悪い魔導師に傀儡にされた白百合の姉と捻くれた黒百合の妹は薄汚れた世界に逆襲することにしました

読了目安時間:5分

泡沫の記憶

「……やってくれたなヴォルフラム。アンネリーゼの居場所など、この指輪で一目瞭然。身に着けるものに魔術が掛かっていないと、いつから錯覚していた?」  怒気を孕んだ低く響く声。 気合で抵抗されたのか、呪歌の効果をまったく受けていないフレースヴェルグの凍るような蒼い目が、ヴォルフラムとアンネリーゼを睨んだ。  ふと、ヴォルフラムはアンネリーゼ伯爵夫人の指先を見ると、そこには確かに白金(プラチナ)の結婚指輪がはめられていた。 「指輪か! どうして見落としていたんだ……アンネリーゼ。それを外してくれないか」 「えっ……どうして外さないといけないの? そして落ち着いてください、フレース。私はヴォルフラムに用事で呼ばれただけですから」  状況が把握できないアンネリーゼは、ヴォルフラムとフレースヴェルグの顔を交互に見ながら怪訝な顔をした。 「アンネリーゼ、何を言っているんだ。早く移送鏡(テレポーター)の方へ! 叔父に捕まったら、何もかも終わってしまう!」  戸惑うアンネリーゼの手を強く引きながら、ヴォルフラムは倉庫の扉を開け中へと駆け込んだ。 倉庫の中には美術品と一緒に移送鏡が無造作に置かれていて、そばにはアンネリーゼの愛娘であるアルフラウともう一人、灰色の髪に青い目の少女が立っていた。 「えっ。アルフラウ様……どうして此処に?」  アンネリーゼが心配そうにアルフラウに尋ねると、白子(アルビノ)の少女は紅い瞳を輝かせながら満面の笑みで答えた。 「(わたくし)ね、リーゼお母様のお出かけのお手伝いをしに来たの」 「やっほー。準備は整ってるよ、ヴォルフラム。さぁ、早く鏡に飛び込んで」  青い目をした少女姿のミロワの手招きに、ヴォルフラムは頷いてアンネリーゼの手を引いた。 だが、いつの間にか追いついたリーゼロッテがヴォルフラムの袖を掴んで遮った。 「くっ、邪魔をするな偽者!」  ヴォルフラムの罵声に対して、さっきの動揺が嘘のようにリーゼロッテは口元をつり上げて彼を見返した。 「ふふふ、本当にあなたが愛していたのは目の前にいるアンネリーゼ? ヴォルフラム……もう一度チャンスをあげる。考え直しなさい」  ヴォルフラムの目の前で、突然アンネリーゼに抱きついたリーゼロッテは、彼女ともつれ合いながら床に倒れ込んだ。  慌てて、ヴォルフラムは倒れ込んだアンネリーゼに手を差し伸べたが、其処に倒れていた二人はまったく同じ衣装でまったく同じ容姿のアンネリーゼだった。 指には白金(プラチナ)の指輪まではめられていて、ヴォルフラムが見た目から二人を判別する事はほぼ不可能になってしまった。 「くっ、変装の魔術か。卑怯な真似を……っ!」  ヴォルフラムが、アンネリーゼ達を覆う影に気付いて背後を振り返った時、フレースヴェルグの巨大戦斧(ポールアックス)が今まさに振り下ろされようとしていた。 「ヴォルフラム、頭を下げて。僕が何とかするよ」  駆け込んできたミロワに突き飛ばされたヴォルフラムの頭上を、巨大戦斧(ポールアックス)の切っ先が掠めた衝撃で彼の髪は舞い上がった。 「ぶつかり合いなら、僕も負けない切り札があるんだ」  ミロアがスカートをつまみ上げてクルリと旋回すると、大きなコマの様に回り始めた。 「このスカートの縁は金属で補強されて相手を弾き飛ばす様に出来てるんだ。更に内側には三枚羽根が組み込まれていて、風力(ダウンフォース)を使った安定感によって誰も近づかせな……あっ」  高速で回転するスカートに向けて、下からかち上げられた巨大戦斧(ポールアックス)が激突すると、水平を保てなくなったスカートの裾が地面に接触した。 高速の回転力が床との摩擦を受けて、軸から外れた馬車の車輪の様にミロワはものすごい勢いですっ飛んで行った。 「すまんかったー!」  近くの壁に花瓶が叩きつけられた様な音と共に、少女の姿をしていたものは粉々に砕け散ってしまった。 「ミロワー!」  ヴォルフラムの絶叫も虚しく、ミロワの粉々になった身体は倉庫の中の美術品や当たり一面に舞い散り、キラキラと硝子の破片のように淡い輝きを放っていた。 「……小癪な」  砕け散った破片の一部は、フレースヴェルグの眼にも入り視界が妨げられた。 それでも目を擦りヴォルフラムを捉えようとするが、その一瞬の隙をヴォルフラムは見逃さなかった。  ミロワの死を(いた)む暇もない事を後ろめたくは想いつつも、二人のアンネリーゼの手を掴んで勢いよく移送鏡(テレポーター)目掛けて飛び込んだ。 「どちらが本物かどうかは後で確かめる。二人ともこっちに来てくれ」  思惑通りの展開に、アンネリーゼの姿になったリーゼロッテは思わず笑みを漏らした。 落ち着いて過去にあったヴォルフラムとの出来事を話せば、自分が彼と話していたアンネリーゼであったという事を証明できる。  アンネリーゼ伯爵夫人が一緒になってしまった事は予想外だが、別にこちらの世界がどうなろうとも最早知った事ではない。 「鏡よ導いてくれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へ! 僕の詩をその為にすべて捧げよう!」  ヴォルフラム後に続いた二人のアンネリーゼは、そのまま鏡の中に溶け込むかのように消えると思われたが、何かの衝撃と共に片方のアンネリーゼは鏡より弾き出されてしまい尻餅をついた。 「え、どうして……」   鏡の前で倒れたまま、呆然とする残された方のアンネリーゼ。 あまりのショックに術は解け、元の姿に戻ったリーゼロッテは輝きを失ってくすんだ鏡に触れた。 くすんだ鏡は何者も映すことは無く、ただ静かにそこに佇むだけだった。   「お母様、行ってらっしゃい。何だか今日は疲れちゃった」  鏡の近くで大人の騒がしい様子をずっと見ていたアルフラウは、眠気まなこを擦りながらトコトコと自分の部屋へと戻っていった。 宝物庫に残されたのはリーゼロッテと、未だに目が開けられずに唸って壁に寄りかかるフレースヴェルグ伯爵だけとなった。 『ヴォルフラムとアンネリーゼの二人だけが住める世界』  名を偽ったリーゼロッテは、最初から鏡に認められる()()が無かったのだと漠然と理解した。 「なにそれ、嫌……彼の居ない世界なんて考えられない……」  ヴォルフラムとの思い出が蘇り、リーゼロッテの頬を涙が伝った。 甘い歌声、紫の優しい瞳、彼を形成するすべての要素が彼女にとって愛しかった。 しかし、思い出している最中にも彼の顔がすこしずつぼやけていく事にリーゼロッテは焦り始めた。 それは頭の中を白く染め上げるように次々と記憶を塗りつぶしていく……彼と交わした言葉も……声も……分からなくなってゆく恐怖にリーゼロッテは震えた。 「なにそれ……嫌! そんなの嫌ぁあああああああ!」  リーゼロッテは泡沫(うたかた)のように消えてゆくヴォルフラムの記憶に縋るように頭抱えて泣き叫んだ。  しばらく泣き叫ぶうちに、失われたものが何だったのか。 彼女はすでに、泣いている理由さえも分からなくなってしまっていた。

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 師匠と4人の弟子

    弟子達が世界最強の師匠を超えていくお話

    600

    0


    2021年7月25日更新

    世界最強の師匠の体に封印された4体の悪魔達を巡り、力を失っていく師匠と逆に強くなって師匠を超えていく弟子達の話です。

    • 残酷描写あり

    読了目安時間:49分

    この作品を読む

  • 消えゆく世界で星空を見る

    人の行動は、善と悪の二面を兼ね備えている

    77,950

    3,942


    2021年7月25日更新

    現実の世界。妄想の世界。夢の世界。 どれも同じ世界。 七百年間に渡る人間と神の死闘の末、救世主によって神は殺された。 それから五十年の歳月が流れ、人々は穏やかな暮らしを取り戻していた。 月見里諦止は生まれ落ちてから二十七年間を、幼馴染の鳥柿咲音と共にポソリ村で過ごしてきた。 だが、そんな穏やかな日々に再び暗雲が立ち込める。 二人の前に現れたのは、星空をそのまま切り取ったかのような存在。遥か昔に世界を滅ぼしかけた星影という生物だった。 御伽噺として語られていた星影という存在は何故再び現れたのか。 その理由を探るために、神殺しの救世主として知られる男が統べる国、桜樹国に月見里諦止は向かう。 果たして、世界が滅びる前に再び星影を封印することができるのか。 月見里諦止の前に現れた謎の男は何者なのか。 愛から始まった復讐の物語。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:4時間34分

    この作品を読む