境界線上の魔王

読了目安時間:4分

エピソード:96 / 142

第七章 『境界線上にて』

7-1 風の便り

 彼方から吹きすさぶ風が、境界線に寄り添うような筋雲を連れ歩き、東西を縦断していた。  セイジが王宮をあとにしてから三ヶ月。季節は秋の出口から厳冬へ、雨は雪に、吐く息は白く、それぞれ変化させた。より寒さの厳しい隣国ルーレインでは、各地に点在する鏡面の湖水がいっせいに曇り、凍り付いて、雪の山が生まれては崩れていく。  この光景は、フェルミーナの騎士たちにとっても他人事ではなかった。昨今、元ラフィア領土から現れる魔物どもの数が急増しており、フェルミーナに要請される兵力も引き上げられた。  騎士だけでは到底捌ききれず、宮廷魔導師団までもが容赦なく駆り出された。彼らは当初こそ意気揚々と遠征をはじめていたが、その熱意は国境を越えたあたりで常温にもどり、現着する頃にはみな一様に氷点下を突破していた。魔物を相手どるより何より早く、上は極寒、下は氷雪という極寒の環境に耐え忍ばなければならなかった。  魔物と対峙している間はまだましというものであった。一個大隊のごとく押し寄せることもあれば、迷子のごとく数匹が迷いこむこともあった。ひとたび職務が終わってしまえば、あとは春を待つ哺乳類のごとく、身を寄せ合って次の活躍の場を縮こまって待ちわびた。 「ああ、ラフィアが健在だったらなあ……」 「そうだな、炎の使い手の多いあの国の助けがあれば……」  ひとたび閉じれば、凍りついて開かないのであろう唇から、弱気な愚痴がこぼれたのも無理はないだろう。それを咎める者は誰ひとりとしていなかったが、しかし切なる願いは誰にも届かず、空気に溶けて凍り付き、むなしく消えていった。 …… ………… ……………… …………………… 「――へくしょいっ!!」  盛大なくしゃみを放ったポーラの隣で、マリーが怪訝そうに眉を寄せた。  荘厳なる王宮に設けられた展望室……の、屋根の上。通り抜ける風を遮るものなどなにひとつない、一面に広がる空色の天井の下に、ふたりの少女がぽつんと腰かけていた。 「……大丈夫? 寒いですか?」 「あ? ああ……へーきへーき」  覗き込まれたポーラが、片手をひらひらと泳がせながら鼻をすすった。癖のある赤毛が溶け込んだような紅色が、小ぶりの顔いっぱいに滲んでおり、それが虚勢であることをわかりやすく物語っていた。 「こら、あれや、どっかのええ男があたしのこと噂しとるだけや」 「…………?」  小首を傾げながら、マリーは自分のマフラーを外して、ポーラの首元をくるくると包んでやった。人肌に暖められたそれが存外に心地よかったのだろう。驚きつつもマフラーに指を這わせると、見た目相応の愛らしい笑顔を浮かべて、マリーに謝意をしめした。 「……ええな、これ。ありがとうな」 「どういたしまして。私は寒いくらいのほうが好きなので、お気遣いなく」 「え、じゃあなんで巻いてたん……? あ、あれか、セイジとお揃いの――」  もう二言ほど、と喉奥まで浮かんでいたポーラの軽口は、じとりとした紅色の視線を浴びて、もののみごとに動きを止めた。止めながらも、銀色の髪から覗いた耳の端が真っ赤になっていたことは見逃さなかった。にやりと口元を緩めたポーラは、迷うことなくべつの軽口を叩いた。 「セイジが帰ってきたら、そういう顔も見せたりや。不機嫌な表情も似合ってんで」 「知りません。もう……」  ポーラの言葉通り、不機嫌を浮かべた表情のまま、マリーはぷいと視線を逸らした。苦笑しながら空を見上げたポーラが、緩みきった目元をふいに引き締めて、眉をひそめた。 「マリー、あれちゃうか?」  声色を改めたポーラの指先、遥か上空。  鈴なりに連なった粒のかたまりが、白む青空に輪郭を溶かすような発光を浮かべ、風とともにまっすぐに空を泳いでいた。  目を凝らすまでもなく、マリーが屋根をいきおいよく蹴った。 「――あ、ちょい、待ってや!」  ポーラの静止むなしく、マリーは一足飛びで標的に辿り着いた。パステルカラーのカーディガンを膨らませながら、呆れたように屋根にとどまるポーラのもとへ、ふわりと舞い降りる。  その胸に、手のひらほどに小ぶりな、無数の防護魔法の球体がおさまっていた。葡萄の一房を思わせるそのひとつひとつに、何やら便箋のようなものがぷかぷかと浮かんでいる。  ポーラとともに展望室に引っ込むと、マリーは忙しげに球体を持ち上げ、上から下から、くるくると観察をはじめた。口を開いたまま夢中になる姿に苦笑を浮かべて、ポーラがそのひとつを横から持ち上げた。 「マリー、これちゃうか」  その球体を、マリーの両手のひらが包み込んだ。ぎゅっと目をつぶり、淡い輪郭に肌を重ね合わせた、その次の瞬間であった。  狭い部屋のなかに、ぱちん、と弾けるような音が響いた。握りしめていた球体が、青白い魔力のかけらだけを吐き出して消えると、中の便箋がマリーの手のうえに舞い降りた。手にとり、くるりと翻したその先。 『ローズマリーへ     セイジ・ルクスリアより』  記されていた言の葉を噛みしめるように、マリーはしばらくその便箋を見つめていた。  穏やかな表情で見つめるポーラの目の前、紅色の虹彩を潤ませたマリーが、握りしめていた便箋をぎゅっと抱きしめた。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    ♡100pt 〇300pt 2022年8月25日 20時27分

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    タマリマセンワー!

    くにざゎゆぅ

    2022年8月25日 20時27分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月25日 23時15分

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    尊いは全てを解決する

    羽山一明

    2022年8月25日 23時15分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年7月18日 2時39分

    ポーラたんッ! 久々の出演&出突っ張りのポーラたんでありますッ! いつもより短めの話ながら、拙者もう今回はポーラたんだけで充分ンでありますぞ押忍!

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    うさみしん

    2022年7月18日 2時39分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年7月18日 10時00分

    本編では長らくスヤスヤしているので、こちらもそんな感じです。出たら出たでやはりインパクトがでかい子なので、余計に空白があいたように思えるのかな、と。

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    羽山一明

    2022年7月18日 10時00分

    ミミズクさん
  • くのいち

    影桜 紅炎

    ♡1,000pt 〇200pt 2022年1月21日 11時35分

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    エモい

    影桜 紅炎

    2022年1月21日 11時35分

    くのいち
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年1月21日 11時48分

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    いつもありがとう

    羽山一明

    2022年1月21日 11時48分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    塔都

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年8月24日 21時22分

    ローズマリーの一途で可愛らしいこと。つい、からかいたくなっちゃう気持ちもわかるなぁ。

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    塔都

    2022年8月24日 21時22分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年8月24日 23時42分

    加減が難しい子です。なんだか不可侵領域みたいな気配がしなくもないので……。

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    羽山一明

    2022年8月24日 23時42分

    ミミズクさん
  • メタルひよこ

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年2月26日 5時47分

    新章までたどり着きました! ポーラ出ましたポーラ! お気に入りなので今後も活躍してほしいのです押忍!

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    うさみしん

    2022年2月26日 5時47分

    メタルひよこ
  • ミミズクさん

    羽山一明

    2022年2月26日 16時45分

    いらっしゃいませ新章へ。まもなく最前線となります。新章は20話ほどゆっくり進行のち垂直下降となります。ポーラは準メインなので今後も活躍しますが、キャラが濃すぎてこれ以上露出すると主人公が喰われる懸念を抱えております。

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    羽山一明

    2022年2月26日 16時45分

    ミミズクさん

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