い付けて、ひたすらにその時を待った。  凝縮された視界が、境界線の一点をとらえた。黄金色に立ち昇る光のなかに、それとは異なる魔力の気配が蠢いていた。  直後、張り詰めた無音の空間を、耳をつんざく快音が破壊した。滝のように噴き上がった水飛沫の奥、淡い光が、巨大に過ぎる化け物の輪郭を映し出した。川辺に脚をつけたそいつは、間違いなく、おれたちが帰郷したときに立ち会った、あの時の化け物だった。  異なるのは、その体格であった。以前の個体は小さな家ほどのものだったが、目の前のこいつは、かるく見てもその数倍はある。表皮を覆う薄い紙のようなものが、こちらを威嚇するかのように首をもたげている。 『……カオス……!』  おれに向けているのであろう、その掠れた叫び声で確信する。  境界線のこの反応は、おそらく黒い魔力……つまり、カオスと呼ばれる力に向けてのみ発現するものだ。ならば、境界線の意図は―― 「セイジ!」  なおも警戒をつづけていたマリーが、ひときわ大きな声をあげた。雄叫びをあげて迫りくる化け物の向こう側から、新たな化け物が立て続けに、水音を連れて姿をみせた。  赤黒い表皮から、燻るような煙と炎をこぼす化け物。鉱石を混じり合わせたような、角張った体をもつ化け物。そして、もう一体。 「……どういうことだ?」  蛇のように川辺に這い上がって現れた、最後の化け物。  それは紛れもなく、ラフィアの作戦の最後に立ちはだかった、あの水の化け物であったのだ。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月31日 22時20分

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    えんどろ~!ファイ

    くにざゎゆぅ

    2022年7月31日 22時20分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月31日 23時48分

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    励みになります!

    羽山一明

    2022年7月31日 23時48分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月25日 5時28分

    本当にピンチを作るのがお上手! ピンチを軽くいなして解決するカッコいいシチュエーションが浮かびづらい拙者には出来ない仕事であります! 頭から考えても結果から考えてもなかなか思い通りにいかない人々に対し、何かアドバイスがあったらお願いします押忍!

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    うさみしん

    2022年6月25日 5時28分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月25日 13時34分

    ここはちょっと首を捻るシーンでもあるのです。人間を噛ませにするのはやりませんが、化け物を噛ませにするのもなんか作りものじみてて嫌なので。ただただ「ここでこうしたらこうなるだろう」くらいの流れでしか話を作っていないので、人にできるようなアドバイスはありませんよ!

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    羽山一明

    2022年6月25日 13時34分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月17日 3時35分

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    なんだこの胸の高鳴は・・・!

    うさみしん

    2022年2月17日 3時35分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月17日 8時57分

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    実は狙ってました。

    羽山一明

    2022年2月17日 8時57分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月22日 22時11分

    至れり尽くせりなマリーちゃんと、感謝の念を抱くセイジにほっこり。と思っていたら、セイジの黒い魔力に誘われるように現れる、幾体もの化け物。でも、二人にとっては実験材料に過ぎませんね。更に新しい境界線の情報が得られる予感がします。

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    乃木重獏久

    2022年1月22日 22時11分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月23日 13時20分

    たとえると、ピクニックにやってきたらクマが現れた。みたいなノリです。やたらと緊張が足りないようにも見えますが、ふたりともクマを真正面から殴り殺せるような人間なので、クマさんはなんにも悪くない。遠足は帰るまでが遠足。貰うもんだけ貰って退散しましょう。

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    羽山一明

    2022年1月23日 13時20分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇100pt 2021年10月31日 20時34分

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    これは期待

    星降る夜

    2021年10月31日 20時34分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年11月1日 0時28分

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    報われました…!

    羽山一明

    2021年11月1日 0時28分

    ミミズクさん

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