辺境夫婦善哉-ひきこもり雪獅子公と陽気な嫁様-

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エピソード:11 / 45

第十話

「何で教えてくれなかったんだっ!」  赤い髪の少女が、自分の身の丈よりも大きい古木の杖をぶんぶん振り回す。それを、 「恐れながら、龍女。教えるも何も、力を使い果たして眠っておられたではないですか」  剣を携えた男が涼しい顔で回避する。小さな龍女は更に熱くなった。 「それが妻、しかもこの国の帝を導く者に対する台詞か! 冷たい! 頭が高い! しゃがめ愚か者が! そして避けるな!」 「それが夫、しかもこの国を護る役目にある者に対する所業ですか。緊急でもないのに職務中しかも夜勤中に軍本部に来ないで下さいと何度も申しております」  溜め息をつきながら、帯に差し込んである剣を鞘から抜かぬまま下から振り上げる。 「わっ」  龍女アルマトの大杖が弾かれ、天井に当たった後落下し、跳ね上がりながら部屋の片隅まで転がっていく。アルマトは頬を思い切り膨らませながら、小走りで杖を取りに行った。 「無礼だぞ将軍!」 「だとしても私も無闇に殴られたくはありません。……トウキの婚姻の件、お知らせするのが遅れたことお許し下さい、我が愛しきアルマト」  未だ鼻息の荒いアルマトに近付き、手を取りその指先の小さな爪に軽く唇を押し当てる。アルマトがむっとした顔のまま両腕を男に向けて広げた。その求めに応じ、男がアルマトの小さな体を抱き上げると、 「許す」  それまで幼い少女だった姿が、艶やかな若い女性に変わった。白い腕を男の首に絡め、愛おしそうに頬ずりをする。 「やはりお前といるときはこちらの方が絵になっていいなゲンカ」  男──将軍ゲンカ・ツォウ・クォンシュは、年齢よりいくらか若く見える顔を(しか)めた。 「……いきなり元の姿に戻るのはやめていただきたい。武人とて重いものは重いのです」 「の、割にはびくともしないではないか。流石我が父の加護を受けし一族の子よ」  笑いながら、アルマトは夫の腕から下りた。途端に、また少女の姿に戻る。 「で。あれの妻とはどんな娘だ?」  ゲンカは執務用の机の椅子を引き、アルマトを座らせると、わざわざ机を挟んだ向かいに移動して左腕の腕章に手を添え敬意を示した。 「ファンロン王の弟の孫と聞いています。幾月か前にグォルチの司法院に来訪した司法官を父に持つ賢い娘だとか」 「『だとか』? ゲンカ、お前会っていないのか」 「恐れながら、龍女。貴女が眠りについている間、都の守護は完全に軍のみに依存されます。つまりウェイダに行っている場合ではなかったのです」 「我のせいだと言うのか!」 「いいえ龍女。此度(こたび)の貴女の眠りは天災によるもの。非があるどころか、都を護られた貴女は賞賛されるべきです」 「そうだろう! 褒めろゲンカ! 褒め称えろそして敬え!」 「それは陛下に求められるべきでは」 「あんな小僧に褒められて何が嬉しいものか。お前が褒めろ、それがこのアルマトの夫たるお前の務め」  この国の皇帝とは別の権威ある存在に、将軍は表情と礼の姿勢を変えぬまま軽く頭を下げる。 「アルマト、貴女は素晴らしい、そして美しい」 「そうだろうとも! 我こそはクォンシュの祖、偉大なる赫き龍の娘アルマト! すごくって美しいのだ!」  椅子の上で胡坐(あぐら)をかきふんぞり返る龍女。ゲンカ・クォンシュは知っている。この気ままな半人半龍は、自分が接している限りは適当に持ち上げておけば大抵機嫌がいい。 「しかし、だ、ゲンカよ」  大杖をわざとらしく床について鳴らし、アルマトはにやりと(わら)う。 「あれは妻を迎えたというのに何の音沙汰もない。随分な親不孝であるな? これはお仕置きが」  言いかけたところに、 「恐れながら、龍女。現在トウキは妻に迎えたファンロンの姫を連れてこちらへ向かっています」  ゲンカが制止した。彼は知っている。このとてもそうは見えないが自分より遙か年上の妻は、半分人間でないがゆえか、ときどきとんでもなく人でなしになる。非道なことをさも楽しそうに言ったりしたりするものだから、「お仕置き」なんていうことは彼女にさせてはいけない。  幸いにも龍女の気はお仕置きからは逸れた。 「ほう。来るのか。出てくるのか、あの引き籠もりが」 「相手は妾腹の血筋とはいえファンロン王家の者。国同士の縁を結ぶ婚姻であると陛下とファンロン王が認めている以上、一度陛下に謁見するのは義務です」 「ならばあれも出てくるしかないか。……ふぅん、そうか、成程な。ファンロンの」  立ち上がったアルマトは、大杖を己の肩に立てかけて、右手の人差し指と左手の中指、左手の人差し指と右手の中指の腹を合わせて、開いた空間を片目で覗く。何かを()ている、とゲンカは察した。 「何をご覧になっているのですか」 「なに。嫁御の予習でもしておこうかとな。……ほう。美人ではないが、しかし愛嬌がある。…………ん? ……はぁん、成程、そうか。あの娘、そうか。ふふ」  手の構えと術を解いたアルマトは、杖を持ち楽しそうに笑いながら部屋の出入り口へと向かった。笑顔を見たゲンカは再度、顔を顰める。 「龍女」 「案ずるな、悪いようにはせんさ。我が子の嫁だぞ」 「貴女の『案ずるな』は案ずるに値するから案じざるを得ないのです」 「失礼な奴だ」  妻の悪童のような微笑みに、ゲンカ・ツォウ・クォンシュは深々と嘆息した。      ◎     ◎     ◎  裕福な領地の領主による客人へのもてなしということもあり、夕食はそれは豪華なものだった。  チェグル領内を流れる川でよく獲れるホウユという魚を彩りのよい野菜と煮た汁物や、ホウユを(さば)くときに取り出した卵を麦鳥の卵を溶いて味付けしたものに混ぜ込み器に流し蒸し焼きにしたチェグルの伝統料理パオグ。また、塩を擦り込み香りのよいビヤタの葉を挟んで焼き上げた茶角鹿の肉はよく祝い事に振る舞われる料理で、薄く切り落としたものを表面がカリッと香ばしく焼かれた平たいパンの上に乗せて食べる。宝石を融かしたような美しい色合いの紫スモモの酒はあまりきつくなく、爽やかな酸味が料理によく合った。 「おいしいですねぇ」  酒が入ったマイラはにこにこ笑う。しかし食事の作法はちゃんとしている。骨太で髪も目も暗い色味、やりすぎるとかえって不自然になると化粧も薄い彼女は、正直なところ地味すぎてとてもそうは見えないのだが曲がりなりにも王族の端くれ、貴族の子女としての教育はしっかり両親から受けている為、所作が崩れることはない。  それを横目に、隣に座るトウキは内心ハラハラしていた。  何しろマイラが酒を飲んだ姿は自宅でも一度も見たことがない。婚礼直後の宴の際も、冷やした茶を飲んでいた。もしかして、飲酒は初めてなのではないだろうか。それなのに結構な早さで杯を空けている。そして注がれたら注がれただけ飲んでいる。今夜何かあったら、という危機感はないのか。いや、そんなはずはない。賢い妻はわかっているはずだ。それなのに──  気付いたマイラが、笑った。  それまでのほろ酔いのどこか力の抜けた笑顔とは違う、いつもの表情だ。  それを見た瞬間、トウキの中から不安が消えた、と同時に、ほんの少し、本当に少しだけ、背筋が冷たくなった。 (……敵に、回したくないな)  しかしそれはそれ、やはり酒は控えさせた方がいい。 「マイラ。あまり飲むと明日に響く」 「ごめんなさい、おいしくてつい。これでもう終わりにします。ツトゥ様、ユーイ様、素晴らしいお料理でした、ご馳走様でした」  ユーイが優美な微笑みを浮かべる。 「お口に合ってよかったですわ。それにしてもお若いのにいい飲みっぷりですのね、本当に、見ていて気持ちいいくらい。宜しかったら寝酒に少しお持ちしましょうか?」 「いえ、主人も申しました通り明日に響くといけないので。お気遣いありがとうございます」  アヴィロ邸のそれよりも大きく立派な浴室で湯浴みを済ませた後、トウキとマイラはこれまた広い客室で一息ついていた。シウルたち従者衆は別の客室に通され、雪獅子(ルイツ)スニヤは肉食の獣ではあるものの、育ちのせいか基本的にはおとなしい気性なので馬車の馬たちと共に馬小屋で休んでいる。見事にバラバラになってしまっているが、いざとなったらすぐ逃げるようにと皆に言い聞かせてある。 「あまり、こういう比較の仕方をしてはいけないと思うのですけど」  鏡台の前の椅子に座り髪を梳くマイラが小さく言うと、寝台に腰掛けたトウキは苦笑した。 「確かに、何もかもうちより大きいし立派だな」 「あ、いえ、あの、……アヴィロのお屋敷だけじゃなくて……シェウの家よりも、すごく大きくて、きれいだなって。本当に豊かなのですね、チェグルって」 「この辺りはウェイダよりも温暖だから、雪の影響で産業が滞ることがほぼない。街道も三つ通っているし、道や治水の管理もしっかりしている。民の働き口も不自由ない。恵まれた地ではあるな」 「その……」  櫛を置き、夫の前に移動して手を取る。 「馬車の中でお話していたこと、なのですけど。『もしかしたら』、何なのですか?」  と、トウキはマイラの手を引いて、自分の左隣に座らせる。囁くように、いつも通りに、すまないと詫びてマイラの肩を抱くと、そのまま異国のもののような不思議な言葉を二、三呟く。何かしらの術を施したのだとわかったマイラの緊張が伝わったか、トウキの手が僅かに緩んだ。 「危ないことはない、楽にしていい。ただ、少し、このままでいてもらっていいか」 「はい……あの、」 「この部屋だけ遮断した。()()()()()()は得意ではないからあまり長くはもたない、手短に言う。もしかしたら──そう、もしかしたら。あくまで推測だ。マイラ、お前も、狙われるかもしれない」 「私が? 何故です?」 「お前がファンロンの姫だからだ」 「私はそんな、たいした立場では」 「お前自身はそう考えていても、周りはそう(とら)えていない。祖父が王の弟だぞ、かなり国主に近い」 「……そうでしょうか」  マイラは生まれも育ちもファンロンの辺境ツァスマ。年に一、二度は都に行くこともあったが、大体父に同行して国王に年始の挨拶をするか祖父の誕生日を祝う為に祖父の住まう離宮を訪れる程度で、何もお姫様らしきことはしていないと思っていた。マイラの父アデンはトウキとは違い庶子ではあるものの、左遷させられたのではなく都から離れた地、特に国境付近で起きた問題に携わる司法官として配された身であり、王族というより官吏として名が知られている。  確かに姫君らしくはないが、という言葉が出かかったが辛うじて飲み込んで、トウキは続ける。 「何故アデンどのは命まで狙ったのにウェイダの民を襲わなかったのか不思議だった。アデンどの個人に恨みを持つ者だったのか? だがアデンどのはウェイダのすぐ隣の領地を治めるとはいえ異国の者、しかも荒々しい武人でもないし、少なくとも俺がウェイダに来てからは国境周辺で民同士が問題を起こしたことはないから、グォルチの司法官以外とはほぼ接していない。クォンシュの民に狙われる理由がない。そう考えると、アデン・シェウを、というよりも、()()()()()()使()()をウェイダで殺して俺にその責を負わせる算段だった──という可能性がある。だとすれば、お前も危ない」 「どうしてそんなことを!?」 「ツトゥ・エンインの父親は先の騒動では皇太子派で気性の激しい御仁だった。あまり仲良くはできないと言った理由はそこだ。息子の方はどう考えているのかはわからない、が、リュセイが即位して十年以上、俺もできるだけ近付かないようにしているというのに、どうしても俺を排除したい者も担ぎ上げたい者もまだまだ残っているらしい」  だから都なんか行きたくないんだ、と苦々しく呟く。ウェイダから出たくないのは自身が生き延びたいというだけではない、友が穏やかに過ごせるようにという願いでもあったのか。優しいこのひとが何故ここまで、とマイラは心苦しく思う。 「何故、そんな」 「俺の母が龍女アルマトであるせいだ。確かに龍女の父赫き龍はクォンシュの祖ではある、が……皇帝と供にあり国を守護するものであって治めるものではない。『赫き龍は君主に非ず』、昔から言われているのにそれを忘れて一緒くたにする輩が多すぎる」  心底不愉快そうにそこまで言ったトウキは、急に押し黙った。こんな愚痴をマイラに聞かせてしまったことを後悔したか。 「……まぁ、」  溜め息と苦笑い。 「普通の人間なら死ぬ薬をかけられて火傷程度で済むくらいに体が頑丈なところだけは、君主向きだったかもしれないな。暗殺するにもやり難い」 「笑えない冗談です」 「すまない。……そういう、ことだから、」  肩を抱く手に力が入る。 「ファンロン王から賜ったお前を巻き込んでしまったこと、申し訳なく思う……全身全霊をもって、守らせてもらう……」  本当に申し訳なさそうに言う夫の手に触れ、マイラは笑う。 「大丈夫です。私これでも結構強いんですよ。シェウの家に入ったコソ泥も三人捕まえたことあるんです、自分の身は自分で守りますし……旦那様がついていて下さるのなら、百人力です」 「それは頼もしい。……そろそろ限界だ。解くぞ」 「はい」  体全体が、何かから解放されたような感覚。保たれていた術が解かれたのだとわかった。  同時に、肩から離れようとした手を、マイラがきゅっと握る。トウキがびくりとした。 「な、えっ」 「もうちょっと、だけ、いいですか」  小さな囁きが甘く響く。トウキは頭の中が真っ白になり、顔の方は真っ赤になった。 「あ、ああ……」 「あの、お嫌でしたら」 「い、やじゃないっ」 「左様でございますか」  しばらくそのまま、夫婦は静かで穏やかな時間に浸っていたが── 「……マイラ」 「はい」 「コソ泥を、三人、捕まえたと」 「はい」 「一人でか」 「父は不在でしたし、弟も幼かったですし、剣を使えるのは私だけでしたから。確か、二年近く前だったと思います」 「…………そうか」  夕食のときも、この家の者を油断させるためかわざと酒を飲んで無害そうに見せていたし、もしかしたら妻は自分よりも(したた)かなのではないか。  トウキは少し、自身を情けなく思った。 「な~ぁにを、話してたのかねェ……これだから術士は嫌なんだよ」  独白する声は、男とも女ともとれない。 「あーあ、気が進まないな。おっさんじゃなくて女の子、だもんなぁ」  まぁいいか。呟きは、夜の闇の中に融けた。

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