フェルミーナ王国の騎士昇級試験においては、対戦相手を斬り伏せるばかりが高評価に繋がるとは限らない。むしろ逆効果になることすらある。 試験の目的は、あくまで技量の査定にある。開幕や否や斬りかかり、止める間もなく決着するのでは、負けた側の防御の甘さ、勝った側の攻撃の鋭さ、この二点の能力しか発揮されない。手塩にかけた騎士への最終評価がそれでは困るのだ。 その騎士の、防御が、攻撃が、どうあって、どうするべきか。実戦形式の試験は、昇級の是非のみならず、教育の基準としての重要な見本となる。 ゆえに、騎士への教育は、防御を重点的に磨くように変わっていった。『騎士は護るもの』という言葉が生まれたのもここからで、その例に反したうえで最高位まで昇りつめるには、それこそクリスほどの実力がなければかなわない。 血気盛んな若い騎士たちにとって、この風潮は歓迎するべきものではなかった。しかし、魔法技術の発展に伴い、防護魔法を中心とする守りの技術もまた肝要となった。試験では模造刀を用いるとはいえ、炎や雷の魔法は容赦なく飛び交う以上、身を守ることに長けていなければ安全であるはずがない。 それを模している今回の試合も、やはり同じく安全であるはずがなかった。 「今日は五人ですか……」 クリスが呟いたのは、『護るもの』という騎士の代名詞である防護魔法を怠り、試合中に意識を失った者の人数だ。待機していた宮廷魔道師団の面々の治癒を受け、一様に快復をみせたのはいいが、実力を発揮することなく試合を終えてしまった点、クリスの反応は芳しくない。 「その反応は、いつもより多いってことか」 「ええ、やはり、みな力が入っているようで……」 「心境の変化は大事だよ。決まりきった訓練だけじゃ、正確な素質は測りきれないし」 それにしても、と、話題を転じる。 「おれのときに比べて、随分と魔法に傾倒しているように見えるんだけど」 訓練場の四方を囲う魔法の壁は、外側から内側の詮索を防ぐためだけのものじゃない。その内側において、騎士たちが気兼ねなく魔法を放つことのできる環境をつくることこそが本来の目的だ。 手の内を晒すことでしか訓練ができない環境をつくることで、評価とは無関係な、不要な盤外の駆け引きを防ぐことができる。だからこそ、ここで顔を合わせる高等級の騎士たちは、互いの力量を正確に推量している。 故あってのことかどうか、昔に比べて魔法の撃ち合いが過激になっている気がする。 「セイジさまの戦いぶりを拝見して、剣術だけでは、と、色々と見直したのです。強さだけではいけませんが、それでも強くなければ意味がありませんので」 「……なるほど、そういうことか」 二重に引っかかりのある発言をとりあえず流して、眼前の最終試合を見やる。が、すでに勝敗は決しているようなものだった。向かって左側の青年が肩で息を繰り返す一方、右側の少女は、体運びも魔力もさざなみのごとく落ち着いている。 勝ち抜きということもあって、後半になればなるほど厳しい戦いになる。 ひとつ終わればすぐに次が始まる。休憩など与えられないがゆえに、摩耗していく魔力と体力を正しく把握しておかなければならない。 手を抜かず、しかし次に備える。頭で理解していても、実践できる者はそうはいない。両者の間にあったのは、その差であるといえるだろう。 開戦と決着は、ほぼ同時だった。少女が巻き起こした風魔法が、青年の防戦を強要させるように吹きすさんだ。その風に乗るように距離を詰めた少女の剣が、向かう先すら定まらない青年の剣を弾き飛ばした。 「それまで!」 クリスの声に剣をおさめた少女は、淀みない動作で青年に歩み寄り、その体を引き起こした。大きく息を吐き出した少女に向けて、惜しみない拍手が贈られると、少女は思い出したかのようにあどけなく赤面した。周囲にむけて忙しげに頭をさげると、所在ない様子でこちらに駆け寄ってきた。 「おつかれさま。絶好調でしたわね」 「ありがとうございます!」 「ああ、敬礼も低頭も必要ありませんわ。訓練なのですから、いつも通りに発言してちょうだいね」 クリスの声に、少女がぱっと顔をあげた。鮮やかな戦いぶりの余韻を感じさせない、幼さの残る晴れやかな視線が、心なしかこちらに向けられている。挨拶を求められているような気がして、すっと手のひらをさしだした。 「はじめまして。セイジ・ルクスリアです」 「はっ……! はじめまして! お目にかかれて光栄です!」 戦いの緊張が解れていないのだろうか。少女は名を名残ることすら忘れて、おれの手にしがみついたまま微動だにしない。しっとりと湿った手のひらから伝わる熱は、むしろ勢いを増すばかりだ。 「あの、セイジさま……」 「ゆっくりでいいよ。なに?」 「その。報奨代わりといってはなんですが、おひとつお願いがありまして」 「うん……?」 少女の視線が、ちらりとクリスを窺い、すぐにもどる。忙しない動悸を抑えるように、二度、三度と口を開閉させて、音が聞こえるほどにおおきく息を吸い込んだ。 「音に聞こえたセイジさまの腕前を、どうかこの目で見てみたいのです」 ですが、と、ふたたび息を吸ってから、言葉を紡ぐ。 「私などではお相手にならないかと存じます。そこで失礼ながら、クリスさまとの、その、お手合わせを拝見したく……」 消え入るような願い事は、半ばから聞こえなくなった。離れた右手が何気なく剣に触れると、ひやりとした鉄の感覚が、指を伝って全身を震わせた。 視線を感じて、振り返る。 がちり、と、鍵穴が噛み合うような音が聞こえた気がして、クリスと視線が重なった。その全身は、おれと意思をともにするかのように、腰にさした剣を握りしめたままぴくりとも動かない。 息をのんだ少女とともに、空気が動きをとめた。痛いほどの静寂のなか、結ばれていたクリスの唇が、すっと開いた。 「セイジさま」 「うん」 互いの視線が、互いの瞳を射抜いて離さなかった。クリスの瞳に覗いた黒い魔力が揺れてさざめき、蛇のようにちろりと舌を出した。 「私たち、これまで一勝一敗ですよね?」 「そうだな」 王都の凱旋式で、ラフィアの要塞の上で、おれたちは剣を交わした。 一度目で敗北し、二度目で星を返したが、いずれの場も尋常の勝負とはいえなかった。 ……つまり、本気でやりあったことはない。 機会はあっただろうが、再戦することはなかった。本気でやりあえば、次こそはお互いに無事ではすまないことをわかっていたからだ。 しかし―― 「――では、白黒つけませんか?」 それでも、告げられたその言葉が、心臓を大きく打ち鳴らした。どくん、と煩いほどに響く鼓動の音を、きっとクリスも感じているのだろう。 こんなことをしている場合ではない。わかっている。 だけど、戦ってみたい。そう思ってしまった。 「……今度は、手抜きなしだぞ?」 見え隠れしていたクリスの黒い魔力が、苛烈なまでに燃え上がった琥珀色の光に塗りつぶされた。闇の色にくすんだおぞましい魔力は、透き通るような魔力に飲み込まれて、ほの暗さの跡形すら残さず見えなくなった。 たとえ黒い魔力に体を支配されようが、騎士としての心までは譲れない。そう物語っているようだった。 「ええ、存分に!」 そう言い放ったクリスの両腕が、二本の白刃を抜き放った。つられて放たれたおれの愛剣が、クリスのそれと呼応するかのように煌めいた。 ……クリスを護るため。そして真の意味で認めてもらうため。 おれは、クリスをねじ伏せてみせる。
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くにざゎゆぅ
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くにざゎゆぅ
2022年8月5日 22時11分
羽山一明
2022年8月6日 7時41分
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羽山一明
2022年8月6日 7時41分
うさみしん
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うさみしん
2023年1月28日 9時22分
羽山一明
2023年1月28日 10時36分
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羽山一明
2023年1月28日 10時36分
うさみしん
「それとこれとは別!」って言われそうですが、ビビッに上げたとこを深読みしてみると、やはりクリスが正規ルート臭いですね。セイジの性格のお陰か、彼の方からはなかなか浮いた話が出てこないので、数少ない今回みたいな機会は今後を考察するにあたり貴重でありました!
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うさみしん
2022年6月29日 4時07分
羽山一明
2022年6月29日 9時16分
正規というかなんというか、イメージとしてクリスはヒロインより主人公的な立ち位置を意識して書いているので、そのせいだと思います。マリーとは違う点でセイジとともに歩んでいるのかなと。
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羽山一明
2022年6月29日 9時16分
秋真
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秋真
2023年8月20日 20時45分
羽山一明
2023年8月21日 9時12分
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羽山一明
2023年8月21日 9時12分
御団子あいす(活動休止中)
黒い魔力に支配されてないにしても精神に多少の変化をもたらしてるのでしょうか❓ 次回の戦闘シーン楽しみです♬.*゚
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御団子あいす(活動休止中)
2022年12月22日 10時47分
羽山一明
2022年12月22日 11時30分
何かしら影響を受けていることは間違いありませんね。ましてや多感な年頃。成長の気配があると見れば、なおのこと……。
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羽山一明
2022年12月22日 11時30分
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