境界線上の魔王

読了目安時間:9分

エピソード:27 / 142

3-10 騎士の領分

「――あいつとは、私のことでしょうか?」  穏やかに、ゆっくりと放たれた声が、場の空気を支配した。  視線をずらして城門を確かめるが、やはり開いてはいない。マリーとクリスも何かを感じ取ったのだろう、土を蹴って後退した横顔は、突如姿を現したようにしか思えないリュートに動揺する色を浮かべていた。 「なんやおったんか? 趣味悪いでそれ……」 「すみません。門が魔力もなく開いたので、念の為、哨戒に出てきたのです」  ご勘弁ください、と、リュートはもったいぶって言葉を続けた。 「改めて、お三方に挨拶に伺いたくて。なんでも、人間の世界を代表する騎士だとか」  嬉しそうな言葉の続きを想像すると、依頼内容が脳裏にちらついた。騎士という言葉を聞いて、クリスが何かを言いたそうにセイジに目線を配らせた。 「……悪いが、騎士の強さってのは剣を向けた相手の命を奪うためのもんじゃない。あんたの都合は知らんが――」 「そう邪険にしないでおくれ。言ったとおり、我々にも事情が……」  リュートは、あくまで人の姿を模しているだけなのだろう。代わり映えのしなかった顔つきが、ふいに硬直したまま動かなくなった。 「こういうのはどうでしょう。龍が出ても出ずとも、国境に無事辿り着いた暁には、私が答え得る限りの質疑に何でもお答えしましょう」 「……何でも?」 「はい。我ら龍族のことについてでも構いません。戦いの中で私が果てた場合、その限りではないですが」 「何でも…………」  惚けた表情で三度ほど同じ文言を繰り返しながら、その実、脳内では思考がフル回転していた。  手のひらを返したい。思惑にまんまと乗せられているのはわかっているが、それでも興味がないとは言えなかった。返答に揺れつつ、何を聞こうか問いかけようかと、すでに成果のことを考えてしまっている。 「セイジさま……!」  たまらず声をあげたクリスも同じ胸中のようだった。こちらは隠す様子など微塵も見せず、前のめりな熱視線を浴びせかけながら全身をうずかせている。マリーだけが唯一、いつもの佇まいでことの成り行きを見守っていた。 「マリー、お前はいいのか?」 「私はどちらでも。黙っていても向かってくる相手なら、どう転んでも対処が必要ですし」 「……確かに、そうか」  依頼についての情報がなさすぎたことと、望外の報酬が目の前をちらついたこととで、考えることをやめてしまっていた。  言われてみれば、なるほどその通りだ。住民の避難を完遂させるうえで、目の前の埃はひとしく振り払わなければならない。  それが魔物であろうが人であろうが、龍であろうが。 「わかった、依頼を受ける。ただし、逃げた龍を追うことで避難に支障が出るなら、深追いはしない。それでいいか?」  リュートが深く頷いて、快諾の意をしめした。 「で、だ。報酬に先んじるわけじゃないが、リュートとヘイゼルのことを聞いておきたい。最低限、戦力や得意な魔法だけでも教えてくれ」  全知を自称する龍であるが、同じ龍と戦うとなるとどうなるのか。  あまり愉快な結果にはならなさそうだが、敗勢濃色だからこそ、滅んだ国の奥で救援を待ちわびていたのだろう。 「そいつも兄貴も戦えへんよ。あの要塞を魔力から守るために二人がかりで結界を張り続けとるからな。道中も一緒や」 「単独で大規模な結界を維持するのは厳しいのです。申し訳ない」 「やっぱそうなるか。代わりもいないし、しょうがないよなあ……」  言いながら、クリスをちらりと窺ってみせた。視線に気づいたクリスが、はっとした様子で顔を上げ、しかし力なく頭を振った。 「ごめんなさい。わたくしの結界魔法は、まだ実戦では……」 「結界魔法は特殊やからなあ。まあそうそう覚える必要もあらへんし」 「ふつうに生きてる分にはいらねえしな、あれ」  飛翔の魔法を風魔法の粋と呼ぶならば、結界の魔法は防護魔法の異端児だ。  防護魔法の基本形は、術者または対象を中心に球体をつくりあげ、その中を魔力で満たす。満たされた魔力量や球体の大小に比例して、敵対する魔法から身を護る。鉄の球体に閉じこもって、剣から身を護ることとやっていることは変わらない。  対して結界魔法は制限が厳しい。まず、他人に付与することができず、術者は必ず結界の中心に位置し続けなければいけない。  そして内側を魔法で満たさないため、一点突破攻撃に非常に弱い。『防護魔法を水の球体だとすると、結界魔法はガラスの球体だ』と表現する教本もあるように、一度割れるとそれまでで、ふたたび詠唱を終えるまで結界は完全に無力化する。 「話だけ聞くと、無用の長物であるように思えるんですけど……」  予備知識がないと、いまのマリーのように眉をひそめて困惑するだろう。 「そうだな。今のおれたちの為に生まれた魔法って言われても、信じられるかもしれん」 「…………」  あえて答えを言わないでいると、マリーが何やら真剣になって考え始めた。  熟考に沈んだのもわずかな間で、すぐに神妙な面持ちで口を開いた。 「結界魔法は、内側にいる人たちが魔力に触れずにすむ、ですか?」  嬉しそうに口をつぐんでいたクリスが、ちいさく手を叩いてみせた。 「だいたいそんな感じだ。防護魔法は内部を魔力で埋め尽くすもんだから、中にいる人たちはどうやっても行使者の魔力を浴びる。だけど結界魔法はそれがない」 「では、結界ごと空を飛ばせたりしないんですか? そのまま国境まで……」  言葉の代わりに、マリーは石でも投げるかのような身振りをした。  乱心を疑われるような言動だが、こいつの場合本当にやりかねないから反応に困る。 「できりゃ楽なんだけど、だめなんだよ。結界を維持しながらだと走ることもできないくらい、体力と集中力を使うらしくてな」 「物理的な干渉は受けるんとちゃう? 結界だけ飛んでいきそうやけど、それはそれで見てみたいわ」 「結界ごと飛んでいくような衝撃なら、先に結界が割れるんじゃないのか……?」 「えー……と、正直なところ、同胞の襲撃はそれほど危険視していないのです」  話が脱線したのを見かねた様子で、リュートが口を挟んできた。 「どちらかというと、四六時中襲い来るであろう魔物たちのほうを警戒しているのです。あなた方がいらしていなければ、国境までの戦闘すべてをポーラに任せることになったでしょうから」 「あと何日か救援がなかったら、その案でいくつもりやったんやけどな。まあ、失敗するやろけど」  安全地帯まで歩いて最短二日。戦闘員は一名。糧食は確保できない。連れ行く護衛対象は大多数。いわゆる絶体絶命というやつであった。 「ルーレインに着いたとして、その後の問題もあるからな」  少し前、ルーレインが境界線に手を出して火傷を負ったが、ラフィアとは経緯がかなり異なる。  ルーレインの場合、ラフィアが手を出して決壊した境界線による損害を抑えるという名目あってのものだが、ラフィアの場合は『自国から聖騎士が輩出されなかった』という手前勝手な本音を『彼の地の自由な調査』という建前で押し隠しながら境界線の破壊を提唱し、ルーレインとフェルミ―ナが賛同しないと知るや一方的に同盟を破棄し、宣戦布告の混乱に乗じて無理やり境界線に手をつけた。  遡ると聖騎士資格試験内容の強引な改変、それに伴う関係各所への恐喝や買収、のちに国家滅亡までの軌跡はまさしく勧善懲悪の創作における悪役の末路といった具合だが、現実でその悲劇に巻き込まれたルーレインとしてみれば、頭髪の先から足の爪先まで酌量の余地がない話である。  ポーラがルーレインに救援を要請しなかった背景は、つまりそういうことなのだ。 「ラフィアの生き残りです、助けてください。って言いに行くんはちょっとなあ。魔物の前に人に殺されるかもしれんわ」 「それでわたくし達と初めて会ったとき、警戒したんですのね」 「警戒いうか……あたしらに報復しよう思う人らもおるやろし、そんで身構えたんや」  後ろ髪を引かれる思いで発言しているのだろう。快活さを通り越して騒々しさすら覚えるポーラの声に、いつもの覇気がない。 「セイジらはええんか? その……うちらに加担すんの……」 「ん? んー……なあ、クリス」 「……! はい!」  わざとぶっきらぼうにクリスの名を呼ぶと、やや遅れて声高な返事があがった。 「規則上、おれはクリスに直接命令する権限はあるんだっけ?」  国家フェルミーナとしての枠組みで見ると、もちろんクリスのほうが上位の存在になる。  が、聖騎士という超法規的な枠組みで見ると、やや事情は異なるはずだ。 「それはもう、はい。できない理由がありませんわ」 「そうか。なら、作戦がうまく済んだあとで何か言われたら、全部おれに命令されたことにしてくれ」 「え……?」 「はあ? ちょお待てや、なんやそれ?!」  クリスが具体的な反応をみせる前に、ポーラが反射的に声を張り上げた。前言撤回。 「ポーラ。もし、道端で怪我人を見かけたらどうする?」 「……? そら声かけて、できることやるやろ、普通」 「なんで?」 「なんでって……そうしたほうがええと思うからちゃう?」  首を傾げるポーラに無表情のまま向かい合っていたセイジが、ふいに意地の悪そうな笑みを浮かべた。 「そうか。おれもここの人たちを助けたいと思う。だからやるんだ」  毒気を抜かれたように、ポーラがぽかんと口を開けたまま静止した。 「国際法だの同盟間条約だのいうことは、ここで話して解決することじゃない。おれは騎士として騎士の仕事をこなすだけで、そのあとの話は、難しい話が大好きな偉い人達の領分だろうよ」  まだなにか言いたげにしていたポーラの眼前に、焼けたばかりの魚を差し出す。  手にとれば会話が終わる。そのことを理解しているのだろう、苦々しげな表情をつくりながら、しかし受け取って溜め息をついた。 「おれのことなら気にすんな。もともと拠点は境界線の向こう側だし、こっちで嫌われてもなんともねえよ。それより今は、お前の飛翔魔法をどうやって一週間以内に形にするか。そっちのほうが深刻だ」 「……わかった。かなわんな、ほんま」  腰を据えたポーラは、ようやく観念した様子で食事の手を再開させた。  ひとまず何よりも、ポーラの訓練を完遂させ、一日でも早く住民たちを避難させる。細々とした課題や法的な問題は、人命をさしおくものではないはずだ。  ……この時のセイジの思考は、至極まっとうなものであった。  彼の地での依頼をこなすように、目的達成だけに視点を集中させ、時に多少の強引さもふるって、最短かつ最も効率のよい過程をさぐる、いつものセイジのやり方であった。  事実、この場合のラフィア住民に対する具体的な処断は、当時の明文化された規則の凡例では判別ができかねる部分があり、まさに余計、もとい些末な心配事にすぎなかった。  ――問題があるとすれば、その後であった。  セイジはまだ気がついていなかった。素性を隠す必要がないからと、あまりにも自然に本名を名乗っていたからなのか、はたまた『自分たちが考えても仕方がない』と、早々に考えることをやめてしまったからなのかは定かではない。  フェルミーナやルーレインに対し、命令という名目でクリスを庇い立てすること。  それは即ち、魔王という隠れ蓑をみずから脱ぎ捨て、『聖騎士セイジ・ルクスリア』の名を大衆の面前に晒すことに他ならないのである。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年5月28日 21時13分

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    面白かったです。

    くにざゎゆぅ

    2022年5月28日 21時13分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年5月28日 23時08分

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    うれしぬ

    羽山一明

    2022年5月28日 23時08分

    ミミズクさん
  • マンドラゴラ(覚醒ver.)

    ……くくく、えっ?

    ♡2,000pt 〇200pt 2022年9月20日 7時51分

    女子ってさ? こういう着せ替え人形みたいなポジションの奴みつけると魔改造始めますよなぁ……。ええ、ハイ。わたしも今書いてるお話で容赦なくぶち込んだネタではありますが(未投)台風め……台風めぇ……ぐぎぎぎぎッ……三連休を奪いおった奴だけは……奴だけはぁ(怨嗟の声)

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    ……くくく、えっ?

    2022年9月20日 7時51分

    マンドラゴラ(覚醒ver.)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年9月20日 8時36分

    うちの女子どもは互いに同年代の友達がいなかったこともあって、イジるのもイジられるのも楽しんでいるみたいです。クリスもポーラも「やらされて」着付けしていた点、軽い気持ちで着せ替えあえるのは楽しくてたまんないと思います。彼女らの一番のターゲットはマリーですが。

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    羽山一明

    2022年9月20日 8時36分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年4月30日 6時10分

    「何やそんな心配なら無用やで?」 そう言って部屋から出ていったポーラがすぐに戻ってくる。彼女がテーブルの上に置いたのは化粧箱とフリフリの付いたドレスだった。

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    うさみしん

    2022年4月30日 6時10分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年4月30日 14時47分

    止めるものがいないのでやめてあげてください……! マリーですら「ちょっと興味が」とか言い出しそうで。

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    羽山一明

    2022年4月30日 14時47分

    ミミズクさん
  • 吟遊詩人

    秋真

    ビビッと ♡500pt 〇200pt 2021年7月17日 13時59分

    《「国際法だの同盟間条約だのいうことは、ここで話して解決することじゃない。おれは騎士として騎士の仕事をこなすだけで、そのあとの話は、難しい話が大好きな偉い人達の領分だろうよ」》にビビッとしました!

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    秋真

    2021年7月17日 13時59分

    吟遊詩人
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年7月19日 1時02分

    成人後だったらぶん殴られかねない発言。 未成年、作中最強、権威と権力持ち、家族や恋人などの弱点も特になし、とかいうふざけたキャラなので許されました。

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    羽山一明

    2021年7月19日 1時02分

    ミミズクさん
  • くのいち

    葵乃カモン

    ♡500pt 〇200pt 2021年6月24日 20時44分

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    見事なお点前で

    葵乃カモン

    2021年6月24日 20時44分

    くのいち
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2021年6月24日 23時20分

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    御礼申し上げます

    羽山一明

    2021年6月24日 23時20分

    ミミズクさん

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