境界線上の魔王

読了目安時間:9分

エピソード:51 / 142

5-12 逆鱗

「……なあ、おれたちを狙う理由だけでもいい。教えてくれないか?」  常軌を逸したセイジの戦法に、龍が思わず攻撃の手をとめた。生まれた静寂の開口一番、セイジが剣を構えたまま声をあげた。 「おれとしちゃあ、このままやり合ってもべつにいい。けど、もし話すら聞いてくれないっていうんなら――」  途切れた言葉の代わりのように、セイジの周囲に魔法陣が浮かび上がった。それを見た龍が、消えかかっていた光の球をふたたび具現化した。落ち着きを取り戻そうとしていた雰囲気が、ひと息のうちに剣呑に飲み込まれた。 「ちょっ……ちょっと?! セイジさん?!」  向かい合うひとりと二匹をよそに、慌てたのはリュートであった。 「話し合いだって言ってるじゃないですか! なんで煽るようなこと……」 「……殺し合いに割って入ってくるってことは、覚悟はできてんだな?」 「えっ――」  殺気を滲ませたセイジの魔法陣が、音もなく角度を変えた。リュートへと牙を向いたその矛先に、白い光がじわりと浮かび上がった。 「待ちなさい!」 「……あ?」  張り上げられた龍の声に、セイジが睨めつけるような目つきのまま振り返った。背後に広がる魔法陣が、命令を待ちわびるようにじりじりと火花を散らしている。 「わかりました。話しましょう。私達としても、争わずにすむならそれが本懐です」  二匹の龍を護る防護膜から、龍の片割れが飛び出した。 「面倒だ。どっちも殺しちまおうぜ、サティ」 「……口ほどに簡単ではないでしょう、ニア?」 「…………」  防護膜のなかから飛び出したニアの舌打ちを、サティはことさら無視したまま歩み出た。それを見たリュートが、セイジの陰に隠れたまま、静かに微笑んだ。 「うまくいきましたね」 「勘弁してくれ。演技なんてやるがらじゃないんだよ」 「いえいえ、ちゃんと怖かったですよ」 「褒めてねえだろ、それ……」 ――数分前。暴風雨のような龍の魔法が、いよいよ激化をはじめた頃合。  セイジの言いつけどおり、あるいは恐怖のあまり、頭をさげて隠れていたリュートが、小さく、だがはっきりと口を開いた。 『セイジさん、そのまま聞いてください』  目の前に迫る光球に身構えた、その瞬間を見計らうかのように、セイジの背面から声が飛び込んできた。 『攻防がひと段落したら、私に殺意を向けてください。純粋で明快であれば、より望ましいです。そうすれば、彼らのほうから交渉に応じるはずです』  淡々と言葉を続けるリュートの頭上を、光球が通過した。途切れた言葉の語尾に、耳と目を覆うような轟音と閃光がつづいたが、セイジは意に介さなかった。直前の言葉の衝撃がまさったのだ。 『ふたつの理由を説明します。まず、彼ら龍は使命に忠実です。ラフィアに肩入れした私を処分する命が下れば、他の誰の手でもなく、自分たちの手で始末をつけねば、と考えるのです』  リュートの声が熱を帯びたように大きく張り上がったが、周囲の轟音がそれをかき消した。セイジは、目の前の生命の危機に対応しながら、後背からかすかに聞こえる選択肢のない提案を聞き入れなければならなかった。  龍を欺くため、龍すら考えつかない要求が行われた。  その狂気を、セイジ・ルクスリアの能力が上回った。それだけのことであった。 『ふたつめ、彼らは私をセイジさんの枷だと思い込んでいます。彼らが私を殺すためにセイジさんを無力化したいなら、私に死なれては困るのです。おかしい話ですがね』  くすりと笑ったリュートの声と、最後の光球がたてた爆発音が重なり合って、砂塵舞い上がる戦場に溶けて消えていった。 ――かくして、当初の目的通り、龍を話し合いに持ち込むための密会は一方的に成立した。  生死をかけたやり取りのさなか、肉体的にも精神的にも、到底話し込む余裕などありはしない。事実、限りなくその通りであり、立案をするほうが異常なのである。 「ほんと、無茶苦茶なのはどっちだよ」 「あはは、相手が騙されてくれるかどうかは賭けでしたけど、セイジさんなら戦闘と会話の二刀流くらいこなせるかなって」 「できれば二度と味わいたくないな。成果はみせてくれよ?」 「さあ、どうなるでしょうか」 「…………」  苦言を呈したかったが、龍はもう目の前に迫っていた。皮肉を背中にこめて、セイジは改めて龍を見据えた。  鏡写しのようにも見えた龍は、近くで見るとよりよく似て見えると同時に、明確な違いがあらわになった。  セイジの目の前にいるサティと呼ばれた龍のほうは、タイトな制服のようなものに身を包んでいるものの、長い睫毛、赤毛に隠れるような薄桃色のヘアピンと、ふくよかな胸の膨らみから少女然とした印象を受ける。嗜めるような丁寧な言葉遣いも相まって、強いて言えばこちらの龍が姉貴分なのだろう。  反対に、防護膜のなかで射抜くような視線を投げつけてきているニアと呼ばれた龍は、サティよりわずかだが頭髪が短く、見る限り目つきも鋭い。荒々しい素振りと口調は年頃の少年然といった様子で、あちらが姉ならこちらは弟、とでもいうような関係なのだろう。  姉弟といえば聞こえは可愛いが、頭に『一国をも滅ぼす力をもった』という冠詞がつく以上、駆け引きにも気を抜くわけにもいかないだろう。 「……で?」  サティが足を止めるなり、いきなりセイジが口火をきった。身を潜めていたリュートが、セイジのそばからするりと顔を出した。 「私達は、そこの裏切り者を始末するために遣わされた龍です……龍のことについてはご存知で?」 「ああ、ある程度はな」  あくまで威圧的な態度を貫くセイジの返答に、サティが軽く頷いた。 「これはあくまで龍の問題なのです。できれば手を引いていただけるとありがたいのですが」 「……龍の問題なんだとよ。おいリュート、お前はどう思う?」  肝要なのは、ここであった。  あくまで他人事のように、面倒な話を投げつけるかのように、リュートに仕事をつなぐ。これでひとまず、第一段階の目的は達成した。  あとはこいつらの言うように、龍の問題になるだろう。 「サティ、私はそうは思いません」 「…………」  隠れていたリュートが、いかにも怯えたような仕草と声で意見を主張した。もちろんこれも演技だろう。  サティがいかにも何か言いたげに、身にまとう魔力を刺々しく強めた。腕を組んで牽制しつつ、こちらも対抗して魔力をちらつかせる。 「ラフィア担当の龍は、境界線を破壊するという目的のため、みずからの使命を放棄しました。これはいわば龍によるヒトへの恣意的な破壊行為です。龍の話だけではありません」  ……ポーラからかるく聞いた話によると、リュートがやってくる前にラフィアにいた龍というのは、どうやら国政に大きく関わるような重要人物であったらしい。  龍のつとめは、世界に害をなすような強く不透明な……つまり、おれのような人間を探すため、人里に潜入してそれを報告すること。  あくまで報告すること、その一点にあるのだ。リュート曰く、それはあくまで正当防衛を含む威力偵察の意味合いにとどまるらしい。  だが、ラフィアの龍はこう考えた。 『ヒトが産み出したものであるのなら、ヒトに始末をつけさせればよいのでは?』  理解どころか解釈すらおよばない、魔法ひとつで世界を分断している『境界線』という名の化け物を相手に、龍として得た人間界の地位と資産を活用して、強硬策を断行した。  結果は最悪にひとしいものであった。ひとつの国が滅び、境界線はより勢力範囲を広げた。得られたものも失ったものも、すべてが水に飲み込まれ、あとかたもなく溶けてなくなった。  あの作戦が龍に起因していたことが明るみになれば、当然、人間としても厳しい態度を取らざるをえない。誰が考え、どう成したか、などという段階の話ではない。発祥が不明である境界線を除けば、人類史における未曾有かつ最悪の事故であるのだ。  ……このことは、ラフィアに赴く直前、龍を説得する材料はあるのか、とのおれの問いかけに、リュートが苦々しげに話してくれたことだ。ポーラも知らないが、知らないほうがいいことだろう。  おれもこの話を聞いたときは、流石に憤慨した。責任の所在がないことを理解しながら、リュートに強くあたってしまった。 『じゃあなんだ、リュートは仲間のやらかした責任をとるためにラフィアに単身潜入して、命令違反で命を狙われてんのか?』 『そういうことになりますね』 『……そんな融通のきかない規律主義の連中に、おれたちは監視されてんの?』 『そういうことに、なりますね……』  そのとき、はっきりとわかった。  リュートがおかしいわけではない。他の龍すべてがよりおかしいだけなのだ。  いわゆる創作物にあるような『伝説の剣』を持った赤子のような存在。力はあるが、それ以上ではないのだ。  そして、それはおそらく、目の前でリュートの主張を聞き入れるこいつも、例外ではないのだろう。 「――我々は、ヒトに不干渉であるべきです。しかし今回の場合、我々の手によって発生した害に対処するための干渉であったと考えます」 「そうだな、そのあたりは我々の大いなる反省点だ」  サティは意外にも同調をみせた。が、リュートが口を閉じた直後、しかし、と語気を改めて言葉を続けた。 「我々が仮にヒトに謝罪をしめしたところで、お前の進退に変更はない。ラフィアの生き残りがルーレインに退避した今、お前の命を守る理由はなにもなくなったのだ。よって――」  お前はここで死んでもらう。と、サティがリュートを指差した。防護膜をまとったまま歩み寄ってきたニアが、サティとともにふたたび臨戦態勢に入った。  その機先を制するように、セイジがすっと手をあげた。 「おれからもひとつ、聞いていいか?」 「……なんだ?」 「龍族ってのに、お前らより強いのはあと何匹いんの?」  不可解なセイジの質問に、サティが目を細めて押し黙った。隣をちらりと横目見たニアが、代行するように口を開いた。 「何匹もいるわけねえだろ。おれは第九位階、こいつは第十三位階だ」 「そっか」  そっけないセイジの声が響いた直後、場の雰囲気が一変した。灰色の光を注いでいた空模様から、なおも濃く曇天したような、息苦しさすら感じる暗雲がたちこめた。二匹の龍が、空とセイジを交互に見比べて、憎々しげに眉をひそめた。 「……リュート。悪いけど、お前の仲間が言ってること、おれには理解できねえわ」  物憂げにすら聞こえる声に、火花をともなう電光がつづいた。地についた両足を中心に、薄い水気を帯びた地面が音をたてて凍りはじめた。 「無関係の人たちを何百万人も巻き添えにして? 挙げ句、手をうつどころか放置を決め込んで、先んじて救助にまわった奴の前に今頃のこのこ出てきて、命令違反だ、処分する、って?」  あたりの岩石や草木が、がたがたと悲鳴をあげて、直後にふわりと浮かび上がった。凍りついた地面が鮮やかな音をたてて割れ、その断裂から火が吹き上がった。 「……ふざけんなよ、てめえら」  顔をあげたセイジの両の瞳に、燃え上がるような焔が浮かび上がっていた。  それは紛れもない、演技をすることをやめたセイジの開戦の意思そのものであった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月25日 21時41分

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    えんどろ~!ファイ

    くにざゎゆぅ

    2022年6月25日 21時41分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月26日 0時40分

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    ぺこり

    羽山一明

    2022年6月26日 0時40分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月29日 6時10分

    わかりやすい憎々しさが意図された様に降りてきてます押忍。舞台装置というのはこんな風にわかりやすいのが一番だなと改めて感じたであります押忍。サティとニアの名前も互いに呼び合う事で開示されており、同時に2匹の間柄?とか何やらヌメっとした関係が想像出来てスマートだなと感心しました押忍!

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    うさみしん

    2022年5月29日 6時10分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月29日 13時30分

    舞台装置や設定に時間や文字数をかけるのがなんか苦手で。全体的に「用意された」感といいますか、自分の理想的な文章とあんまりマッチしないんですよ。なのでここも特に深く考えるでも無く、自然とこんなふうになりました。

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    羽山一明

    2022年5月29日 13時30分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡1,000pt 〇200pt 2022年3月23日 15時17分

    《生死をかけたやり取りのさなか、肉体的にも精神的にも、到底話し込む余裕などありはしない。事実、限りなくその通りであり、立案をするほうが異常なのである。》にビビッとしました!

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    秋真

    2022年3月23日 15時17分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年3月24日 10時36分

    裏をかくにはやはり相応の覚悟が必要なのかなと思います!

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    羽山一明

    2022年3月24日 10時36分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月10日 20時07分

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    「今回もサイコーでした‼」氷川Ver.ノベラ

    星降る夜

    2021年9月10日 20時07分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月11日 21時00分

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    元気が出ました!

    羽山一明

    2021年9月11日 21時00分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月5日 7時31分

    セイジの憤怒が爆発するんだぜ! ヤバい、この怒り具合だと何も残らない気がする!

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    うさみしん

    2022年2月5日 7時31分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月5日 12時49分

    まだ「人として」怒っている段階です。剣を抜かない段階が1、抜いて2、そして水の化け物を吹き飛ばしたのが3段階目になりますが、今がいずこかは彼のみぞ知る。

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    羽山一明

    2022年2月5日 12時49分

    ミミズクさん

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