Destiny×Memories

Past.36 ~宵を照らす灯影~

(……よるくん?)  控えめなその少年の声に、オレは少しだけ瞳を開ける。  水中にゆらゆらと揺らめく黄土色の髪。 心配そうな赤紫の瞳。  だいじょうぶ? と気遣わしげなボーイソプラノの声質。  ……彼は、遠い昔に【歌神候補】と呼ばれた少年……ツィールト・ザンク。  【魔王】にその魂を乗っ取られそうになったところを助け、そのままオレのこの精神空間に住まわせている。  有り体に言えば、ただの話し相手だ。  ……とは言えオレは、自身の魂のカケラをあちらこちらに飛ばしているので、話し相手に困ったことはないのだが。  ――……大丈夫。 すこし、疲れただけだよ――  ゆるく笑ってみせれば、彼はホッとしたような、それでいて困ったような表情を見せた。  ……そう言えば、近頃はずいぶんと意識がはっきりとしている。 ……まるで、目を覚ます直前のような……。 (そろそろ起きよう、よるくん)  最近どこかで聞いたような言葉に、オレは仕方ないな、と呟く。  そうして『きみ』に、手を伸ばしたんだ。  ――『きみ』も起きよう、ヒア――  +++ 「おはよう、ヒア」  急に意識が浮上して瞼を開ければ、じーっとこちらを見つめる相棒の紅い瞳と視線が合った。  そのままそいつはそのなんとも言えない表情で、挨拶を投げ掛けて来たのだった。 「……おはよ、ソカル。 何なんだよその顔……。  というか、【森神(もりがみ)】は?  倒したん……だよな?」  オレより少し前に起きていたらしいリブラも、不思議そうに首を傾げている。  ……それにしても彼女、あんな騒がしい中でよく眠れたよな……オレが言えたことではないけれど。  【森神】との戦闘結果を問えば、みんなが微妙そうな顔をして苦笑いを浮かべたり視線を反らしたり……これは、もしかしなくても。 「逃げられたのよ」  一人神妙な面持ちのナヅキが、ポツリと呟いた。  詳しく聞けば、別の【神】が現れて【森神】を回収していったらしい。  しかもそのとき、オレの身体を《夜》が乗っ取っていたという。  なるほど、道理で身体が重たいわけだ……。  大きく伸びをしていると、相変わらずの表情でナヅキが問いかけてきた。 「ヒア、あんたは【神】と戦う理由を知ってんの?」 「えっ……戦う理由? ってあれだろ?  【神】たちがこの世界の【太陽神】を狙ってるから、それを止める……みたいな」  質問に何気なく答えると、ナヅキだけではなくフィリやリブラまでもが真顔でオレを見つめてきた。  ……え、何なんだ一体……。 「……あのねヒア。 僕たち、それみんなに話してなかったな……って……」 「……えっ」 「そうです、初耳ですよ」  困ったような表情のソカルに驚けば、フィリにツッコまれてしまった。  そ、そう言えば……そうだった……!! 「あはは。 まあバタバタしてたし仕方ないんじゃないか?  ちなみにヒアの説明はちょっと違うから、詳しく説明するな」  じと目で見つめてくる仲間たちにたじろいでいたオレに助け船を出してくれたのは、ソレイユ先輩だった。 「正確には、【神】が狙ってるのは【創造神】の命なんだ。  そのために、まずは【太陽神】から殺して【創造神】の周りをがら空きにさせよう……ということらしい」  彼の説明に、オレたち現“双騎士(ナイト)”組は顔が真っ青になる。  そ、そんなバイオレンスな話に巻き込まれてたのか、オレたち……。 「もっと言うなら、【太陽神】を殺そうとすれば我々先代の“双騎士”が必ず出てきますからネ。  そして我々やヒアくんたち当代“双騎士”たちが危険に晒されれば、【世界樹(ユグドラシル)】も動く、と。  そうやって【全能神】にとっての邪魔者を引きずり出して屠る……それが今の状況ですネ」 「っじゃあ、なんでアンタたち出てきたのよ!? これじゃあ【神】の思い通りじゃない!!」  深雪先輩の補足にナヅキが声を荒らげる。  しかし先輩はいつも通りの穏やかな笑みで、首を振った。 「いいえ、そうでもありませんヨ。  現に我々が来なければ、皆さんは【神】に倒されていましたし……何よりこれは、【予言】によるものですから」 「予言……ッスか?」 「ええ。 【予言者】であるリウさんが視た未来……。  全くその通りというワケではありませんが、比較的予言通りに進んでいるそうですヨ」  だから、全く大丈夫というわけではないが、そう悲観するほどのことでもない。  深雪先輩はオレたちを安心させるように朗らかに笑った。 「ま、それにオレらはそう簡単にやられはしないし! 大丈夫大丈夫!」  真夏の太陽のようにからからと笑って、ソレイユ先輩も頷く。  その能天気とも言える前向きさに、ナヅキは呆れた、とため息を吐き、深雪先輩も苦笑いを浮かべていた。 「……それはともかく、そろそろ出発しよう。  ここからだと、恐らく夜には次の街に着くはずだよ」  ツッコみたそうな冷ややかな眼差しでソレイユ先輩を見つめたあと、朝先輩が川を挟んだ森の奥を指差した。  ……オレとしてはもうくたくただったので、ここで野宿でもいいんだけど……。  しかし、川を渡るための橋を探して歩き出してしまった先輩たちを追ってナヅキたちも立ち上がってしまったので、仕方なくオレも重い腰を上げた。  ぼんやりとした表情でみんなの後を追うディアナを心配しながらも、オレとソカルは最後尾を歩く。 「あ、あの……ヒア……」 「……ソカルさあ……」  何かを言いたげだった相棒の言葉をわざと遮って、オレは続ける。 「意外と押しに弱いんだな」 「……えっ」  思わず、と言う風に立ち止まって、ソカルはオレを見つめる。  その顔には「心外です」と書いてあって、少しだけ笑ってしまった。 「いや、笑わないでよ」 「ごめんごめん。  いやー、オレが言うのも何だけどさ、【死神】なのに人間の王子にむりやり連行された挙げ句従者にされるって……」 「あれはっ! ……あれは……そう、状況に呆然としてたら勝手に……クラアトが勝手に!」  ぷるぷると笑いを堪えながら説明すれば、ソカルは笑うなってば! とオレの腕をぺちぺち叩きながら頬を膨らませた。 「……まあ、そのお陰で……名を持たず、死者の魂を回収するだけだった僕は、生きる意味を見つけたんだけどさ……」  それに、と彼は夕焼けに染まる空を見上げて続けた。 「……クラアトに出逢えて、僕はほんとうにほんとうに幸せだったから」  ソカルはそう言って、心底幸せそうな顔で笑い、哀しみの感情を覆い隠してしまった。  その夕陽に照らされた横顔に……オレはなぜだか焦燥感に駆られたのだった。  +++ 「ルー」  白い建物……“神殿”の柱と柱の間から、眼前に広がる空を見つめていた子どもは、その左右で色の異なる瞳を声の主に向ける。  腰ほどまである紅い髪に、白を基調とした布を使ったシンプルな服。  この子どもこそ、深雪たちが守護する【太陽神】……ルー・トゥアハ・デ・ダナーンである。  そんな彼に声をかけたのは、手入れの行き届いた金糸の髪を高く結い上げた、【予言者】たる少女……リウ・リル・ラグナロク。 「どうしたの、リウお姉ちゃん」 「うん、ちょっとね……【予言】のことで、気になることがあって」  リウはルーの隣に並び、同じように空を見やる。  その憂いを帯びた眼差しに、ルーは胸元で手を握りしめた。  ……【太陽神】であるルーは、近くにいる相手の感情を知ることができるという特殊な能力がある。  かつては幼すぎて制御が出来ず、他人の感情をまた別の相手へと無意識に伝えてしまっていたその能力は、【太陽神】として完全に覚醒して以来、望んだ時でなければ感情を読めないようになっていた。  しかし今、言葉を悩んでいる彼女の負担を減らそうと、ルーはリウの感情を読む。  彼女から伝わるのは、焦り、困惑……それから……。 「何かうれしい未来でも視えたの?」 「……えっ?」  彼女の中には、マイナスの感情以外にもプラスの感情……喜びが混ざっていた。  先にそれを指摘すれば、リウは困ったような笑みで、ルーに視線を向けた。 「……うん、そうなの。 ……《彼》が……《夜》が、目覚めるわ。 それも、近い未来に」 「そっか。 みんな……特に朝お兄ちゃんがよろこぶね」 「……驚かないのね」 「おはなししたから、夜お兄ちゃんと。 それで、早く起きなよって言ったんだ」 「あら、じゃあ夜が起きるのはルーのお陰なのね」  クスクスと笑いだしたリウにほっとして、ルーは続きを促した。 「……でも、それだけじゃないんでしょ?」 「……ええ」  リウは再び正面を見据えて、祈るように手を組んだ。  これからの未来を指し示すかのように、風が荒れ始める。 「……【神】との戦いが、激しさを増すわ。 誰かが犠牲になってしまうかもしれない……」  悲しみを隠さず俯いてしまったリウに、ルーは寄り添う。 「【神】はもう、無関係な人類に対する配慮をなくすでしょう。  ……私はその可能性を、知っていたのに……!!」  絶望的な未来を視てしまったという【予言者】の少女は、無力さに泣き崩れてしまった。  彼女が言うには、今からでも伝えに行きたいけれど、もう間に合わないらしい。  ルーは彼女の肩を励ますように優しく叩いてから、眼前を真っ直ぐに見据えた。 「大丈夫だよ、リウお姉ちゃん」  紅と黄色の瞳に希望を携えて、【太陽神】は穏やかに微笑んだ。 「ヒアくんたちなら、きっと大丈夫。  ……その先の未来が、苦しくても……希望は必ず、あるから」  +++  ――目の前に広がるのは、燃える街並みと、逃げ惑う人々。  ……そして、その事態を引き起こしている……翼の生えた、天使たち。 「な……んだよ、これ……!!」  街へ着いた途端に飛び込んできたあまりにも残酷な光景に、オレたちは誰もが愕然とするしかなかった。  ……燃える。 燃えていく。 人が、街が、みんな……―― 「ヒア」  そっと目元を隠される。 ソカルの声だ。  そのひんやりとした手のひらに、詰めていた息を吐く。 「とにかく、街の人たちを助けましょう。 天使たちは……」 「倒そう、一人残らず」  深雪先輩とソレイユ先輩の提案に、みんなが了承する。  切羽詰まったようなソレイユ先輩の声に待ったをかけようとするが、先輩たちはみんなに指示を出し始めてしまった。 「ナヅキさんとフィリくん、ソレイユと私で二手に別れて行動しましょう。  朝くんは単独行動、ソカルくんはディアナさん、リブラさん、ヒアくんのお側に……」 「……いや、僕は大丈夫だ」  しかしそれを遮って、ディアナが声を上げた。 「……迷惑をかけた。 ……僕も戦う」 「わ……っ私も行きます! 回復魔法が役に立つと思いますし……!」  そんなディアナに倣って、リブラまでそう主張する。  深雪先輩は少し悩んだあと、仕方ないですね、と承諾した。 「……わかりました。 あまり無茶はしないでくださいね」  結局、リブラはディアナと行動することになった。  天使をあらかた倒したら、再度この街の入り口に集合……という約束を決めて、彼らは散り散りに駆けていった。  ソカルに手を引かれたオレは、炎が目につかないよう入り口に程近い脇道にある木の陰に座らされる。 「……大丈夫、ヒア?」 「あー……まあ、なんとか。 悪いなソカル、付き合わせちまって」  心配そうな相棒に頷いて、ぼんやりと空を見上げた。 日の沈んだ空は、燃える街によって緋色に照らされている。 「……何も、出来ないんだな、オレは」  炎を見ると動けなくなってしまう。 遠い過去に囚われてしまうから。  膝を抱えて顔を埋めたオレの隣に、ソカルがそっと座る。 「……ヒアはよく頑張ってるよ。 怖いものを無理に克服する必要は……ないんじゃないのかな?」 「……でも、それはだめだと思う。 ディアナは過去のトラウマに立ち向かっていた。  今だってそうだ。 辛いくせに、立ち上がって誰かのために戦ってる」  どこまでも真っ直ぐに過去に向かい合おうとするディアナは、オレにとっては眩しくて……憧れを抱くほどだった。  朝先輩にも言われた。 魔法すら使えない足手まといは要らないと。 「だめなんだよこのままじゃ……。 オレも、立ち向かわないと」 「ヒア、人には人のペースがあるんだよ。 だから焦らなくても……」  困ったようなソカルの声が、そこで途切れてしまった。  どうしたのかと思い顔を上げると、彼はいつの間にか立ち上がっていて、目の前にいる桃色の髪の女の子を睨んでいた。 「あらあらまあまあ。 こんなところにはぐれ“双騎士”がいるなんて」  女の子は人畜無害そうな優しげな笑顔で、こちらを見ている。  しかしソカルが武器を構えたことから、彼女は味方ではないのだろう。 「……この惨状は、お前の仕業か?」 「うふふ、ご名答。 上の命令だもの、仕方ないわよね?  ……元はと言えば、貴方たち“双騎士”が悪いって話だし……」  相棒の問いかけに、彼女は笑顔のまま頷く。 その返答に、オレは顔から血の気が引いた。 「な、なんで……なんでこんなことをッ!!」  街を焼く炎と逃げ惑う人々を思い出して、オレは激昂する。  しかし彼女はきょとんと首を傾げるだけだった。 「さっきも言ったでしょう? これ、上の命令。 今まで慈悲深く無関係な人類には手を出さなかっただけマシだと思いなさいな。  貴方たち“双騎士”が【神】を刺激したのがいけないのよ」  そう言って彼女は、桃色の花が散りばめられた鞭を構えた。  背中から白い羽を生やし、その瞳には、しっかりと憎悪を宿していて。 「【全能神】ゼウス様率いる【十神】が一人、【愛神】アーディ様の配下……【権天使】タリア。  参るわよ!」  誰かの悲鳴が遠くから響き渡る。  宵を迎えた世界の中で照らされたのは、誰の心か。  Past.36 Fin.  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