境界線上の魔王

読了目安時間:6分

エピソード:92 / 142

呪われた称号

 それは、草葉が寒さに向けて衣替えをはじめる季節のことであった。  いまから五年と少し前、聖騎士資格試験に臨んだセイジは、唯一の合格者として試験から無事に生還した。  王宮にて祝儀の準備をすませていたレオンは、ほどなく親友との再会を果たした。だが、そこにあったのは、面影を亡失するほどの絶望に打ちひしがれ、抜け殻となった少年の姿であった。  喜びを分かち合うどころか、事情を尋ねることすら許されぬ物々しい雰囲気の前に、当時のレオンはまるで無力であった。彼が識ることを許されたのは、セイジの心が試験を切っ掛けに塞ぎ込んでしまったという、漠然とした事実だけであった。ジーンの勧めもあって、セイジは英雄としての脚光を浴びることのないまま、しばしの時を王宮内だけで過ごした。  しかし、世間はセイジの心境を汲み取ることも、ましてや思いやることもしなかった。時の経過を拒絶するセイジをよそに、取り巻く環境はじわりと、しかし確実に変異をはじめていた。堅固なフェルミーナの王宮も、その侵食の足音を完全に抑えることはできなかった。  なにしろ、およそ二十年ぶりにして、現役唯一の聖騎士資格保持者である。その恩恵にあずかろうと、ひっきりなしに使者を送り込んでは、髪の毛一本に至るまで、といわんばかりに、セイジの情報収集に邁進した。  彼らにとってはまったく皮肉なことに、セイジにとっては当然のように。心無い者たちの蠢動を耳にしたセイジは、日に日に表情を失っていった。王宮内ですら姿を晒さぬようになり、聖騎士のために用意された彼の部屋と、唯一の話し相手であったレオンハルト王子の部屋を、まれに訪問するだけにとどまった。  未知の世界に広がる人外魔境。人智を越えた世界に広がる、無形有形の財宝に対する人類の羨望は、長い年月の間に傷つき化膿し、腫瘍と贅肉でかざられた内外は、もはやただの底もしれぬ欲望の塊と化していた。  誰よりも強く、誰からも好かれていた『騎士のなかの騎士』は、未開の地を開拓する許可を手にして間もなく、十五回目の誕生日を迎えた。明るく快活で、本のなかに描かれていた聖騎士に憧れるまま騎士になった少年の、とどまることなく広がってゆくはずのその世界は、色彩を失った部屋の扉を越えることすらできなくなっていた。  いびつな執着は、やがて正しく嫉妬を産んだ。  証言によるものか、推測によるものか。ラフィア出身の無礼な門外漢どもは、やがて『フェルミーナは聖騎士セイジが生み出す富を独占すべく、彼を匿い続けている』と結論づけた。  この件について、当時のルーレインは中立的な姿勢をつらぬいた。しかし後年、クリスが聖騎士となった際に、ラフィアが犯したこの過ちを繰り返している。レフィリアが国を離れる決心をしたのもこの時で、結果的に、ルーレインは二度の岐路を棒に振ったかたちとなった。  寿ぐべきであるはずの出来事を引き金に、国家間に刻まれた大きな亀裂は、まこと順調に忌み子をなしていった。  事態を重く見た人々も、確かに存在した。彼等は身を寄せ合い、手を尽くして懸命に自浄を繰り返したが、すべてが手遅れであった。巨大かつ破壊的な意志の前に飲み込まれた良心は、セイジの心に届くことすらなく消えていった。  状況が快癒の気配を見せぬまま、セイジの季節は無為に二度周回した。  試験もまた、滞りなく二度行われたが、やはりというべきか、合格者は現れなかった。  それにしびれをきらしたか、予てより境界線の破壊作戦を提案していたラフィアは、出来の悪い風見鶏のようなルーレインの協力を待つことなく、さらなる強硬策に打って出た。  フェルミーナとルーレインへ、同盟の破棄および開戦を宣言したのだ。  そのことを耳にしたセイジは、狭い世界の外殻を躊躇うことなく突き破った。  傷が開く恐怖もあった。だが、無関係の第三者が傷つくことへの恐怖がそれを凌駕したのだ。  戦場へと、早馬すら見捨てる速度で地を駆ると、臨界点に達する緊張感のただなかに単独で降り立った。  幾万もの白刃の矛先を、セイジは無表情のまま練り歩いた。ラフィア軍の先陣、馬を寄せていた三人の将官をみとめると、手に持っていた模造刀を突き出して、ただの一言、こう言い放った。 『去れ』  傲慢ともいえる態度に逆上した将官たちは、だが、抜いた得物をふるう暇すら与えられず、瞬きのうちに馬上から叩き落されていた。当人たちはおろか、余人にも何が起こったのか理解することはできなかった。  動きをとめた時のなか、セイジは悠然と踵を返した。フェルミーナの陣営のなかにレオンの姿を見出すと、兵を引いて欲しい、と頭を下げて懇願した。それは、セイジが初めて聖騎士としての権限を行使した瞬間でもあった。  フェルミーナ軍が引き上げたあと、ただひとり残されたセイジは、ふたたびラフィア軍の陣営へと歩き出した。  異様な光景であった。自暴自棄になったと思われてもなんら可笑しくはない。  しかし、同じ空間を共有していた兵たちは、誰一人として笑わなかった。笑えなかった。ゆっくりと、しかし堂々と進むその少年の迫力に、確かに気圧されたのだ。  いまだ腰の砕けた三人の将官の前で、模造刀から真剣に持ち替えたセイジが、音高く抜剣した。寒空からさしこんだ鈍い陽光が、刀身に反射して鉛色の光を放った。 『聖騎士セイジ・ルクスリアの名において、いま一度、貴殿らに命じる』  音のない戦場に、低く重い声が走り抜けた。 『去れ。拒否する者は、ひとり残らず斬り捨てる』  聞き入れた兵たちの戦意は、理性とともに崩壊した。  理屈ではなく本能によって、その言葉が意地や見栄にあらず、ただの事実であることを悟ったのだ。  この機会をもって、聖騎士の重要性に嫌疑をかけていた風評は一様に改まることとなった。副次的に、この年に誕生した騎士の数は、例年のおよそ五倍ほどに膨れ上がった。セイジが年端もいかぬ少年であったことも後押しし、若者や女性の志願者も目立つようになっていった。  このことは、当時のセイジにとってはなんの慰めにもならない皮肉であったが、のちにクリスが騎士を志す際、門戸の拡大という観点において多大な貢献を残していた。  図らずも、セイジは後輩の進む荒野を確かに切り開いていたのである。  戦火を霧散させたセイジは、その足で国王ジーンに拝謁を求めた。  ジーンはセイジの主張を見抜き、身を慮る文言を巧みに脳内に配置させ、そのうえで彼を迎え入れた。しかし、空虚をうつしたセイジの瞳に射抜かれると、もはや何の言葉も意味をなさぬ、と閉口し、目の前で頼りなく紡がれる声を聞き入れることだけに専念した。  戦わずして意図を汲んだ主君に対し、セイジは長きに渡る庇護に感謝の言葉を尽くした。  そして最後に、別れの言葉を付け加えた。 『この身を燻ぶらせることが争いの火種になるのならば、今こそ役目を果たしてまいります』  そう言い残し、セイジはその日のうちに境界線の光の奥へ姿を消した。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月20日 21時35分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年8月20日 21時35分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月20日 22時13分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2022年8月20日 22時13分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年7月13日 2時31分

    やはり主人公にはゾクゾクするほどの過去がなければならないってのを実感したであります。キャラの厚みと言うか重厚さに拍車がかかっておりますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年7月13日 2時31分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月13日 8時31分

    ゾクゾクというか執拗なまでの鬱展開です。将来有望な好青年が闇堕ちするまでの過程は、そんなに安易なものではないのだと思います。

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    羽山一明

    2022年7月13日 8時31分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    塔都

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年8月13日 19時59分

    ただ一人で犠牲を出すことなく、三国の戦争を回避しましたか。皮肉なことに、その実力と年齢がさらに注目を集めたことでしょう。 17歳..セイジの時はこの境界線を越えた時から止まっている?

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    塔都

    2022年8月13日 19時59分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月14日 0時56分

    強者ほど「戦わないこと」を目的と定めるものはいないと思います。どちらも傷つかないのが最善ですので。この戦いでセイジはみずから浴びて不名誉な評判をすべて翻してしまいましたが、残念ながら彼の救いになることはなかったようです。

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    羽山一明

    2022年8月14日 0時56分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月25日 5時07分

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    号泣

    うさみしん

    2022年2月25日 5時07分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月25日 9時48分

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    ホラー「実話なんすよ」

    羽山一明

    2022年2月25日 9時48分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月8日 0時21分

    セイジが境界線の向こうへ消えた背景がよく分かりました。自身が国際紛争の火種になるとは、純真な少年には、あまりにも辛すぎる現実だったことでしょう。ラフィアの将官を退けるシーン、本来ならば溜飲がさがる場面であるはずなのに、伝わってくるのはセイジの悲愴でした。

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    乃木重獏久

    2022年2月8日 0時21分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月8日 8時30分

    聖騎士に憧れ、みなを護るべく奮戦し、ようやく見果てた聖騎士の称号。その行き着く先で、みずから望んだ未来とまったく異なる境遇が待っているとは夢にも思わず、14歳の少年にとっては残酷な現実でした。彼がどんな思いで剣を抜いたのか、汲み取っていただき、ありがとうございます。

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    羽山一明

    2022年2月8日 8時30分

    ミミズクさん

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