境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:22 / 142

3-5 亡国へ

「我こそは、魔王ぞッ!!」  聖騎士資格試験、四日目。  雲一つない快晴、広大な試験会場の空の下、マリーがするどい口調で言い放った。片手で顔の半面を覆い、流し目気味に構えてみせたのはマリーの即興のセンスであるが、妙にさまになっている。  少なくとも、あの時のおれよりは。 「似てる、似てる。台詞を聞くだけで、よく見事に再現できますわね」 「セイジの残念センスは、重々承知してますから。芸達者なのは剣と魔法くらいで、基本的には不器用なんですよ」 「んなこた、わかってるよ……」  わかっていてもどうにもならないのが、センスというものである。 「いえ、結果的には英断ですわ。あの水準の魔物が、あれだけの群れで発生したあとでしたから……」 「あそこまで突き抜ければ、気も抜けるというものですかね」 「犠牲になったのは、セイジの羞恥心だけというわけですね」 「お前、最近妙に辛辣だな……」  実力でいえば、受験者の誰もが昨晩の魔物を跳ね返すだけのものを持っている。が、相手がおとなしく単独で襲来してくれるとは限らない。「まとめて」かつ「急に」現れた前例が記憶に新しければ、なおさらのことだ。  だからこそ、手は打った。 「今のところ、静かなものですわね、それ」 「良いことですよ。作動させる暇の保証はできませんけどね」  指先で遊ばせていた小石のような魔法具に目を落とす。  縁をなぞるように描かれた紋様が、黒く塗りつぶされている。これが変化したときが、仕事がはじまる合図となる。 「私とマリーが別行動をとるときに利用していますが、持ってきてみるものですね」  同じものを、受験者全員に配布してある。命の危険を覚えたとき、魔力を込めて押し込むと、位置と窮地を知らせる魔法が発されるというわけだ。 「色の変化と振動で、他の持ち主からの異変を報せるのですよね?」 「ええ。願わくば、使わずにすむように祈りたいところですが……」 「何とも言えませんわね。魔物さんがたのご都合は、人の預かり知るところにありませんから」 「…………」  クリスはそう言うが、おれはまだ腑に落ちていないことがある。  魔物とはいえ、やつらには知性も恐怖心もある。昨晩、こちらの戦力を事前に察知していたのなら、そもそも交戦には至っていないはずだ。ましてや、喜び勇んで飛びかかってくるなど── 「またひとりで考え込んでますね?」 「おわぁ!?」  逆さまになったマリーの顔が、下げ気味になっていた目線の真正面に垂れ下がってきた。空中でひらりと体勢を戻すと、ふたたび湿っぽい目つきでにじり寄ってきた。 「……魔物がやってきた理由を考えてただけだ。そんな問い詰めるほどのことじゃねえだろ」 「昨晩、襲来してきたという魔物ですか。確かに妙ですが……」  呟きながら、マリーは人差し指を顎の辺りに当てて俯いた。考え事をするとき、マリーはよくこの姿勢をするが、子供が大人の真似をしているようで微笑ましい。むろん、口にすると機嫌を損ねるので、黙って見ている。 「それと関係があるかはわかりませんが、ラフィアとの国境近くで、奇妙なものは見かけましたね」 「奇妙? 何が、どういう風にだ?」 「戦いの痕跡が残っている場所なんですが、それがどうも不自然でして。案内しましょうか?」  クリスと顔を合わせて、互いにかるく頷く。肯定の意を受け取ったマリーが、北東の方角へと体をよじった。  向かう先、ゆらゆらと立ち上る陽炎のようなものは、境界線の水に侵された大地から上がる魔力の霧なのだろう。視界にはじまる、外界からのあらゆる干渉を遮断するさまは、さながら境界線のそれである。  後ろを追随して空を飛ぶこと数分。ちらりとこちらを窺ってから高度を落としたマリーに倣い、国境にほど近い森のはずれに身を下ろした。 「このあたりです」  おびただしい量の血痕と、魔物と思われる生物たちの死骸。幹の中腹あたりから真っ二つに切断されている木々が、激しい斬撃戦の舞台になったのであろうことをしめしていた。 「戦闘というより、虐殺の痕ですわね」 「……ですね」  苦々しげなクリスの言葉に、マリーが同調をみせた。 「……数が多いくらいで、何も変わったところはみられないが」 「魔物たちの倒れている向きです。みな、北東に背を向け、倒れ込んだ背面に傷が残っていますわ」 「樹木も、すべて向こう側から伐り倒されていますね」  マリーの場合、何か違う着眼点や直感が働くのだろうが、クリスの勘の鋭さはとても王族とは思えない。ふたりが淡々と物的証拠を探るのを見守ろうと緩みかけた神経に、電流が走り抜けた。  ラフィアの方角に背を向けた体が、鞭打たれたかのように反転した。湧き上がった嫌悪感をそのまま吐き出すように、伸ばした手のひらから魔力が溢れ出した。 「マリー! クリス!」  圧迫感とともに迫った三日月状の刃が、地面からせり上がった魔法の壁に食い込んで、鍔迫り合いの火花を起こして地面に落下した。異変に気づいたふたりが舞い戻ってきた直後、にぶい音とともに、鮮血を散らせた魔物が後を追って飛来してきた。張られた魔法の壁にぶつかって落ちるころには、すでに絶命している。  ……国境の向こう側に、何者かがいる。言わずとも知れることを、もはや誰も口にはしなかった。 「殿下、この先は──」 「嫌です!」  叫ぶようなクリスの声が、セイジの言葉と動きを止めた。声を荒げて不平を主張する姿が、セイジの瞳には年端もいかぬ少女のように映りこんだ。 「どうかわたくしもお供させてください。足手まといにはなりませんから」 「ですが……」  魔法使いというものは、互いの力量を測る術に長けている。火球ひとつを投擲するだけでも、炎を生み出す速度、投擲の正確さ、火球の規模など、殺し合いのさなかでも、相手のことを知る機会はいくらでもある。今まさに飛来した魔法の残滓ひとつでも、クリスほどの使い手なら感じ取れたはずだった。 「セイジ」  喉に詰まる二の句を押し出すように、マリーがセイジの背中をかるく押した。 「はっきり言わないと、わからないこともありますよ」 「……殿下、この先にいる相手は、殿下を上回る魔力を持っています。敵味方の判別がつかない以上、率直に申し上げまして、危険です」  言いながら、昨夜、剣を手渡してしまった自分の判断に心の中で舌打ちをした。新しい武器、それも名剣を手にした矢先に実戦の機会が訪れれば、名乗りをあげるのはむしろ当然だろうからだ。  だが、クリスの心境は、セイジの予想の範疇にはかすりもしていなかった。 「……また、行ってしまうのですね」  木々の葉がざわめいて、静まり返った空間を冷えた風が吹き抜けた。クリスの長髪が風に靡いて、揺れた長髪の陰から悲哀を含んだ表情が覗いた。  セイジが言葉の真意をみずからに問いかけているうちに、クリスが言葉をつづける。 「セイジさまが彼の地へ旅立たれたとき、わたくしはみずからの弱さを嘆き悔やみました。聖騎士になれば、あなたの後を追うことができるものだと、そう信じて剣を振り続けました……!」  堰を切ったような、あるいは何かに懇願するかのような言葉の語尾が、弱々しくかすれた。相対するふたりの後方に立っていたマリーが、ラフィアの方角に視線を投げかけてにわかに眉をひそめた。 「殿下、すみません。ご理解くださ──」  クリスが言葉を切るのをゆっくりと待ってから、セイジは神妙に口を開いた。が、顔をあげた先、クリスを庇うように立つマリーの姿を見て、口を開いたまま硬直した。 「……何してんだ、マリー」 「前言を撤回します。私が護衛しますので、クリスの同行を認可してください」 「いや、お前さっきは……」 「向こう側の魔力の気配は、おそらく人間のものです」  静かな口調で放たれた一言が、空間を支配した。マリーがちらりと視線を流して、すぐにもどす。 「もし、この奥に生き残りがいるのなら、治癒魔法の使い手を同行させない手はありません。どうかご決断を」  セイジは、口角を真一文字に伸ばして、髪をくしゃくしゃに掻き回した。 「……確かだろうな?」 「はい、かすかな気配ですが、確かに」  大地もろとも魔力に飲み込まれた国家に生き残りがいる。にわかには信じがたい話だが、魔力をあやつる才に恵まれた人間なら切って捨てられる可能性ではない。  護衛に対する確認に対しては、マリーは返答する素振りすらみせなかった。過信ではなく、実力に基づいた根拠とクリスに対する信頼が、マリーのなかにあるのだろう。言葉よりするどい瞳の光が、セイジの言及を喉奥へと押し返した。  やがて、今日こそはと息巻いていたセイジの口から、敗北の意志をしめす長く大きな溜め息がこぼれた。 「わかりました。ただし、危険が差し迫ったときは、私達に構わず逃げること。それをお約束ください」 「……はい! ありがとうございます!」  ぱっと表情を輝かせて、クリスは両の拳をぐっと握りしめた。持ち上げた視線がマリーのそれと重なって、少女ふたりの笑顔が弾けた。

著者コメント わりとすぐに折れるちょろい系主人公

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年5月22日 22時35分

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    良き哉 良き哉

    くにざゎゆぅ

    2022年5月22日 22時35分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月23日 0時34分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年5月23日 0時34分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年4月24日 6時35分

    何か一段落すればすぐに次の何かが起こる。改めて起伏の激しいジェットコースターだなと思ったであります。通常のラノベでもあまり見ない展開。徹底的に研究してweb小説という環境に適応、と言うよりも特化させた構成でしょうか。勉強になりますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年4月24日 6時35分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月24日 12時00分

    友人には「展開から性格が見える」と言われました。以前にも申し上げたかもしれませんが、ラノベも小説も嗜みません。読まぬままに書き始めたのが本作なので、研究も適応もくそもないのです。

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    羽山一明

    2022年4月24日 12時00分

    ミミズクさん
  • くのいち

    葵乃カモン

    ♡500pt 〇200pt 2021年6月14日 12時46分

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    ファンタスティック!!!

    葵乃カモン

    2021年6月14日 12時46分

    くのいち
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年6月16日 1時21分

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    ぺこり

    羽山一明

    2021年6月16日 1時21分

    ミミズクさん
  • 半魚人

    王海みずち

    〇200pt 2022年7月6日 8時30分

    クリスティア様のこういうところ、好きです。抱きついて甘えたい

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    王海みずち

    2022年7月6日 8時30分

    半魚人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月6日 9時38分

    末っ子気質なので甘えられません。基本的にこの子は甘えたがりです。

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    羽山一明

    2022年7月6日 9時38分

    ミミズクさん
  • 土偶(純金)

    阿暦史

    ♡111pt 〇111pt 2021年12月12日 20時23分

    ちょろぉい(*^ω^)そんな口約束したってクリスが仲間見捨てムーブするわけないやろセイジ…ピンチになったら尚更や…魔王様にでも助けてもらうんだな(´・ω・`)あとマリーの動きが可愛らしいですね〜(*´ω`*)

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    阿暦史

    2021年12月12日 20時23分

    土偶(純金)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年12月13日 0時56分

    まあ、しないでしょうね……セイジもそれを知りつつ、けど断りきれず。立場上、まだクリスがお姫様であることに尻込みしているのだと思います。なんかあったら魔王様が降臨するので大丈夫です。マリーは可愛いです。

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    羽山一明

    2021年12月13日 0時56分

    ミミズクさん

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