偉大なる奇跡にこそ裏がある

読了目安時間:18分

理に沿わない者たちへ

進めては巻き戻す。 その繰り返し。 何度も何度も。 最適解を出すために、俺は途方も無い時間を高速で読み込んでいく。 その中から漸く、自分の許容範囲内の方法を見つけ、最終的な調整へと入る。 結論を出した俺は、再び時間を落ちる直前で止めた。 此処ならばきっと、彼女を呼べるだろう。 そしてーーー。 『貴方が呼んだのかしら、坊や。』 艶やかながらも哀愁漂う声が響く。 少し深い青みがかった短めの柔らかな黒髪に、紫水晶のような透明感の備わった瞳。 一見すると、物憂げな美しさを持った女性。 けれども、俺はその背中の羽を見て確信した。 彼女は妖精だ。 現世には存在しない、人ならざる者。 うん、これは成功と言えるだろう。 『ああ、このままだと死んでしまうようだからね。』 怖気付いては意味が無い。 俺は取り敢えず、彼女に此方の事情を話す事にした。 『貴方…、観てきたのね。人間でその力を持つのはナイトレイ家の双子だけ。貴方はその片割れなのね。』 たった一言で、俺の状況を把握したらしい彼女は納得の表情を見せる。更に俺は言葉を重ね、畳み掛けた。 『だから、綺麗なお姉さんに頼みたいんだ。俺はまだ死んでいない、だから此処で俺の命を止めておいてくれないかな?』 『それは出来るけど…、魂関係の事には代償が必要よ。貴方は何を代償にするというの?』 『代償は俺が時間を動かせば払われる。俺の身体だ。』 『…、せこいわね。……いいわ。』 些か気乗りしなさそうな様子ながらも、彼女は溜息混じりにそう応じる。案外、歳下には甘いのかもしれない。そんな雰囲気が嫌と言う程、彼女から滲み出ている。 やっぱり、この計画は悪いものではなかった。 『あ、この流れでその回答は意外だ。』 『…何処まで観てきたかは知らないけど、私にも事情があるの。貴方を助けることで切っ掛けが掴めそうなのよ。』 てっきり彼女の特性上、この場所から離れられないと思っていたから、此方からしてみれば拍子抜けな回答だったと思う。これはこれで悪くない。 無償で助けてくれる相手よりも、ある程度の思惑を孕んで此方と利害関係を結ぼうとする相手の方が、何十倍もマシだ。 『そちらの事情は把握してはいないけど、まあどうにかするよ。利害は一致したみたいだ。』 『……せこいから用心深いかと思っていたのに、案外楽観的なのね。』 溜息混じりにそう言われれば、何だかんだ歳上特有のお小言にしか聞こえない。そこまでお気楽な頭なんかじゃないんだけどなぁ…。夢みがちと言うより、どちらかと言えば俺は現実主義者寄りだろうし。 『辛辣…。まあ、でも大丈夫だと思うけどね。ーーーーーーーーーー。』 俺の発言に、彼女は目を丸くしながら此方を向く。 本当に想定外だったらしい。 そんな思惑はなかったけど、これはこれでまあ良しとしよう。 『俺はデス・ナイトレイだ。よろしく。』 『私はルネ、闇の妖精ルネよ。』 「利害の一致というやつで契約したルネに魂は冥界の門の前で止めておいてもらって、身体が戻るまで待っていたわけだ。ただ、黒魔術の弊害で俺には生きるための条件がつけられた。それが、自分以外の人間を傷つけることだ。」 (わけがわからない。) 本日何度目だろう。 メイはそう内心のみで呟く。 闇の妖精と言えば、あの世とこの世の境界線に聳え立つ冥府の門の番人、魂を冥界へと誘う妖精の片割れだ。 そんな上位に位置する妖精と簡単に契約するとなれば。 確かに、死の淵であればある程、強い力を持つものとの契約が可能となるが、その契約によって魂を止めると言う術を敢えて選ぶ。 デスは身体が元に戻せたからこその蘇生がかのうだったのであって、その前提がなければ成立しない。 そんな賭けにすらならないような、無謀過ぎる行為に出た彼に対し、メイは思わず頭が痛くなった。 しかもそのために使った黒魔術の弊害が、 「まさか、バブルの傷は、」 メイが眉間に皺を寄せながらも、解答に行き着き言葉を詰まらせる。 「俺が生きるためにつけた傷だ。どの道、黒魔術を使わなければ魂が戻せるほどの身体にはできなかったし、ね。」 「そんな………。」 (だめだ、一発こいつの顔に殴りかかりたい。なに理に反しているんだよ。ふざけんな。こいつは生前ブラコンだったはずだ。ブラコンが弟を傷つけまくってどうするんだ。) 色々な思いが混ぜこぜになりながら、しきりに身体中を徘徊する。過去のあれこれがこんな時ばかり脳裏を駆け巡るせいか、より彼女の苛立ちは増す。 そんな気味の悪い感覚に襲われながらも、メイは何とか脳内で状況を整理していた。 だが、ここでも彼女の思考を邪魔する者が現れる。 「メイ、悪いけど帰ってくれない…?このままだと君も標的になる。」 バブルが体制を整え、あからさまにも申し訳無さそうにそう述べた。 階段の方を見上げれば、獲物を見つけ捕らえるのを楽しみにしている様な、良い笑顔をしたデスが此方を向いている。このままではメイの死因は、過労死ではなく間違いなく刺殺になってしまう。 (それだけは御免よ。痛みはもう散々。) 「生憎だけど…此方も三年の間、色々とあったのよ。…死の淵に行ったのがあんただけとは考えない事ね。」 決意が固まれば、メイの身体中を徘徊していた思いは静まってきていた。 さ先程迄、歪んでいた表情も落ち着きを戻し、彼女は真っ直ぐ前を見据える。 「とりあえず、あんたのこと一発殴らせてもらうわよ。」 決意は固まった。 (被食者にはなるつもりは毛頭ないわ。) 厳しい目つきでメイは、目の前に立つデスの方へ顔を向ける。隠されていない方の深い海を思わせる彼女の蒼瞳は、最早狩られる側の瞳ではなくなっていた。 力強く、左目に覆いかぶさる眼帯に手を当て、彼女はそれを握り締めながら外す。 そして、是迄閉じられた瞼がゆっくりと開かれていく。 殆どの相対者を必ず不安にさせるであろう、底知れぬ闇を伴った真っ黒な空洞。 嵌っている筈の眼球のみが綺麗に抉られた、痛々しく、何も写す事のない左眼を晒し、彼女は唇を動かす。 「契約の印を、今此処に。」 するとメイの両脇を、激しい突風が走る。 その場にいた者たちは皆、思わず顔を腕で覆った。 白と黒の鳥の羽が風と共に棚引かせながら、突風は徐々にその威力を下げていく。 風が止みメイの方を向けば、彼女は両脇に二人の人影を伴っていた。 長い黒紫の髪をサイドテールに片目は紅玉、もう片方はガーベラの花で覆われた左右対称の容姿。 一人は白翼に白いスーツ、もう一人は黒翼に黒スーツ。ルネの持つ妖精のような透き通った翼ではなく、鳥のような重厚な二翼の翼。 そう、それはまるで…。 「光の天使ルイチェルと闇の天使レイチェル。一年半前に死の淵で出会い、契約した。あんたが冥界の門番を呼ぶならこっちは天界の門番を呼ぶ。此方は三人、アンタは二人。さあ、どうするつもり?」 挑発的な笑みを浮かべ、メイはデスの方へと向き直った。 この世界には“理”と呼ばれる、決して違えてはならない掟というものが存在する。 現世、冥界、境界、そして天界の四つの世界、生きとし生けるもの全てにおいて其々に、だ。 その中で、人間に対し課された理は四つ。 1.人間は死から逃れられない。 2.人間は蘇生する事ができない。 3.人間は生きている状態では冥界、天界、境界への干渉が行えない。 4.人間は死後、現世へ干渉する事ができない。 この四つが人間に課せられた理であり、人間は理を破る力を元来は有していない。 しかし、人間にも理を破る方法は存在する。 その一つが人間以外の存在、妖精や天使、悪魔と呼ばれる、現世以外の場所に存在する者たちと契約を結ぶ事だ。彼等は人間の理に干渉する術を備えている。人間は契約を結ぶ事により彼等を介し、その力を有する事ができるのだ。 契約を可能とする人ならざる者たちは、各々が現世以外の場所を拠点としているため、通常時は現世には存在しない。妖精は冥界、天使は天界、悪魔は冥界・天界・現世との境界に存在しており、一定の条件が満たされた時にのみ、現世へと呼ぶ事が可能とされている。 その方法は幾つか存在し、人間たちに知られているものだけでも三つ。 一つ、各他世界、又は境界線に近い場所で契約を行う事。それらが近ければ近い程、契約時に備わる力は強いものとなる。 一つ、人間が契約に見合った対価を持っている事。此方は、契約を行う者によって対価が変わってくる。 一つ、呼び出した存在に気に入られる事。但し、気に入られるかは本人の力量、或いは契約者の気まぐれにもよるため、この方法は殆ど当てにされていない。 「君の対価はその左目と金色の前髪、か。治癒能力も無しに、よくもまあ無茶な事をしたものだね。」 メイが契約時に払ったであろう対価に納得するデスに対し、彼女は減らず口を叩くな、とでも言わんばかりの口調で言い返す。 「あんただって、自分の身体を差し出したじゃない。」 「まあ、当てがあったからね。」 そう自分はメイとは違うと言った様子で、デスはバブルを横目で見る。その顔は、微かながらも微笑んでいた。きっと、ああ言う表情を、人は神秘的と呼称するのだろう。 バブルはその瞳と己の瞳が合わさった瞬間、気まずそうに少し顔を逸らした。 「しかも、蘇生したらしたで鴨が葱を背負ってきたしね。今日は最高の日だよ。」 「………天使を葱呼ばわりしたよ、こいつ。」 晴れやかな笑顔を見せたデスに対し、無表情のままネイチェルが引き気味に呟く。天使であるネイチェルの方が、デスよりも人間味があるのが実に可笑しな話だ。 「メイ。」 緊迫状態の中、ルイチェルがメイの耳元へ近付き無機質な声で囁く。 「わかってる。ルイチェル、レイチェル、頼んだ。相手は時間を操る能力持ち、気をつけて。」 メイは気を取り直し、ルイチェルとレイチェルの方へと、交互に視線を動かしながら念を押す。 「うん」 「はーい」 ルイチェルとレイチェルはまばらな返事をして直ぐ、メイの両脇から姿を消した。それらを判断材料に、デスとルネも警戒態勢へと移る。 次の瞬間、 ギィィィィィィンッ 金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡った。 玄関ホールの丁度中央で、ルイチェルがルネに向かい白金に輝く剣を振りかざす。ルネはそれを漆黒に染まった槍で往なし、応戦する。 お互いが手にしている武器は、彼等自身の力で生成したもの。もし現世にこれと同等のものが存在していた場合、国宝級の価値と威力を持つ事だろう。 二人は顔を見合わせ、互いの武器同士を強く弾かせ、後方へと勢いを付け少し下がり、火花を散らす程に牽制し合う。 それから体勢を整え顔を見合わせれば、再び玄関ホールの中央に向かって、ほぼ同時に飛んでいく。凄まじい速度で高い天井の上部を、まるでダンスでも踊るかの如く応戦し合う姿は、さながら絵画や神話の聖戦の様だ。 絶え間なく聞こえてくる金属のぶつかり合う音が、その凄まじさを表現している。 「っデスッッ!!」 ルネが何かを察知し、叫んだその時だった。 気配を消した影らしきものが、デスの背後を突如襲いかかる。 「………いや、驚かさないでくれ。心臓に悪いよ。」 デスは何でもないと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら、後ろを見ずに微笑み呟く。 彼の右手はそんな雰囲気に相反し、背後から襲い掛かってきたナイフを人差し指と中指を使い、急所に当たるか当たらないかと言う所で挟み、軽々と止めている。 それとは逆に、振りかざしたナイフを抑えられたネイチェルの腕は、何故か微かに震えていたのだから、彼女が困惑するのも無理もない話だろう。 「気配はちゃんと消したのにー。えー、これってしくじったって事?人間…よね?」 一発で背後を取れなかった事を即座に悟ったレイチェルは、即行でデスの背後に位置する階段の方へと移動しながら尋ねた。その表情や仕草は、言葉とは裏腹に飄々としており、状況とは裏腹に余裕さえ見られる。 「二人天使が出てきた時点で、何となくは予想していたよ。まあ、天使は現世の時で生きていないから、俺の能力は無効とされてしまうし、此方の分が悪い事にはあまり変わりはないんだけどね…。これでも一応、ナイトレイ家の次期当主として育てられていたし、この位は俺でもできるよ。」 「暗殺へ備えた護身術ってことかー、うーっわっ。」 ナイフを離した手を軽く振りながら、当然の事の様に説明するデスに対し、軽薄な口調でレイチェルが面倒臭そうにしながらも、納得の色を見せ薄ら笑いを零す。 緊迫状態は依然として薄まっていないが。 「でも、それは人外に限ってのことだ。だからっ」 そう、言い終わらない内に、デスはメイに向かって走り出す。 「しまっ」 階段の方へ下がってしまったがために、レイチェルの反応が遅れてしまう。 突如、自身の方へと急速に向かって来たデスへ、メイも反応を見せようとするが、いかせん間に合いそうにない。 デスとは違い、彼女は対人戦に関してはからきしだ。 絶体絶命のメイの前に、デスが予め手にしていたナイフを振り下ろしたその瞬間、 ギィィィィィィンッ デスとメイの間を、真っ白な光を放つ槍が遮った。 「えっ?!」 「おーっ!」 メイとデスは、何ら前触れなく襲来したその槍に驚愕しながらも、槍を持つ人影の方へと瞬時に視線を向ける。 そこには、肩上長さのツインテールにした光沢のあるストロベリーブランドの髪、深緑の二つの翡翠、白い衣装を纏った少女がいた。 背中にはルネとは反対色の、半透明の白い羽。 彼女はデスが警戒し一歩下がった事を確認すると、槍を二人の間から下げる。 「兄さん…お願い、もう、やめて……っ」 白衣の少女より少し離れた所から、バブルが今にも胸を締め付けられそうな声で叫ぶ。その瞳からは、小粒程のの涙が頬を伝って流れていた。 「…、バブルいつの間に光の妖精と契約していたんだい?」 デスが柔らかな声に似つかわしくない鋭い眼光向け、バブルに対し尋ねる。 バブルは涙を浮かべながらも味気付く事無く、そのままの状態で無言を貫く。 「光の…妖精!?」 彼の言葉にメイが驚くと、白衣の少女はバブルの傍へと向かい、彼を背後から抱きしめながら応えた。 「私の名前はアル、ルネと対になる存在。光の妖精として冥界の門の番人、そしてバブルの契約者。」 アルは微笑みながら、更に言葉を続ける。 「バブルは私の大切な存在、掛け替えの無い契約者。」 まるで聖母と見紛う雰囲気を醸し出しながら、愛おしそうにバブルを抱きしめていた彼女は、スイッチを切り替えた様に表情を一変させ、メイたちの方を侮蔑を含んだ眼差しで睨み付けながら言い放つ。 「そんなバブルを悲しませる存在は、居なくなってしまえ。」 玄関ホールでの膠着状態が続く中、天井ではルイチェルとルネの激しい攻防を繰り広げられていた。 「門番二人共現世なんかにいていいのかい?冥界の門番は動いちゃいけないと記憶していたんだけど。」 「天使に話す理由が無いわ。」 ルイチェルの甘さを秘めた誘惑の様な問いに対し、ルネは素っ気なく答える。言葉を交わしながらも、両者の動く速度が変わる事はない。火花を散らしながら、高速で武器を操る様は、目で追う事が難しい程のものだ。 「天界で言う所の、こっちと冥界で対となる存在なんだから、気になるに決まっているだろ?」 鋭い音を立て武器が交差し見合えば、ルイチェルは更にそう尋ねる。 「……、此処であり、彼らであるから契約が可能だったのよ。」 挑発的な態度を取り続けるルイチェルに応じる様に、ルネは静かに俯きながら呟く。彼女の意味ありげな発言に、ルイチェルは思わず眉を潜めた。 「それって……っ」 ズゴンッッッ ルイチェルが言い終わらない内に、突如、二人の足下で大きな音が轟く。両者共にその音に反応し、互いに距離を取りつつも下の方へと勢いよく視線を向ける。 すると、玄関ホールの中央には、文字通り大きな穴が空いていた。 「うわっ」 「…………。」 穴の端には、間一髪難を逃れたレイチェルに俵担ぎにされ、呆然とするメイの姿。その向こう側には、飄々とした表情のデスがいた。 穴の中央には、その空洞を空けたであろう張本人事アルが、厳つく顔を顰めながら槍を振り下ろした状態で、その場に留まっている。 「メイ、胸やっぱり成長していな「うるさい、今それどころじゃ無いでしょ。」 肩に当たったメイの胸元の方を凝視しながら、無遠慮に言い放ったネイチェルの言葉を、メイは苛立ちを含めたやけくそ気味な口調で遮る。 「あーやっぱり、小さいん「あんたもうるさい。」 それにデスも便乗したが、それも立腹したメイの怒涛によって遮られた。 「メイっ」 「デス」 天井で戦っていたルイチェルとレイチェルが、互いの契約者の元へ降下しながら戻り声を掛ける。 「アルっ」 それとは丁度反対側、後方から響くバブルの声にアルは反応し戻って行く。玄関ホールの穴を中心に、三つ巴の様な状況が完成した。 「っハッ」 現状がお気に召したのか、軽く俯きながらデスが乾いた笑い声を響かせる。 「何がおかしいっ!?」 俵担ぎされた腕からレイチェルに下ろされ、メイが怒りを露わにし叫ぶ。顔を片手で覆い、デスは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作で此方を向く。 「いや、ありがたいよ。」 デスが不気味な雰囲気を露わにしながらほくそ笑み、その右手を穴の方へと翳す。すると穴の中央から黒い靄が、薄暗い混沌の様なものを形成していく。 「光の妖精の槍のお陰で、とてもやり易くなったよ。…メイ、」 デスが聖人に等しい微笑みを伴い、此方を向いて宣う。 彼以外の全員に鋭い悪寒が走った。 所謂、嫌な予感というやつだ。 「君を招待するよ。」 次の瞬間、ルイチェルとレイチェルの間にいた筈のメイが忽然と姿を消した。 音も何もなく、只、彼女のみが姿を消したのだ。 「「え」」 全く状態を飲み込めていないルイチェルとレイチェルに、デスは残酷な言葉を言い放つ。 「面倒な事に、君たち二人は天使だから俺の力は通用しない。でも、…メイは別だ。彼女は天使と契約しただけの只の人間。俺の能力は、嬉しい事に彼女には有効なんだよ。アルの冥界の槍で空けた穴であれば、時空の歪みは作り易くなる。いやはや、…こんなに上手い具合にいくとは思わなかったよ。メイは今、俺のつくった時空の歪みの中にいる。」 流暢な物言いで嬉しそうに説明を行うデスを、訝しげな様子で凝視しながら、ルイチェルとレイチェルは憤りを見せる。 「………うーっわっ。」 「例え能力を持っていたとしても不可能だと思っていたからその可能性を考えていなかった…。」 「兄さん…。」 なんて事を、と付け加えそうな表情で、バブルがデスの方を向き、微かに震えた声で呟く。 はっきり言って、この場で彼の能力に応戦できる者は、残念ながら一人たりとも存在しない。 「因みに、この空間の中へは作った俺自身は行き来できるけど、君たちは俺の許可無く入ることはできない。更に俺を殺したとしても、メイが戻ってくることは不可能だ。じゃあ、俺はちょっとメイのところへ行ってくるよ。」 まるで近所へ散歩へ行くような調子で、デスはそう言い残し、微笑みながら時空の歪みの中へと姿を消す。 その場に残された者たちは、只茫然と、沈黙を貫く事しか出来なかった。 「うっ」 目を覚まし重い体を起こしながら、メイは辺りを見渡す。 見覚えがある筈なのに、何処か見覚えのない、周囲に広がる違和感のある景観。 彼女の眼に写る景色は、先程迄いた玄関ホールで間違い無い筈、なのにも関わらず。 何かが、間違い無く足りないのだ。 「穴が……、無い。っルイチェルたちは!?」 先程アルが自分たちを襲ったときにできた大きな穴も、自分の周りにいた者たちの存在も見当たらない。 メイが戸惑いながら叫ぶと、突如目の前にデスが現れた。 「ようこそ、メイ。ここは俺の作った時空の歪みの中だよ。家の玄関ホールの様な見た目だけど、この場所は全くの別物だから。」 デスが胡散臭い笑みを浮かべながら、メイの疑問に対し簡単に説明を行う。淡々と行われる行為に、彼女はつい呆気に取られていた。 だが、やられっ放しと言うのが性に合わないのだろう。 メイは小さく舌打ちを行うと、眉間に皺を寄せ、元凶の方を鋭く睨み付けながら見上げ、遠慮無く要求を吐き出す。 「…、とりあえず元の場所に戻しなさい。」 「それは聞けないね。だって、」    ガッ 勢いよくメイを押し倒し、デスはその上に力任せに跨る。 それから、メイの顔の直ぐ傍にナイフを躊躇無く突き立てた。本当に、彼女の顔に傷が付いても構わないと言わんばかりの様子だ。 その瞳はメイが今迄、向けられてきたものの中でも一位二位を争う程、冷ややか且つ全く人間味を感じさせないもので。 デスは作り物めいた歪な笑みを晒しながら、さながらごっこ遊びを嗜む様な風に、無邪気に言葉を紡ぐ。 「君にはここで死んで貰う。そうすれば、死体も処理しなくて済むしね。」 「……最悪。」 深い海のような隻眼が、まるでデスの皮が内包する何かを睨みつけ、容赦無く悪態を零す。 「………そういえば、メイ。君は俺の事を一度も俺の事を名前で呼ばず、『あんた』で通していたけど…何でだい?」 ふと思い出した風を装い、デスがメイに対し尋ねる。 唐突な問いは、敢えてこの状況のために残されていた様にさえ感じられた。 二人の間を、短く嫌な静寂が流れた。 するとメイは軽く鼻で笑い、口を開く。 「んなもの、当たり前でしょ。だって私は あんたの名前を知らないんだから。」 「…なるほど、そういうことか。やっぱり君はここで死んで貰うよ。メイ・ローダ。」 真冬の空に冷たく突き刺さる様な、そんな声色でデスが言い放ったその瞬間、メイの胸元を赤い血が彩った。 「ッカハッ。」 メイの身体から、真っ赤な華がその胸元にじんわりと咲く。空気を含んだ血液は、徐々にその色を深くしグラデーションをつくる。 メイが吐血して直ぐ、デスが心臓に深く刺し貫いたナイフを抜けば、鮮血が花弁の如く周囲に飛び散った。 デスは血を宙で拭うために、立ち上がりながら手にしていたナイフ軽く振る。 空気中に張られた透明な糸を辿るかの様に、ナイフに付着していた血が、地面に向かって真っ直ぐ線を描く。音を小さく立て振るわれた血は、花弁を散らした花が周囲に分散させられた風に広げられた。 蜘蛛の糸を伝う様に流れた鮮血は、地面を美しくそして色鮮やかに彩る。 「あーつまんないの。……さようなら、メイ・ローダ」 デスは用済みとなったメイの方に全く見向きする事無く、軽い足取りでその場を立ち去った。 警戒な足音は段々と遠のき、その音が微かなものとなった瞬間、デスの姿はその場から完全に消え失せる。 時空の歪みには、物言わぬ骸のみが取り残された。

読んで頂きありがとうございました。 読み返して、文体の変化に少し驚いている今日この頃です。 雰囲気を徐々に取り戻していけたら、と考えています。 宜しければ、次回も読んで頂けると幸いです。

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