境界線上の魔王

読了目安時間:9分

エピソード:33 / 142

4-5 仲間外れは嫌ですよ?

 龍。  存在そのものが伝説ともいえる、超次元生物。正直に言って、おれはまだリュートたちのことを信用してはいなかった。  隠し事を確信しているわけではない。ただ、裏の事情でもなければ、龍がおいそれと表舞台に立つ必要はないだろう。  損得勘定というものは、規模の大きな事柄ほどよく働く。大きなものを動かすにはそれなりの代償が発生するはずであり、それは龍とて例外ではないはずだ。  マリーも似た判断をしているのだろう。臨戦態勢というほどではないが、他人の話を聞き入れるには、やや気迫がありすぎる。 「大まかなことは、人間の世に伝承されているとおりです。我々龍は世界の均衡をとるために暗躍しており、私のように人の世に潜り込む者や、この子のように状況に応じて飛び回る者がいます」 「指をさすな。この子もやめてくれ」  おれたちの内心を知ってか知らずか、リュートの口調はいつもの穏やかな様子だった。指をさされた龍が不満げに、リュートの指を鼻息で吹き飛ばした。 「世界の均衡をとるために動いてるようには見えないんだが……」 「そうですね。いまはやや偏っておりまして、目下のところ、世界を二分するあの光の解析と原因の調査に力を入れているのです」 「境界線のことか?」 「はい。他のすべてを差し置いても、あの光の正体を突き止めることが、我々の使命なのです」 「万物には産まれた経緯と目的がある。だが、誰が何を成すため、あのような途方もないものを作ったのやら、我々にも見当がつかんのだ」  龍が遠い目をして溜め息を吐くと、何かを言いたげに口を開いたリュートの前髪が煽られて、茫漠とした規模の会話が重苦しく中断した。 「それで、その話をおれたちにする意味はなんなんだ?」 「先ほど、話がしたいだけ、と言ったとおりですよ。単に境界線を往来するような方々なら、なにか有力な情報を持っていないものかなと思いまして」 「……ほかの仲間から聞いちゃだめなのか? リュートたちがラフィアにいたように、フェルミーナやルーレインにも龍はいたりしないのか?」  ふと頭に浮かんだことを口走ろうとして、思いとどめてなんとか誤魔化す。  クリスから剣を返してもらったあとで聞いた話だが、おれが境界線近くでクリスたちと合流したときに倒した化け物は、この剣に反応して、境界線の水から突如現れたらしい。  そこまではまだいい。いやよくはないが、本題はそのあとだ。その時現れた化け物が、確かに『カオス』と口走ったのだとか。  鬼人族の里での一件に立ち会っていたクリスならピンときただろうが、おれが追っている『カオス』と同じ奴のことだとするなら、もはやどこに根を張る問題なのかがまるで読めない。  そんな胡乱な話をこいつらに話せば、『他のすべてを差し置いて』でも解決を図ろうとする危険性がある。龍のやり口が不透明な現状、知っていることを愚直にぺらぺらと話すような真似は控えたほうがいいだろう。 「仲間か。まあ、居るといえば居るのだが、ただ……」 「関わり! たく! ない!!」  語尾を濁した龍の声をかき消すように荒々しく、リュートが地面に向かって吐き捨てた。初めてとも思える、感情をぶちまけるその姿に一瞬呆気にとられてしまっていると、顔をあげたリュートがあわてて頭をさげた。 「……失礼しました。以前、私達にも複雑な事情がある、と煙に巻いたことがありましたが、我々は目的が統一されているだけで、手段が個々によってあまりにも異なるのです。私とこの子はいわゆる穏健派で、『目標物を含めたあらゆる対象に、可能な限り影響を与えずに解決しよう』というのがその主張です」 「大仰な目標のわりに、やけに殊勝な心がけだな。こっちとしてはもちろん有り難いが」 「我々には寿命という概念はありませんし、長い目で見ることには慣れていますから。そもそも均衡というものは長い目で見てしかるべきで、一時的な強攻策で調節できるような乱雑なものではないと思うのです」 「なるほど、つまり、フェルミーナとルーレインのお仲間は、目的のためなら手段を選ばない、という方々なんですね?」  マリーの声に、リュートが苦々しく応じた。龍のほうもどうやっているのかは定かではないが、明瞭な舌打ちを夜空に放ってみせた。 「何を勘違いしているのか、残念ながらそういう輩もいるのだ」 「神の代理人と呼称されることもあるとおり、我々は他の生物より頑強な身体と強大な魔力を身に宿していますが、それをそのまま上下関係と履き違えている同胞がいるのです。『できる』と『していい』を混合させてはいけないことなど、神どころか子供でも理解できそうなものですけどね」 「ああ、それで……」  合点がいった。リュートが殺してほしいと依頼した相手は、目の前のこの龍ではなく、フェルミーナとルーレインにいるらしいべつの龍なのだ。仮に強硬派と呼ぶその龍にとっては、リュートたちのやり口は非効率に見えるのだろう。なまじ目的が同じだけに、そこまでの道順が噛み合わなければ、不要ないざこざが生まれるのは明白だ。  むこうが本当に何の犠牲をも厭わないとなれば、リュートたちですら排除しにかかる危険性すらある。その諍いに、なんの関係もないラフィアの住民たちが巻き込まれるのは、リュートからすると本意から真逆のこととなってしまう。  だからこそ、殺してくれなどという剣呑な依頼をしてきたのだ。  しかし、だとするとまた頭を下げなければならない。 「今更ながら、申し訳ない。そっちの龍を敵だと勘違いして……」 「いえ、こちらこそ試すような真似をしてすみません。初対面のときのような冗談ではなく、本当に襲いかかるつもりだったんですから」 「ん……?」 「いやなに、やはり実力を見ておきたくてな。まさか手も足も出ないとは思わなかったが」  大きな口をあけて、龍が高笑いをあげた。物静かで冷静で、いかにも無機質な印象のあるリュートと相反して、こっちの龍はなんとも豪胆だ。 「いやすまなかった。しかし、本番を想定した予行練習とくれば、事前に教えるわけにもいかないだろう?」 「……まあ、そうだけど」  やることは間違っているわけではないが、その規模が想定外に過ぎる。超生物ゆえの感覚だろうことを推し量ると、真っ向から否定してもあまり理解してくれそうにない。そもそも、言ってきかせて軌道修正できるのなら、ポーラがリュートに対してすでに試みているだろう。  歯がゆさに口ごもっていると、身をよじって巨体を起こした龍がじわりと這い寄ってきた。四肢を持ち上げなかったのは、防護魔法が壊れた要塞に対しての配慮なのだろうが、ヘビのような挙動で近寄ってくるさまは不気味と言わざるをえなかった。 「リュートが人間に龍殺しを依頼したと聞いて耳を疑ったが、貴方なら成し遂げるかもしれん」 「その龍殺しだけど、本当に殺さなきゃいかんのか? 仮にも仲間なんだろう?」 「セイジさんがどういうつもりでも、向こうはあなたがたを殺しにかかってきますよ」 「あの、少し気になったんですが」  それまで諦観の姿勢をみせていたマリーが、首を傾げながら割って入ってきた。大小多数の目線を浴びながら、心底不思議そうに口を開いた。 「なぜ、セイジが襲われるのですか? 敵の龍にとって邪魔なのがあなたがただけなら、セイジはみなさんを守りながらその場を離れればやり過ごせるのではないでしょうか?」  一呼吸おいて、ようやくマリーの主張の本分が理解できた。 「話を聞いていると、むしろセイジのほうが相手の標的になっているように感じるのですが」 「…………?」  明瞭なマリーの発言に対して、龍とリュートの反応はひどく鈍かった。長い沈黙のあと、互いに顔を見合わせ、すぐに戻す。 「ですから、強硬派の面々は手段を選ばないのです。境界線の原因を絶つという意味で、彼らは人間の魔法使いを──」 「マリーちゃん、こちらですの?」  前触れもなく飛び込んできた穏やかな声に、場の空気が凍りついた。名前を呼ばれたマリーが、輪のなかから音もなく抜け出した。 「クリス……?」  視線を転じると、リュートが割れた宝玉を手のひらに載せ、龍の鼻先に突き出している。嫌がって距離をとる龍と、すかさず詰め寄るリュートのやりとりが二度繰り返されたあと、観念した龍が目を閉じた。と、宝玉と同じ色の光を纏った龍の体が、尾を引くような光の放物線を描いて、宝玉に吸い込まれて消えていった。顔をあげたリュートが、人差し指を唇の前にあてて片目を閉じた。 「リュートさんもこちらでしたのね。ごはん冷めちゃいますよ?」  階段の陰から、クリスが顔を覗かせた。 「すみません、今行きます」  淀みない声で応じながら、リュートは足早にクリスのほうへと駆け寄っていった。後ろ手に隠した宝玉を、クリスに見えないようすっと腰の袋に滑り込ませて、何食わぬ顔で合流するさまは、感情の抑揚がない利点を熟知しているからこその芸当だろう。マリーにすぐ表情を見抜かれる経験を繰り返す身分としては、少しだけ羨ましくなった。 「そういえばセイジさん、ポーラに睡眠の魔法かけました?」 「お、わかるか。弱めにやったんだけどな」 「そうでもしないと眠らないのはわかりますけど、食事時ですので解いてあげてください」 「ああ、割れた防護魔法を直したらすぐいく」 「…………」  申し訳無さそうなマリーに手で合図をして、食事に合流するよう促す。と、ひとりきりになったと思いこんでいた景色のなかに、何を言うわけでもなく佇んでいるクリスの姿が映った。リュートほどではないが、クリスの魔力も物静かで透明感のあるぶん、不意を突かれてしまう。 「セイジさま、防護魔法の展開、見ていてもよろしいですか?」 「いいよ。すぐ終わるから、ちょっとだけ浮かんでてくれ」 「はい」  クリスの身体が浮かんだことを確認してから、ふたたび石畳に手のひらをあてる。ひやりとした感触もそこそこに、防護魔法の青白い光を展開し終えると、下げたままの視界の端にクリスの足が滑り込んできた。あわてて顔をあげた先のクリスが、青白い光にあてられて、表現しがたい威圧感を纏っている。 「あの……?」  ……なにかやらかしただろうか。半開きの口から出すべき言葉を模索している間にも、クリスはなおも詰め寄ってくる。膝をついたままのおれと触れるか触れないか、そんな距離まで近づいてから、クリスはふっとしゃがみこんだ。 「彼ら、どこまで信用できそうですか?」  耳にした覚えのない、それはリュートのような冷ややかで無機質な声だった。  放心するばかりのおれを見下ろす笑みは、いつもの穏やかなクリスのものであった。  ただ一点、金色の髪とよく似合う琥珀の瞳の内側だけが、隠しきれるはずもない炎をまとっていた。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月5日 0時00分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年6月5日 0時00分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月5日 2時34分

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    うれしぬ

    羽山一明

    2022年6月5日 2時34分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月7日 7時23分

    くっ! ポーラたんの出番が……。おおセイジよ、なぜ寝かしてしまったのだ。

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    うさみしん

    2022年5月7日 7時23分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月7日 10時57分

    ポーラはすやすやタイムです。朝起きてノータイムで怒鳴られるやりとりを追加してもよかったかもしれません。

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    羽山一明

    2022年5月7日 10時57分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ♡500pt 〇200pt 2021年8月12日 11時48分

    Twitterのほうでも申し上げましたが改めまして……。本当に素晴らしい表紙画ですね!御作の質がまた一段と上がったと思いますし、新たな読者の方も増えるかと思います。ますますのご発展お祈りしております!

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    秋真

    2021年8月12日 11時48分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年8月13日 3時18分

    ありがとうございます!意を決して依頼した甲斐あって、早くも既存の読者さまからはご好評の声をいただき、新たにお読みいただける方も目に見えて増えております。 さあ、秋真さまもこちらへ……!

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    羽山一明

    2021年8月13日 3時18分

    ミミズクさん
  • くのいち

    葵乃カモン

    ♡500pt 〇200pt 2021年7月3日 20時49分

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    ファンタスティック!!!

    葵乃カモン

    2021年7月3日 20時49分

    くのいち
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年7月4日 16時17分

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    かたじけない

    羽山一明

    2021年7月4日 16時17分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    〇200pt 2021年8月5日 20時28分

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    良いものを見せてもらった

    星降る夜

    2021年8月5日 20時28分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年8月6日 2時21分

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    「ドヤァ」ステラ

    羽山一明

    2021年8月6日 2時21分

    ミミズクさん

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