境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:73 / 142

6-17 朝日

 音高く心地よく響きわたる剣戟の音が、耳をつんざく不協和音へと変質する。カトラリーを無理矢理こすりあわせたような、それは剣がかき鳴らすものとしては、異様なリズムと音色であった。 「とめましょう」  揺らぐ声を連れて、レベッカが一歩を踏み出した。頬と額を伝う汗をぬぐうこともせず、微動だにしない視線に乗せた殺気は、使者に向けていたものよりさらに力強い。 「助力します」  マリーもまた、主語の明言を避けた。口にしてしまうと、心の底の不安が決定的なものになってしまいそうだった。  仄暗い気持ちを振り払うかのように、マリーは強く地面を蹴りだした。そのあとを、やはり躊躇いがちにレベッカが追従する。ふたりの気配を感じ取った使者たちのうち、ひとりがその輪からはみ出し、文字通り尻尾を巻いて空へと飛び上がった。  あるいは、それは英断であった。マリーとレベッカの意識そのものは使者たちに放たれていたものではなかったが、だからといって使者たちの味方をするはずもない。  クリスの攻撃手段は、いまのところ剣術一辺倒であった。一処にとどまって仲良く斬り伏せられるより、散開して意識と集中を散らしたほうが、よほど見込みのある行動といえよう。  ただし、それはあくまで命を長引かせる目的の延長線上にすぎなかった。 『青の蝶たちよ。夜に溶けるその輪郭で、彼らを優しく抱擁せよ』  ささやくような、濃い魔力を滲ませた声が、上空に響いた。  ざわつく気配に空を仰ぎ見た使者たちの体が、かるい水音をたてて、あらわれた球体に包み込まれた。ひと呼吸の間隙すら許されることなく捕縛された使者たちが、滲んだ景色の向こう側に降り立ったセイジの姿をみとめて、低いうめき声をあげた。 「セイジさま!」  跳ねるような声をあげたクリスが、忙しげに双剣を鞘にすべらせた。かるい金属音を置き去りにするように、まっすぐセイジのもとへと風を繰る。  直後、その瞳に宿っていた黒い魔力が霧消した。それに呼応するように、クリスを押し上げていた風が均衡を失った。 「クリス――」  声をあげたマリーが駆け出すより早く、セイジの体が闇を裂いて舞い上がった。クリスの体を危なげなく抱き上げて、呆然としたままのその表情をのぞきこむ。 「ごめん、遅くなった。立てるか?」 「ありがとうございます。すみません、まだ……」 「ん。わかった」  微笑んだセイジの体が、音もなく地面に向かった。ひとりの時からは想像のつかない、それは細く小さな花を扱うかのような、ゆるやかな魔力であった。  魔力が尽きかけている人間に、他人の魔力を触れさせてはいけない。と思うばかりに集中するセイジの顔を、クリスはぼうっと見上げていた。地に着いた足と、名残惜しさを滲ませてのびた指先が、漸くふたりを引き離した。  その様子を眺めていたマリーが、ほう、と息を吐いた。胸に押しつけられた手のひらと、消え入るような横顔が、安堵とはべつの心をしめしていた。 「あら……この子たち、ひょっとして――」 「レベッカ」  その様子を嬉しそうに見比べていたレベッカの頭上から、重く低い声が投げかけられた。見上げる暇もなく、目の前に小さな人影が降り立った。  その人影の、小さな、というよりは、幼い印象さえ受けるノインの双眸が、戦闘中さながらの鮮やかな緑の光を放っていた。 「なぜ、ひとりで戦った」  それは、姿形に似つかわしくない、絞り出したような声であった。  返答を紡ぐべく、口を開いたレベッカの肩が大きく震えた。眩いほどの瞳の光を浴びて輝いた雫が、ノインの頬を伝って落ちた。 「貴様は何のために私の案に乗ったのだ。何のためにヒトどもを頼ったのだ。こういった不慮の襲撃を、互いの利害に一致させ対応するためではないのか」  低く小さな声が、しだいに熱を帯びはじめた。溢れる涙のあとを追うように、その声は次第に、高く大きく張り上がっていく。 「……そうね」 「こちらを向け、レベッカ!」  煮え切らない様子のレベッカに、ノインはなおも食って掛かった。ひと目、感情をあらわにする子供のようにしか見えないはずが、それが余計に如何とも声の掛けづらい様子を振りまいていた。  そんななか、クリスを支えていたセイジが、心底面倒そうに髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。小さな吐息とともに、ノインの背に向けて口を開く。 「おい、そろそろ明け方だぞ。あの龍の処遇を――」 「そもそも、強硬派などという派閥があるのなら、なぜ交渉の場でそれを口にしないのだ! 知らぬことを擦り合わることすら躊躇うのであれば、群れる意味などどこにある? ただ相手の狙いを一箇所にまとめるほか、なんの利益もないであろうが!」 「……おい」  あ、こりゃダメだ。と思いながらも、セイジは二度目の問いかけを敢行した。  直後、真っ赤に染まった泣き顔に睨みつけられて、緩んだ意識が竦み上がった。 「貴様も同じだ、セイジ・ルクスリア!」 「えっ……え?」 「これだけ有能な人材に恵まれ、慕われておりながら、なぜ貴様は何もかもひとりで抱え込んでいたのだ?! 化け物を相手にするのであるのなら兎も角、貴様自身が抱えるその魔力について、誰にも内心を口にしていないのであろう? どうだ?」 「えっと……はい……」 「大方『危険な目にあわせる』だの『おれひとりの問題だから』だの『護るのはいいけど護られたくはない』だの、表面上だけは綺麗な口上を抱えているのであろう? いかにも苦悩する若者が陥るような過ちに、年相応に飲み込まれているのではないのか。危険から回避させるためには、ときに危険に触れさせることも必要であろう!」  瞬間、セイジは息をのんだ。飛び火であるはずのノインの激情に、抱えこむ内心をしたたかに強打されたのだ。  耳から滑り込んだ感情が、自分自身の手で押し込んだ心の内に触れたような気がした。考えることを捨てていたはずのその思いが、頭の隅で渦を巻きはじめた。  ……この体に宿る黒い魔力のこと。カオスのこと。  言えなかった。言えるはずもなかった。怖かった。  危険な目に合わせてしまうかもしれないことが。自分がその原因になるかもしれないことが。それを指摘されるかもしれないことが。  何もかもが、怖かった。  人里に帰らなければ、そんなことを考える必要もない。心配もしなくていい。  そういう考えが、逃げるような結論が、確かにあった。  ……言いたくても、誰にも言えなかった。 「セイジ……」  沈んだ思考をかき分けるような小さな声に、反射的に顔が持ち上がる。  紅色の瞳に逡巡を閉じ込めたマリーが、何度となく躊躇いながら、口を開いた。 「私は、ひとりで抱えることが悪いことだとは思いませんでした。ですが、打ち明けることであなたが楽になれるのなら……そんな顔をするくらいなら、打ち明けてしまってもいいと思います」 「マリー……」 「もし、そのせいで誰かの身に危険が及ぶのであれば、その時こそ、あなたが護ってあげればいいんですよ」  そう言って、マリーはそっと笑った。握り込んでくれた手のひらから伝わる熱っぽさが心地よくて、その手をぎゅっと握り返した。 「……同感だな。なにも腕っぷしに任せる話ばかりじゃないだろう。国に波風がたつようなことなら、おれに相談してくれりゃいい」 「セイジさま。私達はあなたに護られてばかりです。ですから、その……お気持ちくらい、委ねてくださってもよいではないですか?」  みなが口々に、自分自身が否定し続けたことを、柔らかに肯定してくれる。喉の奥、わだかまっていた思いが溶けて、言葉のかわりに、いっせいにこみ上げてくる。  朝が訪れた。さしこんだ一条の光が眩しくて、おれはマリーの両手に縋るように俯いた。手のひらに伝って落ちる、隠しようもなく溢れる涙を見せるのが、どうしようもなく悔しかったから。  ……どうしようもなく、嬉しかったから。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月26日 22時07分

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    号泣

    くにざゎゆぅ

    2022年7月26日 22時07分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月27日 1時34分

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    実は狙ってました。

    羽山一明

    2022年7月27日 1時34分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月21日 5時49分

    マリーの気持ちが示唆されるのって何気に初でしょか。世の中の青春ラブコメ系だと、どうせ叶わないと心の何処かで悟りながらも一縷の希望に縋るキャラって多いですが、マリーはそんなタマじゃあないと思いまぁす! 勝負はどう転ぶかわからんのであります。楽しみに推移を見守りますぞ!

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    うさみしん

    2022年6月21日 5時49分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月21日 9時27分

    そうかもしれません。態度で示す子だったんですけども、はっきり言うほうがいい、と、彼女自身もみんなとの交流のなかでそう思うようになったようです。マリーはセイジが「クリスと一緒になる」と言ったら、おとなしく身を引くと思いますが、それまではずっとそばにいるんじゃないでしょうか。

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    羽山一明

    2022年6月21日 9時27分

    ミミズクさん
  • タイムトラベラー

    枢(kaname)

    〇200pt 2022年1月11日 20時12分

    年の功ではありませんが、ノインの言葉にセイジは少しばかり救われているようで、またしても龍、やってくれたな!と感じました。まさか怒涛の展開から、行き着く先が泣けるとは思いませんでした。泣かせますね!そしてクリスは、やはりセイジなんですかね……でもマリーが……別の意味で緊張します。

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    枢(kaname)

    2022年1月11日 20時12分

    タイムトラベラー
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月12日 7時32分

    龍だからこそできる助言でした。見た目すらも利用している疑惑がありますが、慮るばかりが気配りではないですね。子供たちが多い作品なので、涙をたたえるシーンがちょくちょく出てしまいます。クリスは、片思いという点ではマリーよりはるかに長いわけですから、諦められるはずもなく……。

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    羽山一明

    2022年1月12日 7時32分

    ミミズクさん
  • くのいち

    影桜 紅炎

    〇200pt 2021年10月27日 20時05分

    如何に桁外れな魔力を持ち、若くして聖騎士の称号を持ち、魔王の肩書きを持っているとはいえセイジも人の子。 自分の力の正体が分からず、不安だったでしょうね。 良い仲間に恵まれた。良かったなセイジ。

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    影桜 紅炎

    2021年10月27日 20時05分

    くのいち
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年10月28日 0時58分

    どれだけ修羅場をくぐっていても、セイジはまだまだ未成年です。秘密を隠し続けることもみなを守ることであると、ひたすら耐え忍んできたのだと思います。強さにも様々ある、と、セイジの考え方も少し変わってきたでしょうか。なお後にトラウマ章を出しますが、まあ言えぬも納得の内容になる予定。

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    羽山一明

    2021年10月28日 0時58分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月16日 3時05分

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    エモい

    うさみしん

    2022年2月16日 3時05分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月16日 8時07分

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    ありがとうございます

    羽山一明

    2022年2月16日 8時07分

    ミミズクさん

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