境界線上の魔王

読了目安時間:5分

エピソード:100 / 142

7-5 ローズマリーのひとりごと

 深い群青の空が、滲むような朝日を浴びて溶けていく。  澄んだ乳白から目の覚める水色へ。眩しい光は、やがてうっすらと茜を連れて、薄暮へ、そして群青へ。  日が昇っては、するりと消えていくように。瞬きの間に過ぎ去ってしまうかのように。  私たちのもとに届いた手紙は、それからのひと月の時の流れを変えてしまった。  あの日のレベッカの案は、陽の高いうちに手紙になって、沈む陽を背に東に向けて旅立った。  アリアさんからお返事が届いたのは、その一週間後だった。  太陽も寝ぼけている彼は誰時に起こされたレオンさんは、行列をなした幌馬車に詰め込まれた紙の山を見上げて、欠伸と言葉を飲み込んだ。言わずもがな、倒壊したレフィリアの屋敷から発掘されたという、アリアさんに一任されていたお仕事の成果だ。 「我ながら呆れた量だ」  そう呟いたレフィリアは、隣り合わせたレオンさんと同じ仕草で頭を抱えた。そのときのふたりの『笑うしかない』と言いたげな表情は、今でもはっきりと憶えている。  翌日の昼前、今度はラフィアとルーレインの国境、問題になっていた最前線からも報せが届いた。  それによると、つい先日、みずみずしい瞳の色の女性が、ふらりと前線にあらわれたのだという。兵たちの抑制の声を無視して、彼女は溢れるほどの魔物たちの渦へと飛び込んでいった。茶色の頭髪が風に揺れるたび、魔物たちはばたばたと打ち倒されてゆき、戦線が一気に押しあがった。とのことだった。  名を尋ねると、その女性は、差出人曰く『由緒正しい』フロストライン家の家紋が刻まれた短剣をちらつかせて、ふたたび森のなかに消えたらしい。安堵と不安をないまぜに抱えた指揮官は、すぐさま当主であるレフィリアに宛てて手紙をしたためた、ということだった。  どうやらアリアさんは、ひと仕事を終えた直後、休むことなく戦線に加わったようだ。  彼女とはまだあまり接点がないけれど、長い間記憶をなくして、自分が何者なのかを追い求めているという共通点がある。いつかゆっくりお話してみたいと思いながら、彼女の無事を願った。  手紙を開封しようとしたレフィリアが、何かに気が付いたようにレオンさんに声をかけた。直後、ふたりして肩を震わせて笑いはじめた。なんでも、その手紙の送り主である指揮官は、レフィリアの屋敷を襲撃したとき、ノインさんが幻覚魔法で姿を借りたその人だったらしい。 「ノインの印象が強すぎて、本人の筆致がむしろ偽物に見える」  ずいぶんな言い草だな、と思って見ていたら、レフィリアが私の肩を叩いて、穏やかに微笑みかけてきた。 「黙っているよりはよっぽどいいさ。見逃してやってくれ」  ……惚気けられた。レフィリアもレフィリアで、レオンさんにはかなり甘いところがある。  ただ、そう思うのは私も一緒だった。ノインさんからの手紙がとどいてからというもの、レオンさんは些細な出来事を積極的に教えてくれるようになった。この手紙のお話も全部、みんなと顔をあわせる昼食の場で披露してくれたものだ。  つられて、クリスやポーラの口数も増えた。レベッカもそれに加わって、龍に対抗するため、みんながそれぞれに繰り返していた訓練と戦術が、ぐっと具体性を帯びはじめた。ばらばらだった歯車が、かちりと噛み合った音が聞こえた気がした。  そんな折、ノインさんとセイジから、二通目の便りが届く日がやってきた。  一通目の最後に『次の報告は今から一ヶ月後』とあったように、ちょうどきっちり一ヶ月後。時間は少し早まって、寒さを和らげてくれる陽光が、ゆっくりと眩しくなりはじめる頃合い。みんなの昼食の仕込みを終えた私は、王宮でいちばん高い展望室の屋根の上に登って、じっとその時を待っていた。 「お、先越されてたか」  ぱたぱたと泳がせていた足の下のほうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。持ち上げていた視線をさげると、展望室の窓から身を乗り出したポーラが、ふわりと一回転しながら浮き上がってきた。 「よいせ……っと。おつかれ、マリー」 「おつかれさまです。きょうの訓練はどうでしたか?」 「え? そら一番は、マリーがおらん日って知ったときのみんなの顔やな。露骨に肩落としとったから、基礎鍛錬倍にして、地獄押しつけてきたったわ」 「ほどほどにしてあげてくださいね。午後は差し入れがありますから、そのようにお伝えください」 「あんまり甘やかしたらあかんで。みんな、マリーには何言うても許されるって思っとるからな」 「甘やかしているつもりはないんですけど……」 「そうなん? ……まあ、一番はしゃいどんのはクリスやけどな。最近なんか、昼時になったら露骨に機嫌よくなるしなあ」 「ふふ、あれだけ喜んでくれたら、こちらも作り甲斐がありますよ」  ……レオンさんに倣って、私も意識してみんなと言葉を交わすよう、心がけるようになった。セイジがいたときは、セイジの背中を見つめてばかりいたから、みんなの顔をちゃんと見つめて会話することじたい、あまり積極的にはしていなかった。  だけど、私もこの場所を預かっている一員として、しっかりその自覚をもって行動しないといけない、と、そう思うようになった。    同時に、セイジの意外な存在感にも気付かされた。  声が大きいわけでもないし、口数も多くない。レオンさんみたいに指示を出すわけでも、クリスみたいに激を飛ばすわけでもない。ただ、小さなことにとてもよく気がつく人だった。  雰囲気が険悪になっても、セイジがぼんやりと口を開くと、みんなが手をとめて耳を傾けた。話が終わる頃には、刺々しいわだかまりはすっかり解れてしまう。戦っている時はハラハラさせられるけど、そうじゃない時は、少しだけ場を落ち着かせてくれる。うまく言えないけど、そんな不思議な人だった。  代わりにはなれないけど、私にできることがあるのなら――。 「――へくしょいっ!!」  ふいに、隣から大きなくしゃみが聞こえた。視線を向けた私を見て「平気や」と強がるポーラの首に、ほどいたマフラーをくるくると掛けた。  自分が少し寒くても、誰かがそれだけ暖かくなればいい。不器用だけど、セイジならきっとこうする。 「はい、これでよし」  大きなポーラの目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。それも短い間だけで、やがて小さな口元をマフラーにうずめると、赤らんだ表情をふにゃりと緩めてくれた。 「……ええな、これ。ありがとうな」 「どういたしまして」  ――ほら、笑ってくれた。

「ノインのその格好、寒くない?」 「少々寒いが、仕方あるまい。着の身着のままで押しかけたからな」 「あ、じゃあちょっとこっち向いて。そのまま――」 「待て、そのマフラーは貰い物だろう。いらぬ世話をするな」 「や、マリーだったらこうするかな、って……」 「(……こいつ、よもや惚気も天然か……?)」

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  • マンドラゴラ(覚醒ver.)

    ……くくく、えっ?

    ♡1,000pt 〇500pt 2022年5月10日 2時07分

    ……2ページめ?(ごくり) そ、そ、そ……それはひょっとしてひょっとすると、18禁のえ、えっちなバージョンを期待してもいいのでしゅか(撲)つー・つー・つー・つー……。やー日中は雷が鳴り始めて慌てました。昔、落雷で買ったばかりのPC壊したトラウマで、マッハで電源を落としましたわ。

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    ……くくく、えっ?

    2022年5月10日 2時07分

    マンドラゴラ(覚醒ver.)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月10日 3時06分

    公開できないそういう話は、書き手の友人同士で謎に勃発した「自作でR18書いて見せ合おうぜ」という企画に則って、鋭意作成中でございます。ここで公開するとBANされるので、TwitterのDMにでも連絡いただければ。

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    羽山一明

    2022年5月10日 3時06分

    ミミズクさん
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月30日 20時28分

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    尊い…尊い…

    くにざゎゆぅ

    2022年8月30日 20時28分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月30日 23時09分

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    尊いは全てを解決する

    羽山一明

    2022年8月30日 23時09分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年7月23日 3時00分

    ポーラたんの言う地獄とやら、拙者にもぜひ押し付けていただきたいッ! そう思えるのであります押忍。

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    うさみしん

    2022年7月23日 3時00分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月23日 12時55分

    この子もこの子で、地獄とか言いながらわりと甘やかしてそうなのです。騎士たちはクリスの修練に耐えていたメンツなので、「前よりまし」とすら思っているかもしれません。

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    羽山一明

    2022年7月23日 12時55分

    ミミズクさん
  • 白百合

    雲本海月

    ♡10,000pt 〇100pt 2022年2月6日 10時58分

    なろうに読めますが、ここで7-5以降は見えませんね。何かの制限がありますか?

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    雲本海月

    2022年2月6日 10時58分

    白百合
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月6日 13時15分

    ノベルアッププラスでは、1ページの表示が100話までのようです。目次ページの上下に、「次へ」ボタンがあるので、そこを押してもらえると!

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    羽山一明

    2022年2月6日 13時15分

    ミミズクさん
  • タイムトラベラー

    枢(kaname)

    ♡2,000pt 〇100pt 2022年3月29日 22時19分

    普段物静かなマリーちゃん視点のお話。マリーちゃん、静かにみんなのことをよく見ていますね。穏やかな気持ちになりました。それと同時に、セイジのことに関しては、言葉にしていない分心の中でしっかりと描かれていて、惚気という表現は軽いかな、深い愛情を感じました。

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    枢(kaname)

    2022年3月29日 22時19分

    タイムトラベラー
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年3月30日 10時00分

    言わぬからこそ、じっと。裏方とはえてしてこんな視点をもつものかなと思いますが、この子の見ているであろう世界を描くのはとても難しいので、なかなか悪戦苦闘させられます。セイジに対しては、もう、はい。今まで以上に熱が籠もっていると思います……!

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    羽山一明

    2022年3月30日 10時00分

    ミミズクさん

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