腰巾着騎士の冒険譚!――一周回って普通の冒険者?――

読了目安時間:7分

帰郷

 実の父親であるタラオスが評したように、大公家次男アリストは快活でありつつも信念を持った男だった。  貴族の兄弟など仲が悪くて当然……という常識もネイスタイの3人には当てはまらない。ネイスタイの民草はもとより……自分に無い高い統治能力を持つ兄メキステウスと、我が家に生まれた奇跡の麒麟児アドラスの盾ともなろう。  アリストに取り入ろうとする人間も多かったが、それらを彼はむしろ排除してきた。長男は文弱、三男は見掛け倒し? 本当に目がついているのか貴様ら。穏やかな二人の剣とならんと、武官としての経験を積んできた。  容姿は太すぎで無いものの、がっしりとした肉体で金の髪は短めにかきあげていた。徹底して自分は武人であると周囲に認識されるように過ごしてきたのだ。 「俺じゃないよ。俺じゃない。どうして……」  そのアリストが今は見る影もない。己の居室で、神経質な仕草で顎に手を当てながら否定の言葉を呟き続けている。  そう……アリストは硬骨な人間だった。今回、長兄が死ぬまでは。  メキステウスの死は突然だった。城の優秀な侍医によれば、内臓で病が密かに進行して、ことここに至るまで誰も気付かなったのだ。あのタラオス大公の健康を診る男でもある彼は、嫌疑であろうと敵意であっても受け止める覚悟で決然と述べた。 「これは決して毒などによる死にあらず」  それを聞いた大公は力強くうなずいたものだった。よくぞ言ってくれたとばかりに、その目に新たな敬意を宿らせて侍医を見つめたものだ。そう発言した以上、毒殺であったということにしたい(・・・)連中に敵とみなされる危険を承知の上での言葉であった。大公の信頼を得るのも当然というべきだ。  しかし、世の中はそれで収まるはずもない。噂話や陰謀論の好きな中堅層や貧しい人々にとって、貴族が“普通に”死なれても全く面白くないのだ。メキステウスは実はろくでなしだった、嫉妬した父親に殺された、そして……弟が後継者になるために殺した。そうした説が巷を飛び交った。なぜならそっちのほうが面白いからであり、問題が長引くほどに利権に食い込める場面も増えるのだから止まらない。  敬愛する兄の死に対して、アリストは泣いた。立場上泣けないであろう父の分まで、泣きに泣いた。その涙に対する報酬は疑念の目だった。裕福な家の兄弟仲が良いなど許されて良いはずもない。それが民衆と木っ端の心理だった。  物質的に恵まれた者が、精神的や人格的に優れているはずがないという、嫉妬を土台にした陰謀論は時間が過ぎるに連れ加速していく。侍医の見立てなど皆忘れ去る。事実や真実など誰も求めていないのである。自分が信じるものが正解であって、自分より裕福に生まれてきた者は自分より下に落ちてしかるべき。  常日頃は持て囃していた者が弱みをみせれば、一転して崖に蹴り込もうとする。人間というものの度し難さであった。  城内を歩けば、長兄殺しの噂は本当だろうかとささやきあう声がする。時には直接聞いてくる者さえいる。  アリストの素質は武官だが、彼は今までこうした妬み嫉みに出逢った経験が無かった。兄が生きている内は理想の弟と見られていたのに、死ねば一転して怪物のように操られる。  次第にアリストは元来の気質から離れて行っていたが、天は次男坊を見捨てはしなかった。三男アドラスが帰還したのだ。 /  速度を抑えていたとはいえ、騎馬での行動は馬車の移動よりは速かった。手持ちの金銀では上質な馬を買えはしなかったが、そこそこの馬を買った。おかげで貯蓄はほぼ無くなったが、2頭同時に購入するということでかなり値切れたように思える。しかし、専門の商売人相手なので、本当に安く買えた保証は無かった。  アドラスとアレイオンは生粋の騎士なので良馬に惹かれる。断念した二人の騎士は最後まで未練がましく良馬を見ていたので、買われた馬はさぞ不服だっただろう。 「まずはアドラスの居館に向かおう。下手な格好で参代するのもまずいが、時期を外しているとさらに厄介だ。俺たちはある程度礼儀に通じてはいるが、大公との縁によるところが大きい。今頃領内はさぞ人の不幸を見に来る連中に溢れているだろうから、有象無象にあれこれ聞かれるのは御免こうむる」 「……は? 三男なのに居館!?」 「驚くのは分かるが、ネイスタイは領土が広い上に肥沃な土地だ。加えて大公と家宰が辣腕と来れば、その身代は相当なものなんだ。なにせタラオス大公の権勢はもはや国と言ってよく、テーバイの大王はアルゴスよりも、むしろネイスタイを仮想的敵国とさえ見ているほどだ」  背後で驚くコレーの声が新鮮だ。通常の貴族であれば、次男は予備で三男はどこかへ養子が良いところだ。そんな常識は大公領では全く通じなかった。家の規模が違いすぎるのだ。  アレイオンはコレーが馬に乗れないことを意外に感じていたが、考えてみれば結構な約得であることに気付いていた。更に二人は同じ銀の加護を泉の女王から下賜された身であるため、半身と接しているような安心感があった。  素晴らしいことだが……レイアはアドラスの後ろに乗っているため、気色悪い笑い声を上げている。それを見ると本当にコレで良かったのか怪しく思えてきて、アレイオンは思考を変えた。  さて、これからどうするか。もっとも大事なことは目標を見失ってはならないことにある。  貴族として大公の位を狙うというのが、真っ当な貴種の思考だ。しかし、アドラスとアレイオンにとっては違う。子供の頃に誓いあった漠然とした夢。地位や立場を鼻にかけない英雄になることこそが目的なのだ。  ゆえにアドラスとアレイオンにとって、故郷での活動は“たまの里帰り”にしなければならない。アドラスの天才的直感によって、ある程度の騒動は仕方ない。だが大まかな向きを考えて置かねば、脱線しすぎてしまう。それこそが今回絶対避けなければならないことであり、もっとも奇妙なことだった。 「アレイオン。ここで私達がどうするか、聞かせてくれ」 「リーダーのセリフじゃないな。分かりました。我々がやるべきことは2つです。自分たちを維持すること、そしてアリスト様を守り抜くことにあります」 「あー、どういうこと?」  コレーとレイアは冒険者として仲間になったので理解できないだろう。構わず、方針と行動をアレイオンは語ることにした。馬に揺られているとかえって思考が落ち着いてくる。 「長兄のメキステウス様がお亡くなりになられた現在、大公継承権の第一位はアリスト様です。しかし、もしアリスト様にもしもがあればタラオス大公の兄弟とアドラス様に継承権が回って来ます。夢を叶える気が今もおありなら、アドラス大公の誕生は絶対に避けねばなりません」  女性二人はますます理解し難い顔になってくる。普通は大公位の方が宝と言えるので無理もない。むしろそっちのほうがマトモな思考である。しかし、アレイオンの主君はその目を真っ直ぐに向けてくる。 「分かった。全面的に賛成だ。まぁ私がアレイオンの意見を退ける方が間違っているけれどね。具体的にどの順番でことを運ぶんだい?」 「居館で身支度を整えた後、大公閣下に挨拶を。葬儀は終わっているでしょうが、メキステウス様の墓前に礼を尽くします。その後で、アリスト様が未だ城内に籠もられているようなら、居館へとお誘いください」 「分かったけど、何で兄上が部屋に籠もるんだ?」 「あー、あの方は優秀な武官ではありますが……家族のために無理をしておいでです。本質的にはメキステウス様よりお優しい方だと、私は見ていました。昔気質の武人然とした姿は、自分でも思い込もうとする演技かと。恐らく、口さがない連中の言葉によって心痛が限界に来ているでしょう。分かりやすく言えば、心が折れる寸前でしょう」  それをアドラスが察せられないほどに、アリストは武人になりきっていた。だが、アレイオンは何度かアリストに声をかけられたことがあり偶然ではあるが彼の人となりを察する機会を得ることがあったのだ。 「それは……急ごう。他ならぬ私の腰巾着が言うことだ。間違いは無いだろう」 「御意に。まぁアドラス様にも良いことが近くなりますしね」  珍しく含みを持たせた言い回しをするアレイオンは、アドラスの馬に追いつこうと拍車をかける。さて、喜ぶのは間違いないが……過剰に反応しないかが問題だ。ともあれ、せっかくの里帰り。問題を解決すると同時に、心休まるひと時があっても良いだろう。  アレイオンは臣下として出来得る限りのことをしていた。

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