ジオティノスの深淵

読了目安時間:20分

第29話 騒がしい帰還

 目の前を、景色が駆け抜けていく。  トレーラーを牽いて同じ道を歩いていた今朝とは比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど、オルトス(コルサ)での移動は私に未体験の速度をもたらしていた。いや、正確に言えば、少し前にセルブスの荷車(カーゴ)に乗った経験はあるのだが、あの時は怪我の所為(せい)で移動速度にまで気を配る余裕は無かったのだ。  そんな道中、カイは果敢(かかん)にもアルフォンスを質問攻めにしていた。 「え? 〈アンパッサン〉がどんな技なのかって?」 「うん、何度も思い返してるんだけどさ! あれ絶対に真正面からぶつかってたよね? なのに、すれ違ったと思ったらトランプルボアが真っ二つになってたし、もー訳わかんないよっ!」 「そう見えたのなら、そういう事だったんだよ」 「あーっ! もー何やったらあんな事になるんだよーっ!」  予想はついていたが、武技(アーツ)の詳細について解説するのは、通常ではありえない事なのだろう。アルフォンスは何も(しゃべ)る気は無いようだ。という事は、カイがフォートに〈オーラストライク〉を教えていたのは、かなり特殊(とくしゅ)な事だったのだろうか? ――いや、基本とも言える武技(アーツ)には、(かく)す意味など無かっただけなのかもしれない。 「それは頑張って考えてもらうとして、エストールには〈フローティングベース〉の説明だったね?」 「そういえばトランプルボアの一件ですっかり忘れていました。しかし、武技(アーツ)については(かく)していますが、魔法は良いのですか?」 「武技(アーツ)は細かく教えてしまえば、後は修練(しゅうれん)次第で使えるようになるものだからね。でも魔法は【魔封珠(スペルオーブ)】が無ければどうしようもない。(かく)す意味が無いんだよ」  つまり、苦労して身につけた技を簡単に模倣(もほう)されるのは面白くないという事らしい。 「エストールはあの時多分こう思った(はず)だよ。『どうして地上まで直接上げなかったのか?』ってね」 「(まさ)にその通りです。先に地上に運んでしまえば楽だった(はず)なのに、何かそれが出来ない理由でもあるのですか?」 「〈フローティングベース〉は、術者の意思で動かせる範囲が意外と(せま)くてね。高さは術者の足元から頭頂部まで、周囲はせいぜい半径2メートル程度なんだ。だからロープを登ったあの時は、わたしの(ひざ)のあたりの高さを維持(いじ)して、(となり)に並べるようにして上がっていったんだよ」  そんなすぐ横にあったというのに、私はあの時〈フローティングベース〉の存在に全く意識が向かなかった。それ程までにアルフォンスのロープの登り方に度肝(どぎも)を抜かれていたのだろう。  しかし、今の話を聞く限り、少し使い勝手が悪いように感じた。 「もう少し便利に使えるものだと思っていましたが、意外と不自由なのですね」 「そうでもないよ。自分の背の高さまでとはいえ、上下に動かせるっていうのはかなり便利でね。例えばギルドの納品カウンターの上に()せてから〈フローティングベース〉を解除(かいじょ)すれば、苦労して獲物を持ち上げる必要が無くなるんだよ」 「っ! その使い方には気付きませんでした。それなら尚更(なおさら)ノービスランクにまで普及(ふきゅう)しないのが惜しまれます」 「手に入らない上に知名度が低いから仕方ないね。それに普通はこの呪文なんかよりも【保存の鞄(ホールディングバッグ)】を欲しがるだろうから」 「うわ、せっかくの便利呪文の話が台無しだよっ! それにノービスは【保存の鞄(ホールディングバッグ)】どころか【拡張の鞄(ストレージバッグ)】を買うお金さえないよ?」 「金貨を苦も無く出せるような方は、そもそもハンターとして成功しているか、ハンターとして活動する必要のない雇用(こよう)する側でしょうからね」  と、そんな話をしている内に、ルミエールの街の西門がすぐ目前に迫っていた。封鎖指定領域(ダンジョン)の入り口である竪穴(たてあな)を出発してから小灯半分(30分)もかかっていないというのに、驚くべき速さだ。間違いなくセルブスでの移動よりも速いだろう。  そんな高速で近付く私たちを見て、門番をしている衛兵たちが浮足立っているのが見えた。衛兵にしてみれば、見たことも無いモンスターが突進してきている様にしか見えないだろうから、この反応も当然と言えるだろう。 「な、何だあれはっ? ルルトスかっ?!」 「似てるけどルルトスに角なんて()えだろっ! おい、増援(ぞうえん)呼べっ!」 「こんな所までモンスターが来るなんてっ!! ハンターの連中は何やってたんだっ?!」 「いや、街の周辺哨戒(しょうかい)は兵士の仕事だろ? ハンターのせいになんてしたら男爵様に怒られるぞ」 「おいっ、そんな事よりあれ、人が乗ってるぞっ!」  それでも日頃から行っているであろう訓練は伊達(だて)ではないのだろう。衛兵たちは私たちの行く手を(はば)まんと、次々に門から飛び出してきた。アルフォンスも元より事を荒立てるつもりは無いため、オルトス(コルサ)の首筋を軽く(たた)き、その速度を(ゆる)めていた。このため、通常の入街手続きならば門に併設(へいせつ)されている詰所(つめしょ)まで誘導(ゆうどう)されるところを、私たちは門よりも10メートル以上手前で足止めされることになっていた。  衛兵たちが油断なく武器を突きつけるのを前に、しかしアルフォンスはそれを気に留めるでもなく、オルトス(コルサ)からひらりと舞い降り歩み寄った。そして隣人への挨拶(あいさつ)のような調子で話しかけていた。 「やあ、お(つと)めご苦労様。驚かせてしまったようで済まないね」 「そ、そこで止まれっ!」 「そのモンスターは何だっ?! (おそ)い掛かったりしないんだろうな?!」  (いさ)んで飛び出してきたまでは良かったのだが、衛兵たちはオルトスに対し、完全に腰が引けてしまっている。未知のモンスターと対峙(たいじ)しているのだから、それも仕方ないことではあるが。 「この子なら大丈夫。変に刺激(しげき)さえしなければ(おそ)い掛かったりしないよ。(むし)ろ武器を向けている今が一番危険なんじゃないかな?」  言いながら、アルフォンスは右手でオルトス(コルサ)を制し、左手を衛兵へと差し出した。 「ここにはちょっとした用事で立ち寄ったんだけど、怪我人の護送(ごそう)もあるから、出来れば穏便(おんびん)に通してもらいたいな」 「なっ?! き、金のリングっ?!」 「アルティメットのハンターだとっ?! だ、男爵様に連絡をっ!」 「白虎(ティグレビアンカ)獣人(リカント)っ?! まさかっ?!」 「す、すぐに手続きをしますっ! おい、先導(せんどう)をっ!」  衛兵たちのそれまでの物々しい雰囲気は、アルフォンスのリングの色を見た途端に驚愕(きょうがく)畏怖(いふ)へと()り替えられていた。そのまま上得意の客のご機嫌を(うかが)うかのように、アルフォンスとオルトス(コルサ)、ついでにトレーラーに乗った私たちを丁重(ていちょう)詰所(つめしょ)まで先導(せんどう)する。 「すっごい変わり身だねー。ボクのときとは大違いだよ」 「見たことも無いモンスターに対して過剰に反応するのは仕方ないですよ。あと大違いと言いますが、カイもエキスパートランクになったのですから、扱いも多少は変わったのではないですか?」 「そんな訳ないって。見たでしょ、今朝の門番の態度。昨日と何も変わってないよ?」 「それは……まだカイがエキスパートに昇格したことを知らないのでは?」 「知ってても変わんないよ。エイミーと同じでさ」  カイが唇を(とが)らせ、盛大に不満をこぼした。ここでエイミーの名前が出てくる辺りで、門番に対する感情がどの程度なのかが(うかが)い知れる。私にはあの門番が、年頃の娘の気を引きたい父親のように見えるのだが――これを言ったらカイが尚更(なおさら)嫌がりそうだと思ったので、口には出さずにおいた。  私たちがそんな話をしている内に、アルフォンスは何事も無く入街審査を終えていたらしく、門番の視線は後ろに乗っている私たちの方に向いていた。早朝に顔を合わせた時には有り余るほどの元気を見せていたフォートが横になっているのを見て、その顔には怪訝(けげん)そうな表情が浮かんでいる。門番としては、ここは簡単にでも説明が欲しいところだろう。 「済みません、フォートは(ひど)い怪我を負ったせいで、(しばら)く意識が戻りません。出来れば早く落ち着いた場所で休ませたいのですが」 「……お前ら、この前も怪我してなかったか? ハンターとしてそんな事で大丈夫なのか?」 「運の精霊に嫌われた覚えは無いのですが、立て続けに厄介(やっかい)なモンスターに遭遇(そうぐう)しまして。正直なところ、カイが居なければ助かりませんでしたよ」 「そのカイに連れてかれてこうなったんだろ? ……んで、その元凶(げんきょう)のお前は何してんだ?」  門番が問い掛けた先には、カイが【行動食(エネリゲル)】を頬張(ほおば)っている姿があった。 「むぐむぐ……何って、おなかすいたから食べてるんだけど?」 「こんな時に暢気(のんき)な奴だな。後輩の面倒くらいちゃんと見とけよ」 「面倒見たからこの程度で済んでるんだよ。ほら、手続き済んだんでしょ? ボクたちもう行くからねっ!」  カイはもう門番を相手にするつもりが無いようだ。手振りで前方に合図を出すと、首筋を(たた)かれたオルトス(コルサ)が静かに足を踏み出し、再びゆっくりと景色が流れ出した。  (あけ)に染まり始めた西門を通り抜けたことで、私はルミエールの街に戻ってきたということを、今更ながらに実感できていた。  ハンターギルドに到着するなり、カイは他の事には目もくれずに、ギルドマスターの部屋へと駆け込んでいった。竪穴(たてあな)の先にあった封鎖指定領域(ダンジョン)についての報告は、カイに任せておけば良いだろう。それを見送ると、私は(きびす)を返して【処置室】へと向かった。勿論フォートを運び込むためだ。しかし、私ひとりでは到底抱えきれないので、ここでもアルフォンスの力を借りることになった。  治療は(すで)に〈リカバリィ〉で済ませているため、高額の治療費を請求(せいきゅう)される心配だけは無い。それでも【処置室】に来たのは、怪我人を休ませるためには、少なくとも宿屋よりは環境が良いことが期待できるからだ。確か1泊1000ベイルだったと記憶しているが、それはフォート自身に支払わせれば良いだろう。  邪魔(じゃま)になってもいけないので、後の事はゲインに任せ、私たちは一先(ひとま)ず【処置室】を()することにした。ここでアルフォンスは【納品窓口】へと向かったため、私はカイの後を追う事にした。  3階へと上がり、突き当りの扉を軽く(たた)く。奥から聞こえる誰何(すいか)に対して自分の名前を告げ、私は最早(もはや)見慣れた部屋へと足を踏み入れた。 「やあ、エストール君。今カイ君から簡単に話を聞いたところだよ。今度は無事だったようだね」 「代わりにフォートが大怪我を負いましたが。今【処置室】に置いてきたところです」 「【処置室】だって? もう君が治したんだろう?」 「寝ている間に何かあった場合、ゲインに任せた方が何かと安心できると思いまして」 「経緯(いきさつ)を説明すればロリカも気にかけてくれるだろうが……まあ、ここはゲインの方が適任だろう。ところで――ああ、入りたまえ」  オーラスがそこまで話したところでノックの音が(ひび)いた。許可を待って扉の向こうから現れたのは、先ほどまで一緒にいた白虎(ティグレビアンカ)獣人(リカント)、アルフォンスだった。 「久しぶりだね、アルフォンス君。門番から報告が上がっていたが、まさか本当に来ているとは思わなかったよ」 「だからボク言ったじゃん! アルフォンスに送ってもらったって!」 「アルティメットの連中はほぼ例外なくギルドから姿を(くら)ます傾向にある事なんて、君だって知っているだろう? しかもそんな連中が街に姿を現したという報告は、その(ほとん)どが誤報だ。いくら門番からの報告でも、それをまともに信じられると思うかね?」 「ボクが実際に会って、一緒に帰ってきたって何度も言ってるじゃん! それはないんじゃないのっ?!」 「あははは、何だか迷惑(めいわく)を掛けてるみたいで申し訳ないけど、わたしも窮屈(きゅうくつ)なのは苦手でね。他の子もそうなんじゃないかな?」  オーラスとカイが自分の事で言い合っているというのに、その当の本人は我関せずとばかりに笑っている。しかし、これはある意味アルフォンスが正しいのだろう。アルティメットランクのハンターが自分の居場所を常に明らかにしていれば、確かにそれは犯罪者たちへの牽制(けんせい)になるだろう。しかしそれは同時に、休む(ひま)も無く常に厄介(やっかい)な依頼を押し付けられる事を意味している。  それ(ゆえ)に、当事者ではない私にさえ、次の展開は容易に予想できた。 「ところでアルフォンス君、折り入って相談があるんだが」 「野盗の件だったら、悪いけど相談には乗ってあげられないよ。別の依頼の最中だからね」 「やはりそうか……いや、いいんだ。カイルの奴にはそう言っておこう」  オーラスのその返事を聞いて、アルフォンスが少し意地悪そうな笑みを浮かべた。 「アルティメットの力が必要なら、フェルラントの街に掛け合えば良いじゃないか。ここからたった3日の距離だよ?」 「馬鹿を言うな、あの『双黒剣』が他の街のために動く訳がないだろう」 「だからあの街は安全なんだとも言えるけどね」 「あの、どういう事なのですか?」  そう()いた私に、オーラスが「ああ、君はまだ知らないのか」と簡単に説明してくれた。どうやらこのルミエールの街から北に3日移動するとフェルラントという街があり、そこには『双黒剣』の二つ名を持つハンターが定住しているらしい。アルティメットランクのハンターとしては例外的に居場所が知られているのだが、もうひとつ、フェルラントの領主のためにしかその腕を振るわないという事でも知られているらしい。  居場所が知られないように姿を(くら)ましたり、特定の人物以外からの依頼を(かたく)なに断ったり――何かしら(くせ)が強い部分が無いと、アルティメットは務まらないのだろうか? 「わたしだって別に、ギルドからの話を常に素気無(すげな)く断ってる訳じゃないよ。ただタイミングが悪いだけだよ」 「先約を反故(ほご)にしろとも言えないからな。今回はトランプルボアの肉を納品してくれただけでも感謝しておくよ」 「理解してもらえたようで何よりだよ」  そんな風にアルフォンスの件が一区切りついたところで、オーラスは「さて、話を戻そうか」と、私の方に向き直った。 「エストール君、今回の依頼達成手続きはどうするかね?」 「カイからは(すで)に報告を受けているのですよね?」 「ああ、解封板(シールクォーツ)も受け取ったから、依頼は達成したという(あつか)いで良いだろう」 「では、手続きはフォートが目を覚ましてから一緒に済ませることにします」 「そうかい。しかし今から宿屋に行くのは手間だろう。別にここに泊まっても構わないが?」 「ここの1泊で【クランリーのかまど】に3泊出来るじゃないですか。遠慮(えんりょ)しておきますよ」  (ただ)でさえ所持金が(とぼ)しいというのに、そんな無駄遣いが許される(はず)が無い。オーラスに(いとま)を告げて部屋を()そうとしたところ、 「話が終わったのなら、わたしもこれで失礼するよ。ジルに【行動食(エネリゲル)】を作らせないといけないからね」 「あっ、ボクも【行動食(それ)】受け取りに行かなきゃっ! ラッシー、ボクも手続きはエストと一緒にするよっ!」  そう言うと二人は私の横をすり抜け、部屋を出ていくのだった。昨日からの行動を見て思ったのだが、カイは食が(から)む事になると行動が一段階早くなっているような気がする。カイの目の前に釣り竿で肉をぶら下げれば……いや、それはあまりにも失礼だろう。私は早々にその妄想を断ち切った。    ◆   ◆   ◆  あの後直ぐに私もギルドを出て、すっかりお馴染みとなった【クランリーのかまど】で確保した部屋に入ると、間を置かずにベッドに倒れ込み、深い眠りに落ちていた。  そして目が覚めてみると、どう考えても早朝の雰囲気ではない。部屋の窓を開けると、丁度(ちょうど)そこから見える【告時盤】は、5の灯(午前10時)を示していた。完全に寝過ごしたが、それも仕方のない事だろう。それ程までに、昨日は色々な事がありすぎた。  宿代には朝食も含まれるのだが、流石にこの時間では食事の提供は終わっていた。規定の時刻までに食事を終えるのがこの宿での決まりであり、それは最初に宿をとった時にしっかりと説明されていた。  そうは言っても、朝食はしっかり()らなければ体が動かない。私は昨日カイから受け取った【行動食(エネリゲル)】の余りを水で流し込むと、宿を飛び出してハンターギルドへと向かった。  そうして(あわ)てたのが功を奏したのか――恐らくはただの偶然だが、私が【処置室】の扉を開けるのとほぼ同時に、どことなく(あせ)りの色が見えるフォートの叫び声が聞こえて来た。 「っ! ここどこだっ? ――エストっ! エストはっ?!」 「落ち着いてくださいフォート、私はここに居ますよ」  意識を取り戻した直後でまだ状況の整理が追い付かないのだろう。フォートの感覚では、まだ封鎖指定領域(ダンジョン)の中に居るに違いない。 「……エスト? どうなってんだ?」 「ここはルミエールのハンターギルドの【処置室】ですよ。見覚えくらいはありますよね?」 「あ、ああ――っそれよりエスト、封鎖指定領域(ダンジョン)はどうなったんだっ?! あと、俺の腕っ――え?」 「封鎖指定領域(ダンジョン)はカイのお陰で何とか封印が終わりました。腕は魔法で治療してありますよ」 「え? いや、あの時確かに……え?」  その戸惑いも仕方が無い。フォートが意識を()くす直前、確かに右腕は堕ちた尖兵(フォールンクリーガ)の〈爪撃〉で斬り飛ばされていたと、脳裏に強く焼き付いている(はず)だ。しかし、それはただの悪い夢であったと言わんばかりに、フォートの(ひじ)から先は何事も無かったかのように存在しているのだ。 「これは私も知らなかった事なのですが。〈リカバリィ〉の呪文は、今回のように身体の一部が切断されても、その部分さえ残っていれば、元通りに(つな)ぐことが出来るのですよ」 「……いや、(つな)がったところで、もうまともに動かせねえんだろ?」 「そのことなら問題ないよっ!」  そのフォートの問いには、後から聞こえてきた声が答えていた。確認するまでもなくカイだろう。 「問題ないって、どういう事だ? 動かせなくなるんじゃなかったのか?」 「〈オーラストライク〉を教えたとき、ボク言ったよね? 『同じ場所を繰り返しケガしてると、腕はまともに動かなくなっちゃう』って。キミもエストも、ちゃんと話聞いてなかったの?」 「……言ってたか、そんな事?」 「私もすっかり頭から抜けていたので(えら)そうに言えないのですが、確かにそういう説明は受けていましたよ」  腕が動かなくなるという話が衝撃的(しょうげきてき)すぎて、それまで確かに聞いていた(はず)の『そこに至る条件』が、すっかり頭から消え去ってしまっていたのだ。言い訳になるが、カイの(おど)しが効きすぎた結果なのだろう。 「魔法でケガを治せないなんて、そんな訳ないじゃん。実際に今キミ自身が見てる通り、ちゃんと治るよ」 「確かに治ってるが……え? じゃあ、俺が今後どうするか心配してたのって全部無駄(むだ)だったのか?」 「無駄(むだ)なんかじゃないよ。ハンターってみんな無茶するからね。ちょっと慣れてきたノービス後半あたり――つまりキミたちくらいの頃が特に危ないんだ。慎重(しんちょう)すぎるくらいになるのがちょうどいいんだよ」  ボクも痛い目見たからねーなどとおどけて見せて、カイは続けた。 「話戻すとね、ケガを負ったまま放っとくと治らなくなるっていうのも本当なんだよ。切断されたり欠損した部分は、1日以上そのままにすると、いくら〈リカバリィ〉でも元に戻せなくなるんだよ。ケガが原因でハンターが引退したっていう話は、だいたいそれが理由だね」  これもフォートの治療をしている時に説明を受けた事だった。切断部位の治療が可能になるのは〈リカバリィLv10〉からであり、骨折もこれに相当するらしい。今回私が〈リカバリィLv10〉を使える状態(じょうたい)にあったのは、本当に運が良かったと言える。 「あと、一度ケガしたところはたとえ治療(ちりょう)しても、前よりもちょっと弱くなっちゃうっていうのも本当だよ。だからその対策として〈オーラストライク〉を教えたんだけど、ちゃんと使えるようになってよかったよ」 「いや、今回の怪我はそもそもカイが強引に封鎖指定領域(ダンジョン)に連れ出したのが原因なんじゃねえのか?」 「え、違うよ? だって今回のはラッシーが認めてるもん。誰かのせいにするっていうなら、ラッシーのせいだよ」  そんな風にフォートとカイが責任のなすりつけ合いをしていると、不意に背後から声がかかった。 「ところで君たちはいつまでここに居座るつもりなんですか? もう問題なく起き上がれるのなら、早く診療台を空けていただきたいのですが?」 「ゲインさん、いつからそこに?」 「最初から居ましたよ。そもそも彼が寝ている間の様子を見ていてくれと頼んで来たのは君ですよね?」 「ああ……そうでしたね」  そうだ、私が頼んだのだから、ゲインがここに居るのは当たり前なのだ。本来ならば部屋に入った時にゲインに挨拶(あいさつ)をして(しか)るべきところなのに、丁度(ちょうど)フォートが目を覚ました事で頭がいっぱいになってしまい、その事をすっかり失念(しつねん)していたのだ。ゲインが不機嫌になるのも当然だろう。  そうと気付けば、いつまでもここで邪魔(じゃま)をしている訳にはいかない。私たちはゲインにお世話になった礼と、(さわ)いでしまった()びを入れてから、【処置室】の扉を開けた。  その先には、最早(もはや)見慣れた姿のディムニィが、カウンターテーブルの上に座ってこちらを見ていた。 「その様子から察するに、フォート君は特に問題ないようだね?」 「……そんな所で何をしているのですか、ギルドマスター?」 「勿論、君たちが出てくるのを待っていたんだよ。これから依頼達成手続きをするんだろう?」 「フォートも起きたことですし、そのつもりですが」 「昨日の話だと、モンスターの討伐数が多かったんだろう? 討伐証明をするつもりなら、先に提出してきてくれたまえ。処理が二度手間になるからね」  どうやらオーラスは、それを伝えるためにここで待っていたらしい。興味本位で私たちを待ち構えていただけだと思っていたのだが……いや、それが本来の目的に違いない。先に【納品窓口】に行くことを勧めるだけならば、その後直ぐに部屋に戻る(はず)なのだが、そんな様子がまるで無い。しかし、今はそんな事を気にしても仕方が無い。私たちは討伐証明のために【納品窓口】に向かうと、デリーに声を掛けた。 「あれ? 今日はトレーラー借りに来てないから納品は無いですよね? って、爆砕幼女も一緒? 今度は何をしでかしたんですかっ?!」 「爆砕幼女って言うなっ!」 「カイ、話が進みませんから。――用件は、昨日(たお)したモンスターの討伐証明です。お願い出来ますか?」 「討伐証明? またグラスリザードも納品せずに何やってんですか……まあ良いです、見せてください」  食料の納品ではない事に、デリーはあからさまに不機嫌そうな顔をしてため息を吐いている。しかしそれはそれとして、討伐証明はしっかりと行ってくれるようだ。私は(うなが)されるままに、鞄の大きさとは不釣り合いな()()を引き出した。 「これはソードアーチンっ?! エイミーの冗談(じょうだん)だと思っていましたが、まさか本当に封鎖指定領域(ダンジョン)に行ってたんですか? っていうか、よくこんなの(たお)せましたね?」 「それはカイが同行していましたからね」 「ああ、それでこんな(ひど)い状態なんですね。納得しました」 「どーいう意味だよっ?!」  再びカイが声を上げるが、デリーはそれを相手にせずに話を進める。 「それで、中身はどこにあるんですか?」 「あのオレンジ色の身の事ですか? それならカイとフォートが(ほとん)ど食べ尽くしましたよ」 「食べちゃったんですか?! あの身が一番価値が高いのにっ?!」 「美味しかったよー。あれを食べられただけで行った価値はあったねっ!」 「身が全部納品されてたら銀貨10枚は堅かったのに……殻だけだから本当に討伐証明にしかなりませんよ。報酬(ほうしゅう)は銀貨2枚ですね」  デリーは落胆(らくたん)したように言うが、今の私にとっては充分すぎる収入と言える。 「では受付には伝えておきますので」 「ああ待って、まだあるんだよっ!」  デリーが話を切り上げようとしたのを制止する声が上がる。そう、まだ討伐証明には続きがあるのだ。今度はカイが自分の帯鞄(ベルトポーチ)から濃緑色の球体を7つ取り出し、納品カウンターの上に転がした。 「まさかとは思いますが、これは……」 「堕ちた尖兵(フォールンクリーガ)の眼球だよ」 「深淵の住人(アビスウォーカー)まで出たんですかっ?!!」 「ホントはもっとたくさん討伐したんだけど、後のこと考えてる余裕(よゆう)なんてなくてさ。これだけしか回収できなかったんだよ」 「実際に何体(たお)してたとしても、持ってきた分だけしか計上できませんからね……眼球7つで銀貨7枚。さっきのソードアーチンと合わせれば銀貨9枚ですね。もう出し忘れは無いですか?」 「トランプルボアはアルフォンスだけの手柄だし、これで全部だよ」 「一緒に居たっていうのも本当だったんですね……それはともかく、今度こそエイミーに伝えておきますよ」 「……それ、エイミーじゃないとダメなの?」 「きっとエイミーも同じこと思ってますよ。(あきら)めて素直に手続き受けてくださいね」  エイミーと顔を合わせる事を(しぶ)るカイだったが、次のために早く窓口を空けろと手振りで求められれば応じない訳にはいかなかった。その対応にカイは全身から不満を(にじ)ませていたが、その様は駄々をこねる子供そのものだった。こうして私たちはカイを(なだ)めつつ、依頼達成手続きをするために、エイミーの待つ受付カウンターに向かっていった。

少しだけ噂話に出てきているキャラクターは、レオン様からお借りしました。今後出演する事もあるでしょう……たぶん。 レオン様には、この場を借りて御礼申し上げます。

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