悠久のヴァルール

読了目安時間:1分

エピソード:1 / 9

1 旅の僧

 僧は山道を急いでいた。草鞋は擦り切れ、脚の筋の痛みも増していた。旧暦九月の夕暮れどきだ。日没は近い。遠くで狼の遠吠えが聞こえる。右の藪から熊が出てくるおそれも左の木陰から大きな猪が突進してくる心配もあった。あの禅寺まで半里(2㎞)とはないはずだ。  山道が急に開けて峠に出た。 「ああ、なんと美しいのだろう」 1 旅の僧の挿絵1  *牧谿 (1280頃活躍)《煙寺晩鐘》国宝 1280年頃 紙本墨画 33.0×105.0㎝ 畠山記念館  僧は脚の痛みも獣らの恐怖も忘れて夕景に見惚れた。  その眺望のなかに目指す寺の甍も見えていた。寺からの晩鐘がかすかに聴こえる。 1 旅の僧の挿絵2  *牧谿 (1280頃活躍)《煙寺晩鐘》(左部分) 1 旅の僧の挿絵3  *牧谿 (1280頃活躍)《煙寺晩鐘》(中央部分) 1 旅の僧の挿絵4  *牧谿 (1280頃活躍)《煙寺晩鐘》(右部分)  今すべてが夕闇のなかに消え去ろうとしている。息をのむ光景だった。冷たい一陣の風が首筋を通り過ぎた。 「あっ、歩を進めなければ」  僧はまた山道に分け入っていった。  この僧こそが雪舟等楊。このとき四十八歳だった。 1 旅の僧の挿絵5  *雪舟等楊 (1420~1506)《雪舟71歳 (自画)像》模本 (部分図)重要文化財 絹本墨画淡彩 59.4×28.5㎝(元の絵の大きさ) 藤田美術館 

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