死なずのジャック

ひとだま奇談(中編)

「どうぞ。何もないところですが」  あばら家の中に入り、黒髪の少女の勧めるがままに、木の椅子に座る。  ギッシギッシときしむ。ずいぶんと年代物(おんぼろ)だな。  家の中には壁や間仕切りはない。がらんと部屋ひとつだけ広がっていて、部屋の入り口側の燭台置きに粗末な燭台がつあるだけだ。  少女が今手にしているそれを含めてつ。あとは俺が座らされている椅子と小さな円卓。  入口から見て一番奥の暗がりにはこれも古びたベッドがひとつ。ベッドの傍らには布団替わりに使ってるとおぼしき藁が敷かれている。  これがこの家の中の全てだった。生活感に乏しい光景だ。  いや。 「お客さんかね。ゲホッゴホ」  ベッドにかけられた色褪せした毛布というかぼろきれの下で横臥(おうが)する老婆がいた。  さえぎるものもない空間だからなのか、さほど大きくない老婆の声は入口の近くにいた俺にもはっきりと聞こえた。  ヒュゥッと尾をひく呼吸音からして病に臥せっていることがうかがえる。 「母さん。この方、道に迷ってらして」  少女は『母さん』と言った。ずいぶん年の離れた親娘。孫でも通るぞ。 「お困りの方は見捨てておけないねえ。ゴホッ。お客さん、私はご覧の通りで何もお構いできません。ただ、このあばら家でも風と夜露はしのげます。朝までおくつろぎゴホゴホ」 「母さん、あまりしゃべると体に障るわ。すみません、お客さん」  燭台の細い火が少女の濡れた黒い瞳にちろちろと映る。  お客さんと呼ばれるのはもういい。 「俺、じゃない私はジャックといいます。こちらこそ突然お邪魔してしまって。道に迷ったのですが、幸い雨も降ってませんし、夜の一人歩きは慣れてます。街道への行き方だけ教えてもらえたら、おいとましますよ」  黒髪の少女とお近づきになりたかったが、病気に苦しむ母親の面倒を見るのに手いっぱいのようだ。  孝行娘に剥く牙はない。オオカミだって食い時は選ぶ。今はその時じゃなかったのさ。  ここは気づかれないように銀貨の一枚でも置いて辞去するべきだろうと、立ち上がった俺を少女は手で制する。 「実は母の咳に効く薬草を採りにいくところだったんです。できれば母を独りにしたくありません。ご迷惑でしょうが、私が戻るまでこの家でお待ちいただくことはできませんか。街道への道はお教えいたしますので」  彼女はそれでこんな夜に出かけようとしていたのか。 「あたしただったら大丈夫だよ。ちょっとホコリを吸い込んでしまっただけでゲフゲフッゲフ」  苦しそうな咳はしばらくやまなかった。  腰を再び椅子おろす。  ギシィ、ミシッ、ピキ  誰が作ったんだこの椅子。いくら時代物でもこの異音や軋み具合、作った職人の腕の悪さは相当だぜ。   「お嬢さん。ではあなたが戻るまで留守番してましょう。お母さまのことはご心配なさらず」  少女は燭台を掲げたまま、器用に深くお辞儀をした。  再び顔を上げた時、その印象的な黒い瞳に深い憂いとかすかな別の感情がたゆたっていた。  なんだ?と思って注意深く探ろうとしたときには、少女はそれを深きところに隠してしまっていた。  人里離れた古ぼけた一軒家に母子だけで生活しているのだ。ひとに知られたくないワケアリでもおかしくはない。  家族がはやり病にかかって追放されただの、村の掟に背いて出て行かざるを得なくなっただのの話はさして珍しくない。  仮にベッドの老婆がその手の病だとしても俺は『死なず』。気にはならない。 「それではなるべく早く戻りますので」  戸を開けて半身を滑り込ませた彼女に声をかける。その横顔に張り付いた(かげ)はその豊かな黒髪の色より濃い。 「失礼。お名前をうかがっても?」  燭台に小さく照らされた白い顔が一瞬ためらい、 「クラリッサと申します」  と言い残して戸は閉じられた。  その声音にごめんなさいというニュアンスが感じられたのはなぜだろう。 「ゴホゴホッ」  咳の止まらない老婆とあばら家で2人きり。  全然うれしくないんですけど。  ちょっと体の傾きを変えただけで不必要なまでに軋むくそったれな椅子も気に入られねえ。  蹴っ飛ばしてバッラバラにしたろうか。  別に疲れてもいねえし座ってることもないと立ち上がる。  憂いの美少女がいなくなったら急にいつもの悪党ジャックが戻ってきちまったぜ。 「ゴホッ、ジャックさんや」  無理に話しかけてくれんでもいいぞ。辛気臭いことしか言わねえんだろ? 「ばーさん、しゃべると体力つかうぞ。なるべく静かにしてなよ」  翳のある美少女クラリッサの母だろうが、ばーさんはばーさんだ。 「私は寂しいんです。娘以外に話す相手もいない年月(としつき)がとれだけ続いていることか。あなたのようなゲホゲホ、外から来たお方と話すのは私にとって何よりの慰めなのでゴホ、なんです 」  俺のことが知りたいならノベルアッププラスで読めばいいよ、と喉元まで出かかった。 「働いたら負けを座右の銘にしているただのアウトローですわ」  ランタンを袖で磨きながらこたえた。 「それ、素敵なランタンですねゴホゴホ」 「俺の唯一の所有財産。なかなかの逸品」 「もう少し近くで見せてくださいませんか」 「風邪うつされたくないんで。すんまへん」 「咳は我慢します。うちには細い火の燭台しかないからいつも暗くて。その明るいランタンを近くで見せて」  もううざいから省略してるがばーさんは咳しっぱなしである。これからは咳ミュートで快適な読書をお楽しみください。 「仕方ねえなぁ」  ランタンを片手に奥へ一歩。 「ところで、ばーさんに言っときてえことがあるんだけどよー」 「何かしら」 「この家の周りにひとだま(コープスキャンドル)が飛び交ってたぜ」 「ひとだま(コープスキャンドル)? どういうことかしら。私のベッドからは外は見えないから」  ゴト  床の根太が腐ってんな。足踏み出すと床板が沈むんだけど。 「ひとだまが飛び交う家からは近く死人が出る」  これ来週のテストに出るから覚えといて。 「つまりばーさん、もう永くないよ」 「はっきりとおっしゃいますのですね」 「俺は通りすがりの悪党だからな。ばーさんに遠慮する必要がねえ。むしろ親切だ。心の準備できるじゃん」  クラリッサが寝床に使っていると思われるワラ敷きの上も土足で進む。 「ここ数歩の間に思ったんたけどさ、あんたとクラリッサしかいない家になんでつも燭台があるのかね?」 「灯りは多い方がいいでしょう」 「外を飛び回ってたひとだま(コープスキャンドル)つ」 「だから?」 「何ひとつ生活感のない家に燭台だけがつあるのが気にかかってしようがねえんだよ」  ついにベッドの傍らにたどり着いた。  ぼろきれにくるまった老婆の顔はしわまみれで見るに堪えなかった。死にかけだ。  しかし、その双眸だけは赤く鈍く光っていた。  ぼろきれは過去に幾度もしみ込んだ血でゴワゴワになっていた。 「ばばあ、てめえが人殺したってことだろうが」 「はずれ、人さ!」  喘鳴(ぜんめい)して苦しげだった老婆は想定外の速さで俺に飛びついてきた。  骨ばった体からは信じられない力で俺を組み伏せようとする。 「くそばばあ、年経た食屍鬼(エルダーグール)か 」  腐臭を放つ口腔が大きく開き、歯茎から突き出た黄ばんだ歯が俺の首筋に喰らいつこうとしてくる。 「あんたが言うひとだま(コープスキャンドル)はあんた自身の死を予告してたんだろうね!」  灰色のざんばら髪をひっつかんで後ろに引っ張り、ばばあの頭部が反り返ったところ、がら空きの顎に頭突きをかます。  勢いでベッドの向こう側に弾け飛んだ。 「俺は『死なず』。予告対象外だ」  お、決めゼリフぽくね。ちょっとかっこいいとか思わなかった? そこのあなた。  読者に話しかけるメタ慢心が油断を生んだ。  背後から棒のようなもので強打されて、今度は俺がベッドの手前にぶち当たった。痛え。  座り心地最悪。ネットレビュー炎上確実の木の椅子がうねうねと人の形をとって背後から攻撃してきたのだ。 「ウッドゴーレムか……なんつーもんに座らされてたんだ」  あのまま座り続けていたら椅子ごとがんじがらめにされて、ばばあの餌食にされてたかもしれない。  殴られた背中をさすりさすり立ち上がる。 「この家からは出られないヨオッ。あたしに食われたら魂ごと永遠にこの家に呪縛される運命ヨォッ。ギャハハハハハ」  向こう側から四足獣のようにベッドに這い登るばばあ。ゲロ吐きそうなくらいセクシーだぜ。ぜひぶち殺してえ。  食欲に耐え切れない口からは深緑色の唾液がこぼれ、とうの昔に壊死した灰色の舌が20センチほどの長さで垂れ下がる。  ウッドゴーレムとグールばばあのどちらの攻撃も命中は避けたい。  挟撃された場合はまず横か斜め上に逃げて攻撃をかわすセオリーに従い、ジャンプを試みた足は床から離れようとしなかった。  足元のワラがのたくって足首に絡まっていた。  俺が野営地で仕掛けたトラップと同じじゃん! 「絶対逃がさないヨオッ。『死なず』の肉はどんな味がするのかしらギャハハハハハ」  ばばあの舌が俺の耳の後ろをひと舐めした。

動画配信で見た「帰ってきたウルトラマン」で帰マン(新マン)は2対1のバトルを強いられることが多いんですよ。 怪獣や宇宙人に前後挟まれておろおろする帰マンの印象が強いんです。 グールばばあとウッドゴーレムに挟撃されたジャックのシチュもそんな感じです。 あ、帰マンもウルトラマンジャックと呼ばれてるんだったよ。もちろん偶然です。

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  • 女神官

    ユキ

    ♡300pt 〇100pt 2019年8月27日 17時56分

    相変わらずメタが酷い^^* そして美少女がいなくなって悪党が戻ってきちゃうジャックさんさすがっすね^^*

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    ユキ

    2019年8月27日 17時56分

    女神官
  • 女子高生

    毒島伊豆守

    2019年8月27日 18時13分

    ハートフルな話を書こうとしたらこれですわ… ジャックの性格は治りませんね スーパーな応援をいただき感謝しております

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    毒島伊豆守

    2019年8月27日 18時13分

    女子高生
  • 女子高生

    鳥越ホクト

    〇10pt 2019年8月29日 2時05分

    母親がグールってことはクラリッサちゃんもグールなの?! いやだぁーーーー。 せっかく可愛い少女が出てきたというのに…残念です。 帰ってきたウルトラマンの怪獣二体といえばシーゴラスとシーモンスっしょ。ちゃんと唄までありましたからね。

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    鳥越ホクト

    2019年8月29日 2時05分

    女子高生
  • 女子高生

    毒島伊豆守

    2019年8月29日 8時45分

    帰りマンはAmazonプライム・ビデオで見ました。今見ても本当にドラマとして面白いです。 後編を読むのです! ありがとうございます

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    毒島伊豆守

    2019年8月29日 8時45分

    女子高生
  • 男戦士

    凸助♪

    ♡500pt 2019年7月1日 10時37分

    ジャック大ピンチ! わかった、オラがどんな宇宙怪獣とも“互角に”戦えるアイテムもってくわ! 〉孝行娘に剥く牙はない。オオカミだって食い時は選ぶ。今はその時じゃなかったのさ。 あー、もっと早く読んでおくべきでしたよ、先生!

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    凸助♪

    2019年7月1日 10時37分

    男戦士
  • 女子高生

    毒島伊豆守

    2019年7月1日 17時07分

    いつもありがとうございます。 悪党の矜持を大切に書いて行きたいです

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    毒島伊豆守

    2019年7月1日 17時07分

    女子高生
  • ファイ(えんどろ~!)

    彼岸明

    ♡500pt 2019年7月1日 20時59分

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    これは期待

    彼岸明

    2019年7月1日 20時59分

    ファイ(えんどろ~!)
  • 女子高生

    毒島伊豆守

    2019年7月1日 21時28分

    お疲れ様です。セイレネスは読むのに気合がいります(経験者)から、こっちはゆるーくお読みいだければと。

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    毒島伊豆守

    2019年7月1日 21時28分

    女子高生
  • ユーシャ(えんどろ~!)

    那珂 リボン

    ♡400pt 2019年7月19日 8時38分

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    良いものを見せてもらった

    那珂 リボン

    2019年7月19日 8時38分

    ユーシャ(えんどろ~!)
  • 女子高生

    毒島伊豆守

    2019年7月19日 9時06分

    那珂さん、いつもありがとうございます。 ひとだま奇談はジャックのソロエピソードです。幻想モノにする予定が......になっちまいました。

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    毒島伊豆守

    2019年7月19日 9時06分

    女子高生