拝啓 国王陛下 天を渡る雲も空高く、緑黄色から黄金色にうつろう草花からは新たな季節が到来する気配を感じられます。 そんな陽気のなか、私セイジ・ルクスリアは、クリスティアさまと上空で肩を並べ── 「レフィリア! そっち行ったぞ!」 「承知! 合わせるぞ!」 終わりない戦いに明け暮れる聖騎士候補者たちの上空で、彼等の監視を粛々と務めております。 「魔王さま、さっきから何を仰って?」 「……失礼。自分がまだ人としての情緒を保てているのかと自問しておりました」 「顔色が優れませんわ。休憩なさってはどうでしょう?」 空中でひらりと身を回転させて、クリスが体を寄せてくる。いまだ魔王と呼ばれることには気恥ずかしさを感じられたので、無理やりに視線を転じて難を逃れた。 「ご安心ください。これも仕事ですから」 回答になっているような、いないようなことを呟いて、呑気に揺蕩っている秋雲を恨めしげに見上げた。 麗らかな空の色の下にするどい罵声が響いて、短い溜め息が無意識にこぼれ落ちた。 ──ことの発端は先月。フェルミーナ王城の謁見の間での会話に遡る。 「私が、聖騎士に……ですか?」 軽装に身を包んだレフィリアが、呆気にとられたような声と、それに見合う表情を浮かべた。後背には、レオンとクリス、セイジとマリーが、驚きつつも納得した様子で佇んでいる。 「うむ。今回の件、フロストライン嬢に落ち度はない。しかしルーレインとしても容易には引き下がれんだろう。境界線をめぐる作戦を独断で強行したうえ失敗し、それをわが国に拭わせたわけだからな」 「あの……お話が、よく……」 状況がつかめていない、というよりは、混乱しているのだろう。口を開閉させながら、身振り手振りでなにかを訴えようとしている。 「ルーレインにも聖騎士を在籍させることで、今回のような、あちら側の不満に端を発する問題の解消を期待する、ということですね?」 レオンが一歩前に歩み出て発言すると、国王は難しい顔つきのまま重々しく首肯した。 「その通り。そこで、フロストライン嬢には、来月に行われる聖騎士資格試験に参加してほしい。ルーレインとしても、聖騎士の資格保持者さえ抱えてしまえば、それなりに満足するだろうて、な」 「あとは、まあ、セイジが帰ってきた、というのもあるでしょうね」 他人行儀を全身に張り付けて直立していたセイジが、びくりと肩肘を強ばらせた。 「うむ。現役聖騎士のクリスティアが壮健なまま、前聖騎士まで凱旋したことを知るとなると、ルーレインとしても益々不満を募らせることだろう」 「では、私は彼の地へ姿を消したほうが……」 尻すぼみの声が、国王の満面の笑みで途切れた。過去、幾度も見たレオンの、巧みに貼り付けた笑顔によく似たものを感じ取ったからである。 「まあ待て、セイジ。そなた、ここに来るまでに誰ぞに素性を知られたか?」 「いえ、そのようなことは決して……」 そもそも、打った剣をクリスに手渡して、さっさと帰るつもりにしていたのである。現状がすでに避けるべき面倒事であるのに、このうえ公衆の面前で素性まで明かそうものなら、お祭り好きのフェルミーナのことである。帰るどころか、翌日には凱旋パレードまで始まりかねない。 だからこそ、趣味の悪い鎧と剣をファルマーに借り受けて、顔から火を出しながら『魔導王』などと自称してみせたのだ。 などというセイジの苦労は、果たして報われることも慮られることもなかった。 「よろしい。では、聖騎士セイジは、人の世に帰郷などしてはいない」 おもむろに、国王が玉座から腰を上げた。そのままセイジに歩み寄ると、脇に据えた、曰く趣味の悪い兜を掲げて、呆けているセイジの頭部にすぽりと被せた。 「彼の地の魔導王、人の世の英雄たちとともに、境界線より出ずる化け物を討伐す──」 役者めいた声色と口調で国王が語ると、脇を向いて震えていたレオンが、たまらずに噴き出した。そこまで言われてはじめて、セイジは自分に課せられるのであろう役目を理解した。 「そなたがセイジ・ルクスリアとして帰郷する決心がついたら、その鎧を外すとよい。それまでは、彼の地から馳せ参じた剣士を自称して、職務を全うしてもらう」 「正体を知られたくないからって、仕事を押し付けないとは言ってないからな。よろしく頼むぞ、魔導──」 苦笑を引きずりながら割り込んだレオンが、みずから発した言葉に首を傾げた。 「魔王、のほうが据わりがいいな。そうしよう」 「いや、レオ兄……」 怪しい方向に猪突する話を止めるべく、セイジが足を踏み出した。それを引き止めるかのように、セイジの腕をがしりと掴む手があった。振り返った先、騎士に憧れるような目をしたクリスが、今にも感涙しそうになりながらこちらを見つめていた。 「私はいいと思います、魔王さま……!」 「…………」 乾いた笑いをこぼすセイジと、羞恥心に追い打ちをかけるクリス。 早くもセイジを巻き込んだ国の展望を語る国王とレオン。 「私は、どうすれば……」 「ひとまず、おつかれさまです」 その中間、少し離れた場所で行き場を失うレフィリアを、マリーがそっと慰めた。 ……それから二週間、騒乱や剣呑といった類のものとは縁のない時が、ぱたぱたと慌ただしく過ぎていった。 聖騎士の資格試験の実施には、諸国の領主、すなわち王の認可が必要である。セイジ改め魔王一行は、フェルミーナ国王がしたためた書簡を手に、ルーレインへと飛び立った。 『万事、滞りなく』 レオンにそう告げて手渡されたフェルミーナ国王の書簡に目を通すと、ルーレイン国王は皺のはいった表情をわずかに歪めて、口惜しそうに書簡に署名した。 「レオンハルトどのが矢面に立つとは、事態はよほど深刻なのだな」 やむをえまい、と言いながら、ルーレイン国王はレオンに書簡をさしだした。疑問符を浮かべながら書面に目を落としたレオンは、そこに刻まれたみずからの名を視認して口を開閉させた。全回転する思考を上書きするように、送り出す際の実父のいやらしい表情が脳裏をよぎった。 「この書簡を以て、レフィリア・フロストライン――ならびにレオンハルト・フェルミーナの両名に、聖騎士の試験を課すことを認可する」 ルーレイン国王から告げられた事実を粛々と聞き入れたレオンは、御前からの退出後、狂ったような苦笑をこぼして、一瞬ののちに膝から崩れ落ちた。
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くにざゎゆぅ
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くにざゎゆぅ
2022年5月17日 22時30分
羽山一明
2022年5月18日 4時17分
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羽山一明
2022年5月18日 4時17分
うさみしん
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うさみしん
2022年11月20日 4時21分
羽山一明
2022年11月20日 21時53分
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羽山一明
2022年11月20日 21時53分
うさみしん
締めの部分も大好きですが、序盤にある“動きのある中で思索に耽る”描写が巧みであります! 何かこう嘆息しながらも眼下の様子を目で追うセイジの姿が目に浮かんだであります押忍!
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うさみしん
2022年4月19日 6時27分
羽山一明
2022年4月19日 9時08分
主人公とはいいますが、主人公のためだけの世界ではないので、何もしない、考えない、といった時間はありえないと思うのです。主人公含め、誰しも進んでいる時のなかでなんかやってるんです。そういうのは意識して書いてます!
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羽山一明
2022年4月19日 9時08分
葵乃カモン
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葵乃カモン
2021年6月8日 15時53分
羽山一明
2021年6月11日 5時12分
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羽山一明
2021年6月11日 5時12分
てとら
周囲を取り巻く人たちとのやり取り。やっぱりセイジは苦労人なんだろうなと同情しつつ、今回は少し笑ってしまいました。レオンについては、お前はもっと苦労しなさいという父の優しさに感涙し、もはや膝から崩れ落ちるしかなかったのかな。国王様、教育者としてもさすがです。
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てとら
2023年4月14日 23時30分
羽山一明
2023年4月15日 10時21分
セイジはもはやそういう星の下に生まれたとしか思えないほどの苦労人ですね! レオンに対する国王の思惑は、嫌がらせも多少なりともにありますが、一番は「仕事ばかりするな」というメッセージが多分に込められているのかなあ、と思います。
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羽山一明
2023年4月15日 10時21分
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