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夢の別の名前

読了目安時間:8分

かすかな異変

「何なのよーッ」  しつこく追いすがってくる黒い影に、彼女は悲鳴じみた声をあげる。  だが周囲には彼女を助けてくれそうな存在はなく、彼女はただ逃げ惑うことしかできない。小さな身体の背に生える羽根を必死に羽ばたかせ、空を舞った。    ——緑に囲まれた山あいの村【ウインディア】にほど近い森の中、彼女……風の精霊ウィンは見たことのない魔物に襲われた。  大人の掌ほどの大きさの彼女に襲いかかる魔物の身体の大きさは数十倍。一撃でも食らえば、その儚い身体は吹き飛んでしまうだろう。彼女はそれを避けるため必死に移動して敵の攻撃を掻い潜る。  だがこのままでは埒があかない。何か打開策を……思った時、  びゅうっ……  強風が吹いた。  ええい、ままよ! ウィンはその風に乗る。風向きは南西、果たしてどこまで流されるだろうか。逃げるためとはいえ、【ウィンディア】周辺から出たことのない彼女には不安もあった。……だが今はこれしか方法がない。  風に乗ったウィンと魔物の距離が僅かに離れる。だが魔物も一度狙った獲物は逃がさないつもりらしい、同じく風に乗り、しつこく追ってくる。 「ついてこないでよっ」  彼女の叫びは無視され、魔物との追いかけっこはまだまだ続くのだった。    ……すう。深く呼吸する。  眼前には小さな池。その水面が僅かに揺れた、刹那。  ビュッ……!  青年は刀を抜き払い、一瞬ののちに納める。  暫くして身体の緊張を解き、彼は周囲を見回した。いつもと変わらない森の姿がそこにはある。  ……と、 「?」  耳に届く悲鳴。微かではあるが、確かに聞こえた。  青年は周囲の気配を探る。何が、いる?  びゅうっ……強い風が吹き付けた。  それに乗って、何かが青年の目の前に現れる。同時に彼は刀を抜いた。 「助けて!」  直後、小さく、羽根を持った生物が青年の胸に飛び込んできた。彼は左手でそれを優しく包み込むと、右手で刀を構える。 「ガアッ」  青年の目の前で地に降りた二つの黒い巨体が縺れ合った。そのどちらも、魔物。仲違いでもしたのだろうか、魔物同士が戦っている。見たことのない光景だ。すると身体の小さな魔物の首に大きな魔物が喰らいつき、喉を噛み切った。 「ギャアッ……」  どす黒い血を噴き出し、小さな魔物は倒れる。やがて身体が崩れ、消えてゆき……残った魔物が振り向き、青年を睨みつけた。  赤い目にゴツゴツとした灰色の肌、長い牙に長い爪。身体を震わせ威嚇してくる魔物に、青年は慎重に距離を詰める。  ザッ……爪を振りかざし飛びかかってくる魔物。それに対し青年は刀を一閃、直後大きく後ろに飛び距離を置いた。 「離れていて」  そう言って手の中の生物を離す青年。彼女は素直に従い、両者から離れた木の影に身を寄せる。 (魔物……)  この青年、魔物を非常に嫌っていた。表情を険しくし、両手で柄を握り構えを取り直す。呼吸を整え、再び距離を詰め……間合いに入る直前、大きく踏み込んだ。  ギンッ!  刃と爪が交わり、高い音が響く。そこから両者、息をつかせぬ攻防を見せる。  青年が立て続けに斬撃を浴びせるが、魔物は爪を使い器用に捌き、逆に彼は別の手の爪の逆襲を受ける。身を捩ってそれを躱した青年は、左手で魔物の腕を掴むと引っ張り、敵の体勢を崩しにかかった。だが巨体はそう簡単には動いてくれず、仕方なく彼は手を放し距離をとる。  すると、敵の動きを見る青年の肩に先程の生物が飛んできた。 「あたいはウィン。風の精霊よ。協力するわ」 「僕はキュウ」  名乗り合う両者。  その間魔物はこちらの動きを見ていた。出方を伺っているらしい、向こうから攻撃を仕掛けてくる様子は見られなかった。どうやら知能を持ち合わせているようだ。  ……ならば。  キュウは刀の切っ先に自身の力を集中させる。刀が淡く輝きを放ち始めた。そしてその場で刀を振るうと……  ビュンッ!  刀に纏っていた光が飛び出し、一直線に魔物に向かう。 「はっ……!」  それを追うように、キュウ自身も駆け出す。 「風を!」  キュウの声に応え、ウィンは周囲に風を起こす。光の塊が風を受け、左右に揺れながら魔物に迫った。 「グオオッ……!」  払い落とそうとする魔物であったが、光の塊に触れると弾かれたように身を引く。この光、相当の力が込められているようで、触れただけでこの反応。直撃すればただで済まないだろう。  一旦下がった魔物であったが、再び爪を振りかざしキュウに向かう。  と、魔物の背後に回り込んだウィンがその背に向け大風を吹かせた。背中を押される形となり、踏み出す一歩が大きくなる。  ……そこはキュウの間合いの中だった。  刃が横に一閃。魔物の腹を斬った。身を捩り痛みに悶える魔物に立て続けに刃を浴びせ、最後に刃から発せられる光の塊を叩き込む。 「ガアアアアッ!」  魔物の絶叫。そして倒れ伏した魔物はその姿を崩していった。   「はあ……助かった……」  キュウの頭にぺたりと座り込んだウィン。やっと危険から解放されたと大きく息を吐き、安堵した様子で笑った。 「君、強いのね」 「あ……ありがとう」 「で、君、その技は何?」  そして落ち着くと先程の技に触れる。  キュウは刀を納め、池の水面に映るウィンを見た。 「うーん、何って言われても……。おじいちゃんが使っていた事くらいしか分からないよ」 「君のおじいさんが編み出したの? それなら相当の人なのね」  何気ないウィンの言葉にキュウは苦笑してみせる。  そして話は彼女がどうして魔物に襲われたのか、という所に移っていった。 「それが……いきなり追いかけてきたのよ」  しかし、そうとしか説明できないウィンであった。  ウィンディア周辺では魔物自体はしばしば見られるが、精霊を襲うことなど今まではなかった。ついでに言うならば、最初に襲ってきた大きな方の魔物は見たことのない姿のものであった。  彼女は首を傾げ、困り果てた様子である。  一体何が起きたのか。キュウも分からず、首を傾げるばかりであった。  ……と、 「そういえば、ここ、どこ?」  ウィンは大切なことに気づく。  逃げるために風に乗って見知らぬ土地に来てしまった。果たしてここはどこなのだろうか。 「緑の村グリーニングの近くの森だよ」 「ええっ!」  キュウの答えに驚いたウィンは羽根をバタバタと羽ばたかせ、彼の周囲を飛び回る。  【グリーニング】といえば大陸の中央に近い場所だ。大陸の端に近い【ウィンディア】からはだいぶ距離があった。風に乗ってとはいえ、結構な距離を飛んできたことに気づいたウィン、どっと疲れが来たらしい、キュウの頭の上でへたり込んでしまった。 「どうやって帰ろう……」   一人で飛んで帰る間にまた魔物に襲われないだろうか。心配がよぎり彼女は嘆息する。  そんな落胆するウィンに、 「僕が一緒に行こうか」  キュウは微笑んで言う。 「ウィンディアにはおじいちゃんたちのお墓もあるし」  ぱあっと顔を明るくしたウィン、 「助かるわ、キュウ!」  疲れはどこに行ったのか、満面の笑みを浮かべ彼の頭の上で跳ねたのだった。    魔物と戦った場所から少し歩けばキュウの住む村、【グリーニング】に辿り着く。緑に囲まれた小さい静かな村だ。  集落の端にある木造の家の扉を開き、 「ただいま」  入ると、そこにはキュウと同年代の女性が困ったように立っていた。 「マイナ?」  キュウが覗き込むように彼女、マイナに近寄ると、 「あ……キュウくん、お帰りなさい」  彼女は手に持っていた手紙をキュウに見せる。内容を読みにキュウの肩に移動してきたウィンを目にしたマイナ、不思議そうに彼を見やった。 「どうして精霊を?」 「ええと、色々あって……」  手短に先程の出来事を説明すると、彼女は目を丸くする。  と、キュウよりも先に手紙を読みきったウィンは、 「城から呼ばれるなんて、何者なのよ?」  怪訝そうにキュウの顔を覗き込んだ。彼も改めて手紙を確認すると……そこには、この村を含めた東の大陸を治める国の騎士団長から、この家の主を城に呼び出す内容が書かれていた。 「おじさんはいつ戻ってくるんだっけ?」 「明後日くらい、かな……」 「手紙には至急って書いてあるけれど、どうしよう」 「ちょっと待って、おじさん? キュウのお父さんじゃないの?」  ウィンは分からないことがあればすぐに口に出す性格らしい。キュウとマイナは揃って肩を竦める。 「わかったわかった、説明するよ」  椅子に座ると、話を始めた。    ——二十五年前、魔物を統べる存在である魔王と戦ったヒトがいた。彼ら勇者一行は魔王を破り、世界に平和が訪れた……かに見えた。  しかし実際には魔物は滅ばず、ヒトと魔物の争いは規模を小さくはしたが続くことになった。  勇者一行はその後どうなったか。剣士タカヒコは王に仕えるようになり、槍の遣い手ジュンと天才魔法使いシンも密かに国に協力するようになった。しかしその一方でリーダー、『隼の刀遣い』の異名を持つハヤトは魔王との戦いの直後、魔物の手に倒れてしまう。  さて、その時四十を越えていたハヤトには子がいた。ハヤトの技を受け継いだ彼は勇者の孫にあたる子を授かる。しかし勇者の孫が幼いころやはり魔物が現れた。そして勇者の子は魔物の手からわが子を守るために倒れてしまう。止まらない魔物の手は勇者の孫に迫り……それを断ち切ったのは、その場に居合わせたジュンによってであった。それ以来ジュンは我が子と同じようにハヤトの孫を育てたのである。   「話に聞いたことがある勇者の孫が……キュウ?」  一通り話を聞いたウィン、目をぱちくりさせながらキュウの顔を見上げる。魔王と戦った勇者の話は彼女も知っていた。この屋の主がジュンであるならば、城からの手紙も納得できる。そして先程見たキュウの技も。 「それで、父様は出かけているの」  マイナの言葉にウィンは頷き、手紙の中に「早く来て欲しい」と言う文言があったことを思い出し、 「どうするの?」  キュウに尋ねる。 「タカヒコさんには何回か会ったことがあるから、僕が話してくるよ。マイナはおじさんが戻ったら、手紙のことを言って」 「分かったわ」  彼はウィンをに目を向けると、 「ウィンディアに行くのは少し遅くなっちゃうけどいいかな?」 「面白そうだから、いいわよ」  彼女の返事にほっとしたように微笑むと、すぐに出立の準備を始める。 「キュウくん、この手紙を忘れないで」  ジュンは城の者に顔を知られているが、キュウは違う。懐に大切に手紙を仕舞い込むと、 「行ってくる!」  ウィンを頭の上に乗せ、家を飛び出した。    ……これが国を揺るがす事態に繋がっていくことを、彼らはまだ知らない。                       つづく

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