境界線上の魔王

読了目安時間:7分

エピソード:65 / 159

6-9 ようこそ、フェルミーナの王宮へ

 長く太い少女の睫毛が、持ち主の呼吸にあわせて、規則的に上下している。  薄桃色の小ぶりな唇に少しだけ覗く隙間から、穏やかな吐息がすうすうとはためいている。ハイバックのソファに緩やかに預けた体は、式典そのままのドレスを纏ったままで、その薄衣のような生地が、吹き込む夜風を浴びて嬉しそうに揺れていた。 「……起きてるときと同じ人間だとは思えんな」  緊張を振り払うつもりであったのだろうか。宴の終始、浴びるように酒を呑んでいたポーラは、やがて酩酊のままにソファに身を委ね、およそ普段の様子からは想像もつかない寝息をたてていた。その寝顔を黙して覗き込んでいたセイジとレオンが、互いに顔を見合わせて、やがてこらえきれない様子で笑いあった。 「疲れてるんだろうし、そっとしておこうよ」  嗜めるような言葉を口にしたセイジであったが、いかにも状況を楽しむような声色は隠せない。ソファの背中側に立っていたヘイゼルが、ポーラとそのやりとりを嬉しそうに見守っていた。 「漸くひと段落、といったところだな」  戸口から姿をみせたジーンが、疲労を吐き出すような重苦しい声でつぶやいた。すべての公務を終え、威圧感のある礼服を脱ぎ捨ててはいたが、言葉と裏腹に、その眼光は王者たるするどい輝きを保ち続けていた。  その意図を察した一同が、それまでの和やかな雰囲気を脱ぎ捨てた。麗らかに舞い込んでいた風すらも、息を顰めるかのようにぴたりと止まった。 「ひと段落、だな」  背を伸ばすように立ち上がったレオンが、父親の言葉を繰り返した。  祝賀会が閉幕してしばらく。来賓も帰路についたいま、この城内には無関係の人間はほぼいない。昼夜の違いを除けば、龍の襲撃があったレフィリア邸での状況と合致する。人同士の応酬をひとつ終えたといっても、予断は許されなかった。 「むしろ、とっとと攻め込んできてくれねえかな」  意欲的な言葉をこぼしたのは、レフィリア邸での戦闘に参加していなかったセイジであった。 「同感だな。いつまでも警戒してるわけにもいかんし、いつまでもまとまって動いてるわけにもいかんからな」  襲来した龍をその傍から捕えてしまえば、さすがに後続も息切れを起こすだろう。  ただし、それも「力押しで攻略できる」と思われているうちの話だ。搦め手を使われ始めると、弱点の多いこちら側は延々と後手に回る羽目になる。 「そうですね。僕とポーラも、いつまでもお世話になるわけにはいきませんし――」  ゆったりとしたヘイゼルの口調が、ぴたりと止まった。手に持ったままのブランケットを放り出して身を翻し、広いだけの空間となった部屋の一点に流した視線を固着させた。 「敵か?」 「わかりません。人間にしては妙な魔力です。確信はできませんが……あれ?」 「なんだ、どうした?」 「この相手、招待状を所持しているようです」 「……あ?」  ……いま、ヘイゼルが展開している結界は、初お披露目の際の『守るための結界魔法』とは少し性質が異なる。  可能な限り薄く、かつ頑丈に。本来であればそれが良い結界魔法の条件であるのだが、ただ展開するだけだと、龍もろとも来賓まで出入りできなくなってしまう。  そこで、ヘイゼルは発想を変えた。 「感知が最優先ならば、通してしまえばよいのではないでしょうか」  曰く、結界は「薄さと強さを両立しようとするから脆い」のだという。で、あれば、外殻の強度を限りなく緩め、隙間なく展開するのではなく網目状に変形させる。さながら蜘蛛の巣のような結界は、網目の隙間を潜れるゆえに干渉されにくく、しかし感知だけは変わらず可能である。  本来の目的である、防護の役目を捨てる発想の転換。さながら新しい魔法を開発するかのような発案に、宮廷魔道師として同じ信条を抱くレオンはいたく感心した。  感心しながら、レオンは第二の手をうった。  送付された招待状の印章部に微細な魔法具を仕込み、それを通行証と明示することで、結界に侵入した者が来賓か否かの判断を可能にしたのだ。  ゆえに、招待状を持ち得ない侵入者だけを捕捉すればよい、と、レオンは考えていたのだが……。 「……龍が、来賓なのか?」 「他の来賓から強奪した可能性は?」 「招待状は閉会時に回収する運びになっているから、それはない。入城前に奪い取れば可能だが、招待状が鍵になっていることを知らなければ、そこまではしないだろう」 「単独で私の屋敷を襲撃するような相手だしな。迂遠な計画を企図するような御仁ではあるまいよ」 「……ふむ。レオンよ、そう難しく考える局面でもないだろう」  やり取りを遠巻きに静観していたジーンが、頓挫の気配をみせた話し合いに割って入った。 「わからぬことをどれだけ談義しようとも、及第点の保証などできぬであろう。現段階で持ち得る情報を整理し、経緯と現況を単純に推察してみせよ」 「……ヘイゼル、相手の背格好はわかるか?」 「はい。二人組で、一方が……おそらく男児。もう一方は……成人の女性ですね。道なりにまっすぐと、早足ていどの速度で進行中です」 「そうか……」  ヘイゼルの張った結界は、半径を分けて何重にも展開されている。触れた瞬間のみ検知が可能となる膜を等間隔で敷き詰めることで、進行方向や速度を知ることができる。  それによると、この侵入者には強行突破の意思はないようだ。俯いて情報を咀嚼していたレオンが、ひとつ頷いてぱっと顔をあげた。 「よし、一番単純な線から行こう。まず、龍は来賓だ」  静かな衝撃が、一同の間に音のない漣を起こした。ひと呼吸おいて、レオンが言葉をつづける。 「人の世に長いこと潜入しているなら、それくらいの地位にあってもおかしくない。今回の件も、祝賀会の話をどこかで見聞きして招待状を奪ったと考えるより、届いた招待状で祝賀会の存在を知り、そのまま活用したと考えるほうが自然だからな」  レオンの話に聞き入りながら、頷く者、深慮に沈む者、表情を曇らせる者、それぞれの反応があったが、口を挟むことだけは一様に避けた。 「レフィリアの屋敷の件も、最終的に戦闘にはなったが、開幕は舌戦だった。終盤以降は友好的だったあたり、戦闘はあくまで手段のひとつと考える相手だろう。それでいて、おれたちが集まっていることの見当がつくこの場所に、おれたち以外がいないであろう時間帯にやってきた……となれば、まあ、目的は交渉だろうな」  戦闘の準備は必要だろうが、と、レオンが静かに付け加えると、ジーンが嬉しそうに大きく頷いた。 「で、あろうな。龍からすれば、ただでさえ一度鎮圧された相手に加え、最大戦力のセイジがいる。これが祝賀会のさなかであれば、賓客を人質にすることもできように、奴らはそうしなかった。消去法ではあるが、交渉であろうな……それで?」  ジーンが、結論をともにして表情をゆるめたレオンへと不意打ちを投げつけた。 「それで……って? なんだ? 戦闘の線も加味しながら、ここで待ち構えるだけじゃないのか?」 「正論、結構なことだ。しかし、この相手が真に龍であるのなら、おれたちには先の戦闘での借りを返す義務があると思わんか?」  権利ではなく義務と言い放つジーンに向けて、ふたたび場の緊張感が高揚をはじめた。 「ここは我らの領地であり、敷地であるのだぞ? 深夜に潜入する慮外者に適切な処置をとること、いずこの誰が否を唱えることができようか?」 「……交渉相手に、先制攻撃を仕掛けようってか」 「交渉というのは、推論であって結論ではないだろう。敵か味方かも判然とせんうえに、そもそも人の法は龍に適用されん。なれば逆もまた然りである」 「…………」 「レオンよ、お前は妙なところで後進に遠慮するところがある。悪巧みは自分の責務とでも考えているのであろうが、本心はどうだ? フロストライン嬢を……おのれの伴侶となる女を傷つけられて、それでもお前は平静をつらぬいてみせるのか?」  嵐のような、しかし厳かなジーンの言葉の猛攻を浴びて、レオンは俯いたままがりがりと頭を掻いた。沈黙が蔓延る視線の中心部で、長く深く、そして冷たい深呼吸の音が流れて消えた。 「親父もいい性格してるよなあ、ほんと」 「お前の次くらいにはいい性格だと自負しておるぞ」 「くっくっく……違いないね……」  いきおい、レオンはふたたび顔をあげた。琥珀色の瞳に、隠すことをやめた激情の炎が燃え上がっていた。 「さて、じゃあとっ捕まえてひん剥いて、情報引き出してやるか」 …… ………… ……………… ……………………  人間たちが不穏な作戦会議を終えるころ、一方の龍たちは人気のない回廊をひたすらに踏破していた。 「ねえ、ちょっと待ってよぉ。仕事着そのままだから、歩きにくいのよ……」 「うるさい。本来であれば、祝賀会の直後には接見するつもりであったのだ」 「……自分も楽しんでたくせに」 「なにか言ったか?」 「いーえー……」  人間たちがどのようなかたちで待ち受けているのか。そんなことなど露知らず、龍たちは一歩、また一歩と、「フェルミーナ式の歓迎」へと突き進んでいった。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年7月15日 21時04分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年7月15日 21時04分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月16日 4時54分

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    うれしぬ

    羽山一明

    2022年7月16日 4時54分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士(Lv46)

    うさみしん

    ♡2,000pt 〇200pt 2023年1月10日 4時14分

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    「いつも楽しみ」氷川Ver.ノベラ

    うさみしん

    2023年1月10日 4時14分

    ひよこ剣士(Lv46)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2023年1月10日 8時45分

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    「いつも応援ありがとう!」ほっぺげver.ノベラ&ステラ

    羽山一明

    2023年1月10日 8時45分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士(Lv46)

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年6月13日 6時05分

    良い引きでございました。果たして話し合いになるか、それとも殺し合いになるのか、どっちとも取れる引きの仕方は勉強になりますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年6月13日 6時05分

    ひよこ剣士(Lv46)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月13日 8時08分

    唯一異なる点であるセイジの存在により「殺し合いになったところで……」という安心感を活かした手法かもしれません。奴の扱いにはいつも困らされておりますが、居るだけで必要十分なときはそうさせております。

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    羽山一明

    2022年6月13日 8時08分

    ミミズクさん
  • 大正むすめ

    御団子あいす

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年12月6日 10時42分

    歓迎が手荒なものになるのか、それともフェルミーナ式と呼ばれる所以が他にあるのか次話をめくりたいと思います✨

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    御団子あいす

    2022年12月6日 10時42分

    大正むすめ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年12月6日 11時19分

    さあさ、どちらでしょうか。一言添えるとすると、基本的に人外より人間のほうが怖い、というスタンスが本作のテーマです、と。

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    羽山一明

    2022年12月6日 11時19分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士(Lv46)

    うさみしん

    ビビッと ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月12日 6時15分

    《「人の世に長いこと潜入しているなら、それくらいの地位にあってもおかしくない。今回の件も、祝賀会の話をどこかで見聞きして招待状を奪ったと考えるより、届いた招待状で祝賀会の存在を知り、そのまま活用したと考…》にビビッとしました!

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    うさみしん

    2022年2月12日 6時15分

    ひよこ剣士(Lv46)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月12日 16時34分

    消去法とはいえ答えに辿り着くのが早すぎた感があります

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    羽山一明

    2022年2月12日 16時34分

    ミミズクさん

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