死なずのジャック

(前回までの嘘あらすじ)  生命保険は必要ない! いつか保険の勧誘が来たらドヤ顔で言ってやりたい『死なずのジャック』であった。

ヤギヒゲとゴートさん

 悪い野盗たち返り討ちにした俺たちは、数十メートル離れたところで小さな野営地を見つけた。  その中心で火にかけた大鍋におたまを突っ込んでゆっくりかき回している細身の中年男がいた。留守番役だろう。  野盗の生き残りだ。幸運なのか、不幸なのかはわからない。  命あっての物種(ものだね)っていう言葉は俺やメフィス子には全然ピンと来ないから。 「よう、料理長。今夜のメニューはなんだい。俺もこいつも腹減っててさ。早く給仕してくれ」  野盗仲間だったかのように男の真向かいに腰を下ろす。 「だ、誰だよあんた」  ヤギみたいなひげを生やした貧相な男は不安そうな表情を浮かべて、おたまを動かす手を止めた。  気弱そうな面構えに骨ばった両腕、腰のベルトに差し込んだ料理用ナイフから、こいつは留守番と炊事洗濯などの雑用要員とみた。 「お前の新しいボスだよ。ジャックだ。ジャッコという奴もいるがそう呼んでいいのは親しくなってからだな」 「新しいボスだって。何言ってんだ、ボスなら」 「長剣のオヤジなら短足や豚声たちと一緒に向こうでお寝んねしてんぞ。起こしに行く必要はないぞ(・・・・・・・・・・・・)」  優しい俺の言い回しでヤギヒゲは察したようだ。馬鹿ではなさそう。 「人数にものをいわせてか弱い私たちを襲ってきたひどい人たち。あんなのと縁が切れてよかったわね。感謝してくれてもいいのよ」  メフィス子がニッコリ笑いかける。 「へ、へえ。それはどうも」 「だから飯だ。手が止まってるぞ。とっととよそわねえか」  俺は新ボスとして最初の命令を下した。 「はは、はいーっ」  食欲をそそる匂いをたてる温かい椀を受け取る。白い湯気が夜闇の森にたちのぼった。 「うまそうじゃねえか。で、なんつー料理だ」 「ピックの気まぐれ野菜ゴロゴロポークスープでさ」  即興でつけた名前のとおり、椀の中には大ぶりのイモやタマネギ、ニンジンと豚肉がのぞいている。スープは薄いこがねいろ。 「ピックって何?」 「あっしの名でさぁ」 「あん?てめえは今からヤギヒゲ。ピックなんて名前は焚き火ん中に捨てちまえ」 「や、ヤギヒゲ……ですかい」 「お前のために三日三晩寝ずに考えてやった名前だ。ありがたく受け取れ」 「三日三晩って今会ったばかりじゃ」  反論は認めん。読者のみんな、ジャックの一行は新たな使用人(なかま)を迎えたよ! 「ヤギヒゲ、おかわり」  メフィス子が空になった椀を差し出す。 「早っ」  俺は木のスプーンでゴロゴロ野菜を口に放り込んだ。噛みがいのある大きさ。しっかりと豚の煮汁が染みてて美味い。塩加減もいい感じ。  とっさにスープに毒を入れることすら考えつかなかったんだな、こいつ。  仮に毒を盛られても『死なず』と『悪魔』には効きゃしない。苦しみはするけどな。  さっきの奴らと違って根っからの野盗ではないらしいし、メフィス子の作るマズ飯はもう嫌だ。ヤギヒゲ、しばらく生かしておくか。   「ごちそうさま。うまかった」  料理人に対する感謝の気持ちで右手を軽く振る。悪党の俺でも飯食って満たされればそれくらいのことはする。 「悪魔はごちそうさまは言わない」  それなのに鍋に向かって手を合わせてるのはなんでだメフィス子。しかもそれ東方の国のごちそうさまっぽくね?  それでいいのか悪魔。  残ったスープの入った鍋に木の蓋をしてから、食器を桶の水で洗うヤギヒゲ。  地獄の火が灯るランタンにシェードをかける。赤黒く燃える石炭は決して消えることはない。  おなかいっぱいになったメフィス子は誰かの毛布を地べたに敷いて、もう一枚を体にかけて横になっていた。 「おい、食ってすぐ寝ると牛になるぞ」 「出た。ジャックのイミフ発言」  え、読んでくれてるあんたは聞いたことあるよね? なかったら物知りおばあちゃんに聞いてみてくれ。 「うるさい。メフィス子、寝ちまう前に例のアレ呼び出しといてくれ。今日は俺も眠りたいから寝ずの番はしねえぞ」  ヤギヒゲに寝ずの番をさせるのは心細いし、うまい飯を作るこいつは逃がすわけにもいかない。  メフィス子はケープの懐から四足動物の形をした小さな塊を取り出し、 「悪魔の労働基準法にのっとりこれより時間、この野営地を守護せよ」という意味の呪文を唱えた。  ゴゴゴゴゴゴゴッ  噴煙とともに、メートルはありそうなふとましい羊が現れた。これを見るのは初めてではないが唐突な登場にはいつも驚かされる。 「わわっ」  腰を抜かしたヤギヒゲ。 「落ち着け。こいつはメフィス子の使い魔、地獄羊ゴートさんだ」 「ゴート……」  ゴートさんの濡れた黒目がギラっと光り、  ンメ゛ェッ  と一鳴きしてヤギヒゲに体当たりした。 「ぶげはっ」  変な形にねじ曲がってピクピク痙攣するヤギヒゲに、俺は遅すぎた注意をした。 「『ゴートさんだろ、デコ助野郎』って言ってるぞ。ゴートさんったら地獄闘羊の第68代横綱であらせられるから粗相のないようにしろよ……ってもう寝た(失神)か。風邪ひくなよヤギヒゲ」  俺はゴートさんに、朝までよろしくと頼んで毛布にくるまった。

ゴートさんは読者のみなさんに可愛がられたい期待のもふもふ枠だよ! 羊(シープ)なのにゴート(山羊)さんだって? 考えるな、感じるんだ。

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