辺境夫婦善哉-ひきこもり雪獅子公と陽気な嫁様-

読了目安時間:9分

エピソード:33 / 47

皇妃ショウハの家出編

第三十二話

 クォンシュ帝国ウェイダ領領主トウキ・アヴィロの執務用の部屋の卓の上には、台のついた鏡のような形の術具がある。遠く離れた地にいる身内や友人・知人と連絡をとるためのものだ。  その、相手の姿を映す部分の盤を、トウキは何か思い悩むような表情でくるくると回していた。茶器の乗った盆を持ってきたマイラが、首を傾げる。 「どうかなさいましたか、旦那様」 「……明日、キクロ兄さんたちが来る」 「はい」  ウェイダ領国境警備隊は、トウキの幼馴染みで師のような存在でもあり、歳若くして軍の事務方の長で皇帝直属の術剣士隊『白梅』の隊長を務めるキクロ・ファローシェ・オーギが自ら選び出した術剣士のみで編成された部隊であるため、数年に一度「責任を持って」キクロ自ら様子を見にやってくるのだという。この件に関しては、マイラの弟ドウジェの来訪のときとは違い、ちゃんと事前に話を聞いていたので準備は万端だ。マイラは盆を卓に置き、ぐっ、と力強く両拳を握る。 「大丈夫です、準備はばっちりですよ!」 「……すまない、マイラ、その」  また何か、予定外のことが入ったようだ。マイラは、ゆっくり、静かに下げたその両手を卓子について、やや(うつむ)く夫の顔を覗き込んだ。 「何か、あったのですか?」 「……来るのは、キクロ兄さんと、ウティラ」 「奥様ともう一人のお嬢様は」  旅行がてら一家四人でやってくると聞いていたが、父と長女の二人だけになったという。 「ああ、三人目ができたから大事を取ったそうだ。マルウ……下の子はまだ小さいから、母親と一緒にいさせた方がいいだろうと」 「それはおめでたいですね! 御祝いの品を用意しなくちゃ!」 「うん、そうだな、考えておこう。……それは、それとして、なんだが」 「はい」  トウキは卓上に両肘(りょうひじ)をつき、顔を覆った。 「…………どうしよう」  何か深刻なことが起きたらしい。夫の横に移動し、少しだけ腰を屈めて、マイラはそっと(ささや)くように訊く。 「何が、あったんですか」 「……一緒に、ショウハ様も来る」 「はい?」  皇妃ショウハ――大陸北方の強者の国ヴェセンの猛王リラダの姪、クォンシュ皇帝リュセイの二人目の側室。瞬く星の精を思わせる繊細な容貌の美少女ながら、大人の男の剣士をも唸らせるほどの剣の腕前を持つという勇ましき姫君だ。二人は皇帝に謁見するために都へ行った際、直接会って話をしている。  夫婦は、部屋にたった二人きりであるにも関わらず、何故かそのままこそこそと小声で会話を続ける。 「一応『お忍び』だそうだが……目立つだろうな」 「お美しいしとってもお強いですからね、ショウハ様は」 「……その、実は……リュセイはこのことについては知らないらしい」 「えっ? 何故です?」 「詳しいことはよくわからないが……リュセイと喧嘩(けんか)したんだそうだ」 「えっ」  あの、年齢差がありながらもいい関係を築いていそうだった皇帝と皇妃が?  驚きのあまり、マイラは一歩下がり、しかし声は潜めたまま、返した。 「喧嘩、ですか」      ◎     ◎     ◎  空は晴れ、庭先に植えられた花の香りがほんのりと鼻孔をくすぐり、春の訪れを告げるようになった。  そんな昼過ぎに一行は到着した。迎え出たマイラを見るなり、馬車を下りた美貌の皇妃ショウハから輝くような笑顔がこぼれた。 「マイラ! 会いたかった!」  よほど嬉しかったのか、駆けてきて抱き付く。腕の力が強い。  トウキとマイラが都の宮廷へ赴いた際、ショウハはマイラがヴェセンの言葉を少しだけ話せると知るや、滞在中のほとんどの日程で食事を共にしたがった。宮廷では嫁ぎ先に馴染もうとクォンシュの言葉を懸命に学んで話すようにしていたのと、宮廷内で皇妃と対面できる者は限られており、しかもその中にはヴェセンの言葉を話せる者があまりいないというので、(さび)しかったのだろう。  マイラの方も、まだ子どもでありながら遠方から嫁がされた彼女の気持ちを察して、できるだけ相手をした。おかげでマイラは皇妃ショウハから好意的な感情を向けられるようになり、ときどき術具を使いリュセイと話しているトウキからも、ショウハが会いたがっているという話は何度も聞いていた。ゆえに、今回の家出もマイラのいるウェイダが選ばれたのは仕方のないことだったのかもしれない。 「いた、いたた、ショウハ様、力、弱く、お願いしますっ」 「ごめ、ん。……領主、少しの間、頼む」  まだ少し片言(かたこと)ではあるが、初めて会ったときよりはかなり通じるようになっている。ゆっくりなら充分会話が成り立ちそうだ。 「ようこそ、いらっしゃいました。楽しんでいって、いただければ、幸いです」 「あり、が、とう」  微笑む姿はまことに可愛らしい、のだが――少し動くだけでふわっと舞う透かし織の飾り帯には、よく使い込まれた剣が差し込んである。マイラが同じことをすれば「せっかくきれいなの着てるのに」とエシュに叱られるところだが、強さと美しさ両方を重視するヴェセンの女にとってこれは普通のことである。 「はぁ、やれやれ、やっと着いたってところなのに、皇妃様は元気だねぇ」  よっこいしょ、などと呟きながら、今度は娘を抱っこしたキクロが馬車から出てくる。ずり落ちそうな銀冠を何とか頭に引っ掛け直してから、次はつるを摘まんで眼鏡の位置を正す。 「や、しばらくぶりだねトウキ。えぇー、と……お初にお目にかかります姫君、こんな格好で失礼。娘が寝てしまって」  侍女シウルが進み出て、キクロの腕から眠る幼い少女が起きないように気を付けながら抱き上げる。 「お疲れ様、兄さん。ウティラぐっすりだね、部屋で寝かせておこうか。……ショウハ様、申し訳ございません、少々失礼致します」  姪を抱えて先に屋敷へ向かうシウルの後ろ姿を、ショウハはマイラにしがみついたままじっと見ていた。そのまま、 「……じむちょ、兄、妹」  ぽそぽそと言う。マイラはそっと離れて、笑いかける。 「はい。あの方は、キクロ様の、妹君の、シウル、です」  するとショウハは、その可愛らしい顔を容赦なく(しか)めた。 「シウル。へーかの好きなひと」  その一言に、場が凍り付いた。  何故この遠方からやってきたうら若き皇妃がそんな内々のことを知っているのか。  リュセイ本人が言ったのだろうか。あの男ならば言いそうだが。  そしてアヴィロ夫妻は悟った。  皇帝と皇妃の夫婦喧嘩の原因は、まさしくそこにあるのだと。  落ち着こう――ひとつ、深呼吸して、マイラはショウハの手を引いた。 「ショウハ様。お茶と、とっておきのお菓子を、ご用意したんです。とりあえず、一休みしませんか」 「お茶?」 「スリシュ入りの、お茶です。ヴェセンで、お飲みになられていたでしょう?」 「スリシュ、茶! よい、嬉しい! マイラ、あり、がと!」  笑顔に戻った皇妃と上手い具合に皇妃のご機嫌をとった領主の妻がはしゃぎながら屋敷に向かうのを見送り、トウキはキクロを少し、(にら)んだ。 「何て厄介なものを連れてきたんだ」 「そう言わないでよ僕も被害者なんだよ、無理矢理ついてこられたんだから」  キクロは苦笑する。 「彼女はまだまだ子どもだ、大目に見てあげてくれないかな。きみの奥方と仲いいって聞いたし、きれいでのどかな田舎で一緒にキャッキャしてるうちにほとぼりも冷めるさ」 「確かにマイラなら上手くやってくれるだろうが……シウルが危ないんじゃないか? あんな可愛らしい娘だが、よりによってヴェセンの姫だぞ」  ヴェセンの民は血気盛んで戦場を好み、女も優秀な戦士として育てられるといわれている。ショウハも例外ではない。 「いくら皇妃様があのヴェセンの民でシウルに()いてるっていったって、いきなり斬りかかったりはしないよ。もしそうなったとしても、シウルはこの僕の妹なんだから大丈夫に決まってる」 「……まぁ、うん、それは、な」 「ほらぁ、ただでさえ根暗なんだからそんな顔しない! ウティラもきみに会えるの楽しみにして来たんだよ。起きたらいっぱい遊んであげてね! 子育ての練習だ!」  にこにこしながら力強く肩を叩いてくるキクロの手をトウキは振り払った。 「だから圧をかけるのはやめてくれ」 「あっはっはっは」      ◎     ◎     ◎  その日の夕食は賑々(にぎにぎ)しくも、少々異様な空気であった。  何しろキクロの娘ウティラはお昼寝から目覚めてからずっとトウキにべったりとくっついているし、皇妃ショウハもほとんどマイラの(そば)から離れず、マイラよりももう少しヴェセンの言葉が話せるルコと三人で会話に花を咲かせている。  元々他人と接するすべを父から叩き込まれているマイラはさほど苦にしていないが、問題はトウキの方だった。ちらちらと助けを求めるように視線を送るものの、お喋りに夢中な妻にはなかなか気付いてもらえずにいる。客人をもてなそうにも幼子に貼り付かれているし、妻は客人に取られっぱなしであるし、散々である。まだ一日目だというのに既に疲れた顔をしている。 「悪いことしちゃったなぁ」  全然そう思っていなさそうな顔で杯をあおるキクロに、シウルが溜め息をつきながら空いている皿を下げ、新たな酒のつまみを供する。 「そう思ってるんならどうにかしてあげて。あれじゃトウキ仕事できないしウティラもそのうちトウキのお嫁さんになるとか言い出すよ」 「トウキが義理の息子かぁ。僕は全然構わないけど」 「あの子奥様しか眼中にないよ、ウティラが可哀想になるからやめときなよ。……にしても。何かショウハ様、私のこと避けてない?」  シウルが声を掛けると、ショウハは渋いものを口にしたような顔をして、マイラの(そで)をぎゅっと握って隠れてしまっていた。最初は好戦的なヴェセンの民でも人見知りするのかと意外に思っていたのだが―― 「ときどき睨まれてるような気がするし」 「そりゃそうさ。きみはクォンシュ皇帝リュセイの最愛の女性なんだからね」  兄の言葉にシウルは危うく皿を取り落としそうになった。思わず主人夫婦と客人たちの方を確認するが、運良く見られていなかったようだ。小声で兄に詰め寄る。 「は!? 何それ!? 何でそんなっ、」 「妬いているんだよ。リュセイのこと大好きみたい」  来客のため薄く紅を引いていたシウルの口から先程のものより大きな溜め息が漏れる。 「あいつ、天然たらしだからなぁ。……でも私はあいつの嫁になれないんだし、気にしなきゃいいのに」 「なれないなんてことはないさ。リュセイ、諦めてないみたいだよ」 「諦めろって言っといて」  肩をすくめて返事の代わりとしたキクロは、また一口酒を飲む。 「まぁ、そうは言っても、好きな人から別の誰かの名前を聞けば気になってしまうものじゃないか? 特にあの年頃の女の子にとっては。きみも身に覚えが」 「そんなの全然ございませんわ、兄様」  会話を強制的に終了し、シウルは皿を持って台所へと下がっていった。

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