悠久のヴァルール

読了目安時間:2分

エピソード:2 / 9

2 雪舟の失望

 1468年、この前年から雪舟は中国大陸の地を踏んでいた。時代は(みん)王朝の中期。明は1318年から1644年まで326年にわたり大陸を支配する強大な統一王朝であった。異民族国家だった元から漢民族が奪い返した待望の祖国だった。雪舟はこの安定した王朝のもとで修禅を続け絵画を学び直そうとした。もとより中国大陸から禅も水墨画も故国日本に伝えられた。その巨大なる師とも言える中国の大地だった。  しかし、最初の1年間、雪舟にとっては失望の日々が続いた。禅の教えも水墨画も学ぶべきものはほとんどなかった。日本の禅宗も黒衣一つで仏教の真髄に迫るというような、明恵(みょうえ)、道元、円爾(えんに)など捨て身の修行僧が見られなくなっていた。権力者からの強い後ろ盾を受けた立派な禅宗寺院が全国に建立され、禅林内にも権力争いもどきの、仏に帰依した者とも思えない出世争いが見え始めていた。それでも、宗峰(しゅうほう)、関山、一休など禅の奥義に肉薄した魅力ある禅者もいた。雪舟の修行時代にもそういう禅者たちの心意気が禅林内にまだまだ残っていた。しかし、京の街は応仁の乱の勃発で荒廃寸前の只中にあった。雪舟ならずとも禅の源流たる大陸に期待を寄せたくなる。 2 雪舟の失望の挿絵1  *成忍 《明恵 (1173~1232)上人像》1230年頃 紙本着色 145.8×58.6㎝ 京都 高山寺 2 雪舟の失望の挿絵2  *《道元 (1200~1253)像》1250年ごろ 絹本着色 97.5×52.2㎝ 宝慶寺 2 雪舟の失望の挿絵3  *明兆 《円爾 (1202~1280)(=聖一国師)蔵》重要文化財 紙本着色 267.4×139.7㎝ 東福寺 2 雪舟の失望の挿絵4  *《宗峰 (1283 ~1338)(=大燈国師像)》1334年ごろ 絹本着彩 115.5×56.6㎝ 京都 大徳寺 2 雪舟の失望の挿絵5  *墨斎 《一休宗純 (1394~1481)像》15世紀後半 紙本墨画 16.2×26.6㎝ 東京国立博物館  47歳という当時としては老齢とも言える年齢になってから大陸に留学するのは尋常ではない。海を渡るのは命懸けなのだ。難破する覚悟がいる。死を賭しての留学であった。幸いにも雪舟は健康に恵まれ行脚(あんぎゃ)修行の成果もあり、まだまだ若い僧には負けない体力を持っていた。自信もあった。事実その後雪舟は87歳まで生きた。これは当時としては驚異的なことだった。ただ長く生きただけではない。80歳を過ぎても旅を続けていたのだ。とはいうものの、平均寿命が50歳にも満たない時代に47歳で東シナ海を渡るというのはあまりにも無謀だった。 2 雪舟の失望の挿絵6  *遣明船:この船が遣明船かどうかわからないがほぼ同時代の船。  *元の絵:夏永 《とう王閣図頁(とうおうかくずけつ)》元時代 14世紀 絹本墨画 25.5×26.0㎝ 上海博物館:この絵の左部分部

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  • れびゅにゃ~

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    ♡200pt 2021年9月9日 18時28分

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    いいですねっ!

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    2021年9月9日 18時28分

    れびゅにゃ~
  • ひよこ剣士

    菊地理

    2021年9月10日 13時32分

    ありがとうございます。

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    菊地理

    2021年9月10日 13時32分

    ひよこ剣士

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