境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:52 / 142

5-13 龍の覚悟

 今は昔、フェルミーナという国が生まれる以前の話。  境界線がただの大河であり、珍しいながらも彼の地と人の世が交流をしていた時代、ひとりの女騎士がいた。  名はフリージア・フェルミーナ。現フェルミーナ国王ジーンの妹であり、魔法をいち早く剣術に取り入れた騎士であった。  二十年前、人の世の魔法技術はまだ研究の段階を超えていなかった。  魔力がいかにして魔法となりえるか、その体系化が論じられている間、フリージアは風をあやつり空を舞い、魔法剣術の技術を完成させていた。  当代一と謳われた剣術に、他の追随を許さない魔法の技術を折り重ねた彼女に、純粋な戦闘でかなう者などいるはずがなかった。  時が経ち、人の世の魔法技術はめざましい発展をみせた。  だが、境界線が出現し、混乱のさなかに生まれた国家フェルミーナが隆盛をきわめても、彼女は最強の騎士であり続けた。  そんな折、フェルミーナ国王ジーンは彼女にひとつの処置をほどこした。  騎士最上位の等級である『A等級』から除名され、規格や等級の枠外であることをしめす『聖騎士』の称号があたえられたのだ。  同時に、国王は彼女にひとつの助言を付け加えた。 『よいか、いついかなる時も、決して全力を出すでないぞ』  その言葉は、彼女に宿る膨大な魔力と、その性質を推し量っていた国王の、他意のない助言であった。  しかし、兄の迂遠に過ぎる好意を、妹はやや歪曲して受け止めた。 『全力を出さずにいれば、人間でいることを認められる』  ……今でこそ、境界線の渡河を認可するための称号と定義付けられている聖騎士であるが、もとは境界線のない時代に、他の騎士と隔絶するために生まれたものである。  つまり、聖騎士という称号がもつ、本来の意味は―― 「……こいつは、ヒトと思わないほうがいいな」  目の前で巻き起こる鮮やかな魔法の乱舞に、ニアがちいさく呟いた。正面を向いたままかるく頷いて、サティも同意をしめす。 「ヒトの形をした魔力だね。このヒトが境界線を作ったって言われても、私は信じるよ」 「……殺されるかな、俺たち」 「どっちかといえば、楽に死ねるかどうかを考えたほうが建設的じゃないかな?」 「帰りてえ……」  言いながら、二匹の龍は身をまとう魔力に意識を集中させた。塗り重ねられた防護膜が、点滅する視界を青く青く濁らせた。 「だめだよ。まだファウストさまの目的は達成できてないんだから」 「あの野郎、絶対あとでぶん殴ってやる」 「あ、今回は私も付き合うよ」 「いいね。気が済むまでやろうぜ」  見合わせた表情がふっと緩み、すぐに引き締まった。同時に動いた視線が、魔力の海に揺蕩うセイジへと転じ、突き刺さった。  すっと前に歩み出たサティが、靴の先で地面を叩いた。跳ね返って浮き上がった足が、身体ごと姿を消した。 『この数の魔法を見切るには、命がいくらあっても足りない』  セイジの過剰にも見える魔法を、サティはそう判断した。  つまり、狙いは一点。最短距離による正面突破であった。 「…………」  無言で腕を持ち上げたセイジが、地面と接するように滑空するサティを指差した。耳鳴りのような鋭い音が響き渡って、氷漬けになった地面から迫り上がった透明な刃が、サティの行く手を遮った。  速度を緩めれば、その瞬間に私は串刺しにされるだろう。魔法で強化した両腕で氷を弾きながら、サティは駆ける身体を無理やり方向転換させる。  二度、三度と、氷の刃が体をかすめる。凍りつく痛みが視界を霞ませても、活路はこの先にしかない。  わずかに開いたサティの視界の先、指をさしたまま動かないセイジの姿があった。横合いから飛び出してきた氷を蹴り出して、サティはわずかな隙間を強引にくぐり抜けた。 「……抜けたっ!」  ひやりとした空気から飛び出した先、開放感とともに、言いようのない悪寒がサティを包み込んだ。ざわつく髪の毛につられて天を見上げると、放射状にくすぶっていた雷の魔法が、光とともに今まさに降り注がんとしていた。 「――――っ!」 「走れ、サティ!」  踏み込みを躊躇ったサティが、ニアの声に背中を押し出された。  空を割った雷がサティに触れる直前、その軌道が直角に折れ曲がって四散した。サティの背中の奥、指先を光らせたニアが、苦しげな表情で歯を食いしばっている。 「やられっぱなしでたまるかよ……!」  小柄なサティの頭上に広がった防護膜が、なおも降り注ぐ雷と激しい衝突を繰り広げた。やがて雷の勢いがおさまると、防護膜も役目を終えたように雷の後を追って散っていった。群れからはぐれていた弱々しい雷の余韻が、湿っぽい土壌に突き刺さって、泥のような砂塵が舞い上がった。  みじかく激しい攻防が終わり、わずかな静寂が生まれた。その静寂と砂塵を置き去りにして、サティがまっすぐにセイジに肉薄した。  魔法も間に合わないであろう至近距離。間に合ったとしても、術者に攻撃が入れば魔法は中断する。  魔法で勝ち目がない故、防御を顧みない接近戦に勝機を求める。正しいはずの選択を信じるままに、サティは腕を振りかぶった。  その眼前で、伸びていたセイジの腕がすっと下がり、持ち上がった。  空っぽであったはずの手のひらに、鈍い光を灯す剣が握り込まれていた。 「魔法具――!」  声にならない声が、サティの表情を凍りつかせた。触れ合った腕と剣から、腹の底に響く重低音が弾けて、舞い上がった土煙を一瞬のうちにかき消した。差し出した腕を中心に、サティの全身に衝撃が走り抜けた。 「ぐっ……はあああっ!」  苦痛を押し殺すかのように、サティは咆哮をあげた。突き出した拳をほどき、交差したセイジの剣の刀身を掴むと、剣ごとセイジの体を引き込んだ。重心を崩したセイジの胴体へと、サティの蹴りが吸い込まれるように炸裂した。  ――そのはずだった。 「……えっ?」  演舞のような一連の攻撃は、ただの予測に終わった。  サティが掴み、引き込むはずであった剣を、セイジはあっさりと手放した。見込みと真逆に、重心を崩されたサティの目の前で、身軽になったセイジの指先が光芒を放った。  反応も防御も許されない刹那、衝撃と閃光が同時に炸裂した。至近距離で巻き込まれたサティの身体が吹き飛んで、濁った景色のなかに消えていった。追撃の姿勢をみせたセイジの真正面から、光り輝く攻撃魔法が無数に飛び出してきた。  それらを防護魔法で相殺すると、セイジは息つく間もなく風を巻き起こした。  晴れた視界の奥、二匹の龍が寄り添いながら、セイジを睨みつけていた。 「……報告を、訂正しないといけないな」  サティが、重々しく言葉をこぼした。水と泥に塗れた身体のあちこちから、痛ましい真紅の色が浮かび上がっている。 「魔力が飛びぬけてやべえだけで、接近戦でも人間やめてんな、こいつ」 「単純に戦闘の経験値が凄まじいね……さて、どうしよう? さっき以上のことは、私にはできないよ」 「俺に考えがある。時間もねえから、さっと言うぞ」  耳を寄せたサティの横合いに、渦を巻いた巨大な焔があらわれた。二匹の龍の視界が真っ赤に染まる直前、ニアの唇が動き、すぐに閉じた。 「行け!」  ニアの声を合図に、二匹は左右に散った。焔の軌跡をなぞるように、サティはふたたびセイジへと疾駆した。その場にとどまったニアが、遠ざかる相方の背を見送って、ぽつりと声をこぼした。 「……死ぬなよ、サティ」  これ以上はサティの身がもたない。送り出したニアも、見送られたサティも、承知のうえであった。  哀愁の漂う息を吐ききると、ニアは両手のひらに魔力を集中させた。

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  • マンドラゴラ(覚醒ver.)

    志茂塚 ゆり

    〇1,000pt 2021年9月23日 13時46分

    魔法の歴史が20年ぽっちとは驚きです!フリージアさんはクリス姫のようだったのでしょうか( ´∀` )そして赤目の龍ふたりを相手にして、セイジさんの戦いっぷりがますます人間離れしています……サティとニアの言う通り、経験の差も大きいのですね。

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    志茂塚 ゆり

    2021年9月23日 13時46分

    マンドラゴラ(覚醒ver.)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月25日 1時52分

    魔力というものが漠然と存在していたのははるか昔ですが、その不可視の力を技術的に体系化したのはものすごく最近ですね。フリージアは「大人びたクリス」のイメージです。 セイジについては、龍族がセイジの剣の技術を過小評価していたこともありますね。こいつは魔法がなくても化け物なのです。

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    羽山一明

    2021年9月25日 1時52分

    ミミズクさん
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年6月26日 20時42分

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    えんどろ~!ファイ

    くにざゎゆぅ

    2022年6月26日 20時42分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年6月26日 23時15分

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    報われました…!

    羽山一明

    2022年6月26日 23時15分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年5月30日 5時49分

    欲を言えばッ! 欲を言えばサティとニアにはもう少し長持ちして欲しかったであります! いやこれ勝手な意見であり、ダラダラと書き伸ばす癖のある拙者の意見なんて一顧だに値しないわけでありますが押忍。あと「うおおおおおおおおおお」(スタンプ略

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    うさみしん

    2022年5月30日 5時49分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月30日 7時41分

    ネームドとはいえ、サブのサブって感じのキャラですからねえ。8章で再登場するにはしますし、それなりに重要な立ち回りもしてくれますが、へたに活躍させるとメインが食われてしまいそうなので……。

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    羽山一明

    2022年5月30日 7時41分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年4月13日 22時04分

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    さすがですね

    秋真

    2022年4月13日 22時04分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月14日 6時32分

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    「ドヤァ」ステラ

    羽山一明

    2022年4月14日 6時32分

    ミミズクさん
  • あんでっどさん

    星降る夜

    ♡500pt 〇200pt 2021年9月12日 19時53分

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    「女神トン」氷川Ver.ノベラ

    星降る夜

    2021年9月12日 19時53分

    あんでっどさん
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年9月13日 11時05分

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    「女神ですから」氷川Ver.ノベラ

    羽山一明

    2021年9月13日 11時05分

    ミミズクさん

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