腰巾着騎士の冒険譚!――一周回って普通の冒険者?――

読了目安時間:6分

執務室前

 城内でも奥まった区画。来客を迎えるよりも、誰かしら常に詰めている空間であるためにほんの少しずつだが過ごしやすさを重視したデザインに変わってくる辺りだ。  大公の執務室へと向かった若き主従は、大公の執務室の前で年老いた執事にまず会うこととなった。  一人は痩身で鍛えている者ではなく、灰色の髪が年季を語っていた。体によく合っている着こなされた服も本人の仕事ぶりが表れているのか、シワひとつ無い。  彼こそはこの広大な領地を差配する大公の助手であり、人事の全権を握っていると言っても過言ではないスチュワード・メラムだ。  上級使用人の中でも最高の地位にあるスチュワードの一人であり、領地経営に携わるランド・スチュワードとして最高からすら頭一つ抜けた地位を持つ。その権限と権威は下手な貴族では影も踏めないとさえ言われている。  ……正直なところ、アレイオンは彼を苦手としていた。  スチュワードは使用人であると同時に権力者だ。へりくだれば舐められ、居丈高に出れば報復が恐ろしい。  メラムが大公と大公国に与える影響力を考えれば、アレイオンがごとき新参の傘下騎士など蝋燭の火を吹き消すような容易さで抹殺できるだろう。それも生命的な意味と社会的な意味の両方でだ。 「お待ちしておりました、サー・アレイオン。そしてアドラス様」  初っ端から難問を突きつけられた学生のような気分をアレイオンは味わった。主従の従であるアレイオンの名を先に挙げたのは、アレイオンが建前でも独立した一家の主だからだ。  一方でアドラスはメラムから見れば主人の三男に過ぎない。不敬にはならないが、大公家のことを考えればまずやらない順番だ。それが出来るのはメラムがタラオス大公のまさしく側近であるからだ。パートナーとさえ言える。  つまり、メラムにとってはアドラスは敬いこそすれ絶対な相手ではないということであり、言外にお前の威光は通用しないと言っていた。  アレイオンは僅かの間にじっくりと頭を悩ませた。……メラムは確かに苦手な人間ではあったが、不仲というわけでもない。というよりは、そもそも不仲になれるほどに接触できる男では無い。  それがなぜ大公の執務室の前でこんな態度に出る? 実は自分(アレイオン)のことを嫌っていた? それとも子息に付く派閥としてアドラスに反目している?  ……どれも違う。それだけははっきりとしている。  特にアドラスの兄弟達にメラムが付いており、アドラスを蹴落とそうとしているというのは絶対にない。  なぜならメラムは大公とともに後継者を選定する側の存在であり、誰が後を継ごうともメラムの権力に傷はできない。  アドラスの兄弟たちが底抜けの阿呆ならばメラムもそうしたことを警戒しただろうが、広大過ぎる大公国を領主一人で差配することができると信じるほどの馬鹿はいないのだ。  いずれは自分の腹心を入れるにしても、まずはメラムの手腕を学ばせるだろう。    自分のことを嫌っているということはまぁ無くは無いだろうが、その程度の器量の人物では大公のパートナーは務まらない。  正解は……と目まぐるしく回転する頭。こうした時にもっと良い頭に生まれつきたかったと思うが、それも良し悪しだろう。 「騎士アレイオン、お召によりアドラス様をお連れしました!」  悩んでいると体が勝手にビシッとした姿勢を取り、そう声を張り上げていた。メラムは悪戯っぽい似合わぬ笑いを唇に乗せた後、扉へと二人を案内して通す。 「60点です。サー・アレイオン、全くの不正解という訳ではありません。その調子で学んでいくといいでしょう」  すれ違い様の声は温かみが僅かに感じられた。だが、それがかえって不気味に思えてアレイオンの身体に震えが来る。  不正解だった場合、自分はどうなっていただろうか? 権力者というのは切り替えが異常に早い。温かさと冷たさを容易く両立させる人種だ。  アレイオンは無意識に首筋に手をやりそうになって、すんでのところでそれを押し留めた。 「堪えたか。少しは大人になったか? 鎧磨きをしていた頃が懐かしいな、アレイオン。まぁお前は妙にそれが似合っていたが」 「サー・マイオン! ご無沙汰しております!」  奇妙に角ばった印象の騎士が現れて、アレイオンはほっと胸を撫で下ろす。この人物は試してくるようなことはしないと知っていた。  老齢だが今も鍛錬は怠っていないのだろう。流石にフルプレートアーマーではないが、城中務めでもダブレッドの下には鎖帷子を纏っている。その証拠に微かに油の臭いを漂わせていた。  髪もヒゲも白い。一定の長さで刈り揃えられており、サイコロのようだ。  大公直属の騎士。その中で最古参にして筆頭。笑顔のまま如何なる敵も叩き殺すと言う生きた伝説だ。アレイオン自身、先輩であるプロマコスからは翼獅子を笑顔で地面に叩き落としたと聞いたことがある。  冗談のような数の武勲を持つ人物であり、何よりも身体を酷使する実戦騎士でありながらこの歳で未だに現役という怪物。  敵になれば悪魔の笑みだが、味方であればこれほど頼もしい人物は他にいない。彼はサー・プロマコス達とは違って残ったようだった。大公の身はマイオンがいれば何も問題は無いということかもしれない。  そして実際にそうなのだろう。 「メラム殿はああだが、お前たちが独り立ちするとなれば厳しいことの一つも言いたいのだろう。あまり気にするなよ」 「サー・マイオン」 「おっと口が滑った。すまんなメラム殿」  意外なことにメラムもまたアレイオン達を案じているらしい。しかし彼のやり方は耐えうるかどうかを試す意味合いが強いがために、心配された者たちにとっては非常に迷惑だった。  マイオンの豪放な性格はメラムの怜悧な性質を受け流せてしまうようで、雰囲気も柔らかくなる。 「ともあれ、お館様の仕事もそろそろ終わった頃だろう。入るには丁度いい頃合いだと思うぞ。まぁメラム殿の意地悪もそのあたりに原因があるのだろうが」 「サー・マイオン。私は意地悪などしません」 「おっと、そうだった。そうだった。さ、さ。面倒なことはさっさと済ませてしまえ。終わったら酒でも飲もう」  扉の前に押しやられてしまう二人。マイオンは公子が相手だろうと遠慮などしない。その理由はメラムとはまた別のものだ。彼にとって二人は身分云々以前に前途有望な若い騎士であり、導き慈しむ相手なのだった。 「いるなぁ……父上」 「はぁ。そりゃいますよ。扉の向こうから圧迫感を出せる方というのも、そうそういないでしょうし」  二人の引け腰など気にせずに、メラムが流麗な動作で扉を開けてくれる。  事前に一言も無いのはこれがスケジュールの通りだからだろう。あり得ないことにこの執事は門前でアレイオンとアドラスがするちょっとしたやり取りすら勘定に入れていたのだ。 「入れ。時間は有限だ」  中から響いたのは働き盛りの中年男性の声。そこには威厳という調味料が嫌というほどに載せられている。  その声を聞いた途端に、アレイオンとアドラスは機械のように動いて室内に足を踏み入れた。声の主……大公タラオスの命令はこの地においては絶対だ。差配を任されていることを考えれば、大王の命令すらはねつけることが可能なほどの権力。  この地を統べる領主にして王。タラオスが威厳をまとわせてそこにいた。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • ひよこ(重)

    ハマグリ士郎

    ♡1,000pt 2019年6月11日 19時04分

    アレイオン好き

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ハマグリ士郎

    2019年6月11日 19時04分

    ひよこ(重)
  • クトゥルフ

    松脂松明

    2019年6月11日 21時28分

    まさかこの地味を好きな人がいるとは……! ありがとうございます!

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    松脂松明

    2019年6月11日 21時28分

    クトゥルフ
  • 男戦士

    ミノ

    ♡500pt 2020年8月27日 7時12分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    NICE

    ミノ

    2020年8月27日 7時12分

    男戦士
  • クトゥルフ

    松脂松明

    2020年8月27日 7時29分

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    ありがてえありがてえ

    松脂松明

    2020年8月27日 7時29分

    クトゥルフ
  • 真田幸村

    鉢棲金魚

    ♡400pt 2019年6月9日 23時11分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    これは興味深い

    鉢棲金魚

    2019年6月9日 23時11分

    真田幸村
  • クトゥルフ

    松脂松明

    2019年6月11日 21時29分

    応援ありがとうございます! 興味はありがたいことです

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    松脂松明

    2019年6月11日 21時29分

    クトゥルフ
  • 探偵

    美風慶伍【旋風のルスト】

    ♡300pt 2020年1月24日 0時23分

    大公きたー! 威厳がすごい

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    美風慶伍【旋風のルスト】

    2020年1月24日 0時23分

    探偵
  • クトゥルフ

    松脂松明

    2020年1月24日 1時00分

    パパです 色々面倒な威厳を放ちます 主に息子に

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    松脂松明

    2020年1月24日 1時00分

    クトゥルフ
  • 2周年記念ウルスラ&女子作家ちゃん

    六篠壱岐

    ♡200pt 2019年6月15日 16時39分

    場の風景だけでなく、匂いまで漂ってくるような細緻な描写。地に足のついた重厚感ある、けれど読み辛さを感じさせない軽妙な筆致が素晴らしい。戦闘シーンは無くても緊張感が伝わってきます。 一話ごとに適度な読み応えがあるのもよきカナよきカナ(*´ω`*)

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    六篠壱岐

    2019年6月15日 16時39分

    2周年記念ウルスラ&女子作家ちゃん
  • クトゥルフ

    松脂松明

    2019年6月20日 8時47分

    コメントありがとうございます! 読みやすかったらとても嬉しいのです 地味めなのですが戦闘もあるにはあるのでよろしくおねがいします

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    松脂松明

    2019年6月20日 8時47分

    クトゥルフ

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 死後につくる新しい家族

    血は繋がってないけど、俺たちは家族

    10,250

    0


    2021年7月26日更新

    30歳の独身おじさん、タカノトモユキは仕事中の不慮の事故で即死してしまう。 死んでしまったタカノは身に覚えのない手続きが認可されたことによってわけもわからぬまま異世界へ飛ばされることに!? 行きついた先は魔法使いに獣人、未知の生物たちがひしめくなんともファンタジーな世界。 そこでタカノは街で謎の家出少女ミラと出会い、なりゆきで彼女の養育者に!? 自分と少女の生活のため、おじさんの異世界奮闘記が幕を開ける!

    読了目安時間:38時間43分

    この作品を読む

  • 異世界四人グループ

    始めて投稿です!

    0

    0


    2021年7月26日更新

    お楽しみです。

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:1分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 消えゆく世界で星空を見る

    人の行動は、善と悪の二面を兼ね備えている

    77,950

    3,942


    2021年7月25日更新

    現実の世界。妄想の世界。夢の世界。 どれも同じ世界。 七百年間に渡る人間と神の死闘の末、救世主によって神は殺された。 それから五十年の歳月が流れ、人々は穏やかな暮らしを取り戻していた。 月見里諦止は生まれ落ちてから二十七年間を、幼馴染の鳥柿咲音と共にポソリ村で過ごしてきた。 だが、そんな穏やかな日々に再び暗雲が立ち込める。 二人の前に現れたのは、星空をそのまま切り取ったかのような存在。遥か昔に世界を滅ぼしかけた星影という生物だった。 御伽噺として語られていた星影という存在は何故再び現れたのか。 その理由を探るために、神殺しの救世主として知られる男が統べる国、桜樹国に月見里諦止は向かう。 果たして、世界が滅びる前に再び星影を封印することができるのか。 月見里諦止の前に現れた謎の男は何者なのか。 愛から始まった復讐の物語。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:4時間34分

    この作品を読む

  • ルディアと王都防衛隊 ~海の国の入れ替わり姫~

    この夏完結!精神交換SF戦記ファンタジー

    3,119,950

    11,200


    2021年7月25日更新

    謎の誘拐犯に拉致された翌日、王女ルディアは自分をさらった賊の一味、剣士ブルーノと入れ替わっていた。 地位も権力も失うわ、乗っ取られた身体で初夜を済まされるわ、散々なことだらけ。おまけに「ブルーノ」として所属する防衛隊は左遷で国外へ。 持ち前の愛国心と根性でルディアは肉体の奪還を目指すけれど……!? 謎が謎呼ぶ異色SFファンタジー! ■毎日更新中!(⑭よりノベプラ先行更新です!) ■59000PV突破感謝です! ■最高順位日間総合1位、週間SFジャンル1位、年間SFジャンル3位、累計SFジャンル9位、年間総合22位、累計総合67位など達成! ■感想やレビューや応援いつもありがとうございます!! 初見の方も大歓迎です!! 序盤の情報量多めですが、流して読んでもだんだん頭に入る作りになっています~! タフな主人公の頑張りを追いかけていただければ幸いです! (イラスト/渡太一さん) 孫野ウラさんに二次創作短編「海石」をいただきました!(https://novelup.plus/story/695115744)

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:66時間31分

    この作品を読む