ジオティノスの深淵

読了目安時間:18分

レーズンが嫌いな方は以下略。

第21話 ハンターギルドの本分

 2人の助力により、私は()い付けられていた地面から呆気(あっけ)ないほど簡単に解放されていた。力尽(ちからず)くで引き起こすのではなく、肩の下の地面を掘り起せば良いのではと、カイが提言(ていげん)したのを実行に移した成果だ。しかしそれも鎮痛薬(ちんつうやく)が効いていなければ、振動が肩に(ひび)いて大変だったかもしれない。  こうして久方(ひさかた)ぶりに体を起こした私だったが、右肩には相変わらずコボルトの爪が3本突き刺さり、根元(ねもと)まで埋まっている。背中なので見えないが、かなり湾曲(わんきょく)しているらしい。 「これじゃあ起こせねえ訳だよな」 「フォート、妙な感心をしていないで早く抜いてくださいよ」 「うーん、最初は後ろから叩いて出すつもりだったんだけど、これだともう思い切って後ろに引き抜くしかないよ?」 「根元が埋まってるから、よく考えなくてもそれしか方法無かったんじゃねえか?」 「もっとまっすぐだと思ってたんだよ。でもこれじゃ仕方ないよね、あっはっは」  私が現状(げんじょう)大した痛みを(うった)えていないのを良いことに、2人は暢気(のんき)談笑(だんしょう)を始めている。 「いえ、笑っていないで何とかしてほしいのですが」 「いいの? 鎮痛薬効いてても相当痛いと思うけど?」 「……肩から爪を生やして生活する趣味は持ち合わせていませんので」  相当痛いと聞いて少し躊躇(ためら)ってしまったが、いつまでもこの状態でいる訳にはいかない。先日も、そして今も恩恵(おんけい)(あずか)っている鎮痛薬(ちんつうやく)の効果に期待して、コボルトの爪を引き抜いてくれるようカイに告げた――至極(しごく)簡単なある事に気付かないままに。 「そう? じゃあやっちゃおっか! ほいっと!」 「ぐぅあっ!!」  カイは長座(ちょうざ)している私の背後に回り、背中に足の裏を当てると――次の瞬間には、3本突き刺さっている爪のうち1本を、気の抜けるような掛け声と共に一気に引き抜いていた。それと同時に、私の肩に()けるような痛みが突き抜けた。その灼熱感(しゃくねつかん)(こら)えるために、私には声を()み殺してやり過ごすしか方法が無かった。  考えてみれば当たり前の事だったのだが、コボルトの爪は大抵の獣と同じように、根元(ねもと)にいくほど太くなっている。それを今回のように貫通している爪の先を持って強引に引き抜けば、傷口が(ひろ)がるのが道理(どうり)というものだ。しかし私は、あまりにも暢気(のんき)な2人の会話の前に、その事実をすっかり失念(しつねん)していたのだった。  こうなるであろう事は(あらかじ)めカイから伝えられていたのか、フォートはやけに素早く私の両肩を(つか)み、私が痛みでのたうち回るのを事前に押さえ込んでいた。そのお(かげ)もあり、 「続けていくよっ! ぃよい、しょっとっ!」 「ぃぎっ! がっ! ……っ!!」  カイは続けざまに、残り2本の爪も同じように容赦(ようしゃ)なく引き抜いた。恐らくは、新たに(ひろ)がった私の肩の傷は、かなり(ひど)い状態になっているに違いない。しかし当然(とうぜん)の事ながら、今の私にはそんな事に考えが(およ)ぶだけの余裕が無かった。  爪は全て抜き取られたが、依然(いぜん)としてフォートは私の身体を押さえつけたままだった。これは、私が痛みで暴れるのを(ふせ)ぐことだけが目的ではなかった。抜いた3本の爪を放り投げたカイが、先ほど使った鎮痛薬(ちんつうやく)の残りを取り出すと、今出来た新しい傷口に()りつけていったのだ。カイがこの処置(しょち)を行うためにも、私を拘束(こうそく)し続ける必要があったのだ。  その後(しばら)くの間、私は自分の手で肩を押さえ、悶絶(もんぜつ)しながら地面を転がり回っていた。自分で望んだ事とはいえ、ここまでの痛みは予想外だった。あの時の骨折と比べても、今回の方が痛みが大きかったように感じる。  私がそんな状態の中でも、カイとフォートはピクニックでもしているかのように食べ物談義(だんぎ)に花を咲かせていた。 「この乾燥レザン(レーズン)は小粒すぎて腹の足しにならねえな」 「これ、なぜか苦手って人が多いんだよね。ボクは好きだけど。そう言えばレザン(ぶどう)パンから乾燥レザン(レーズン)だけ綺麗に()けてる人を見たことあるんだけど、そこまでするなら最初から白パン注文すればいいのにね」 「全くだな。だが同じレザンだったら、俺はワインを飲みてえな。この辺で有名なのが造られてるって言うから見てみたんだが、あれ飲み物の値段じゃねえぞ?」 「それって、もしかしてジャンベルタ?」 「銘柄(めいがら)には詳しくねえが、確かそんな名前だったな」 「この国の西の方にジャンベルタ侯爵(こうしゃく)(おさ)めてる領地があって、そこで造られてるワインをジャンベルタっていうんだよ。お茶もそうだけど、だいたい生産地の地名が銘柄(めいがら)に使われてることが多いね。で、そのジャンベルタなんだけど、980年のヴィンテージが貴族(きぞく)の間で高い評価を受けてから、最高級ワインの仲間入りをしちゃったんだよ。だから高くて当たり前だね」 「俺は普通のワインでいいんだがな……」 「この辺一帯ワインの名産地だから、どれを取っても高いんだよね。そんなのと比べられると周りの声が(ひど)いから、出来の悪いワインはそもそも売りに出されないんだよ。だからキミが考えてるような値段のワインなんて無いよ。もう(あきら)めてビールにしたら?」 「折角(せっかく)だから飲みたかったんだが、それじゃあ無理だな……」  ジャンベルタの(めい)は私でも聞き覚えがある。この国で造られているとは知らなかったが、私は酒を飲めないのでフォートほどの感慨(かんがい)は無い。しかし、酒を飲むこと自体を()めるつもりは無いが、なみなみと注がれたビールを一瞬で飲み干すフォートには、ジャンベルタは(いささ)勿体(もったい)ないと思う。  そんな2人の話を横で聞いているうちに、肩の激痛はかなり落ち着いてきた。楽しそうなので邪魔をするのもどうかとは思ったのだが、一応声を掛けておくことにした。 「フォート、お陰で肩はだいぶ楽になってきたので〈リカバリィ〉をかけてみます。念のため、後は頼みますね」 「運ばせる気満々だな。それならトレーラーに乗ってからにしてくれ」  運ぶのが面倒だ、と軽い口調で言うフォートに、カイは意外そうな声を上げていた。 「え? 〈リカバリィ〉使うつもりだったの? っていうかキミ使えるの?」 「傷の治療をするのはエストだって言ったよな?」 「あれって魔法使うって意味だったの? 命魔法は特に習得が難しくて、本職の魔導士(ウィザード)でさえ使い手が限られるっていうのに……ともかく〈リカバリィ(それ)〉使うのちょっと待って!」  急いで帯鞄(ベルトポーチ)に手を突っ込み、再び引っ張り出したカイの手には、大量の乾燥果実(ドライフルーツ)()せられていた。 「体力枯渇(ハンガーノック)って言って、〈リカバリィ〉の後なかなか起き上がれないのは、体力を使い切るからなんだよ。だから、先に食べといたほうがいいよ」 「確かにあの時は空腹でしたが、そういう事だったのですね。では、遠慮(えんりょ)なく頂くことにします。ところで先ほどから気になっていたのですが――」 「ん?」  早速受け取った乾燥リコピン(トマト)(かじ)りながら、私はその疑問を口にした。 「その帯鞄(ベルトポーチ)はもしかして……」 「あ、気が付いた? うん、キミの想像通り、【保存の帯鞄(ホールディングベルトポーチ)】だよ」 「やはりですか」  先ほどからカイが取り出している乾燥果実(ドライフルーツ)だけでも、明らかに帯鞄(ベルトポーチ)の容量を軽く超えているのだ。それでいて帯鞄(ベルトポーチ)の形が変わった様子が全く見られない。これで気付かない方がどうかしている。 「【保存の貨幣袋(ホールディングパース)】で銀貨10枚なのですから、それだと金貨が必要になるのではないですか? という事は、今まで随分(ずいぶん)と実入りの多い依頼に恵まれてきたのですね」 「え?」  一瞬、何を言われたのか分からないといった顔をしたカイだったが――しかしその直後、(せき)を切ったように大声で笑い始めた。その状況に、逆に私の方が何が起きたのか分からなくなっていた。 「アドバンスランク程度じゃ、ノービスと大して報酬(ほうしゅう)変わらないって! そりゃー今まで(かせ)いだ分を全部足せば金貨くらいにはなるけどさ」  カイは指折り数え、今までの報酬(ほうしゅう)累積(るいせき)が金貨に届いている事を確認していた。 「でもその(かせ)ぎをぜんぶ貯めておけるわけじゃない事くらい分かるよね? 装備を(そろ)えたりごはん食べたりするんだから。それで残ったお金じゃ、これ買うには全然足りないと思うよ? あとこれ拾い物だから」 「拾い物というとまさか?」 「そ。封鎖指定領域(ダンジョン)の戦利品。そうじゃなきゃボクがこんな大層(たいそう)な物持ってるわけないって」  しかし、それはつまり、カイは封鎖指定領域(ダンジョン)探索(たんさく)を任される程度には腕が立つということになる。 「あ、封鎖指定領域(ダンジョン)って言えば……まあ、これは後でいっか。それよりも、それだけ食べとけば街に着く頃には起きられるんじゃないかな。〈リカバリィ〉するんでしょ?」 「やはりあれはどうあっても眠るものなのですね……」  他人に比べて特別に私の体力が少ないという訳では無かったらしい。そんな事に安堵(あんど)を覚える自分に苦笑しつつ、私は呪文の詠唱を始めることにした。使ってはみたものの完治(かんち)しないのでは話にならないので、念のため、今私が使える範囲(はんい)では最大の効果が望めるレベル10で使うことにする。  私がこの呪文を使うのは初めてであるため、勿論(もちろん)詠唱文は発声しなければならない。軽く息を吸い込んで目を閉じ、気分を落ち着かせてから、私はそれを(つむ)ぎ出した。 「〈黎明より連なる鼓動〉――」  私の口から(こぼ)れ出した詠唱文とともに、周囲の魔素(プライマル)が集まって来るのを感じる。それは今までの様な渦巻くような感じでも、冬の凍り付いた湖面のような感じでもなく、私を幾重(いくえ)にも包み込む温かな波動のようなものだった。 「〈其の力以て紡げ悠遠の詩〉」  その波動が私の意思を()み取り、右肩の傷へと集まっていくのが分かる。ゲインが使った時は(かか)げた右手から治癒(ちゆ)の力が放出されているような感覚だったが、自分自身に使う場合はこうやって直接患部(かんぶ)に作用するのだろう。そうやって魔素(プライマル)の動きを感じつつ、 「――〈リカバリィ〉」  私は呪文名を解放した。  視界の右隅(みぎすみ)(あわ)い光が生じ、右肩が少しずつ熱くなっていくのを感じる。以前ゲインに使われた時は、両脚の骨折だけではなく全身の火傷(やけど)もあったために激しく体力を消耗(しょうもう)したのだろうが、今回は貫通しているとはいえ右肩だけだ。そのため、それだけでは前回の様な急激(きゅうげき)な眠気に襲われる事は無いと思っていた。  しかし、傷を負った状態で呪文を使用するというのは、思った以上に精神力を削るものらしい。この疲労感が加わった結果、私の意識は今、微睡(まどろ)みの海を揺蕩(たゆた)っているような状態だった。少しでも気を抜いたら、たちまち深い眠りの底へと沈んで行ってしまうだろう。ただ、最初に『後は頼む』と宣言していたこともあり、私はそれに(あらが)うことなく眠りに落ちていった。  背中に乱暴に伝わって来る振動により、私の意識は眠りの底から浮かび上がった。(ひど)い目覚めに顔を(しか)めたが、直ぐに状況が頭の中を駆け巡り、意識が明瞭(めいりょう)になってくる。私は〈リカバリィ〉で自らの傷を(いや)した直後、例によって眠りに落ちていたのだ。(あらかじ)めトレーラーの上に乗っていたため、そのまま運ばれているのだろう。という事は、あの時のカイの見立て通り、あのコボルトとの戦いの場からの帰途(きと)で目を覚ましたことになる。 「あ、起きた? もうすぐに西門に着くよ」  カイにかけられた言葉に視線を上げると、最早(もはや)見慣れたルミエールの街の西門が、すぐ間近(まぢか)でその口を広げていた。という事は、およそ大灯ひとつ分(2時間)ほどの間、私は眠っていたことになる。考え方を変えれば、今回の〈リカバリィ〉での眠りは、その程度で済んだとも言える。 「フォート、毎度の事ながら、運ばせてしまってばかりで済みませんね」 「それは別に構わねえんだが、トレーラーが無ければ起きるまで待ってるところだったぜ」 「あっはっは、それはどうかなー?」  私としては、別にそうしてくれても構わなかったのだが、トレーラーがあった事以上に、フォートが空腹に耐えきれなかったのが一番の原因ではないかと見ている。カイもフォートの腹に視線を向けて笑っているので、間違いないだろう。  そんな()り取りをしている間に、私たちは西門へと辿(たど)り着いていた。(すで)に顔馴染みとなった門番が、そんな私たちの姿を確認して声を掛けてきた。 「ようお前ら、ご苦労さん! ……ん? 今日は獲物は無いのか?」 「今日の運の精霊は少しだけ意地悪だったようでして。大灯ひとつ分(2時間)もかけて遠くに行ったのに、全然見つからなかったんですよ」 「精霊様は気紛(きまぐ)れだからな、まあ、そんな日もあるさ。ところで人数多くなってないか?」  門番はフォートの(かげ)になって見えないその人物に気付き、(のぞ)き込む。 「何だ、お前ら迷子の子供でも保護して来……げっ、カイじゃねーか! お前帰ってきたのか?」 「何その反応? ひどーい! ボクのガラスの心はズタズタだよ!」 「どう考えてもお前の心臓は白輝(ブランシュ)製だ。そんな事よりほら、早く出すもん出せ」  門番は恐らく通行税を受け取るためにその手を差し出したのだろうが、カイがその手に()せたのは、一通の書類だった。 「ん、何だこりゃ? ……【傭兵派遣証明書】?」 「ガッセルの街のコボルト騒動(そうどう)に対応するためにボクも派遣(はけん)されたんだよ。出掛ける時にも会ったじゃん。覚えてないの?」 「いや、あの時はやっと問題児が居なくなっ……いや何でもない」  門番が迂闊(うかつ)に言いかけたそれを、カイはひと(にら)みで(だま)らせていた。それに対し焦ったような、苦虫を()(つぶ)したような、何とも複雑な表情を浮かべながら、門番は(あわ)てて言葉を(つくろ)う。 「そ、そうか、お(つと)めご苦労様だ。じゃあ3人とも通行税無しって事で、通っても良いぞ!」 「貴方(あなた)もお勤めご苦労様です」  精霊のお導きがありますように、と指先を合わせて軽く挨拶(あいさつ)しながら、私たちは門を通過した。カイが先ほど提示した【傭兵派遣証明書】というのは、この街に滞在(たいざい)している(あつか)いでありながらも、傭兵として派遣されたことを証明する書状らしい。これが有効な間は、私たちが日帰りでグラスリザードを狩猟して帰って来る時と同じように、門を通過する時にいちいち通行税を取られないようになる。  カイからそんな説明を受けている間に、私たちはハンターギルドへと辿(たど)り着いた。北口を(くぐ)ると同時に、いつもの様に声を掛けられる。 「フォートさん、今日は納品は無いんですか?」 「色々あってな。一先(ひとま)ずトレーラーを返しに来た。あと獲物じゃねえんだが、討伐証明はどこで受け付けてるんだ?」 「討伐証明? ここでも受け付けてますけど、一体何を討伐したんですか?」  グラスリザードも狩らずに何やってるんですか? という声が聞こえてくるようだ。 「一部分さえあれば良いんだよな? こいつを見てくれ」 「――っ! コボルトの爪じゃないですかっ! 近くに出たんですか? いやそんな事より普通フォートさんのランクじゃ討伐出来ませんよ?」 「そうだろうな。今生きてるのが不思議なくらいだ」  実際に相対(あいたい)したフォートは、自分の力だけでは討伐が不可能だったことを痛いほど分かっていた。そのため、デリーの言葉にも苦い顔で返すしかなかった。 「とにかく、これは討伐証明として預かります。いつもと同じように受付に行けば処理してくれますよ」 「ああ、それなら私の分もついでに出しておきますね」  問題なく報酬(ほうしゅう)が出るらしいことを確認して、私も自分が持つコボルトの爪を提出(ていしゅつ)した。 「え?! 2体同時に出たんですか? 本当に……よく無事でしたね?」 「いえ、何と言うか……無事とは言い難いのですが」  無事どころか死ぬ寸前だったのだが、そのことは()えて話さなくても良いだろう。実際の戦いの場には居なかったデリーたちを、殊更(ことさら)に怖がらせる必要などどこにも無いのだから。 「ではエストールさんも受付に行ってくださいね。それにしても2人で2体とは……」 「あ、じゃあボクの分も。はい!」  デリーがそんな誤解(ごかい)をしているところに、今度はカイが私の(かげ)から前に出て、手にしていたコボルトの爪15個を、無造作(むぞうさ)にカウンターの上に転がした。 「待ってください、17体ものコボルトと遭遇(そうぐう)して何で無事なんですか……って、爆砕幼女(ばくさいようじょ)?!! 何でここに???」 「幼女って何だよ! こんな大人なボクに対してそれひどくない?」  爆砕幼女と呼ばれたのがお気に召さないらしい。(ほお)(ふく)らませて不満を(あら)わにしている(さま)は幼女そのものだが、そもそも何をしたらこんな評価に(つな)がるのだろうか? (ちな)みに余分な12体分の爪は、私たちと会う前に討伐したものらしい。  と、そこに騒ぎを聞きつけたギルド最高責任者――オーラスが姿を現した。 「随分(ずいぶん)(にぎ)やかだと思ったら、やはりエストール君か。今度は何をしでかしたんだい?」 「あ、ラッシーただいまっ!」 「……カイ君、こんなところで何をしているんだい?」 「何って、やだなあ。ここに居るんだから討伐証明に決まってるじゃん?」 「それは後回しにして、戻ったのなら直ぐに儂のところに顔を出したまえ」  カイの行動を(とが)めるオーラスだったが、そこで違和感(いわかん)を覚えたらしい。 「……いや、ところで何故(なぜ)君たちが一緒に居るんだい?」 「コボルトの群れと交戦しているところを助けていただきまして」 「ボクにしてみれば、コボルトを追いかけてたらこの2人が居ただけなんだけどね」 「……場所を移して話を聞こうか。討伐証明はその後だ。デリー君、処理は任せたよ」 「承知(しょうち)いたしました」  そんなデリーの声に見送られ、私たちはギルドマスターの部屋へと場所を移すのだった。 「――んで、もうちょっとで街に帰り着くっていう時に、こっち方面に逃げてきた最後のコボルトの群れを見つけてね。それが、どう見ても劣勢(れっせい)なハンターに襲い掛かってるのが見えたから、加勢(かせい)に入ったんだよ」 「それで君たちが一緒だったのか――うん、駆け出しのハンターを助けてもらったことについては、カイ君には礼を言わなければならないね」  そのオーラスの言葉に、カイは「え?」と眉をひそめ、それが冗談(じょうだん)だと判断したのか、半ば引き()った笑いを浮かべながら反論した。 「いやいやちょっと待ってよラッシー。駆け出しがあの状況の中でコボルト(たお)せるわけないじゃん? ノービスだとしてもN6かN7じゃないの?」 「フォート君はまだN3ランク、エストール君に(いた)ってはN1ランクで、まだハンター登録から7日しか経っていない。駆け出し以外の何ものでもないよ。その彼らがコボルトを1体ずつ仕留(しと)めたのは、他ならぬ君がその目で見たんじゃないのかい?」 「確かに見たけどさ……え、ホントに? ラッシーの冗談とかじゃなくて?」 「儂が冗談のためにわざわざ人払いをすると思うかね?」 「うーん……そう言われてみればそうだよねぇ」  カイもそう言われて(ようや)く納得したらしい。それを頃合いと見たのか、オーラスはそこで話を切り替えた。 「それで? カイ君にはもうひとつ依頼があった筈だが、そちらはどうなったかね?」 「ガッセル騎士爵からの書簡(しょかん)だよね? ちゃんと預かってきたよ!」  オーラスの問いかけに、カイは帯鞄(ベルトポーチ)から1通の書状を得意気(とくいげ)に取り出した。 「でもこれってわざわざ預かって来る必要あったの? もう【幻話水晶(イルジオローグ)】で交渉(こうしょう)終わってるんでしょ?」 「君も口だけの約束では信頼(しんらい)に足りないことくらい良く分かっているだろう? 貴族(きぞく)なら尚更(なおさら)だ。事前の交渉内容を確かめるためにも、こういう公式文書は必須(ひっす)なのさ」  カイから書状を丁寧(ていねい)に受け取ったオーラスは、角度を変えながら(なが)め、その真贋(しんがん)を確かめた。 「……うん、この封蝋(ふうろう)の印章はガッセル騎士爵のもので間違いないね。これは儂が責任をもって預かっておこう。ご苦労だったね、カイ君」 「じゃあ終わったってことでいいんだよね? やっとこの依頼から解放されるんだね! 長かったよー!」  それは、本当にこの瞬間を心待ちにしていたというのがありありと(うかが)える、カイの心からの叫びだった。 「――ところでラッシー、約束覚えてるよね?」 「カイ君と何かを約束したことは無いのだが、どんな話だったかな?」 「封鎖指定領域(ダンジョン)の調査依頼だよ。ランクが上がったら紹介(しょうかい)してくれるって約束したじゃん!」 「ああ、確かに今回の件でカイ君のランクアップの条件は満たされるね」  ここで言うランクアップ条件というのは、アドバンスからエキスパートに上がるための審査(しんさ)のことだろう。ハンター登録の際に他ならぬオーラスから説明を受けたのを思い出す。(しばら)くは私には縁が無い事だと思っていたのだが、こんなところで目の当たりにする事になるとは思わなかった。  (ちな)みに、その条件というのは『大規模討伐に通算2回参加すること』だと説明された。この条件の所為(せい)でエキスパートにランクアップできないハンターというのは意外と多いらしい。カイもその例に()れず、足止めを喰らっていたとのことだ。実力では(すで)にエキスパートレベルだという事だが、成程、あの戦いぶりを見たら、それも納得できる。 「あれはカイ君が一方的に叩きつけた話だから約束ではないが、君がダンジョンに行きたがっていたのは勿論(もちろん)覚えているし、紹介するのも(やぶさ)かではない。しかし、君の希望は未踏破(みとうは)封鎖指定領域(ダンジョン)だろう? そんな物がそうそう都合良く見付かる訳が無いだろう?」  オーラスの言う通り、カイの望みはそう簡単に叶えられるものではない。説明された事によれば、そもそも封鎖指定領域(ダンジョン)というものが現れるのには、それなりの年月がかかるのだ。  人が踏み入れることの無い洞窟(どうくつ)、過去の戦争で建設(けんせつ)されて忘れ去られた地下壕(ちかごう)太古(たいこ)の建築物、落盤(らくばん)や資源枯渇(こかつ)などが原因で遺棄(いき)された坑道(こうどう)など――それが人工なのか自然なのかに関わらず、人に利用されなくなって久しい構造物(こうぞうぶつ)のことを(そう)じて『遺跡(いせき)』と呼ぶ。そしてそのような遺跡(いせき)には、どこからともなくモンスターが現れ、そこを()()とするのだ。人が長い遭難(そうなん)の末に(ようや)く見つけた洞窟(どうくつ)拠点(きょてん)にするように。  そうして生活の場となった遺跡(いせき)は、誰が手入れをする訳でも無いために、当然の事ながら徐々(じょじょ)劣化(れっか)していく。大半のものはそのまま()ちていくのだが、中にはスライムに代表される掃除屋(スカベンジャー)が何処からともなく現れ、()み付くようになるものも存在する。すると不思議な事ではあるが、まるで遺跡(いせき)自体が意思を持ったかのように、劣化部分を修復(しゅうふく)維持(いじ)しようとする力が(はたら)き始めるのだそうだ。  そのまま閉じた世界で完結(かんけつ)してくれれば、まだ害はない。しかし活動を開始した遺跡(いせき)は、往々(おうおう)にして自分自身を外の世界に露出(ろしゅつ)しようとする。地下にあるものは少しずつ地上へと、森の中にあるものは少しずつ開けた場所へと、その道を()ばし始める。  こうして外に(つな)がってしまった遺跡(いせき)は、人々にとって厄介(やっかい)の種でしかない。中に(とど)まっていた危険なモンスターが()い出てきてしまったり、いつの間にかコボルトのようなモンスターが大量に()み付く拠点(きょてん)になってしまう事もある。ハンターギルドでは、このような状態になった遺跡(いせき)を『封鎖指定領域(ダンジョン)』と呼び、発見された場合は(すみ)やかに調査をした後、封印作業を行うことになっている。そもそもそれこそが、ハンターギルドの本来の存在意義なのだ。  これを聞いて、私はどうしてもあの事を想起(そうき)せざるを得なかった。あれがもし封鎖指定領域(ダンジョン)なのだとすれば、突然地面が口を開いたことに、何の問題も無く説明がついてしまうのだから。

 ハンガーノックについては血糖値という概念がまだ無い世界のため、体力の枯渇ということで表現しました。しかし、果物やドライフルーツなどが疲れを癒すのに良いことは、一部のハンターの間で知られているようです。

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